第一章 「緑の島」
第一話 童歌の谷
「・・・航路からズレちゃったわ」
「酷い嵐だったからね。仕方ないよ。ログホースが壊れてないなら大丈夫さ」
嵐が去った後独特のなんの混ざりけも無さそうなほの冷たい強い風の所為で、
まだ波が高い。麦わらの一味を乗せた船はその波を切って、まだ雨粒で濡れた帆を
風で乾かしながら進んでいる。その舳先で進路と腕に巻いたログホースを眺めて溜息をついている航海士のナミにコックのサンジは、元気付けようと温かな飲み物をこぼさない様に注意深く、ナミに差し出した。
「ありがとう、サンジ君」カップを受取り、一口啜ってから見張り台の上のルフィに怒鳴った。
「そろそろ、上陸準備に掛るわよ、キャプテン!?」
「おお!!」弾むような、威勢のいい声が返って来る。
それをキッカケにして、狭い船内は急に慌しくなった。
長居するつもりはない。ただ、少しだけ休息を取る為に立ち寄っただけの島だった。
(・・・やりてえな)
数日間、不眠不休で疲れたゾロの若い体は、休息よりも、艶やかな肌の感触と甘い吐息に飢え切っていた。
「ログホースから外れてるし、町らしい町もねえし、こりゃ、稼げそうにないな」と
サンジは言うが、ゾロは「行ってみねえとわからねえだろ。以外と、こんな島には
昔海賊が隠した財宝だのがどっかに隠されてるかも知れねえし」などと言って、
サンジを連れ出した。
「・・・ふん」サンジはきっと、ゾロのそんな気持ちなど見抜いているだろう。
鼻を軽く鳴らして、それでも黙ってゾロに付いて来た。
(まんざらでもなさそうだな)と思ったのは正解で、粗末な宿ではあったけれど、
二人は久しぶりに誰に気兼ねする事無く、自分がやりたい事をやり、相手が望む事を
与えて、たっぷり満足し、絡みあったままで朝まで深く眠った。
ゾロが目を醒ますと、サンジはもうすっかり身支度を整えている。
空は寝床の中から窓の外を見て、その青さに思わず目を奪われるほど晴れていた。
けれど、まだ早朝で朝陽の金色がほのかにその青には混ざっている。
「さっき、面白い童歌を聞いてきたぜ」サンジは煙草に火をつけながら、
まだ寝床の中にいるゾロに近づいて来た。一歩歩く度に今にも抜けそうな床がギシギシと軋む。
「なんだ、もうどっかウロ付いて来たのか」ゾロは大きく一つ伸びをして、
とりあえず、素っ裸の体を起こした。サンジはごく自然な仕草でゾロのすぐ側に腰を下し、
「朝飯頼んできただけだ。」
そう言うと、口に咥えいていた煙草を指でつまんで抜き取った。
「もう、ここの宿の子供が起きてて台所で遊んでたんだ」と言い、
人に嘘つく悪い子は金を生む谷に捨てましょう
人の物を盗む悪い子は金を生む谷に捨てましょう
種をほじくる悪い子は金を生む谷に捨てましょう
赤子を起こす悪い子は金を生む谷に捨てましょう
「・・・だと」サンジはゾロが聞いた事のない旋律に乗せて、その童歌を
口ずさんだ。「金を生む谷?」ゾロは思わず、何度も繰り返し出てくる歌詞を聞き咎めた。
「まあ、童歌に歌われてるくらいだからホントにあるかないか
わからねえけど、ホントにあったら凄エと思わねえか?」
急ぐ旅ではない。もしも、その谷が本当にあって、金塊の一欠けらでも見つければ、
「ナミさんが喜ぶ」だろう、とサンジが言い、ゾロも折角天気はいいし、
急いで船に戻らなければならない理由もない。
「ログは?」とゾロが尋ねたら、サンジは「10日くらいって聞いてる」と答える。
身支度しつつ、(・・・なら、二日くらいは自由にしたって構わねえだろ)と考えた。
「金を生む谷に行ってはいけない」とその谷の事を尋ねた島の人々は口を揃えてそう言った。
「あそこは生きた人間が行く所じゃない。恐ろしい目に合う」
「そんな事言われたら余計に行きたくなるよな」とサンジは無理矢理にその谷への
