ゾロは、サンジに言われたとおり、身を伏せ、殺気を消した。
顔に当たる葉が固く、ゾロの視界を遮る。
その狭い視界の中から、ゾロは自分を庇う様に背を向けて立っている小さなサンジの背中を見ていた。
(俺でも太刀打ち出来なかった奴等を一体どうやって…?)
固唾を呑んで、ゾロはサンジの行動を茂みの葉の隙間からのぞき見る。
やがて、鉄の棒を持った猿の気配が近付いて来た。
サンジは、ペタリと地面にしゃがみ込んで、猿を待つ。
そして、猿の姿が見えてくると、わざと気を引く様に猿に向ってたくさんの悪態をついた。
だが、その悪態はきっと猿には理解できない。
ただのアヒルのヒナがガーガーと騒いでいるだけにしか見えない筈だ。
「なんで、こんなところにアヒルのヒナがいるんだ?」と、訝しく思っているに違いない。
しきりにサンジを見て、首を捻っている。
サンジに鉄の棒を足で蹴られても、やかましく騒がれても、猿はサンジに鉄の礫を
撃ち込もうとはしない。
虎のゾロへ向けていた、敵意と戦意むき出しの眼差しは、一片もなかった。
自分よりも弱く、幼いモノを見る、和やかな眼差しを浮かべて、サンジを見ている。
そのすぐ側で、凶暴な牙と爪を持つ猛獣が潜んでいるなどと、夢にも思っていないだろう。
猿が、忙しなく動き回るサンジを捕まえようと、地面に鉄の棒を降ろした。
(今だ、)
そう思ったのか、サンジの声が心に直接響いたのか、ゾロには分からない。
ただ、猿が鉄の棒を手放した瞬間を逃さず、ゾロは茂みから飛び出した。
猿は大きな悲鳴を上げ、ゾロは渾身の力を振り絞り、猿へ吼える。
その咆哮で、森中が揺れた。
「う、うわ…」と猿のつるりとした毛のない顔が真っ青になる。
その時点で、猿とゾロの勝負はついた。
力でねじ伏せ、その命をいつでも奪える状態に追い込む事、それがつまり
サンジの言う「勝つ」と言う事だ。
鉄の棒と言う武器がなければ、こんな猿などゾロは怖くはない。
けれど、誇りを穢され、体を傷つけられた恨みはきっちり晴らし、自分の強さを誇示して
おかねばならない。
でなければ、(何度でもこいつら、俺の縄張りを荒らすだろう…)とゾロは
猿の体に圧し掛かりながら考えた。
喉笛を噛み千切れば、すぐにカタがつく。
そう思って、牙を剥いた、その時。
「殺しちゃダメだ、ゾロ。」
ふわりと、その鼻先にサンジが近寄り、そう言ってゾロを止めた。
「この猿を殺しても、きっとすぐにまた別の猿が鉄の棒を持って来る」
猿からすれば、虎の鼻先にアヒルのヒナが無防備に留まっている、それを虎が大人しく
じっと見ている、と言う状態だ。
サンジはさらに
「アヒルを食べない、って事を分からせた方がいい気がする」
「虎は、アヒルも、猿も、猿が飼ってる獣なんか食べないって事、分からせてやったら、
もう森には来ないカモ」と言う。
悔しいが、猿の肉などゾロは食べたくもない。
サンジの言うとおり、その猿を逃がしてやる事にした。
* **
体を引き摺るようにして歩くゾロに寄り添うように、サンジが歩いている。
(…やけに大人しいな)とゾロは思った。
鉄の礫がめり込んだ体の傷が痛いのに、言葉を噛み殺したように黙り込んでいる
サンジの方が気に掛かる。
「どうしたんだ。ヤケに大人しいな」
立ち止まって、ゾロは俯き加減のサンジの顔を覗き込む。
表情を隠すかの様に、サンジはふい、とゾロから顔を逸らし、
「…お前より、…強いやつがいるなんて知らなかったから…」と、消えそうな声でそう呟いた。
「あ?」よく聞き取れなくて、ゾロが思わず聞き返す。
「お前、弱エんだなあ」
そう言って、振り向いたサンジは、いつもの生意気な顔に戻っている。
その顔を見た途端、ゾロは胸の中がズン、と重たくなった。
本当の気持ちを隠そうとして、強がっている。
つまり、本当の事を言っていない。嘘を吐いている。
