「その日はダメだ、俺は忙しい」
「下らねえ行事に首突っ込むのが海賊のコックの仕事かよ」

船を降りて、島に上陸したら海賊はまず、金品を稼ぐ。
もちろん、海上でもそれなりに稼いではいるが、陸にあがれば陸に上がった
同業者をはじめ、海賊ではなくても賞金首になっている者もいるし、
私服を肥やした商人などを狙って、金品を巻き上げる。
サンジとゾロはいつも二人で組んでその仕事、をするのが当たり前になっていた。

が。
ログの示す島に辿り着くのがいよいよ明後日、となった時、サンジは
ゾロが「次の島ではどうやって動くか」の話しをし始めた途端、
「その日はダメだ、俺は忙しい」と遮った。

聞けば、ロビンとナミに甘い菓子の作り方を教え、一緒に作ると言う。
「下らない行事に首を突っ込むのが海賊のコックの仕事かよ」とゾロは
口をへの字に曲げて、言っても仕方のない皮肉を言い返す。

「お前には下らなくても俺には大問題だ」とサンジはクルリとゾロに背を向け、
自分が書き貯めているレシピのノートを広げた。
「そうかよ、じゃあ勝手にするからな」
ゾロはかなり機嫌の悪そうな声でそう言ったが、サンジには取りあっている暇も、
取り合おうと言う気もなかった。だから、「おう」と生返事で全く相手にしなかった。
まさか、それで拗ねたとは到底思えないのだが、
ゾロは島に着いた途端、フイと勝手に島に降りてどこかへサッサと行ってしまった。

(あいつ、ちゃんと帰ってこれるんだろうな)とナミとロビンに野郎連中用の
甘い菓子の作り方を教えている間もサンジは気が気ではない。
別に怪我をするんじゃないか、などと言う安否を気遣っているのではもちろんない。
迷子になって帰ってこれない場合と、稼いだ金をうっかり落としてしまったりして
無駄働きをして帰って来て、それを自分が側にいなかった所為だといわんばかりに
大きな顔をされるのが気がかりなだけだ。

と、自分に言い訳しながら、サンジはとりあえず、ロビンとナミの作業に最後まで
付合って、ゾロの言う「下らない仕事」をやり終えた。

そして、サンジの心配をよそにゾロは無事に帰ってきた。
絶対にゾロに(悟られてたまるか)と思うくらいに、サンジはホ、とする。
ゾロが一人で出掛けると迷子になるか、ならなければなにかしら必ず厄介ごとを
背負って帰って来るのだから、やはり、何事ともなく無事に帰って来て、
大きな顔だろうが、無愛想な顔だろうが、ゾロの顔を見ると、知らずに張っていた気が緩む。

言葉や表情でどんなに押し隠しても、二人きりになって、誰もが寝静まってしまうと、
いつもの場所でいつもの行為に流されてしまうのだが、つい、その時に
昼間抱えていた気詰まりから解放されて浮かれるのか、いつもよりも熱くゾロの体に
触れたくなってしまう。

「ちょっと、お前に頼みてえ事があるんだが」
ゾロの体に覆い被さって、珍しく、ゾロの口の中を自分から柔らかくくすぐっていた
最中、ゾロは吐息まじりにサンジに話し掛けて来た。
「ああ?」唇を禄に離しもしないで(珍しい事もあるもんだ)と思いつつ、サンジは短く聞き返す。



「実は、道に迷ってた」サンジに唇を啄ばまれながら、ゾロはそう言った。
「やっぱりな」ゾロの指が耳の後を掠めた途端、体に心地良い痺れが走って
声が少し上ずったが、それでも二人は会話を中断しない。
「で?」「あ・・ああ、」訳を聞きながら、ゾロの局部をやんわりと擦ると、
ゾロの声も少し上ずった。
「案内してもらったんだ、子供に・・」
「っ・・へえ」負けじとするかの様に、ゾロの手もサンジの雄の部分を指で弄ぶ。
喉に息が引っ掛かってサンジの相槌に妙な力が篭った。

そんな具合に二人は会話をし、余裕のある風を装いながら相手の体に甘い刺激を
与え続けたが、やはり、途中でその会話はただの荒い吐息になって、ついには
ぷっつりと途切れて、ただの喘ぎ声に変わってしまった。

