「釣り大会をする。」

穏やかで小さな田舎島。その癖、ログが溜まるのに後数日掛る。
冒険もし尽くして、モンキー・D・ルフィは退屈だった。

「「「「「「すれば?」」」」」」と乗員の殆どが異口同音。

ルフィ以外の誰もが乗り気でないのに、船長命令は絶対だった。

今回はチーム戦である。

ルフィ・ナミ組。
ロビン、ウソップ組。
チョッパー、ゾロ組。

「俺は、審判だ。」と獲った魚を調理する権利と義務を持つサンジがジャッジを下す。

「ま、人数が半端だからな。」とゾロが憎まれ口を利く。
「審判の機嫌を損なうと不利だぞ、短髪ワカメ。」とサンジは即座に言い返す。

「で、どう言うルールなの、コックさん。」
「重さだよ。」

ロビンの質問にサンジがルールを説明する。
「どのチームが一番多く釣ったか。数じゃなく、重さで勝敗を決める」
「じゃ、小さくてもたくさん釣れば勝ちって事ね。」
と、ナミがサンジに尋ねる。「もちろん、です、ナミさん。」とサンジはニヘっとダラしなく笑って答えた。

「釣った魚は俺が責任持って超ゴージャスで超美味い料理に仕上げます。」
「一位は、それを食べる権利。」二位以下は、一位のチームの人間が「ご馳走様」と言わない限り、箸をつけては行けない。
「3位、つまりビリッケツはこの船のスミからスミまで大掃除をしてもらう。」

「おい、抗議だ、クソコック。」「今日はミスタージャジと呼べ、なんだ、海洋マリモ。」
わざわざ律儀に手をあげてサンジに抗議するゾロにサンジは横柄な態度剥き出しで
返事をする。「女のいるチームは物凄く有利な気がする。」
「気の所為だ。」ゾロの抗議は一瞬でサンジに棄却された。
「銛、網の類は使わないこと。あくまで釣りだからな。」

そして、釣り大会はその日の夕方まで、となった。

サンジは、それぞれのチームを見て回る。
釣れている魚によって、料理を考えなければならないからだ。

(もしも、ナミさんやロビンちゃんが掃除するハメになったら手伝おう)と決めているから、この釣り大会、サンジが一番大変だ。だが、本人はそんな事はどうでもいい。
自分の腹一つで仲間が一喜一憂するのが楽しいのだ。

まず、岩場で釣りはじめているロビンとウソップの様子を見に行く。

(さすが、頭脳派と技巧派の組み合わせ)とサンジはその釣りの様子を見て
感心する。
やみくもに釣竿を沖ヘ投げているのではない。この磯に住む魚の種類を調べ、
魚の種類を絞って、その生態に合わせた餌や、、釣り針などを用意してあるようだ。

「大物狙いだな。」とサンジは釣竿を持つウソップに声を掛けた。
ロビンはバケツに入れた、うす茶色の粉をダンゴにして海に投げ込んだ。
その途端、海面がピチピチと泡立ち、小魚がそのダンゴを競い合うようにして食い
散らして行く。そこには釣り糸を垂らさず、ウソップが狙っているのはその小魚の群れている場所よりもかなり沖だ。

「まあな。」とウソップは得意満面で答える。
撒き餌に寄って来るのは子供で、その警戒心のない子供の様子を離れた所で、
成長した魚が窺っている。それをウソップは狙っているのだ。

「ロビンちゃん、これはなんだ?」とサンジはロビンが手を汚して作っているダンゴの
元になっているバケツの中の餌を手に取って尋ねた。

「知らない方がいいわ。」とロビンはサンジを見て、ククっと小さく喉を鳴らして笑った。「ああ、サンジ知らないのか。それ、サナギ粉って言って、サナギを粉にした・・」

ウソップの説明を最後まで聞かない間にサンジの顔面は真っ青になった。

「だから、知らない方がイイっていったのに。」とロビンが笑いながら呟き、
必死で海に手を浸し、アライグマのように自分の手を慌てて擦ってサナギ粉を
洗い流すサンジを可笑しそうに見ていた。

サンジはその次に港へ向かう。
(ナミさんなら、絶対にここにいる)と思ったからだ。

そして、船が着く埠頭にルフィとナミはいた。

「すごい、すごい、今度は10匹もくっついてきたわ!」
「俺もだ、見ろ、ナミ!」と仲良く騒いでいる。

二人のもっている竿の先には、小さな餌籠がついている。その中には小さなエビが
入っていて、水中でそれをふわり、ふわり、と動かす様に竿を上下に揺らすと、
その籠から零れたエビを狙って、小さな魚が群れてくる。
細い釣り糸にはたくさんの釣り針がくっついていて、その針に魚が引っかかる。
いわゆる「サビキ釣り」と言う、最も簡単な釣りだ。
大物は釣れないが、群れがいればそれこそ「入れ食い」で、いくらでも釣れる。

