麗しいわが愛しの姉上様
海の上をカモメが飛ぶ。
首から、小さな木の筒をさげて。
それは次々とリレーされて、はるかグランドラインから、
ここ、東の海(イーストブルー)の、ココヤシ村に届けられる。
「また、あいつ。」とそれを受取った浅黒い肌の、若い女が舌打ちをして、
「着払いッス。」と言う喋るカモメに渋々郵送代金を支払う。
(全く、海賊になってもケチなんだから。)と苦々しく思いつつも、
つつがなく、元気にいてくれる便りが届くのはとても嬉しいので、
そう、本気で嫌な気はしない。
この家と蜜柑畑の主である、ノジコは、テーブルに腰掛ける前に、
ガスコンロにヤカンを乗せて火をつけた。
しっかりと封をされた封筒はかなりぶあつい。
今度の手紙にも、きっとたくさんの冒険話しがナミらしい軽快かつ、
辛辣な文章でびっしり書いてあるのだろう。
さっさと読むのは勿体無い。
入れ立てのコーヒーを傍らに置いて、やっと封を切った。
一文字、一文字、愛しんで、行間や字体に滲むたった一人の大切な妹の、
文章にはしなかった気持ちまでもをノジコはしっかりと汲み取る為に、
何度も何度も読み返す。
帰っておいで、とは言えないから、ただ、元気で、幸せでいてくれる事が判れば
それで充分。
「どれどれ。」
しばらく、ノジコは目の前にナミがいるような気分になるくらい、
楽しい気分でその手紙を読み始めた。
「親愛なる、いつも麗しいわが愛しの姉上様。」
その出だしの言葉で クス、と小さく笑った。
このお世辞丸だしの文章から書き始めたところを見ると、
ナミは、着払いで出す事をハナから決めていたらしい。
(相変らずなんだから。)
ノジコ、元気にしていますか。
恋人は出来た?もう、そこそこの年なんだからさっさと相手決めちゃってね。
私は毎日、数人のバカばっかりを相手にしてるから日々、退屈はしないけど、
クタクタです。
でも、不思議とストレスは堪らないのよ。
食費はやたら掛るけど、うちの海賊団には賞金稼ぎをすると言う収入源があるから、
なんとかやってます。貯金が出来ないのがとっても不思議。
ノジコも会った事があるでしょう?
緑の髪の、無愛想な男と、その正反対に、派手な容姿の口の上手な男。
緑の方の名前は覚えてると思うけど、ノジコを「おねえ様」って言ってたのは、
「サンジ君」って言うの。とても腕のいいコックさんなのよ。
で、なにがどうなってそうなったか、は前の手紙で書いたと思うけど、
この二人、見掛けはそうでもないけれど、とても 熱烈に想いあってる恋人同士なの。
それも前の手紙で詳しく書いたっけね。
サンジ君は私達の前では 相変らずのフェミニスト振りで、
まさか私達にゾロとの事を「バレてない」とでも思ってるなら、本当にバカだな、と
思うんだけど、そこをツッコむと多分、とても困らせる事になるだろうから、今はまだ聞いてません。
一体、ゾロはサンジ君のどこがいいのかしら。
「俺はいつでもレディ相手なら浮気するぜ」って言う雰囲気プンプンだし、
ゾロに優しくしてる姿なんか、一回も見た事ないし。
ま、きっと私の知らないサンジ君をゾロだけが知ってて、それで
そこがタマラナイのかも知れないし、大っぴらにイチャイチャされても
気分悪いから今のままでいいけどね。
でもね。
お節介焼きたくなる時もあるの。
喧嘩する時は、よく喋るくせに二人は私達の前では普通な会話を殆どしないのね。
普通の会話って、いわゆる「雑談」とか、お喋りってやつね。
サンジ君はルフィにも、ウソップにも誰とでも気楽に喋るし、
ハイで、無邪気に騒ぐ時もあるの。聞き役もしゃべる方もどっちもとても上手。
練習して出来る事じゃないけど、さすが接客業を極めてただけの事はあるの、
たしかに、媚びてない時のサンジ君とのおしゃべりはとても楽しくて、
時間を経つのを忘れるわ。
けど、ゾロは違う。あいつ、本当自分から話題を振って来ないし、
