「序列」
強くなる為なら、なんでもした。
何故、強くなりたかったかと言うと、下らない死に方をしたくなかったからだ。
それで体を鍛えた。
他の生き物にも誰にも見くびられないように、いろいろな悪魔の実を食った。
おかげで随分長生きもしたが、一体、自分がどんな能力を持っているのか覚えていられなくなった。
これは、まだ、私が今よりもほんの少し若くて、海賊と言う種類の人間に憧れていた頃の話しである。
二足歩行の「ヒト」から見れば、私は「イヌ」の姿である。
つまり、私は犬である。大いなる豪胆な犬になるべく私は生まれてきて、そして生きていた。
私は、その時とても腹が減っていた。そんな時は私が以前食べた悪魔の実「ガキガキの実」の力で幼犬の姿になって、人間にじゃれかかって、甘えて尻尾を振ると良い。
出来たら、メスの人間の方が良いのだが、その時は性別を選べる余裕がなかった。
「おい、ワン公。腹、減ってるのか」
私が追い駆けていたのは向日葵色の頭をしたオスの方で、その男の気を引こうと
していたのに、まず、私の存在に気付いたのは、そのオスの隣にいた、
緑の毛を頭から生やしたオスだった。
(お前には用はない)と思ったが、良く見ればその緑色のオスも両手に
なにやらたくさんの食べ物を持っている。
私はその緑色のオスに向かって思いきり、後ろ足がグラグラして体全体が
揺れるくらいに激しく思い切り尻尾を振ってそのオスに駆寄った。
「なんかやれよ、おい」と緑色のオスが私には一切無関心な様子の向日葵色のオスに
そう言っても、その向日葵色のオスは
「野良犬にやる食い物は一切持ってねえ、」と素っ気無い。
本能的に、「食い物」を頂戴するには、この向日葵に懐く方がいいと判断して
私はその向日葵色のオスに必死に付いて行った。
「連れていく、私の食事減らしてもいいから!ね、いいでしょ、ルフィ?!」
向日葵色のオスと緑色のオスに付いて行くと、麦わら帽子を被ったオスや、
オレンジ色の髪のメスがいる船に着いた。
自分で言うのもおこがましいとは思うが、子犬の姿になった私は相当可愛い。
フワフワと柔らかな薄茶色の毛、碧がかかった灰色の瞳、掌に乗りそうな程
小さな体、猫じゃらしのような尻尾、人間のオスはともかく、メスには地団太踏んで
尻尾を振るか、少し眼を潤ませてじっとそのメスの顔を見るだけで、大抵の望みは
叶えてもらえる。
で、向日葵色のオスが思い通りにならないのなら、まずは、その地位より上の者に
取り入れば良い。オレンジ色のメスに取り入ると、あっさりとこの海賊の群れの中に
入り込む事が出来た。
我々犬族は、まず、リーダー格がいて、その下の序列もきっちり順位付けされていないと自分の立場がわからずどうしていいのかわからなくて混乱する。
だから、この船の中、と言う群れの中で自分がどの位置にいるかをまず、決めてしまわねば落ちつかない。
リーダーは実に簡単だった。
麦わら帽子のオスだ。体の中に篭ったエネルギーはもちろん、群れの中の誰もが
このオスをリーダーとしてしっかりと認めているし、犬である私には、人間の目から見てそのオスがどれだけいい加減だろうと、適当だろうと、バカに見えようと、それだけの力量のある人間であると言う事は本能的に判る。
サブ・リーダーはオレンジ色の髪のメスだ。
どうも、この船はこのメスがいないとどこへも行けないらしい。
それに何より、私を大変、可愛がってくれる事も条件の一つだ。
さて、それ以下の順位付けが難しい。
犬である以上、自分が最下位になると思うかもしれないが、犬は人間の群れの中で
生活する時、自分よりも若年で最も立場の弱い人間よりは上位にいたいのだ。
例えば、4人家族の場合なら、父親、母親、と言う順序、それから上の子供、
