最終話 「油断大敵」

「なんだ、これ・・・?」

ウソップは、サンジの体を二つに折って、肩に担いだ格好のまま、
地面に転がった青い欠片を拾い上げる。

それは、欠片ではなく、青い小さな貝殻だった。

※ ※※※

ウソップは、気を失ったサンジを船まで運んだ。
皆、帰りが遅い二人を心配していたところへ、背中に穴が開き、血を流しすぎて
気を失ったサンジを連れて帰って来たから、当然、船の上は急に慌しくなる。

「ゾロ、ラウンジにベッドを作って」
「ナミ、お湯をたっぷり沸かしてくれ」とチョッパーは手早く、それぞれに
的確な指示を与える。

狭いラウンジに全員が揃ったところで、チョッパーの邪魔になるだけだ。
ゾロとウソップ、ルフィは、チョッパーが出てくるまで、甲板で待機、と言い渡される。

「・・・一体、何があったんだ?」
ただならぬサンジの様子を見て、ゾロも内心、平静ではないだろう。
だが、サンジが傷ついている姿を見たのは、これが初めてではないから、
おおよそ、命に別状がある怪我かどうかの判断は出来ている様だ。
ウソップに事の始終を尋ねた声に、殆ど動揺はない。

「それがよお・・・」
ウソップは、・・・話の途中、倒した虫の数や、虫の大きさ、虫の凶暴さなどを
誇大にしつつ、ゾロとルフィにサンジが怪我を負った経緯と、
連れて帰って来たリス、「コニャック・ボンボン」について話した。

「へえ〜〜、お前、しゃべれるのか!面白エな!それにシッポがフカフカだ」
「とにかく、お前エのおかげで、サンジとウソップが無事に帰ってこれたんだ」
「なんか、礼をしなくちゃなあ」
そうルフィが言うと、コニャック・ボンボンは恐縮し、
「いいえ、ボクは何もしてなイんでス。ただ、逃げ道を教えタだけで・・・」と
尻尾まで揺れるくらいに首をふるふると振った。
ウソップは、サンジが握っていた貝殻を、コニャック・ボンボンが
咥えていた紐を通してやる。

コニャック・ボンボンからこの貝殻と紐の由来を船に帰る道すがらに聞いていた。

(・・・全く、らしいつ〜か・・・。昨日知り合ったばっかりの、
しかもリスの貝殻を気を失ってるのに、あんなに大事に握ってるなんて)
とウソップは通したばかりの貝殻を目の前にブラブラぶら下げながら、ふと、考える。

サンジが何を思って、コニャック・ボンボンの貝殻を地面から拾い上げたのか、
ウソップにはなんとなく分かる様な気がする。
上手く言葉には出来ないのが少しだけもどかしい。

同情だったのかも知れないし、思いやりだったのかも知れない。
もしかしたら、咄嗟の気まぐれだったのかも知れない。
いずれにしても、サンジの行動としては、そう突飛だとも思えない。

理由など聞かなくても、その行動をいかにもサンジらしい、と思った。そして、
(・・・でも、あいつはホントにいいヤツだ)と改めて、つくづく思う。

「よし、首にかけてやろう」
ウソップは、船べりに乗ってずっとウソップの手を見ていたコニャック・ボンボンの
首に出来上がったばかりの貝殻の首飾りをつけてやる。

※ ※※

チョッパーの手当てが終わり、それからも昏睡していたサンジが目を覚ましたのは、
船を出してから5時間ほど経った、夜だった。
波はおだやかで、月が明るく、そのまま船はログが示す航路に戻る為に
順調に進んでいる。

「虫の毒が腰から下に回ってて、痛いくらいに痺れると思うんだ」
「中和剤を作るのに、三日ぐらいかかるから、その間、下半身に麻酔をかけるから」
「その麻酔をかけないと、痛みと痺れで余計に体が疲労し、出なくていい熱が出たり、
体力を消耗するからね。不便だろうけど、ガマンしてくれ」
そうチョッパーに言われたら、サンジは一切の口出しは出来ない。

「あと、二時間でも遅かったら、内臓まで針が突き刺さってたよ」
「そうなったら、どっと出血してサンジは死んでたかもね」
「ウソップに感謝しなきゃいけないよ、サンジ?」

やっと目を覚ました、と聞いて全員が一度、サンジが寝かされていたラウンジに集まった。
その場でチョッパーにそう言われたのに、うつ伏せになったまま、
サンジはウソップの顔をチラ、と薄目で見上げ、「・・・お前なんかに・・・」と
苦々しく呟いて、くるっと頭を背けてしまう。

(あぁ?なんだ、その態度は!)当然、ウソップはカチン、と頭にくる。
まさか未だに「ホモだ、ホモじゃない」の一件を根に持っているのか、
それとも、ウソップに助けられた事にこだわっているのか。

一体、何にそんなにこだわって、仲間全員が見ている前で拗ねて
ヘソを曲げているのか、ウソップには分からない。

せっかく、危機を救ってやって、ぐったりと力の抜け切った体を担いで、
出来るだけ急いで帰ってきてやった上、大事に握っていた貝殻もちゃんとその目的を
果たせるように細工までしてやったのに、それになんの感謝もなく、
何が理由なのか知らないが、態度の悪いサンジに腹が立ち、呆れた。

