不寝番明けでも、大抵朝食は仲間と顔を付き合わせて食べる事が多い。
が、その朝は、蒸し暑い夜が明け、涼しい朝の風が心地よく、
仲間達が起き出してくる気配を感じた後、
ゾロは見張り台の上で少しまどろんでしまった。(
食いっぱぐれた)と突然、空腹で目が覚め、慌てて見張り台を滑り降り、
その勢いのまま、ラウンジへ駆け込んだ。
「おいっ朝飯っ」
「ああ?やっと起きてきたのかよ」
ラウンジにはもうサンジだけしかいなくて、後片付けもほぼ終わりかけたシンクに
向かい、ゾロを見向きもしないで、さも億劫げにそう言った。
「すぐ用意する」と言われて、椅子に腰掛けたら本当にすぐ、ゾロの分の朝食が
目の前に並んだ。出された朝食は美味い。
だが、二人きりではラウンジが広すぎて居心地が悪い。
サンジの背中を見ながら、ワシャワシャと咀嚼して、飲み込むけれど、
なんとなく落ち着かない。(なんだ、この違和感は・・・?)と少し考えて見る。
すると、食べる速度が落ちる。
「さっさと食えよ」
背中を向けたままのサンジにそう言われて、その瞬間、
ゾロは違和感の正体に唐突にきづいた。
(こいつと起き抜きで、こんな風にメシを食うの、はじめてじゃねえか?)
こんな風に、誰もいない、朝の涼やかな空気と優しい光の中で二人きりになって、
新しい1日の一番最初に食事を摂る、その時間を共有する事が、
随分、たくさん冒険をしてきたのに、それが今、今日、初めてで、
ただ、周りに誰もいないと言う事にゾロは違和感を感じたのだ。
「お前、朝飯は?」ゾロはサンジに尋ねた。
「ああ?誰かが寝坊した所為でまだ食ってねえよ」
その言葉、その声を聞くと自然に広すぎると思い、居心地の悪さを感じていたラウンジの空気の中に優しい匂いが漂っているように思えてきた。
二、三いつもどうりのやや喧嘩腰の会話を交わす。
ゾロの喉に「じゃお前も食っちまえよ」と言う言葉が込み上げて来た。
差し向かいで朝飯を?
その光景を思い浮かべた途端、その他愛のない言葉は喉につかえて止まった。
(給仕するのがこいつの仕事だった)
「・・・ひと味、足りねえ」
不思議なモノで、気持ちがそんな風にややこしい事になると、味覚への神経にも若干、影響が出る。美味いはずの朝食の味がなんだか色褪せて来る。そんな気持ちをそのまま、ゾロは口に出した。
一呼吸するくらいの時間を置いて、サンジが大仰に振り返り、
「本気で言ってんなら、作り直す。嫌がらせだったらぶっ殺す」
そう言ってゾロの目の前に仁王立ちになった。
「食ってみろよ」
そうゾロが言うとサンジはゾロの朝食にフォークを突き立てようとした。
「おい、自分の飯、あんだろ、自分の飯食えよ!」
思わずゾロがそう言うと、サンジは「フン」と鼻を小さくゾロを小馬鹿にしたかの
様に鳴らして、それから、自分の分の食事をゾロの目の前に並べた。
サンジが一口、自分の食事を口に運ぶ。小難しい事を考えるような顔つきなのに、
それを見ながら、ゾロもまた自分の分を口に運んだ。
さっきはぼやけた味が急に鮮明になる。目の前にサンジがいて、同じ食卓について、
食事をしている、その様を見ている、それだけの事で、なんだか急にその食事の味が
鮮烈に感じられた。
いくらでも食べられる。どれだけでも食べたい。理性ではなく、胃袋と舌でゾロは
そう感じる。「気の所為だった」「ああ?」
ボソリとゾロが呟くとサンジは不満げに眉を寄せる。
「一味足りねえと思ったが、気の所為だった、っったんだ」とゾロは言いなおして、
残りの食事を全部、一気に口の中へと掻き込んだ。
「寝とぼけたままメシを食うから味がわからなくなんだよ」とサンジはまた
ゾロをバカにした様にそう言ったけれど、しばらく自分の分を黙って食べて、
それからいつまでもテーブルに座ったまま動かないゾロの顔を真っ直ぐに見た。
まだ、口の中で食べ物をモグモグと噛みながら、それを飲みこむまでずっと
ゾロの顔を見ていた。
「なに見てんだ」と言って目を逸らそうと思っても、今、目を逸らせばそれこそ
どこか不自然な素振りだと思われないか、とゾロはサンジを見つめ返す。
今目を逸らせば、心の中に、サンジに対して見透かされては困る様な気持ちがあるのだと、自分から白状するのと同じ事だ。
それを押し隠す為には、目を逸らしたり、言葉を濁したりは出来ない。
「美味かった、」とサンジは全部飲みこんでから、満足そうにそう言って立ち上がった。
ゾロは少し、気が抜ける。
どんな言葉がサンジの口から飛び出してくるのか予想も出来ず、だから何も
期待などしていなかったけれど、それでも、サンジの口から出て来たのは、
ただの自画自讃だったのだから、拍子抜けした。
「ゆっくり腰据えて朝飯食うと、妙に美味く感じるモンだな」
「まあな」とゾロはサンジの言葉に曖昧に相槌を打つ。
「ま、今朝は特別だからそう感じたのかも知れねえが」
ゾロから目を逸らし、食事の後すぐに煙草を咥えて、火を着け、その煙を軽く吐き出して確かにサンジはそう言った。
(特別?)その言葉にはどんな意味があるのか、ゾロは気になる。
だが、サンジはその言葉を独り言かと思う程、とても小さな声で呟いたのだ。
それを聞き咎める事も出来ない。
思うがままの行動、言葉の切れ端からサンジはゾロの心の中にある想いを
感じ取ってしまうかもしれない。男が男を守りたい、同じ船の中に女もいるのに、
その女よりも綺麗だと思ってしまう異様な心理をサンジに知られたら、
今の気安い距離ではいられなくなってしまう。
だから、聞き流したふりをして、何度もゾロはサンジの他愛ない言葉を心の中だけで
反芻する。
今朝は特別。
給仕せずに、差し向かいで食べた、その行動その物が特別なのか。
それとも、さっき食べた食材の中に特別なモノが混ざっていたのか。
それとも。
それとも、(俺と差し向かいで食った事が特別なのか)
それとも、(特別な相手と食べた事が特別なのか)
答えは、曖昧に笑ったサンジの心の中にだけある。
バカな期待はしないけれども、手を伸ばす前に諦めるつもりもない。
そんな風に言ってくれる日がいつかは来る様な確かな予感を感じさせる何かを
曖昧なサンジの笑顔の中に見て、ゾロは食卓を立った。
また、新しい1日がはじまる。
(終り)
このssは、先日のオンリーの時、一般列で並ばれているSさんへ退屈凌ぎに
電車の中から携帯メールで送ったモノです。