馬並な男



「俺達は、海賊なんだぞ?!」
「そうよ。それで?」

口先で、ナミに勝てる男は残念ながら、麦わらの一味にはいない。
いや、口先だけではなく、ナミに勝てる要素を持っている男が、誰一人いないのだった。

だが、ウソップは必死になってナミに食い下がる。
「俺達は海賊なんだぞ?」

「そうよ、それで?」だがナミはバカにしたような顔つきで、ウソップの
言葉を馬耳東風で聞き流す。

「海賊が金を稼ぐッつったら、他の方法があるだろうが。」
略奪とか、賞金狩りとか。

「あら、そんな方法に一番、尻込みして協力しないの、あんたじゃない。」

二人のやりとりなど、もう、下船準備を済ませてしまっている
船長以下、乗員には全く興味がない。

「いいじゃないの、犯罪じゃないんだし。」と
ロビンは縄梯子を高い城壁へと投げる為に、壁に生やした自分の手へ視線を向けながら面倒くさそうにそう言い、

「祭りだ、祭り。」とサンジもやや、イラついた口調でウソップを急かす。

「どうして、あんなに嫌がるの?」と不思議そうにロビンは傍らのゾロに
尋ねた。

「さあな。"城壁を登りたくない病"じゃねえか。」とゾロは適当に答える。

確かに、高い城壁を登りそこなったら、そのまま、断崖絶壁に墜落するようなもので、
海面に叩き付けられるだろう。
ウソップが怯えるほど、その城壁は「そそり立っている」のだ。

が、結局、全員でその城壁をよじ登り、島の内側に這い上がった。

「うお、なんだこれ!」

この島は、大きな野菜が特産物だと言う。
そして、今、この島ではちょうど、それらが最もたわわに実る頃で、
今日、大きな祭りがある、と数日前にナミは新聞で知った。

「大食い大会!」とまず、大声でルフィを呼び、それから、全員を収集した。

「野菜部門」
「果物部門」
「麺部門」
「なんでか、肉部門もあるのよ、それでね!」

各部門の優勝賞金額が 200万ベリーと、豪華賞品。
準優勝が100万ベリー、と豪華賞品。
3位は、50万ベリーと、この島のエターナルホース。

「って、ことは、優勝がルフィで、800万べりー。」
「チョッパー、あんた頑張って2位を狙いなさい。400万ベリー。」
「ゾロでも、サンジ君でもウソップでもいいから、3位狙って、200万べりー」
「〆て、1400万べりーと、エターナルホースとか諸々で大儲けよ。」

だが、「俺は肉は食えない」だの、「そんなに食えません、」だの、「酒がねえと食わねえ」だの、色々文句が出たものの、

船長・麦わらのルフィの「行くぞ、大食い大会!」の一言で、
結局その祭りに行く事になったのだ。

「祭りに行かれる方はどうぞ、いらっしゃい、いらっしゃい!」と城壁の上では、
賑やかにその会場への交通機関の呼び込みが賑やかだ。

「見て、ロビンほらほら!」とナミがそのうちの一つに目を輝かせた。
「ガラスの馬車ね。素敵」とロビンはそのキラキラ光る、いかにも女性の好みそうな
豪華で華麗な馬車に近付いた。

「これ、二人乗りよ、航海士さん」

白亜のお城からこんな馬車に乗るなんて、素敵じゃない?と言うナミを見て、
「ナミさんって可愛いなア、やっぱり。」とサンジはもう鼻の下を伸ばしている。

「サンジ君、一緒に乗らない?」とナミはイタヅラっぽくサンジに笑い掛けた。
「え!」サンジは思い掛けないナミからの誘いに心底驚いて、突飛なほど声を上げた。

「王子様だもの、似合うわよ。」とロビンも可笑しそうに肩を竦めた。

(何イ?)ナミと二人であんなチャラチャラした馬車に乗る、と言う事に
ゾロは瞬間的にムカっとする。が、顔にも表情にも出さずに
他の馬車やら、面白そうな乗り物やらを眺め回している振りをする。

「い、いや、俺にはそんな。」とサンジはしどろもどろで断わった。

「あ、そう。じゃいいわ、男は男で勝手に行きなさいね。」とナミは
まるで、サンジが断わるのを見越していたようにあっさりとそう言って、
ロビンと一緒にその綺麗な乗り物に乗り込んだ。