何もかも分かり合えると思っているのに、そんな風に隔たられるのは、なんだか
不愉快だ。
「誰が弱エって?」と聞いても、サンジは前を向いたまま、ゾロに顔を一度も見せずに
「薬草、ロビンちゃんに聞いて、採って来る。先に帰ってろよ!」そう言って
走り出した。
「待て、このクソガキ!誰に向ってそんな口きいてんだ!」
そう怒鳴って、ゾロはサンジを追い駆ける。いつもは簡単に追いつけるのに、
ペタペタと間抜けな音を立てる、水かきのついたアヒルの足にすら
傷ついたゾロは追いつけない。
傷の痛みに呻いて、「…くっ…」と呻いて、ゾロはサンジを追い駆けるのを諦めた。
* **
ねぐらに帰り着いてから、どのくらい眠ったのか、ゾロには分からない。
気がつけば、めりこんでいた鉄の礫は、全部、体からほじくり出されていた。
横たわったまま、見上げた空は燃える様な紅色に染まっている。
(じき、日が暮れるな…)ぼんやりとそう思い、ゾロはゆっくりと体を起こした。
(あいつ、…どこに行ったんだ…?)
日がとっぷりと暮れてしまえば、夜目が効かないサンジは、このねぐらへと帰れなくなる。
今まで、そんな心配はした事はないのに、ゾロは今、サンジが側にいない事が、
急に不安になった。
朝も、昼寝も、眼が覚めればいつもすぐにサンジの声が聞こえていた。
サンジと出会ってから、それが当たり前になっていたのに、耳をピンと立てても、
サンジの声が聞こえない。
ゾロは茂みを見回した。
五感全てを研ぎ澄まして、サンジの気配を探す。
案外、すぐに見つける事が出来た。
姿は見えないけれど、背の高い草が生い茂った茂みの中、羽根を休めている気配を感じる。
「…おい、」とサンジを呼ぼうとした声を、ゾロは飲み込む。
そっとこっそり近付いて、驚かしてやろうか。
さっき、生意気な事を言った、そのお仕置きをしてやる。
そんな悪戯心を起こして、ゾロは音も立てずに立ち上がった。
それでも、大きな体が立ち枯れの草を掻き分ければ、どうしてもガサガサと音が立つ。
「…なんだ、もう眼が覚めたのか」
枯れ草の向うで、サンジのそんな生意気な声が聞こえた。
その声音には、やっぱり強がりと嘘が混ざっている。どうしても、それがゾロには
何故なのか分からなくて理解できないし、なにより我慢出来ない。
どんな顔をして、あの生意気な言葉を言っているのか、見届けないと、気がすまない。
ゾロが追うのを振り切るように、サンジは「こっちに来るな!」と叫びながら、
茂みの中を一目散に逃げていく。
だが、もう随分日が暮れてしまったから、きっと目は殆ど見えていないだろう。
「この野郎、生意気なことばっかり言いやがって!」と飛び掛ったら、今度は、
いとも容易く、サンジに追い着く事が出来た。
大きな爪が生えた前足で、その爪でサンジの柔かな体や羽毛が傷つかないように、
抱かかえて、無理矢理自分の方へ向かせた。
と、思った途端、まだ風切り羽が生え揃っていない羽根で、強かに顔をバシ!と殴打され、
思わずゾロは「痛エ!」と目を閉じる。
「…ったく、てめえは…」扱いにくい野郎だ、と言いかけながら、ゾロは目を開く。
ゾロの大きな手に抱きこまれていたら、サンジは身動きも出来ない。
そのかわり、自由になる両の翼で、顔を覆っていた。
意地でも、ゾロに顔を見せたくない。
そう言うつもりだ。
体を掴んでいた手を離して、ゾロはその翼を傷つけないように注意しながら、
サンジの顔からその覆いを引き剥がす。
怒りを顕わにしたサンジの目が、ゾロを真っ直ぐに見据えていた。
その目じりに、朝露のような雫が光っていて、大きく膨らんでいる。
(…なんだ、これ…)と驚いてゾロがそれを眺めている最中に、その透明な露は、
サンジの頬を伝ってポトリと落ちた。
膨れては溢れ、流れ落ちていくその雫をゾロは舌先で舐めとる。
