「お疲れ様!」と仕事場(コーヒーショップの厨房)を
後にして、S−1は全速力で走り出した。

生まれてはじめての、「くりすます」だ。

「俺達にはなんの関係もない事だし、俺も興味ネエし」と
R−1は言っていたけれど、街がこんなに華やかで、

夜遅くなればなるほど、街路樹の1本、1本にまで飾られた
小さな灯りの点滅が降り積んだ雪を煌かせ、
また、行き交う人が皆、幸せそうで、楽しそうで、

S−1は「くりすます」が何か判らないけれど、
とにかく、ウキウキする気分で毎日、過ごしていた。

今日は、R−1よりも早く帰って、部屋を模様替えするのだ。
一体、なんの仕事をしているのかわからないのだが、
R−1はもう、3日も帰って来なくて、S−1は一人で寂しく、
寒い部屋と仕事場を行き来するだけだった。

それが、今夜、やっと帰ってくるのだ。
「エスワン、今夜は花火があるよ。」と店のオーナーが教えてくれた。
「彼氏と見に行っておいで。」と早引けさせてくれたのだ。

雪を蹴散らして、S−1は時々、人にぶつかり、その度に
「ごめんなさい。」と謝りながら、一生懸命働いて手にいれたお金で、

R−1の為に買い物をし、部屋を整え、温かい食事を作る為に
急いでいる。

吐く息が白いのに、街は温かい空気に包まれている。
皆が幸せそうで、誰もが笑っている。

(くりすますって凄いな)と思いながら、まず、雑貨屋に飛びこんだ。

「ええと、」"クリスマス色"の食器とカトラリーを二人分。
まっしろで、金色の飾りのついた小さな「くりすますツリー」。
本当は、もっと大きな物が買いたかったけれど、
部屋は狭いし、お金も足りないので、諦めた。

赤と緑の鮮やかな葉っぱの鉢植え。
同じ色のテーブルクロスと、キャンドル。

それから、食材。
抱えきれない程、沢山、買った。

(サンジみたいに上手には作れないかも知れないけど、)
R−1には自分の料理がいいのだ、とやっと判って、S−1は
自分なりに今日まで、失敗しながらも練習し続けてきた。

(俺は、R−1にいつでも、美味しいって言ってもらえるんだ。)と
見たこともないオリジナルのサンジより、ほんの少しだけ幸せのような
気分になっている。

息が苦しくなるくらい、S−1は走って家に帰る。
よく、一人で持てたなあ、と思うほどの荷物を運び込み、

大急ぎで部屋の装飾と料理に取りかかった。

勝手に鼻歌が出てくるのは、サンジの12歳までの記憶が憶えている歌で、
自分が聞いて覚えた歌ではない。
だが、「R−1が帰って来る」だけで、こんなに嬉しくて
時間が経つのがもどかしい。

この街に着く、一番遅い駅馬車でR−1は帰って来るに違いない。
ちょうど、その頃、花火も上がる筈だ。

「準備良し!」

部屋の準備も整い、料理も後は温めて、盛り付けるだけ、
不恰好だけれど、味には絶対に自信のあるケーキもクリームが溶けないように、
後で飾りつければ、万事、オッケーだ。

ちょうど、計算したとおりの時間になった。

S−1は、R−1の為に買った小さな包みを鷲掴みにして、
玄関を出た。

5分ほど走ってから、ヤケに寒い、と思ったら上着を着てくるのを忘れていたのに
気がついて、慌てて戻る。

「迎えに行くよ。」なんて約束してなかったから、下手をすると
すれ違ってしまうかもしれない、とS−1はますます慌てた。

二階の自分達の部屋から往来に出る道を駈けて行き、人にぶつかりそうになって、
ぬかるんだ足もとが大きく滑って、転びそうになった。
大通りに出ると、夜中だと言うのに、まだまだ、街灯は光々と輝き、
ちらつく雪が薄い金色に見える。

花火があがるまでまだ時間があるのに、人込みはs−1の行きたい方向とは
逆へと動き、S−1は人を掻き分け、掻き分け、走った。

それでも、人に押し出され、気がつくと、道の端にまで押しやられている。
なにかに躓いて、また、転びそうになって、
S−1はそれが小さな女の子がうずくまって泣いているのだ、と気がついた。

「ごめんね。」と軽く蹴ってしまったことを謝ると、
5歳くらいの女の子は顔を上げた。鼻水と涙で顔が薄汚れて汚い。

こんな夜中に女の子が一人でこんなところに蹲っているなんて
どう考えてもおかしい、とS−1は浮かれていた頭でも訝しく思った。

「ママは?」と聞くと、「手を離したら逸れちゃったの。」と聞き取れないくらい
小さな声で答えた。

S−1はその子が手袋も片方、無くしていたので、自分の片方を手渡しながら、
「きっと、ママも探してるよ、」と言い、女の子を肩車した。

「ママーって呼んでごらん、」

小さな女の子だから、オトナの中をママを探してウロウロしても、
きっと誰にも気がついてもらえなかっただろう。
ママの方も、血相を変えて探しているに違い無い。
人よりも、高い視線なら、その子もママを探しやすいし、
ママもこの子を見つけやすい筈、とS−1は考えた。