「おい、誰か、金、持ってるのかよ。」とサンジはナミ達が走り去った後、
残った者になんとなく尋ねて見た。

「持ってるワケねえだろ。優勝する気満々で来たんだから」とルフィは
当たり前のように答える。

「ここから祭り会場まで、どれくらいあるんだ。」とチョッパーが疑問を口にして、
すぐ側にいた御者に尋ねると、「歩くと、4時間はかかる」と判った。

「4時間もちんたら歩いてたら、大食い競争が終っちまうぞ」とゾロが言うと、
「ゾロ、競争じゃネエ、大会だ。」とルフィがゾロのどうでもいい間違いを正す。

「乗り逃げするか。」とサンジはボソリと呟いた。

「どうやって?」とチョッパーはおずおずとサンジに尋ねる。
「途中で御者を叩き落す。」とサンジは事も無げに答え、男が4人と子供が一人、
乗れないか、と目に止まった、
青リンゴに羽根飾りのついた一台の馬車と交渉をはじめた。

青リンゴの馬車のとなりには、赤いリンゴの馬車がある。
内装などは全く同じだが、繋がれている馬はなんとなく、

「あっちの馬の方が利口そうだな。」とゾロは思い、そして思ったままを口にした。
「足も向こうの方が早そうだぞ、サンジ」とルフィも精悍な顔付きの
赤いリンゴの馬車の馬を指差し、サンジに文句を言った。

「そうか?」とサンジは馬を見比べる。
「ダンナ、お仲間の仰る通りです。値段は同じでも、こっちの方がずっと早く、」
「祭り会場までお運びしますぜ。」と赤いリンゴの御者はサンジに愛想良く話し掛ける。

「おい、そのダンナは俺の馬車に決めなすったんだ、チャチャを入れるんじゃねえ。」と青いリンゴの御者が赤いリンゴの馬車の御者に文句をつけた。

(あれ?双子だ)とチョッパーは二人の御者を見比べて驚く。
全く同じ顔、同じ顔付きの真っ黒に日焼けした、40歳くらいの健康そうな男達だが、
白髪の生え具合、顔の日焼け加減もそっくり同じだった。

「その馬、カメより鈍い足だって評判の馬なんだぜ、ダンナ方!」と
二人の御者は、ついに、お互いが下らない罵り合い始めた。

ところが、赤いリンゴの馬車に、サンジ達がハッタリで提示した金額の倍出す、
だから、急いでくれ、と言う客がついた。

「大食い大会にエントリーするのに、募集人数がギリギリらしいんだ。」と
その大柄な客が御者と話しているのをルフィが耳聡く聞いた。

「なんだって、急がないと!」とルフィは慌てた。

「カメより遅い馬なんかに乗ってる場合じゃねえ、俺、行くからな!」と
言うや、誰のものかわからない、側にあった自転車に乗って、
猛スピードで先に出発した赤いリンゴの馬車を追い駆け始めた。
祭り会場までは、城壁の上、となっている石畳の道を真っ直ぐに、
ひたすらまっすぐに進めば良い。

「おい、俺達も行こうぜ」と皆、一瞬、ルフィの素早さに唖然としたが、
ウソップが急に我に却って、こちらも慌てて青リンゴの馬車に乗り込む。

「オッサン、とにかく、あの自転車より早く走れ!」とウソップは御者を急かした。

馬車が走り出してしばらくしてから、サンジはそっとウソップに耳打ちする。
「馬の扱い方、よ〜く見てろよ。お前が御者やるんだからな。」
「マジかよ?」

赤いリンゴの馬車を引いている馬は、青いリンゴの馬車を引いている馬を普段から、
バカにしていた。
飼い主同士が兄弟の癖に仲が悪いのと同じで、彼らも同じ母親の腹から生まれた兄弟だが、父おやの種が優秀だった赤いリンゴの馬達は、
農耕馬の種である、青いリンゴの馬達を「駄馬」だとバカにしていたのだ。

赤いリンゴの馬車に追い付き、追い抜き、そして、目的地には大差をつけて
到着してやる、と馬も執念を燃やしている。
が、そんな事は御者にもウソップにも判る筈がない。

「もう、十分見ただろ。」と二十分ほど走ってから、今度はゾロがウソップに
話し掛けてきた。

「え。」御者はいきなり、体を持ち上げられ、その驚きに混乱していたら、
気がついたら、石畳の上に放り出されていた。

「の、乗り逃げだ〜」と喚いても、青リンゴの馬車はあっというまに
遠ざかって行く。

ゾロは、御者を後の開口部から放りだして、床に飲み掛けの酒があったのを
見つけて、口をつけた。

「安物だな。」といいつつ、グビグビと飲む。
食前酒のつもりだった。

「お、ルフィが見えてきたぜ。」とサンジが馬車から身を乗り出すようにして、
前方を指差した。

ルフィは、片手で頭を押えて、帽子が飛ばないように気を使いながら走っている。
その前方には、赤い馬車がガラガラと車輪の音をたて、激しく土ぼこりを上げながら
走って行くのが見えた。