すると、ゾロはサンジの心の中にある感情が少しづつ、分かり始めた。
分かった途端、ゾロはすぐにそれを言葉にしてしまう。
「…俺が死ぬのが…怖かったのか…?」
それだけではない。
(あの鉄の棒だって、猿だって、こいつにとったら、怖かっただろう)
どう足掻いても、勝ち目のない相手に、サンジは一度も怯まずに挑んだ。
サンジは強い。そうゾロは思っていた。
(アヒルの癖になんて根性の座ったヤツだ、)と、
その勇気と知恵に感謝し、凄いヤツだとすら思った。
だが、本当は違う。
サンジはゾロの為に、ゾロを守る為に強くなろう、強くならなければ、と自分が出来る事を必死に考え、勇気を出して挑んだのだ。
自分以外の誰かを守る為にサンジは自分の力以上の力を出した。
なのに、それに驕ってはいない。
自分が立ち向かった相手がいかに恐ろしい相手だったかを今更になって思い返し、
我に返って、怖くなり身震いが止められなくなった。
手当てが済み、それでもなかなか目を覚まさないゾロがこのまま死んでしまったら、と
不安にもなった事だろう。
堰き止めていたそんな感情が、塩辛く温い雫の中に溶けていた。
「俺も、もう負けねえ。お前が俺のために強くなったみたいに、俺も」
「二度とお前に怖エ思いさせない為に、もっと強くなるから」
「もう、顔を隠したり、嘘言って強がったりするな」
そんなの無理だ。俺はそう言う性分だから…とサンジはそう言って、またゾロを睨みつける。
その目には、沈む夕日の煌きを写して透明な雫がまだキラキラと光っていた。
* **
そうして、幾年月が過ぎ去り、サンジは大人になった。
越冬する為に去っていく渡り鳥達を名残惜しげに見送ったりして、やっぱりゾロの側にいた。
「鳥って、案外長命だから、あんたより長生きするかもね」とナミもロビンも言うから、
ゾロはいつまでもずっとサンジと一緒に生きて行くだろう、と漠然と考えていた。
喧嘩も沢山した。その分、仲直りも沢山した。
縄張り争いに負けたらサンジがその相手に食い殺される。
サンジを守る為なら、どんな強い相手だろうと決して負けられない。
そう思ってゾロは戦い続けた。
ゾロの縄張りはその世界のどの虎よりも広く、豊かになり、
いつしかゾロは、世界一の虎になっていた。
その年は、かつてない干ばつで、川が干上がった。
酷い暑さで、澱んだ水溜りの中に逃げ込んだ魚達も皆、息の根を止められて死んでいく。
そんな汚い水でも、動物は水がなければ生きられない。
そして、強いものが生き残り、弱いものは淘汰されていく。
同じ年月生きて、同じ時に死ぬ、と思っていたゾロとサンジにも、その自然の
理は容赦なかった。
「…今年は、渡り鳥、来るかな…」
ねぐらの中で、サンジは力なく横たわり、空を見上げてそう呟く。
「あいつらが来るのはまだまだ先だ」
そう答えたゾロも、もう幾日も何も食べていない。
獲物になる動物達も、飢えと渇きでめっきり減っている上に、ゾロも
他所の縄張りから獲物を求めてやってくる虎を追い払うのに必死で、
獲物を追い駆ける体力を削られている。
ここ数日で、サンジは急に衰弱し始めた。
水草や、草ならまだサンジが食べるくらいは十分に残っているのに、
それを食べようとはしない。
今朝から、歩く事さえおぼつかなくなってきている。
「一体、どうしちまったんだ…。腹減ってるだけだろ?食えよ」
「食ったら、元気になる」
自分の空腹は忘れて、ゾロは必死にサンジを励ました。
「…ああ、食う」
ゾロが採って来た草を、サンジはどうにか食べて見せる。
が、それだけでも体力を消耗するようで、その後は、深く眠り込み、
ほぼまる一日、眠ったままだった。
そんな状態になって、二日経った。ゾロの絶食ももう10日以上になる。
「…何か、食って来いよ。動けるうちに…」
