「この役立たず!腰抜け、トウヘンボク!」
「なんだと、このスットコドッコイがっ。」

毎日、「てめえの顔を見るのも金輪際ゴメンだ、」
「こっちこそ、てめえの相棒なんか今日限りだ。」

喧嘩のネタはいつも些細な事、後で思い出すとあまりの馬鹿馬鹿しさに
笑える時さえある。

やっとここまでやって来た。
砂漠の国、アラバスタ。

「兄貴達もこの国に来たかな。」とナノハナの港でジョニーが言った。
「港ぐらいには寄ったかも知れねえが、内陸までは行ってないだろ。」
「あの人達は、海賊なんだから、砂漠に用はねえ筈だ。」とヨサクは答える。

二人組の賞金稼ぎ。自分達が思うほど名前は知られていない。

「景気の良さそうな国だ、」楽しい旅が出来そうだ。
首都、アルバーナに着くまでは、ジョニーもヨサクもそう思っていた。

アルバーナに着いた途端、食べたモノが体に合わなかったのか、それとも
慣れない砂漠の旅の疲れが出たのか、ヨサクの体調が崩れた。

「2、3日すりゃ、治る」と思っていたが、酷い熱は下がらず、嘔吐と下痢が
続く。

ジョニーの方はなんともない。だが、医者に見てもらいたくとも、もう金は
全くない。宿から出ようにも支払う金がなく、結局夜中に熱でフラフラのヨサクを
ジョニーが抱えるようにして逃げだして、踏み倒した。

町外れの小さな集落、戦乱の傷跡が残る廃屋の一軒の中に潜り込んだ。
「おい、しっかりしろ。」と言うだけで、ジョニーには為すすべがない。

「また、世話かけてすまねえ。」とヨサクはジョニーに詫びるが、目に見えて
衰弱して行く。
「水臭エ事言うな。」と答える事しかジョニーには出来ない。
(医者にさえ見せれば治る病気かも知れないのに)
ライム一つで命拾いした事があるように、今、ヨサクの体を苦しめているのは、
本当に取るにたらない事が原因かも知れない。
けれども、医者に見せる金がない。
ヨサクが苦しんでいるのを黙って見ているだけなら、見殺しにするのと同じ事だ。

「ヨサク、ちょっと待っててくれ、医者に見てもらえるだけの金を作ってくる。」
「待て、ジョニー。」とたち上がったヨサクをジョニーが呼び止めた。

「見捨てないでくれ。」「バカ、ナメんじゃねえ。」
余程気弱になっているのか、ヨサクはそう言ってジョニーを必死な目で見上げていた。
そのヨサクの言葉にジョニーは即座に言い返す。

「見捨てる気があるなら、てめえなんかもう何十回だって見捨ててる。」
「大人しく黙って寝てろ。俺が帰って来るまでは死ぬんじゃねえぞ。」

そう言って、ジョニーは街に出た。
(賞金首を狩って金に)と思った。が。

内乱が収まって、まだ、そう日数が経っていない。
街のそこここにはアラバスタの兵隊が治安の回復に努めているせいで、
賞金首らしい輩はどこを探してもいない。

それなら、恐喝でも、盗みでも、と思ってジョニーは目を光らせるが、
復興の希望に輝く表情で額に汗して働く人々の金品を奪う気にはなれなかった。

(いや、そうじゃねえ、俺は)臆している。ジョニーは狙いを定められない理由を
自分に言い訳しているだけだとすぐに気がついた。

賞金稼ぎは、犯罪者である賞金首を狩る、正義の味方だ。ヒーローだ。英雄になれる、
誇りある職業だ。その自分が盗みをする、弱い者、マジメに働く人から金を巻き上げるのは、そんな誇りを自ら捨て去る事になる。

そんなカッコイイ事を言っているのが、つまりは言い訳で、ただ、罪を犯せば、
武器を携えた衛兵に追われ、逃げまわらねばならない。戦って、圧倒的な勝利を
収める自信などなく、自分が怪我をしたり、痛い目に合う事から逃げている。

(俺ア、なんて腰抜けだ。)とジョニーは自分の臆病さに唇を噛んだ。
大事な相棒を助ける為に必要な僅かな金を手に入れるのに、その勇気さえ一人では出せない。

(これじゃ、俺はあいつがいなきゃなんにも出来ねえ腰抜けじゃねえか。)と自分を
叱咤して見ても、ジロリと自分を不信者を見る目つきで一瞥する衛兵を見ると身が竦む。

そして、ジョニーは一人の女の子を浚った。

「大人しくしていれば、何もしないから。」とジョニーはその少女を
ヨサクのいる廃屋まで連れて来た。

一見して、身分の高そうな服を着ていた。
紫色の髪で、10歳ほどの活発そうな少女だ。

「お嬢ちゃんのパパから少し、お金を貰うまでここにいてくれないか。」
「どうして、お金がいるの?」少女は首を傾げてジョニーを見上げる。
女の子なのに帯剣していた。
「大事な相棒が病気でね、お金が要るんだよ。」とジョニーは少女に本当の事を話した。