「お〜い、ルフィ。」とサンジは馬車から手を伸ばして、帽子を寄越せ、と
身振り手振りで、必死でペダルを漕ぐルフィに伝える。

「ありがとう!」とルフィは素直にサンジに帽子を手渡す。
そして、サンジはそれを無造作にゾロに手渡した。

そのまま、ルフィと青リンゴの馬車は平行に走る。
ガラガラガラガラと凄まじい音で、振動も激しい。

サンジはそれでも、喉が乾いたのか、身を乗り出したままの格好で、
御者のカップで、ゾロから酒を分けてもらって、勝手に飲んだ。

「おい。」ゾロはずっと後方を見ていたが、ふと、サンジがまるで、
拗ねているように自分に背を向け、腰掛けずに椅子の上に膝立ちしているのが
気に掛った。

「ずっとその格好のつもりかよ。」なにか怒らせるような事をしたか?と
ゾロは自問自答しながらサンジに尋ねる。

「放っとけ。」とガラガラガラガラとやかましい音に混じって、
ぶっきらぼうな声が返って来た。

「ガキみてえな座り方だな。」とゾロはサンジの背中を眺めてせせら笑った。
が、無意識に腰のあたりや尻に目が行く。

触り慣れて、見ただけでどんな感触なのか、思い出そうとしなくても思い出せる。
「誰のせいだ。」とサンジがボソリと呟いた声を

ゾロは ガラガラガラガラと言う音とうっかり喋れば舌を噛みそうな
振動の中からはっきりと聞き取った。

それを聞いて、
「お前、それでナミと馬車に乗るの、断わったのか。」とゾロは驚き、
サンジの方へ完全に向き直った。

サンジは前髪が長い方の顔をちらりとゾロの方へ向けたが、
苦々しい声で、
「てめえが無茶するから、痛くてまともに座れねえんだよ。」と怒鳴ってすぐにまた、
プイとルフィの方へ顔を背けてしまった。

「俺の所為かよ、それ。」とゾロはガラガラガラガラとやかましい音に負けないほどの
大声でそう怒鳴ってサンジの隣ににじり寄った。

「お前の所為でなきゃ、誰のせいだよ」と間近に来た事で話しがしやすくなったのか、
サンジもそう怒鳴り返す。

「お前が1週間も我慢させたからだろうが。」とゾロは大真面目に鼻先を突き合せて
反論する。

「1週間、我慢したからって、昨夜、お前、馬並だったじゃねえか?!」
「俺の体の許容範囲を越えてンだよ、クソ発情期!」とサンジも顔を歪めて言い返す。

「でなかったら、ナミさんとガラスの、馬車だったんだぞ。」
「この落とし前は、キッチリつけて貰うからな。」とゾロの胸倉を掴んでそう言うと、
サンジは不機嫌そうな顔をして、また、向こうを向いた。

怒っている時に取繕ってもヘソを曲げてしまうだけだ。
確かに昨夜、"馬並"だったのは自覚も在るし、それだけではなく、
1週間ぶりだったので、調子に乗った、という事も否定出来ない。

(振動だけでも痛エのかも)と思ったが、
「膝の上にでも乗るか、」なんて冗談でも言おうものなら、
また、1週間、我慢させられるに決っている。
とりあえず、機嫌が悪いうちは近づかない方が無難だ、とゾロは考えた。

ゾロは「馬並でも入ったんだからいいじゃねえか。」と思いながらも、
「これから気イ、つけてやるよ、」と一応、殊勝に謝ってから、
また、後方の開口部へと移動した。

「ちょ、チョッパー!」
「こいつらにちゃんと曲がれるのか、聞いてくれ!」

ウソップの悲鳴が聞こえる。
もうすぐ、大きなカーブに差しかかるらしい。

「だ、大丈夫、俺達に任せろって言ってるぞ!」とチョッパーが
ウソップを励ましている声が聞こえる。

ガラガラガラガラ、と車輪の回る音。
ギュルギュルギュルとルフィの自転車が鳴る音。

そんな騒音の中で、拗ねた恋人とその機嫌を上手く治せない男だけが、
ただ、静かだった。

(終り)