※ ※※

船が進んでいる間、この船では乗組員は全員起きている。
ウソップは、まだ憮然とした気持ちのまま、月の光が明るい海を甲板から眺めていた。

「・・・大変だったみたいだな」
「あいつ、何を拗ねてる?」

後ろから、ゾロにそう声をかけられて、ウソップは深いため息をつく。
「・・・俺に助けられた事が悔しいとか、・・・多分、そんな事だろ」
「自分より弱いヤツに助けられた事がガマンならねえんだよ、多分」
ウソップがそう言うと、「・・・まさか、・・・そんな事じゃねえだろ」
ゾロはそう言ってクスリ、と含み笑いをする。

「お前が助けに来て、その後すぐに気を失ったんだろ?」
「ホントにお前の事を自分より弱いと思ってたら、あいつはソコで気を失ったりしねえよ」
「多分、必死でお前を守ろうとする。でも、そうじゃなかった」
「お前が来たんで、気が緩んだんだ。もう大丈夫だ、これで安心だってな」

ゾロの言葉を聞いて、ウソップは目をこれ以上ないほど大きく開く。

「でも・・・怪我をしてるのずっと隠してた。それって、俺を頼りないって思ってるからだろ?」
「それに、胸クソ悪い事ばっかり言ってたんだぜ」

ウソップは、ゾロに、事細かくサンジの言動を話した。

※ ※※

「暢気な事言ってる場合か!さっさと蹴り殺して来い!」と言えば、
「・・・イヤだね。お前はお前で何とかしろよ」そう平然と答え、
挙句に
「俺はこの小屋に虫がいくら踏み込んでこようと、自分の身ぐらい自分で守れるからな」
そうウソップをバカにした事。
「・・・な、なんだと!薄情モノ!」と言えば、
「・・・俺に守って欲しけりゃ、ここで土下座して謝れ」と言った事。
「倒せねえんなら、さっさと逃げればいいだろ、なんで虫をひきつける様な真似してんだよ!」と言ったことに対して、
「やられっぱなしで逃げるのはイヤだ」と言い、
「俺に守ってもらわなきゃ、虫から逃げ切れねえのか」とあざ笑った事。

ゾロはウソップの話を黙って、ウソップが見たこともない柔和な表情で聞いていた。
そこへ、何時の間に側にいたのか、コニャック・ボンボンが
「あの・・・ちょっとヨロシイですか?」と声をかけてきた。

「居心地が悪いのか、・・・・ええと、・・なにボンボンだったか・・・」ゾロが小さな子供に話しかけるようにコニャック・ボンボンにそう話しかける。
「コニャック・ボンボンです。ロロノア・ゾロさん」、とコニャック・ボンボンは律儀に
ゾロにペコリと頭を下げながら返事をする。
「いえ、久しぶりに船に乗って、飼い主の事を色々考えてましタ。とてもイイ船ですね」
そう答えてから、今度はウソップの方へ向き直る。

「サンジさんが、怪我を隠したのも、ウソップさんに喧嘩を吹っかけたのも、全部、
ワケがあるんです」

そう言って、コニャック・ボンボンは静かに、ウソップが聞いていない、サンジの言葉を話す。

※ ※※

「・・もしも、これ以上、俺の足が遅くなって、クソ虫どもに追いつかれるような事があったら、」
「ウソップには、仲間の助けを呼びに走ってもわなきゃならねえ」
「その時、怪我をしてる仲間を置き去りにして逃げる、なんて事考えたら」
「ウソップの足が鈍る・・・。だから、黙ってるんだ」

※ ※※

「・・・ホントかよ。それじゃ、・・・」
サンジは、ウソップを信頼している。とても大事に思っている。
傍から見ていて、それはとてもよく分かった、とコニャック・ボンボンは言った。

「・・・ほらみろ」コニャック・ボンボンの言葉を聞いて、ゾロはにんまりと満足そうに笑う。
サンジの事は、誰よりも分かっている、と言う自信がその笑顔から滲んでいた。

「だったら、あの態度はなんだよ」ウソップが独り言のような声でそう言うと、
ゾロがコニャック・ボンボンの尻尾をやんわりと握ったり離したりしながら、
「喧嘩したって言ってたが、その原因はなんだ」と尋ねてきた。

「それは・・・その、・・・」
ウソップは思わず言葉を濁す。サンジと同じ様に「ホモ」と言う言葉に過剰に反応して、
ゾロも怒り出すと困る、と思ったからだ。
だから、咄嗟に話題を変える。
言葉の使い方を間違えるとどこで爆発されるか、まだ掴め切れない。
まさに油断大敵だ。

「お前はよぉ、あいつのどこがいいんだよ?」と当たり障りなく尋ねてみた。
「・・・え?」
ゾロの手が止まる。けれどすぐに、
「・・・あいつのどこがいいって?」とご丁寧に聞き返してきた。
ウソップは恐々、深く頷く。
正直、ゾロの機嫌がどう変わるか不安ではあったけれど、
思いがけず、ずっと知りたかった事を聞くチャンスが来た、と思った。