「ママー、」と女の子が呼ぶ。
一緒にその子のママを探しながら、
S−1は人の波に押されるように、駅とは反対へと流されてしまう。

(もう、馬車が着いちまう時間だ。)とまだ、開いている宝石屋の店の
中の時計を見てs−1は焦ったけれど、仕方ない。

それから十分ほどして、「リリー!」と呼びながら、s−1の方へ
駆け寄ってきた若い男女がいた。
「ママ、パパ!」とS−1の肩の上の女の子が飛び跳ねる。

「よかった、じゃあね!」とS−1はすぐさま、その子を地面に降ろし、
両親に言葉も交わさないまま、逆の方向へと走り出す。

ここからどんなに急いでも、駅までは十分はかかる。
しかも、馬車がついてから、もう10分過ぎているから、

この寒空の下、R−1が20分も待っているとは思えない。

思えないけれど、「家に引き返して、待とう」とは思い付かなかった。

自分の乱れた呼吸の音を聞きながら、S−1は走る。
靴の溝には雪が詰まってしまって、酷く滑りやすくなってしまったけれど、
S−1は人を掻き分け、掻き分け、走りつづける。

(花火に間に合わない)とそれだけが不安だった。

町外れの駅に着くと、音も、光も侘しくて、
人などどこにもいない。

雪がチラチラ降っているのに、S−1はぐっしょりと汗をかいて、
息を弾ませて、周りを見渡した。

「R−1。」と呼吸を整えながら、呼ぶが、返事がない。

さっきまで、金色の空間にいたのに、なんだか、灰色だけの
空間に飛ばされてしまったような心細さを感じて、S−1は立ち竦んだ。

女の子にあげた手袋のはめていない右手が冷たくなる。
(やっぱり、先に帰ったんだな。)としんみりした気分になりかけたとき。

「よ!」

背中を大きな手で叩かれ、驚いて降りかえる。
振り返り様にR−1の匂いがして、そのまま胸に抱き締められたと
判るのに、2秒掛った。

「どこに居たんだよ!」と無防備に驚いたことが気恥ずかしくて、
S−1は怒った振りをする。

「お前が来るって判ってたから、隠れて待ってたんだ。」
「びっくりさせてやろうって思ってな。」とR−1は悪戯が成功して
喜ぶ少年の顔になってしまっていた。

「俺一人じゃ、ここから俺達の家まで帰れないだろ?」
「だから、きっと、迎えに来てくれるだろうな、って思ったんだ。」

R−1は、S−1を驚かせる事に成功したから嬉しいのではなく、
自分が賭けのように期待した事にS−1が応えてくれたのが嬉しかった。

それから、ひとしきり、他愛ない口喧嘩をしてから、
冷たいS−1の右手を包むように繋いで、R−1は自分のコートに
そのまま突っ込んだ。

「花火を見に行って、それから食事をするんだ。」
「判った。」

寂しかった、と言ったのは、S−1ではなくR−1の方で、
そう言えば、S−1は「やっぱり。」と言って生意気そうな笑顔で笑う。

「やっぱり、ってなんだ。」とR−1がにこやかな表情のまま尋ねると、
「俺もそうだったから。」と素直な答えが返って来た。

「くりすますって、楽しいな、R−1.」と二人の人ごみの波に
紛れて、金色の街を並んで歩き出す。

「ああ、」とR−1が頷き、二人はずっと笑顔のままで、
言葉を交わして、一緒にいる事の喜びを感じ合う。

街に鐘の音が鳴り響くと、一斉に灯りが消えた。

漆黒の闇の中、光りが弾けた。
大砲を撃つような音が響き、次々と間断なく、

桃色、赤色、金色、緑、紫、と様々な光りが夜空に弾けて、
色のベールが街中を瞬間、華やかに飾る。

R−1は 花火を見る、S−1を見た。

ちょうど、髪で瞳が隠れて見えないが、綻んだ口元で、
煌くような表情をしている事を確信する。

(サンジが欲しい)と言う自分のエゴで生まれさせたから、
何がなんでも幸せにしてやらねば、と
ずっと思ってきたけれど、それは間違いだったと 改めて思った。

人は、一人では幸せになれないのだ。

今、S−1がいる事で自分が幸せになっている事を思い返し、
側にいてくれる事、そして、笑っていてくれる事に感謝する。

「有難うな、S−1.」と花火の大きな音で聞こえてないかもしれないが、
R−1はそう呟いて、ポケットの中のS−1の手をしっかりと握った。

来年も、再来年も、複製品として、許される限り、
いつまでも、一緒に「くりすます」を迎えられるように、と

R−1はなにかに祈りたい気持ちで、最後の一発が撃ちあがり、
飛び弾けるまでずっと、S−1の横顔を見ていた。

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