時間つぶしのお喋りの相手なんかは絶対に務まんない。
ごくたまに、自分の意見めいた事で口を挟んでくるだけだし、
サンジ君と二人きりで会話なんてするのかしら、とずっと思ってた。
でも、この前、朝早くに二人が蜜柑畑で座ってるのを見るともなしに見たら、
なにを喋ってるのか聞こえないけど、ゾロはやっぱりサンジ君の前でも
寡黙みたいで、表情にあまり変化がないみたいに見えたの。
でも、目だけが 今まで私が一度も見たことないくらい、とても優しくて一瞬、
ちょっとサンジ君に妬いちゃったわ。
サンジ君は後ろを向いたままだったけど、ゾロと二人きりの時の顔は
どんな顔なのか、とても興味を引かれました。
それでね。
ある時、ちょっと治安の悪い島に寄ったの。
なんだか前の夜に揉めたみたいで、二人は別々に賞金首を狩りに行ったんだけど、
珍しく、サンジ君が仕留めそこなったとかで、大怪我をして帰って来たの。
左腕と足を鉄砲で撃たれて、運の悪い事にその撃たれた足も強い衝撃で折れちゃってて、
それに、逃げる時に運河に飛び込んで泳いで来たから出血も酷くて、
料理が出来ないどころか、しばらく寝たきりでいるようにって、
うちの船医にきつく言われたのね。
どんな奴にやられたって、私達の前でルフィとゾロに問い詰められても、
サンジ君は、「忘れた」「ほっとけ」っていうばっかりで、答えようとしないの。
サンジ君がそんな状態だから、食料の買い出しもできやしない。
まして、彼が賞金首を狩ってくれないとお金が、予定の半分しか入って来ないから、
仕方なく、ロビンをサンジ君の変わりに「お仕事」に出てもらって、
ルフィと私とウソップが買い出しに出掛けたのね。
船にはサンジ君の世話をするチョッパーだけを残して、半日だけ船を降りたの。
ゾロはサンジ君が怪我をするのをとても嫌がる。
当たり前よね。好きな人がベッドでウンウン言ってたら心配だし、
ずっと側にいてやりたいと思っても、当のその恋人は「大丈夫か」なんて言おうものなら、
「余計なお世話だ」って臍を曲げるし、やってられるか、ふざけんな、と
思うのも無理ないわ。
今回も、ルフィ以外の者がビビっちゃうくらい、
ゾロが側にいるとサンジ君の機嫌が悪いし、かといって、離れさせると、
ゾロの機嫌が悪いし、とってもうざったくって、迷惑。
それはさておき。
私、ルフィ達と買い物に行ったんだけど、ほら、女の子には特別な買い物があるでしょ。
ロビンに頼まれてた銘柄がどうしても見つからなくて、一人でちょっと
ウロウロしてたの。
そしたら、街中で憮然とした顔で歩いているゾロを見掛けたの。
こんな事、ノジコに書くと、「ナミってエッチなのね。」って呆れられるかも
知れないけど、男の子ってすっごい「タマる」って言うでしょ。
特にゾロって旺盛っぽいし。「タマる」とそればっかり考えちゃって、
頭の中そればっかりになるって。
けど、私が本とかでチョット聞きかじったところでは、男同士のセックスって
受け入れる方がとってもツライとか。
サンジ君が時々変な歩き方してたり、顔色が悪かったりするのは、
絶対ゾロが無茶をした所為だと決めつけてたんだけど、
ここ最近は、サンジ君のそんな様子を見ることもなかったから
学習したのか、そのエッチ自体をしてナイのか、どっちかだと思ってたの。
「どっちだと思う?」なんてチョッパーに冗談で聞いてみたら、
チョッパーは、「してナイんだよ。」と即答してくれたわ。アハハハ。
なぜ判るか、って聞くと「サンジからゾロの体の匂いが全然しないから。」だって。
それで、船を降りて誰もいないところで、って思ってたのに、
サンジ君が大怪我しちゃってそれどころじゃなくなったでしょ。
でもね。
いくら 「タマってる」からって、恋人が大怪我で寝こんでる時に、
商売女を買うなんてあんまりじゃない?