自分、そして、末っ子の順位になる。弱い者は守ってやらねばならないが、常に立場を弁えさせる為にも自分よりも下の序列の者が自分よりも早く飯を食ったり、
自分の飯を横取りしたりするのは、絶対に許せない。
「お前、ホントは子犬じゃないだろ」
この船には厄介な奴が乗っていた。人間の言葉が喋れる青い鼻のトナカイだ。
「なんのことだか」と私は空惚けたが、内心ヒヤリとした。
「可愛い格好してるけど、お前、ホントはオッサンじゃないのか」
「オッサン臭エぞ」としつこいので、私は思いきり、その青い鼻に噛み付いてやった。
「うわ、イタイ!やったな、バカ犬!」
そっちが来るならこっちも上等である。先に喧嘩を吹っかけて来たから噛みついたので
あって、先に口火を切ったのはトナカイの方だ。トナカイは、ピンクの帽子を
振りたてて、私を追い駆け回したが、トナカイごときに捕まる私ではない。
甲板の上をピョンピョンと飛び回っていたら、周りの人間から見るとカワイイじゃれ合いに見えるのだろうか、誰も止めには来ない。
「バケの皮剥いでやる!」と言うや、トナカイはいきなりすらりとした姿に姿を変えた。
途端、動きが急に早くなり、私はあっという間に捕まってしまった。
「キャン、キャン!キャン!」と出来るだけ憐れっぽい声で悲鳴をあげる。
「止しなさい、船医さん、可哀想じゃないの」
ゴワゴワと固いトナカイの腕にふん捕まってもがいていると、その腕からニョキリと
白い人間のメスの腕が数本生えて、優しく私をトナカイの腕からもぎ取ってくれた。
「ロビン、そいつ妖しいンだ。ただの子犬じゃないんだぞ!」とトナカイは喚くが、
黒い髪のロビンと言う名のメスはギュと私を抱き締めて、
「コックさんに付いて来ただけの子犬じゃないの。」と言い返してくれた。そして、
私に頬擦りしながら、
「可哀想に怖がってこんなに震えてるわ。ひどいトナカイさんねえ。」
「もう怖くないわよ、いい子ね。」と撫でてくれた。
この1件で順位が二つ、決定した。
ロビンは3番目。そして、トナカイは私よりも下である。
それから、私の為に様々な玩具や寝床を作ってくれた長い鼻のオスが4番目。
困ったのが、餌をくれるけれどもそれ以外の関心を一切示さない向日葵色のオスと
自分が気の向いた時にだけ、構ってくれる緑色のオスの順位がつけられない事だ。
力量もこの船での皆の扱いも尊敬や信頼を得ている度合いもほぼ、同じだと言っていい。
人間ならもっと過去やら、性格やらで判断するのだろうが、犬の尺度からして
簡単には判断がつけられないほど、二人の立場は判り難い。
「おい、トナカイ」と私はこの船に乗ってから1週間目に自分からトナカイに声を掛けた。「なんだ、オッサン」とトナカイはやはり可愛げがない。
自分よりも立場が下の者なのだから、いざとなったら守ってやろうとまで思っているのに、と苦々しく思ったが、私は1週間も自分が暮らしている群れの序列が決らない事が
気持ち悪くて落ちつかなくてどうしようもなかったので、とにかく、トナカイに
尋ねてみる事にした。
「コックのサンジってオスと緑のゾロってオスのどっちが上だ」
「上?ああ、序列か」草食動物でもトナカイも群れを作る動物である。
私が言わんとしている事が即座に伝わった事で思ったよりこのトナカイが利口だと
私は知った。センイ、と言うのがどんなものか、その時は知らなかったのだ。
「どっちが上とか下とかはないんじゃないのかな。人間は、犬みたいに
単純じゃないんだから」と嫌味たっぷりの目つきでトナカイは言った。
「フン。自分だってトナカイだろう。まるで自分は人間みたいな言い草だな」と
私も思いきりトナカイを見下した目をして見せた。