目を覚まして、サンジはゾロにそう言った。
自分を見る、サンジの目を見て、ゾロは愕然とする。
(…目の焦点が合ってねえ)
あの生気に満ち溢れた眼差しとはあまりにかけ離れていた。
生き生きとした光は一欠片もない。
もう、サンジはゾロの顔を見る事すら出来なくなっている。
それに気がついた時、ゾロの体に戦慄が走った。
別れが近付いている、その予感をはっきりと感じた。
(この衰弱の仕方、変だ。飢えや渇きのせいじゃねえ)
だが、そんな事を受け入れる訳にはいかない。
(この干ばつさえ乗り切れば、これまでどおり、こいつとずっと一緒に生きていけるに
決まってる)とゾロは自分を奮い立たせた。
「ロビンを連れてくる。ロビンなら、きっと、元気になる方法を知ってる」
精一杯、力強い声でそう言って、ロビンを探しに出かけたようとした。
「ゾロ」
呼び止められて、ゾロは振り向く。
「…俺さ、…」
サンジは、笑っていた。
笑っているのに、とても悲しそうに見えた。
その悲しげな笑顔がギュ、と締め付ける。
空腹で立つのも億劫なのに、そんな事も忘れてしまいそうだ。
「なんだ」掠れて、弱々しいサンジの声を聞こうと、ゾロはその口元にそっと顔を寄せる。
目の奥が痛くて、熱い。
それでも、ゾロはじっとサンジの言葉を待った。
「次に…、渡り鳥達がここに来たら、…一緒に行こうと思うんだ」
「空を飛んで、…世界中飛び回って、お前より強いやつ探すんだ」
「…お前は…そいつと戦って、世界一強い獣になって…」
目を開いたまま、夢を見ているような口調でサンジはそんな事を言う。
「…アヒルはそんなに遠くまで飛べねえよ」
言葉を話せば話すほど、サンジの命が、どんどんか細くなっていく。
そんな気がして、思わずゾロはサンジの言葉を遮った。
「飛べるさ。お前を世界一強い獣にする為なら、俺は飛んでみせる…」
「ロビンを探してくる。その話は、元気になったら聞いてやるから」
それ以上、聞いているのが辛くて、ゾロは逃げる様にサンジを残し、ねぐらを出た。
森中を探しても、ロビンはどこにもいない。
数時間探したけれど、ゾロはサンジが心配になり、空腹を抱えたまま、
獲物を探しもせずに、真っ直ぐにねぐらへ帰った。
「…サンジ…どこだ…?」
さっきまでねぐらに横たわっていたサンジの姿がどこにもない。
残っているのは、白く柔かな羽毛とわずかな温もりだけだった。
立って歩く事はもちろん、飛ぶことなど出来なかった筈だ。
ゾロの留守を狙って、飢えた猛獣がサンジを襲った、となどと言う事も絶対にない。
この縄張りの中で、獣を襲うのはゾロだけだからだ。
何百回、何千回、ゾロはサンジの名前を叫んだだろう。
生き残った森の動物達にも、そのゾロの悲痛な声は届いているのに、誰もサンジの行方を教えてくれる者はいない。
「渡り鳥と一緒に旅に出るって前にも行ってたからな…」
「この土地を見限って、飛んで行っちまったんじゃないか」と言う者もいたけれど、
本当に、サンジは突然、渡り鳥が飛び立つように、ゾロの前から姿を消してしまった。
渡り鳥ならば、いずれは帰ってくる。
けれど、サンジはもう二度と帰ってこない。
それなら、せめて、亡骸だけでもいい。そう思い、ゾロは骨と皮になっても、
サンジを探し続けた。
そして、過酷な乾季が過ぎ去り、雨季が訪れる。
ゾロはサンジの卵を拾った川べりでとうとう力尽き、立てなくなった。
うずくまって、(もうあの泥水に飲まれちまってもいい)と
全て諦め、投げやりな気持ちで増水した川を眺めていた。
「おい、こんなトコで死ぬのかよ」
ゾロに声を掛けて来たのは、ゾロともサンジとも仲の良かった、野生の猿の
ルフィだ。
「…ほっとけ」ゾロは憮然とそう答える。
サンジの行方を聞いたのに、ルフィは「知らねえ」と素っ気無かった。
サンジの行方を知らないのなら、ルフィにも用がない。