ゾロと関係を持っている事に対して、側で見ているとサンジはどこか迷っていて、
なんとなく頼りない。けれど、ゾロはサンジを選び、サンジと関係を始めると決めた時に、
きっと、もう腹が括れている。

だから、これくらいの質問にいきなりキレて爆発する事は多分、ない。
暫く考えこみ、ゾロは
「・・・そうだな。目を離すとどこでなにやってるか、わからねえ」
「下らねえ事しでかして、なんか俺を落ち着かねえ気分にさせる」
「・・・そんなトコかもな」と言って、照れ臭そうに自分の鼻頭を一度だけ摘んだ。

人の顔から視線を逸らして話すゾロを見るのは初めてだ。
「・・ああ〜〜、なるほど・・・」と答えたものの、
初々しいゾロの仕草に、ウソップの方が照れ臭くなってしまう。

本当に、真面目に、誠実に、大切にサンジとの絆を育もうとしているのが、分かる。
今まで興味本位で見ていた事が恥ずかしく、胸がほんの少し、ズン、と痛んだ。

「・・・とにかく、・・・ご機嫌直してもらうとするか」
「色々、俺も誤解って言うか、・・・勘違いしてたしな」

ウソップはそう言って、サンジが寝ているラウンジへと歩き出す。
足元に落ちる自分の影を見ながら、ふと、ウソップはサンジの言葉を思い出した。

(お前なんかに・・・・って言った、あの続きは一体、なんだったんだ?)

てっきり、「お前なんかに守ってもらったなんて情けねえ」とでも言うつもりだったのかと
思い込んでいたが、さっきのゾロとコニャック・ボンボンの言葉から考えると、
どうも違うような気がして来た。

「・・・お前なんかにホモだなんて言われたくねえ」と言いたかったのか。
(・・・ひょっとして、単純にまだホモだ、ホモじゃないの件だけで拗ねてるのか?!)
多分、そうだ、とウソップは確信する。

それは、コニャック・ボンボンの貝殻を拾った理由と同じくらい、
言葉に出来ない漠然とした確信だけれども、絶対に間違ってはいない。

あの支離滅裂で、幼稚なトコロもあるサンジなら充分、有り得ることだ。

(・・・あいつの女好きは筋金入りだ。虫でもホントにメスは自分の足で蹴り殺してなかったって、
ボンボンリスも言ってたしな)

そう思いながら、ウソップは階段を登り、ラウンジのドアを開けた。

うっすらと灯りを灯した光が、上半身を起こして、起き上がっているサンジの背中を
照らしていた。

「おいおい。起き上がっていいのかよ」とウソップは慌てて駆け寄る。
サンジは最初、黙り込んでいたが、とうとう、堪えきれなくなったのか、
「・・・小便に行きてえんだ。でも、足が動かねえ」と、小声でボソリ呟く。

「手、貸してやるよ。ほら」と言っても、サンジは
「・・・まだ、お前とは喧嘩の真っ最中だ」と言って、ウソップの差し出した手を払い除け、
顔を背けてしまう。

(この野郎・・・やっぱりソレか)と、ウソップは心底、呆れる。

「わかったよ、俺が悪かった。お前は根っからの女好きだよ」
「虫のメスも殺せないくらいだからな。断じてホモじゃねえ」
「これから先、もし、お前の事をホモだなんて言うヤツがいたら、俺が最初にぶっ飛ばしてやる」

そう言うと、やっとサンジは振り向いた。
そして「・・・よし。じゃあ、許してやるから手を貸せ」そう言って、ぬっと手を突き出す。

それからは、喧嘩をした事などもうすっかり忘れたかのように二人はいつもどおり、
気兼ねなく話せる。

ルフィもチョッパーもコニャック・ボンボンを気に入って、一緒に旅をしようと誘った事。
けれど、コニャック・ボンボンは、飼い主が酒を運ぶ船の船長だった事もあり、
「海賊に飼われるなんて、恐ろしくテ!」と言って断った事。

サンジが眠っていた間の話をウソップは堰を切ったようにたくさん話した。

「で、どうするんだよ、ボンボン氏は?」
「ああ、口と耳があれば、リス一匹どこにだっていけるから」
「北の海に行って、・・・飼い主の息子を探すんだってよ」
「・・・ふーん。そりゃ、海賊みたいに逞しいな」

そんな会話を交している最中、ウソップは思った。

これからは、ゾロとサンジ、二人がどんな風に絆を深めていくのか、
それを見守っていこう。
そうやって、逆鱗に触れるポイントを探っていこう、と。

(終わり)



最後まで読んで下さって、有難うございました。

これ以上長くなると、何が描きたかったのか、ってことが
ボヤけてしまうので、本編はここまでです。

が、後日談として、「麻酔が取れて立てるまで編」も予定しておりますので、
ウソップくったり編、もうしばらく、お付き合い下さいませ。

2005.705