道を聞き出した。
よくよく歌詞を考えてみれば、行っては行けないところだと言うのは、察しがつくが、
それでも海賊だと自ら名乗る以上、金、と聞いて黙って通り過る訳にはいかなかった。
二人は、粗末な町を抜け、山道を歩く。
鬱蒼としている山道を歩き続け、一晩山の中で野宿をし、そして翌朝、昼まで
少し間があるくらいの時間にようやく、その谷に辿り着く。
谷、と言っても、そこはまるで地面が強い力で引き剥がされた様に見える地形で、
赤茶けた大地から、深い地の底へと下を覗き込む、すると、そこに「金を生む谷」はあった。
「・・・すげえ。マジだったかよ」とサンジは地面にへばりつく様にして
その谷を覗き込み、まず、そう呟いた。
ゾロも隣で覗き込んでみる。太陽の光を反射して、金色の丸いモノが
ポコポコとまるで、キノコの様に生えているのが見えた。
「なんだ、ありゃ」と思わず、口に出る。「金、の卵かも知れねえ。こりゃナミさんが
見たら喜ぶぞ〜」とサンジは嬉しそうにどこか降りられそうな場所はないかとキョロキョロと視線を動かした。
「降りる気か?」「降りなくてどうする」
ゾロは浮ついた様子にそう言うと、サンジはゾロの方を見向きもせずにまだ
足場の良さそうな場所を目だけで探している。
「この島の連中が金だと判ってて黙って放置するか?」
「知らねえよ、そんなの。あそこから降りられそうだ、」ゾロの話しなど
今はサンジの耳に半分も入っていない、さっさと立ち上がると、目ざとく、
足場の良さそうな場所を見つけたのか、小走りで指す方向に向かって行く。
(・・・まあ、大丈夫だろ)自分とサンジなら例え下にどんな化け物がいようと
負ける気はしない。そう思ってゾロもその後ろに続いた。
つま先しか引っ掛からない足場の悪い崖をサンジは崖に貼りつくような姿勢ながら、
まるで、野生の山羊の様に、スルスルと滑らかに降りていき、あっという間に
金色の珠が転がっている最下部へ辿り着く。
刀を腰に挿しているせいで、ゾロはサンジに中々追い付けない。
もどかしい、と思っているうちに、サンジの姿が金色の球体の下に消えて行った。
崖にへばりついたまま、ゾロはもう大分近付いて来た地面に目をやった。
ピカピカと異様に艶やかに光る球体の下に見え隠れする地面は、
びっしりと地面は金色の石で覆われている。
「凄エぞ、これ!ホントの金にしか見えねえ!」とゾロの真下の球体の下辺りから、
サンジが大声で叫んでいるのが聞こえて来た。
ゾロはその声を聞き、(マジかよ、それ)と、気が急き、もうソロソロと
崖の上を移動するのも面倒だと思い、反動をつけ、崖を蹴って、球体の上に勢いよく飛び移った。
「うわ!」金色でピカピカに光っている、当然金の塊だと思いこんでいた。
だが、ゾロの体を受けとめたそれは、まるで、埃まみれの布団の様に
ボスン、と妙な音を立てて、ひしゃげる。
「うわわっ!」今度はサンジが球体と、その上のゾロの体の重みに押し潰され、
悲鳴を上げた。
「なにやってンだ、このボケ!俺が下にいるって判ってだろうがっ」
「こんなに脆いモンだなんて知らなかったんだ、」
尻の下から金色のぶあつい膜になってしまった球体ごしに
サンジの怒鳴り声がして、ゾロはその膜ごと、蹴り飛ばされる。
「・・・ケホっ・・・・なんだ、これ」膜の下から這い出てきたサンジは
まるで灰をぶっ掛けられた様に頭から足の先まで、真っ白な粉だらけになっていた。
もしも、この粉をゾロが被っていたら。
ロロノア・ゾロの生涯はここで終っていただろう。
これが冒頭部分で、この後、揉めたり、いちゃついたり、いつもよりも甘めですが、ちゃんと流血もしたり、
色々ありますのでご期待下さいませ!
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