もう、生きる体力も気力も尽きた。死んだ方がきっと楽だろうから、
誰であろうと、放っておいて欲しかった。
「そんな死に方、俺が許さねえぞ」と言うルフィに、
「死に方にお前の許可がいるのかよ」ゾロはぶっきらぼうに言い返す。
「いる」そう答えて、ルフィはまっすぐにゾロを見据えた。
「俺は、サンジと約束したんだ」
「ゾロを見届けてくれって」
「自分がいなくなったあと、どんな生き方をするか、見届けてくれって」
雨足が激しくなってくる。川べりの泥が跳ね上がり、二人の足が時を追って泥まみれに
なっていく。
ゾロも、ルフィも全身ずぶ濡れになって、二人とも、身じろぎもせずに向き合っていた。
「俺が死んだら、亡骸を絶対にゾロに見つからないところに隠せって」
「きっと、ものすごく悲しむから、渡り鳥になって飛んで行ったって言えって」
「そう言われたから、俺はずっとお前の事、見てた」
「もし、お前が何もかもに絶望したら、その時伝えてくれって言われた言葉がある」
俺はお前を残して、先に死ぬ。
けど、次に生まれる時は、お前が生まれ変わったのを見届けてから、
後から俺は生まれ変わる
どこにいても、どれだけ時を超えても、必ず巡り合えるように。
だから、命尽きるまで力いっぱい生きろ
そう言って、ルフィはゾロに掌を差し出した。
たった今、サンジの体から抜け落ちたような真っ白な羽根が、ゾロの目に飛び込んでくる。
その羽根を握ると、ルフィの声で聞いた、サンジが言い残した言葉が、
ゾロの胸の中に、祈るような優しいサンジの声で蘇えってくる。
どれだけ時を超えても、どこにいても、必ず巡り合えるように。
***
目が痛くて、熱くて、ゾロは眼が覚めた。
頬には、雫が流れた跡がある。
(夢見て泣いてたのか、俺ア)と我ながら、恥ずかしくなる。
からかわれたくねえな、と傍らを見れば、もう寝床の中は空だった。
耳を済ませば、浴室の方から、雨音に似たシャワーの音が聞こえている。
薄いカーテン越しに朝のおぼろげな光が差し込んで、薄い影を部屋の中に落としていた。
(生まれ変わったら…か…)
ゾロは天井を見上げながら、やけにリアルだった夢の中で聞いた言葉をもう一度
思い返してみる。
(俺が生まれたのは、十一月十一日…、あいつが生まれたのは、確か三月…)
「まさかな、」
自分の甘い感傷的な考えを思わずゾロは自嘲した。
そして、何気なく握りこんでいた右手にゾロは気付く。
ゆっくりと掌を開くと、そこにはフワフワと軽い羽毛が握られていた。
「…なんだ、もう眼が覚めたのか?」
呆然と掌の中の羽毛を眺めている間に、いつの間にか、シャワーの音が止まっていた。
ふと気がつくと、傍らに血色のいい顔色をしたサンジがいる。
その温もりに触れたくて、ゾロは甘えるように手を伸ばす。
「なんか、何年も生きてたみたいな、凄エ長い夢、見てた」
「へえ。たった一晩で?」頬に伸ばされたゾロの手を、サンジが包み込む。
そして、甘えを受け入れる様に、たおやかにゾロへと体重を預けてくる。
「ああ、お前を半年分取り返して、その上、生まれる前の時間まで巻き戻して
見てきたみたいな、欲張りな夜だったな」
そう言って、ゾロはサンジの体を引寄せ、目の前にあるこの光景、この感覚が
夢ではなく紛れもない現実だと確かめるように、そっと唇を重ねた。
(終わり)
最後まで読んで下さって、有難うございました。
二つの話を一つの話で読める、って事で「欲張りな夜」と言うタイトルにしました。
第二部のアヒルと虎のネタは、虹子さんから頂いたこの写真がモトです。
カワイイですね〜。虎の足の下でこう無防備に寝てると、かっさらって
家に連れて帰りたくなります。
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