「ウサギからの手紙」  


「人間って、不思議な生き物だねえ」
今でも、雪が降る季節になると私の弟はふと、思い出した様に呟きます。
「あっちから見れば、俺達の方がよっぽど、変だろうけどな」と私はいつも
答えます。
オールブルーは今、どんな季節なのでしょうか。
あなたから教わった料理のおかげで、私達兄弟は飢えや嘲笑に合う事もなく、
幸せに暮しています。

あれはもう何年前になるでしょうか。
まだ、あなたが海賊だった頃。何年来の寒波で海が凍て付いてしまい、
ログを辿って私達の住む島にやってきたあなた達、麦わらの一味は海の氷が
溶けるまで島に滞在する事になりました。
ヒトヒトの実を食べたウサギの兄弟の私達は、ウサギとしてでなく、人として
ひっそりとその島の、小さな村で暮していました。
何故なら、ウサギとして生きるには、色々な厳しい事に耐えねばならないし、
毎日危険と隣合せです。キツネ、狼、ふくろう、鷹、など、雪原でいくら保護色の
真っ白な毛皮を纏っていても、やつらは自分達の腹を満たす為に常に私達ウサギを
狙っていて、私達は常にそれに怯えて暮さねばならないのですから。
禄にエサのない雪原でやっと見つけた樹の新芽を夢中で食んでいて、つい、キツネが
自分を狙っているのに気づかずに命を落した仲間を大勢見て、
私達兄弟は、例え飢えてもせめて危険の少ない「人間」として生きた方がきっと楽だと
思い、人間として生きていたのです。でも、なんの職もなく、風貌も普通の人間とは
明らかに違う。私達はいつも飢えていました。人間は素っ裸で生きて行けません。
それに食べ物も「金」で買わねば手に入りません。だから私達はウサギの姿に戻って、
人間の食べ残しの野菜を漁って暮していました。
でも、そこにも危険はあったのです。ゴミバコを漁っていると、猫に、それもとても
狂暴で乱暴で下品な猫に見つかり、食い殺されそうになりました。
そこをあなたの・・・いえ、そう言うときっととてもお怒りになりますね、
ロロノアさんに助けていただいたのでした。「宿代が高くてとても困っている」と言う話しを聞き、私は自分達が住みついているあばら家にあなた達の仲間を案内したのでしたっけ。なんでも、一人暮しの老人が一人でひっそり死んでいたとかで誰も借りてがなく、荒れ放題になっていた家に海賊が住みついても誰も何も言いやしますまい。
綺麗に掃除をし、照明をつけ、調度品を磨くと結構立派な家になりました。
私達兄弟は、命を助けて頂いたお礼に、と色々とお世話をさせて頂きましたね。
洗濯やら、服の繕い、使いっ走りなど。
私がロロノアさんの服を洗濯しようとしていた時でした。
雪で濡れたズボンのポケットから小さな紙切れが出てきたのです。
(なんだろ)と思い、私はていねいにたたまれた紙切れを広げました。
「チーズ 一塊 ミルク 一樽 じゃがいも 30個 塩 1缶 余計なモノを買ったらぶっ殺す」と書いてあります。なんの事はない、あなたがロロノアさんに買い物を
頼んだメモ書きでした。ちょうど、この島に来る前に肺にまで届く銃創を負っていた
あなたは、私達と同じ、ヒトヒトの実を食べたトナカイのチョッパーさんから
「今、風邪を引いたら肺炎になってしまう。そうなったら3日も持たずに死ぬよ」と
言われ、外出出来ないので、細々したものの買い物をロロノアさんに頼んでいたのでした。「お、間に合った」と私がそのメモを捨てようか、どうしようか、洗濯場で悩んでいると慌てた様子でロロノアさんが入ってこられました。
「え?」「これ、」と私が手に持っていたメモを覗き込んで、ヒョイ、と指で摘んで
取り上げました。「え、それ?それ、そんなに大事なメモなんですか?」
もう、それは先ほど、買い物から帰ってこられたから用済みの筈なのに、ロロノアさんはその紙をまた丁寧に畳んで、ズボンの中に仕舞い込みました。「大事って訳じゃねえけど、」とロロノアさんは苦笑いし、「あいつが書いた字って初めて見たし、な」と
言いました。雪の中を長い時間歩いた所為だけではなく、なんとなく、そう言った
ロロノアさんの顔は赤くなっている様に見えます。
なんだか、初めて若いメスからのモーションを掛けられたオスのウサギの喜び方に
とても似ていました。
(チーズ 一塊 ミルク 一樽 じゃがいも 30個 塩 1缶 余計なモノを買ったらぶっ殺す)と言う内容の、一体なにがそんなに嬉しいのか、ウサギである私には
さっぱり判りません。わかりませんが、その話しを弟にしてみました。
弟は、猫から私達を助けだしてくだすった時から、ロロノアさんを尊敬し、憧れています。崇拝、と言っても過言はない程でした。ロロノアさんが弟子にしてくれるなら、
死んでもいい、と言って頼みましたが、「そんなにあっさり死ぬ弟子はいらねえ」と
てんで相手にされませんでしたけれども、それでも弟はロロノアさんが大好きで、
「そんなメモぐらいで喜ぶならちゃんとした、らぶれたーって奴ならもっと喜ぶよ」と
言い出しました。「なんだい、らぶれたーって」と私は聞きなれない言葉に首を傾げ、
弟に尋ねると、「発情を促進する為の呪文がかいてある手紙の事らしい」と
訳の判らない事をいいます。で、私は博学のロビンさんに「ラブレターとは何か」と
聞きました。「言葉に出せない気持ちを手紙に書くの、その手紙をラブレターって言うのよ」と親切に教えて下さいました。(これはちょうどいい)と私達兄弟は思わず
ニンマリしました。だって、あなたとロロノアさんは一見すると仲の悪い友達と言うか、
お互い口が悪過ぎて端から見ると、どう見ても恋人になど見え様筈がありませんから。
でも、一緒に暮らしていて、怪我を負って不自由なあなたを誰よりも気遣っている気持ちは言葉が苦手な動物の私達だからこそ、良く判りました。
あなたに取って、ロロノアさんは特別な人間で、それはロロノアさんにとっても
全く同じなのだ、と。
なんとか、あなたにロロノアさんに宛てて、手紙を書いてもらおう、と私達兄弟は
必死に思案しました。
「代筆してもらう振りをするのはどうだろうね」「それいいよ、ニイちゃん!」
私達の計画はすぐに実行されました。

