第一章「火傷」

真冬の嵐をやり過ごす為に、その島に立ち寄った。
ログには影響しない、航路からほんの僅かに外れた島だった。

「わざわざ、強風と吹雪の中に突っ込んでいく事はないわ」
「港には、海軍の船が大勢停泊してる様だから、どこか漁港か、入り江を探してそこに
船を着けて、天候が回復するのを待ちましょう」
航海士、ナミの判断で麦わらの一味の船はその小さな島の、小さな入り江に碇を下ろした。

海軍が常駐しているらしいこの島に不用意に上陸して、追われる事になったら、雪交じりの風が吹き荒ぶ、高いうねりの海を逃げ回らなければならない。
「そんな厄介な事になるのはゴメンだからね。誰も船から降りないでちょうだいよ」
「天気が良くなったら、すぐに船を出すんだから」とナミが言うと、ルフィがすぐに「え〜、折角島に着いたのに上陸しねえなんてつまんねえよ」と頬を不満げに膨らませた。
「島に着く度に、誰かが、いつも厄介ごとを背負い込んで大変な目に遭ってきたのよ!」
「ただ、嵐をやり過ごすだけに寄った島なのに、ここでもまた面倒に巻き込まれるのは
ゴメンだって言ってるのよ、分かる?!」とルフィの鼻先でそう怒鳴った。
「厄介ごとだと思うから面倒だと思うんだろ〜?全部、冒険だと思えば楽しいぜ?」
「一ベリーにもならない、船の修理代だのクルーの怪我を治す為の薬代だの、出費ばっかりかさむ冒険はしたくないの!」
(・・・ナミさん、イラついてるなア)とサンジは傍から見てそう思った。
食料はあるけれど、確かに今、懐が寂しい筈だ。
(・・・前の島じゃ、賞金首は殆どいなかったしな。その後、海軍に出くわして船も傷んだし・・・食料買ったら手元に殆ど残ってねえみたいだったからな)
(これ以上、あのクソゴムに纏わりつかれたらお肌に悪イ)
「おい、ルフィ!」
サンジは見るに見かねて、ルフィとナミの押し問答に割って入った。
要は、退屈させなければいい。だから、サンジは提案した。
「オヤツ、たっぷり作ってやる。その代わり手伝え」

入り江の中は外海と違って波はそう高くない。
航海中は、突然どんな振動が起こるか予想出来ないから、油で揚げて調理する、と言う事は殆どしない。だが、(入り江の中なら大丈夫だろ)、とサンジは仲間が捏ねて形を作るドーナツを手際よく、大きな鍋で熱した油で揚げていた。
黄金色の新しい油の中でブクブクと小さな泡を立てながら泳ぎ、思い思いの形に丸まったドーナツがふっくらと可愛らしく膨れてくる。揚げたてのドーナツにパラパラと砂糖をまぶして、仲間の目の前に差し出すと、まだ粉だらけの手が一斉に伸びてきて、あっという間にその皿の中のドーナツは消えていった。

「ドーナツってこんなに膨れるのねえ」
「この形がいいのは、私のよ」とナミはにこやかにドーナツが揚がる様子をサンジの両脇から油の中を覗き込んで見ている。
「油がはねるかも知れないから、あんまり側に来ない方がいいですよ、ナミさん」
サンジは、口では一応そう言っては見るけれど、体が触れるくらいナミに寄り添ってもらえるのが嬉しくて、あまり強くはいえずにいた。「ありがと、サンジ君。あいつから気を逸らしてくれて」とナミにそっと小声で囁かれ、サンジの頬がだらしなく緩む。
「いえいえ。でも、その分、小麦粉と卵を使っちまいましたけど」
「それくらい、後で買い足しても大丈夫よ」
そんなやり取りをしている時だった。突然、大きく船が横に揺れ、傾く。

横波を食らったか、海の上スレスレに吹いてきた、突風に船の横っ腹を煽られたか。
その大きな揺れに、誰もまともに立ってさえいられなかった。

「キャッ!」ナミが壁まで吹っ飛び悲鳴を上げる。
次の瞬間、ジュワッ・・・ッと油が爆ぜる音、ガラン、と鍋が床に転がり落ちる音がした。

ナミが壁まで吹っ飛んだのは、船が横揺れしたからではない。
鍋には、煮えたぎった油がたっぷり入っていた。
サンジの側にいて、その場所で尻餅でもついていたなら、その油をまともに被っていただろう。
「サンジ君、大丈夫!?」
跳ね起きて、自分を突き飛ばしたサンジの側に駆け寄る。
サンジは歯を食いしばって、何も答えない。右肩から、右の腕の裏にかけて白い湯気があがり、シャツがべっとりと赤く色が変わった肌にへばりついていた。


(残りは、新刊で!)

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