「最初から言った方がいいか」

ゾロの胸の上に頭の乗せて、なんとなくその心臓の音の回数を数えていたサンジに
ゾロはまた律儀にも最初から話をし始めた。

やっぱり、一人で島に降りると禄な事がねえ。
賞金首を4人ほどとっつかまえたはいいが、どこで賞金に変えていいのかも
わからねえし、仕方ねえから身包み剥いで見たものの、気がつけば
ここがどこかどうやって船に帰ればいいのか、サッパリわからねえ。

適当に歩いてたら、「港に行くからついて来い」って言う女のガキに出会って、
それで帰ってこれた訳だ。

「で、俺に頼みたい事ってなんだ」とサンジはそのままの格好で煙草を口に咥えて
ゾロに話の先を急かす。ゾロが自分に頼み事をするなど、この船に乗って初めての事
かもしれない、そう思うと顔の筋肉がニヤつくのだが、またそんな浮かれた気持ちを
知られるのも口惜しいので、出来るだけ面倒臭そうに、さも、関心なさそうな態度を
装った。

「そのガキの父親が海賊で、」
「一年に一度、母親が作る菓子を楽しみに帰って来るんだとか」
サンジが気乗りのしない声で返事をするのが気に入らないのか、それとも
自分の胸の上に頭を乗せられると見えるのはサンジの向日葵色の頭の天辺だけで
顔が見えないのが嫌なのか、ゾロはサンジの背中に腕を回し、ゆっくりと体を
反転させて、姿勢を変えてサンジを見下ろす。
「仲のいいこった」声だけではなく、表情もまた、あまり興味の無さそうな
顔をして見せ、サンジはゾロを見上げる。
「ところが帰って来る筈のオヤジが海軍に捕まっちまったそうだ」
「そりゃ、気の毒に」サンジはそう答えて、じっとゾロの言葉を待つ。

「俺がこの船に帰ってこれたのはそのガキが案内してくれたからだ」
「その恩がある。父親に会えるのを毎年楽しみにしてるから、それで」
そこまで聞いてサンジはさらにゾロの言葉を急かす様に顔に挑発するような
笑みを浮べ、ゾロの言葉を先取りする。
「それで?それでその父親を海軍から助け出すのか?お前が?随分義理固いンだな」
「まあ、頑張れよ」

「手伝ってくれ、俺一人じゃ時間も手間も倍掛る」
(良く言うぜ、それくらい一人でも簡単だろ)そう腹では思っても、悪い気はしない。
「そこまで言うなら、手伝ってやるよ」とまた、溜息までついて、
本当に億劫そうにサンジが答えると、ゾロはサンジの耳元に口を寄せ、
「悪イな」と囁いた。
(今夜はどうにも気分のいい夢が見れそうな気がする)と自分でも恥かしくなるくらいにサンジは心が浮ついたが、けれどもやはり、そんな事がゾロに悟られない様にと
用心する。

海軍に捕まっている、顔も名前も判らない海賊を助け出すには、
「全部逃がすのが一番手っ取り早い」という事になった。
「乱暴この上ねえな」と自分達が考えた事ながら、サンジもゾロも呆れたが、
仕方がない。

「そうなったら、海軍が躍起になって海賊を追い回すだろうな」
(なんて厄介事を起こしてくれたのよ?!)とナミが激怒する顔がサンジの
頭を掠めるが、口先だけかも知れないが、ゾロが自分を異様な程はっきりと
必要としているのが嬉しくて、この際、ナミの機嫌を損ない、そのカミナリを食らうのをサンジは覚悟して、海軍の基地を襲う計画を練る。

海軍の基地の中にどれだけの人数の海賊が捕らえられて、彼らがどんな風に
閉じ込められているか、サッパリ判らない。潜入して抜かりなく、と必死になるほどの
事もないので、サンジは至極大雑把に計画を立てた。
「なんとか、海賊どもを外に出すから、後は任せる」
「どうやって?」と信用はしているものの、やはり不安は感じるのか、そう尋ねるゾロに「なんとでもなるさ」とサンジは軽く答える。

賞金首になっていないサンジは、変装すれば簡単に海軍兵になりすませる。
制服で自分達の身分を誇示している様な連中こそ、その制服を身につければ、
実に簡単に懐に入り込めるモノだ。

サンジは海軍の基地の中に入りこんで、中から火を放った。
「海賊を見殺しにしたら海軍本部にこの基地の責任者の過失を問われる」と
牢番を騙して、海賊達を鎖で繋ぎ、その状態で基地の外へ逃がす様にそそのかした。