「退屈だな・・」昼はチョッパーさんの処方する薬の所為で殆ど寝て過ごす
あなたは夜になってキッチンで一人、禁じられている煙草をすうのが日課でした。
私が煙草を吸うようになったのは、煙草の残り香でチョッパーさんにそれがバレたら
マズイと思ったあなたが私にも煙草を吸う様に進めたからでしたね。
「あの、サンジさん、お願いがあるんですが」と私は弟と練った計画を実行する事に
しました。
「ん?そろそろ食って欲しいか?」とあなたはニヤリと笑います。
「冬のウサギは脂が乗っててパイなんかにすると抜群に美味い・・」
「いや、ち、違いますよ!」私達の慌て方を見て、あなたは可笑しそうに笑いました。
「なんだ、お願いって」余り笑うと怪我が痛むのか、あなたは息を静かに整えてから
私達の話しに耳を貸してくれました。
「はい、実は私、人間に恋をしているのですが・・」私は話しを切り出しました。
私達の考えた台本はこう、です。
私には人間の恋人がいて、とても上手く付合っているのだけれども、どうも
素直になれずにいつも意地を張ってあんまり優しくしていない。
とっても好きだけれど、それをきちんと伝えられないからこうして手紙を書いて、
自分の気持ちを伝えようと思った。これからもずっと一緒にいて欲しいし、
たくさん心配をかけたり、喧嘩もするだろうけど、世界で一番スキな気持ちは
変わらないから・・・と言うような事を書いて欲しい、とあなたに頼みました。
「ふーん」とあなたはあまり気のない返事をなさったけれども、
「ま、いいや、退屈だったしな」とあなたは眠れない時間を持て余すよりは
マシ、だと思われたようで、紙とペンを持ってきて、テーブルに向かいました。