拉致されたのに、その少女はヨサクの看病に一生懸命だった。
「私、たくさん弟がいて、その面倒を見ているから、ウンコもオシッコも平気よ。」
酷い下痢で、汚れたヨサクの衣類もその子は自分の手で洗った。

(見たて違いか)身分の高い貴族の子供だとばかり思っていたのに、とジョニーは
自分の目論みが外れたから、すぐにその少女を逃がそうとした。
けれども、その少女は病に臥せっているヨサクの事が気になるらしく、
火を焚いて、一度沸かした井戸水をヨサクに飲ませたり。
自分の服を破いて、その布でヨサクの汗を拭ったりと甲斐甲斐しく看病してくれる。

「お金がいるなら、これがお金になるかも。」と少女は自分の腰に挿していた、
小さな剣をジョニーに見せた。

「これは?」とジョニーは独特の紋様が刻まれた、きらびやかな剣を見つめて
少女に尋ねる。
「判らない。大事なモノだから肌身離さず持っていなさいって。」
「きっととても高いモノだと思うの。」

ジョニーはその剣を受取った。
「ありがとう。でも、きっと返すからね。俺が街から帰るまで、ヨサクの事、
診てやっててくれるかい、ええと、名前はなんだっけ。」

ジョニーが少女に名前を聞いた。
「ニア。」と少女はにこやかに答える。

ジョニーが街へ出て行った後、ヨサクの枕もとに、大きなトカゲやヘビが近付く。

ニアは、木を曲げて弓を、自分の髪を結っていた糸を解いて弦を、
歯で噛んで尖らせた枝で矢を作って、それらを何度も追い払った。

「いいよ、ニアちゃん。」とヨサクは弱々しい声でニアに話し掛ける。
遺言を言い残す気になっていた。
「このまま生きててもあいつの足手まといになるだけだ。」
「賞金稼ぎの俺たちが誘拐なんてそんな恥さらしな真似をあいつにさせちまって。」
「毒蛇に噛まれて俺は死ぬよ。」

幼いニアには、ヨサクがどんな気持ちでそんな弱音を吐いているのか
今一つ、理解出来ない。けれど、優しく、理知的な性格なニアには
「励ましてあげたい」と言う気持ちを持つのは極、自然な事だった。

「そんな事、言ったらダメだと思います。」とヨサクの手を柔らかで小さな手で
しっかりと握った。思わず、身を乗り出した所為で、床に置いた手作りの弓矢を
膝で踏んでしまって、ポキっと小さな音が鳴る。

「あ、壊れちゃった。」とニアは慌ててヨサクの手を離す。

「剣をジョニーさんに渡しちゃったから、これしか武器がないのに。」
「どうやって、ヘビとかを追い払おう。」と呟いていた。

右手にぽっきりと折れた弓。
左手に、先端を尖らせた矢。

ヨサクは熱で痛む目をこらして、その二つを代わる代わる眺める。
薄暗い廃屋の中に、その二つのガラクタだけに不思議と光りが差しているように見えた。
きっと破けた屋根から漏れた光がそこに降り注いでいるのだろう。

弓矢。

弓が壊れたら、矢はただ先端が尖った細い棒だ。
矢が無ければ、弓など一体、他になんの役に立つ。

矢が無ければ、弓は武器になれない。
弓が無ければ、矢は武器になれない。

(俺が死んだら、あいつは)とヨサクはジョニーの事を思い浮かべる。

二人で、一人前の賞金稼ぎ。
二人で、一つの武器になる、弓と矢のように。

「ありがとう、ニアちゃん。」ヨサクはそう呟いて、目を閉じる。
こんなところで死んでたまるか。
ヨサクは思った。ニアの手に握られている粗末な、壊れた弓矢を見て、気がついた。

俺が生きて行くのに、ジョニーが必要なように、
ジョニーが生きて行く為には俺が必要な筈。
こんなところで、壊れた弓になってたまるか、と。

ニアの剣を売った金で、ヨサクをすぐに医者に見せる事が出来た。
だが、二人は、この国の未来の皇太子妃の少女を誘拐した極悪人として、
やっぱり追われるハメになった。

「畜生、こんな汚名、いつか必ず晴らしてやる!」と衛兵達の追撃を振りきって、
ヨサクは喚きながら砂塵を蹴散らして走る。

ジョニーも、乾いた砂漠の風の中、追手を振り向き、笑いながら怒鳴った。
この言葉を聞いた誰かが、あの優しいプリンセスに伝えてくれる事を期待して。
「いつか必ず、礼をしに来るからな、お姫様!」

そして、二人は大きな砂山を登りきった頂上で、追手を振りかえり、仁王立ちになる。
愛用の刀を空へ振り上げて怒鳴った。

一人前の賞金稼ぎ、二人組の声が重なった。
「俺達は、世界一、カッコイイ賞金稼ぎになる、」

ヨサクが喚いた。
「俺の名前は、ヨサク。」

それに負けじとジョニーも喚く。

「俺はジョニーだ。」

そして、乾いた空気を震わせて、二人の声が重なった。

「「この名前を覚えとけ!」」

(終り)