そこへ「鉄を斬れる剣士」のゾロが待ち構えている。
鎖で繋がれていようが、ゾロの刃の前ではそんな戒めはなんの意味もなく、
海賊達は皆、鎖を断ち切られた途端、蜘蛛の子を散らす様に思い思いに逃走した。

(しかし、これだけの事を簡単にやってのけるもんだな)
ゾロはサンジの決断の正確さと行動のすばやさに舌を巻く。

それから、間違いなくゾロが恩義を感じている子供の家をそれとなく探っていると、
無事にその家族の元へ辿り着けた様だった。

「ついでだから、もう一つ」とゾロはその家の扉をわざわざ叩く。
「なんだよ、なにか礼でも貰うのか?」とサンジはゾロの行動の意味が判らず、
首を傾げた。

「ありがとう、剣士さん!」と扉が開いた途端、元気そうな女の子が飛出して来て、
まず、ゾロに礼を言う。
「親父さんのちょこれーとはまだ用意出来てねえんだろ?」
「約束通り、とびきり上等な料理人連れてきたから、」
利き手の親指で背中ごしにサンジを指差し、
「教えて貰えよ」とまるで友達に気軽に話すような口調でそう言った。

(ああ?なんだ、その展開は)まるで港までの道のりを教えてもらう事の代償として、
父親を海軍から助け出すのと、チョコレートの作り方を教えるのとを一括りにして
女の子と約束したようなゾロの自信満々な口振りにサンジはあ然とする。

女の子と、その母親の前でゾロに「とびきり上等な料理人」呼ばわりされたら
サンジが退ける訳がない。

結局、サンジが手伝ってその一家の、恒例行事は例年よりも豪華になった。

「これ、剣士さんとコックさんにもあげるね」と女の子は拙いながらも
一生懸命二人の為に別々に、サンジが教えたチョコレートを包んでくれて、
帰り際に渡してくれた。
そろそろ港が見えてくる頃、ゾロは突然思い出した様に「腹減ったな」と言い出す。
「食えよ、それ」とサンジはゾロが手にぶら下げているチョコレートの包みを
顎で指した。
アーモンドにただ、チョコレートをコーティングしただけのモノだが、
それなりにコツがいる。
「中味違うんじゃねえか?」とゾロはサンジの袋をチラリと見た。
女の子が包んでくれた袋はそれぞれ少しだけ色合いが違う。
それに、サンジは彼女に2種類、チョコレート菓子を教えたから、ゾロが
「中味が違うかもしれない」と言うのは、有り得る話だ。
「一緒だろ」とサンジは別に気にもしない。
勝手に自分の袋を開けて、ゾロはその中味をボリボリと歩きながら食べ始めた。
(こいつ、よっぽど腹減ってんだな)と思っていたが、なんだか
その食べっぷりが小気味良いので、サンジも自分が殆ど作ったモノとはいえ、
ちょっと口に入れたくなる。
「おい、それ食わせろよ」とサンジはゾロの袋を引っ手繰る。
「お前がそれ、俺に寄越すならな」とすぐさま、
ゾロはサンジの前にヌっと手を突き出した。

(ん?)妙な感じがサンジの心を掠めた。
何か、違和感がある。何かにいい様に踊らされている様な気がする。

(こいつ、腹減ってるからってこんなにバリバリ甘いモノを食う奴じゃない)
(いや、でもまさか)自分からこの、甘い茶色の菓子が欲しくて
仕組んだ茶番ではないか、と一瞬、サンジはゾロを疑った。が、すぐに
(そこまでアホでもなければ、そこまで考えて動く奴でもねえぞ)

どっちなのか、ゾロが一体何を考えているのか、
サンジは何も判らなくなり、チョコレートの入った袋をもって硬直し、
ゾロの顔をマジマジと見つめる。

(あなどれねえ)とまんまと一杯食わされた様な悔しさや、
今までゾロはこうだ、と決めつけていた事を全部ひっくり返された事に驚き、
けれども、それが確定も出来ないもどかしさにサンジはどんな言葉をゾロに吐けば
良いのかさえ、判らなくなった。

「たまには、俺の掌の上で転がされるのも面白エだろ」と
また訳のわからない事を言ってゾロは笑っている。

どこからどこまでがゾロの目論見だったのか。
その袋の中身がゾロの胃袋の中に全部消えても、サンジには判らないままだった。


(終わり)

こちらがDLフリーのssです。