が。私達の目論みはあなたの特殊な文才によって完全に的外れだった事に
あなたの書き損じの紙を見て気づき、愕然としました。
「これ・・・どう言う意味?」「carameliser?ああ、キャラメルだ、それ」
「この文の流れでどうしてキャラメル?」と弟は首を捻ります。
なんとも甘ったるい、歯の浮くような言葉の羅列に弟は呆れて口をあんぐり開けて
書き損じの手紙を読み、私に目配せしました。
(これじゃダメだよ、こんなの渡せないよ)
私もテーブルにぶら下がって、あなたの手元を見、その文章を読んで弟の言うことに
全く同感だと思いました。
「あの、サンジさん」私は恐る恐る、口を出します。
「この文章はちょっと・・・その、もう少し、真面目に書いてくださいな」
「なに?」あなたはギ!と眉毛をつりあげて顔を上げました。
「女の子はこういうのが好きなんだよ」と口を尖らせますが、私も引き下がれません。
こんな内容だと、自分宛ての恋文じゃないとすぐにロロノアさんにバレてしまいます。
そんなの渡すのは、落書きの紙切れを渡すのと同じですからあなたの目がどんなに
怖くても譲れないのです。ロロノアさんが喜ぶと弟が喜ぶ、その為に私は踏ん張りました。
「私が女の子だったら意味が半分くらい判らないんですが」
「お前エはオスだろう、だからわかんねえんだよ!」
「いや、だってオスだからわからない、メスだからわかるってのは困るんです」
「誰にでも判るように書いてください」
「もう、うるせえなあ、全く・・」私の注文に渋々、あなたはまた、紙を丸めて
床に投げ捨てました。
暫く唸ってまた書き始めてくださいましたが、やっぱりなにか・・・
脈絡のない、ただのくどき文句のような薄っぺらい言葉が並ばれた軽薄な
ラブレターにしかなりません。「これのなにがダメなんだよ」とあなたは
だんだん不機嫌になってきました。
「こう・・・心に響かないっていうか、もっと判りやすい言葉で書けませんか?」
「例えば、ロロノアさんに話してるみたいな、ズバっとした言葉で」
「あん?」

口が滑った、とはまさにこの事でした。私は慌てて口を押えましたが、後の祭り。
目を細めたあなたに見下ろされて私達は振るえ上がりました。
「なんだこれ、俺にあいつあてのラブレターでも書かせる気だったのか」
「ウサギの分際で俺を手玉にとろうなんて10億年早エぞ」

(パイにされる!)と私は思いました。「兄貴はパイ、弟はローストがいいか」と
言いながらあなたはチラリとキッチンの方へ目をやったので、
(本気で俺達を捌く気だ・・・)と私達兄弟はしっかと抱き合って、
仁王立ちになったあなたを見上げ、ブルブル震える事しか出来ません。
「せ、せめて弟は・・」と涙声で言う私にあなたはしゃがみ、
「バ〜カ」と私の狭い額を指でトン、と軽く突付き、
「家主を食う訳ねえだろ、冗談だ」とまた笑いました。
私達は、クタクタと床にへたり込み、フウ〜〜と深く安堵の溜息をつきました。

「なんでこんな事を考えついたのか、わからねえけどナ」あなたは言いました。

そう言ってあなたは微笑み、言いました。
「言葉を形にするって事が出来るくらい器用ならとっくにやってるさ」

今でも、私達にはあの時のあなたの言葉の意味があまり良く判りません。
ただ、言葉は一番意志を伝え合うのに便利だと、ヒトヒトの実を食べた私達には
思えますが、人間にとって、その便利なモノをいかに上手に使うのかがそんなに難しい事だとは知りませんでした。
心だけで話しをするのなら、嘘をつく事も意地を張る事も強がる事も出来ません。
けれども、言葉は本当の気持ちを隠したり、誤魔化したり、人を騙したり、
人を傷つける事もあるようです。心と心だけで通じ合う事が苦手な人間に
とっては、言葉は時に絆を深める為の粋な脇役になる事もあり、また逆に
絆を断ち切る刃物になるという非常に使いにくい道具なのでしょうね。
「ぶっ殺す」と言う言葉を形にした文字をロロノアさんが大切に思うのは、
その言葉の中にあなただけがロロノアさんに抱く、
特別で唯一の感情が篭められているとロロノアさんは知っていたからなのでしょうか。

つい、昔話を思い出すままにペンを走らせてしまいました。
あの時、やっと体が動かせる様になったあなたは、私に料理を教えてくれました。
そのおかげで、今、あなたたちと一緒に過ごしたあのあばら家をもう少し綺麗に
立て直し、そこでレストランを開業しました。
おかげさまで、美味しいと毎日とても繁盛しています。
本当にありがとうございました。もう、飢える事も誰かに食べられる事にも
怯えないで、楽しく幸せに暮していけるのは、あなたに料理を教えて貰えたからです。
本当になんてお礼を言えば良いのか、感謝してもしたりないくらいです。
ありがとうございました。

あと、厚かましいお願いかとは思いますが、なにか私でも作れるレシピを一つ、
教えて頂けませんでしょうか。お暇な折りで結構です。

今の私達の夢は店が軌道に乗って、お金を貯め、
弟と二人でオールブルーのあなたのレストランを訪ねる事です。
その日が来る事を楽しみに、これからも頑張っていこうと思っています。

それでは、どうかあなたもお元気で。

                      冬島のウサギより。