ナミの組は大きさではなく、量で勝負を賭ける気だな、とサンジは予想して、
次のポイントに行く。

(あいつらはなんにも考えてねえだろうな)と、なると砂浜だ。

ゾロは砂浜に釣り竿を刺し、大の字になって寝転んでいる。
チョッパーも同じだ。

「どうせ、サンジがロビンやナミに掃除させる訳ないし。」
「俺達がどんな大物釣ったって、どうせビリッケツになるに決ってるしな。」
と負けを見越して二人して昼寝をしようとしているらしい。

「おいこら。」とサンジは二人に近寄った。
ふと、ゾロの竿を見ると大きくたわんでいる。

「おい、引いてるぜ。」とサンジはゾロを蹴り起こした。

「大物かも知れねえぞ、これは。」と異様にたわんだ竿を見て、ゾロは
半そでのシャツを肩先までたくし上げて、竿を握った。

「大物相手だと釣りは格闘技だ、気合入れろよ」とサンジもゾロのやる気を煽る。
「おい、やる気出させたかったら、特別ボーナスを考えろ。」とゾロは
リールを手繰りながらサンジにそう怒鳴った。

「メシを一番に食う特典なんかじゃやる気でねえ。」と腹に相当力が入った声で
サンジと交渉する。
「いいぜ、別に」

(どうせ、大した魚じゃねえだろ、こんな砂浜じゃ)とサンジは嵩を括っていた。

緻密な計算の上のウソップ・ロビン組。
質より量のルフィ、ナミ組。そのどちらも恐らくもう、かなり重さを稼いでいる筈だ。

「今夜、」「判った、」チョッパーの前で妙な事を口走られると迷惑なので、
ゾロの言葉をサンジは途中で遮った。

「お!?」
ゾロのリールが急に軽くなる。
(糸が切れたか、逃がしたか)と思った。
が、リールを最後まで引き寄せてみると、釣り糸の先には、眼鏡らしいモノが
引っかかっている。

「たいした大物だな。」とサンジはそれを見て、鼻で笑った。
「フン。」とゾロは悔しそうにサンジを睨んだ。
「途中までは凄エ引きだったんだ。」

その時。「ゾロ、来た、来た!」と今度はチョッパーが慌てふためいてリールを
握る。「今度こそ、釣り上げてやるから、そこで目ひんむいて見てろ!」と言うや、
チョッパーから釣竿を取り上げた。

竿を腹に押し当てて、体を逸らす。そしてまた、体を折って、弛んだ釣り糸を
リールを手繰って縮め、海中でもがく魚との距離をジリ、ジリと縮める。

「もうちょっとだ。」とゾロがサンジを見て、ニヤリと笑った。
「これはデカイぜ。」

そして、それは本当に大きかった。

「この眼鏡泥棒が!」と釣り針が引っかかったままの体で海中から現れ、ゾロに掴み掛った。
釣り糸を手繰って現れたのは、丸々と太ったイルカの魚人。

「眼鏡を返せ、この野郎!」とピチピチと胸鰭でゾロの頬を叩く。
サンジはそれを見て砂浜を転げ回って笑った。

「魚人は対象外だ、残念だったな、チョッパー!」

ところが、ここからゾロ・チョッパー組の猛烈な追い上げがあった。
そのイルカの魚人に魚を追い込んでもらい、そうして、大物を次々と釣り上げたからだ。

そして、結果は。
ゾロとチョッパーは腹一杯にサンジの作った魚料理を食べた。
もちろん、二人では食べきれないから、皆揃って食べた。

そして、腹が膨れたから、全員その腹ごなしの為に船を隅々まで全員で掃除した。

「な、俺のおかげで今日は楽しかっただろ。」と船長のルフィはご満悦。

ただ、魚を釣って遊んでいただけ。
こんな長閑な事がこんなに賑々しく楽しめるのは、命を削るような冒険の日々の、
ほんの束の間の休息だからだろう。
それとも、モンキー・D・ルフィとその仲間達はそんな休息の日さえも、一生懸命に
生きているからだろうか。

月が高く昇っても、麦わらの海賊旗を戴く船からは途切れる事無く、笑い声が響いていた。


(終り)