「俺は人間だ!トナカイだけど、人間なんだぞ!」
「どこが人間だって言うんだ、角は生えてるし、ヒズメもあるじゃないか」と
躍起になって人間だと言い張るトナカイに私はそう言い返した。
「ほら、こうすれば人間だ、どうだ!」とトナカイは言った.言った途端、また
するすると背が伸び、むくむくと胸板も厚くなり、大柄な人間のオスの姿になった。
「フン、そんな変身くらいで偉そうに」と私は鼻を鳴らした。
「火になったり、煙になったり、棘が出せる犬を見た事があるか、トナカイ」
「え!」実際に私は前足を棘に変化させ、驚いて大声を上げるトナカイの鼻先に
軽くプスリと突き刺した。「ギャアアア、痛エ!なにすんだ、バカ犬!」とまた
トナカイとの小競り合いがはじまって、また私は可愛い子犬の振りをして、
ロビンの所へ逃げ込むのだ。
どんなにトナカイが「この犬は中味はオッサンで沢山の悪魔の実の能力を持っている」と言ったところで誰も信用しやしない。
そんな事、想像も出来ない位に私は「可愛く」振る舞えるのだから。
が、結局一番知らなければならない事が判らないままだ。
私はその夜、格納庫でオスが発情している匂いを感じて目が醒めた。
私の寝床は「ウソップ工場」の隅なのだが、どこからともなく、発情
匂いが漂ってくるので気になった。
(なんだろう?)メスの匂いがしないのに、オスの匂いだけがする。
不思議に思って匂いを辿ると格納庫に辿り着いた。
ドン、ドン、と数回、扉に体当たりをするとドアが開いた。
「犬だ、気にすんな」と緑のオスの囁くような小さな声がした。
「犬でも・・・」気になる、と言いたげに私を見る向日葵色のオスの口を緑のオスが
塞いだ。それから口と口とを合わせたままでお互いの舌を口の中で
舐めあっているうちに、向日葵色のオスも私に全く関心を示さなくなった。
そんな様子を私は首を傾げて眺める。(何をやっているのだろう?)
人間は起きている時、布で肌を覆っているが徐々に二人はお互いのそれを剥ぎとって行く。だんだんと呼吸が荒くなって行くし、体をゆっくりと撫で回したり、
緑のオスは舌を使って向日葵色のオスの体を舐めたり、
緑のオスの指が向日葵色のオスの乳首を捏ねたり引っ掻いたり、吸ったりするのを
見ながら(人間は乳首がなんて少ないんだ)と驚いた。
発情の匂いで狭い格納庫が充満しているが、オス同士で交尾などするワケもない。
だが、二人とも性器は立派に生殖活動をするに十分な大きさになっている。
「あっ・・・あっ・・」緑のオスが向日葵色のオスを仰向けにしてその生殖器を
咥えて舐めると、向日葵色のオスの腹部がビクビクと震えて、苦しそうな声を出した。
(ははあ、わかったぞ)服従を示す行動で、緑色のオスはそれを認めている、と
私は理解した。それを決定付けたのは、それからほどなく、向日葵色のオスの
射精が済むと緑のオスはうつ伏せにした向日葵色のオスに対して、マウンティングをし
自分が優位に立つ者だと知らしめたからだった。
つまり、この群れでは。
1、 麦わらのオス
2、 オレンジ色のメス
3、 黒髪のメス
4、 長い鼻のオス
5、 緑色のオス
6、 向日葵色のオス
7、 私
8、 トナカイ
と、言う事になった。
それから、私は彼らとたくさんの冒険の日々を共にした。
死ぬか、生きるか、毎日スレスレの日々だった。
それぞれが夢を持って生きているあの船に私の居場所はないと気付いて、私は
あの羊の頭の船から降りた。彼らはきっと、子犬が逃げたと思っているだろう。
再び彼らと出会えた時、大手を振って自分の居場所は彼らの群れの中にあると言えるように、夢を追って生きている。
世界一、強い犬になるなる事。
すなわち。大剣豪に、私はなる。
終り