「ああ、本物の同性愛者じゃないのね。」なんて安心した場合じゃなかったわ。
別に、尾行するつもりじゃなく、ただ、治安の悪い街で一人きりで
歩きまわるのが怖かったから、人ごみを掻き分けてゾロを追い掛けたの。
そしたら、イカガワシイ路地に入ってくじゃない?
おかしい、と思ってそこら辺りから気配を殺して尾行したの。
そしたら、
あいつ、本当に路地裏に立ってる派手な服装の、
足丸だしの女に声をかけたかと思ったら、その女にくねくねと腕を絡められて、
いかにも、って感じの建物に入ってくじゃない?
私、頭にカーッて血が昇ったわ。
でも、まさか、二人にとって部外者の私が踏み込む訳にもいかないし、
サンジ君も、結構陸に上がったらフラフラしてるみたいだから、
もしかしたら、公認なのかもしれない、
そう思って、その場を離れたけど、なんだか、
まさか、そんな不実な事をゾロがするなんて、すっごいショックだったの。
仮に、サンジ君が容認していたとしても、よ。
何も知らずに、暢気にナミさん、ナミさん、って甘えるサンジ君が
可哀想で仕方なかった。
でも、言えないじゃない?
「ゾロが女を買ってるわ、サンジ君知ってる?」って。
ところが、女の勘は鋭い、って言うけど、
(女じゃないけど)サンジ君の勘も鋭かったわ。
「剣士さんは忙しそうね。」って、ロビンが言うから、
ロビンについ、ゾロと街で会って、・・・って、話しちゃったの。
そうしたら、間の悪い事にサンジ君が勝手に置き上がってキッチンの
ドアの外に立ってて、ばっちり聞かれたの、その話しを。
「ゾロが女を買ってるって?」って、言うなり、真っ青になったの。
もしかしたら、サンジ君ってすごいヤキモチ焼きなのかもしれない、って
思ったわ。
青くなって、すぐ真っ赤になって、
「あのバカ」と言った途端、すぐに船を飛出しちゃったの。
足が折れてるって聞いてたんだけど、やっぱり、サンジ君も人間じゃないわね。
もう、いつもと殆ど変わらないくらいの素早い動きだったから、
止める間なんてなかったわ。
男の恋人同士の修羅場に首なんか突っ込みたくないけど、
ここでサンジ君を行かせちゃったら、後でチョッパーに、
私もロビンもこっぴどく怒られちゃう。
私は、慌ててサンジ君を追い駆けた。
私は途中でサンジ君を見失ったの、だって、
すごい勢いで突っ走って行くんだもん。
きっと、サンジ君は、すぐにその場所を嗅ぎつけるだろうから、
私は先回りして、ゾロがいそうな路地に向かったの。
ゾロを探して、ま、どっかの建物に女連れでシケ込んでるとしたら、
簡単には見つからないに決ってるけど、それでも何もしないのも落ち着かないから、
ウロウロしてた。
そしたら、背の高いガタイのいい女にそれこそ、
吹っ飛ぶくらいの勢いでぶつかられたの。
ただ、その女が両手に銃を持ってるのだけは見えた。
「まちやがれ、ドブス!」だかなんだか忘れたけど、
とにかく、そんな怒鳴り声がして、空からゾロがガラスの破片といっしょに
降って来た。
私が目の前にいるのに、全然見向きもしないで、その女を追い駆けて行くの。
それで、やっと判った、ゾロはサンジ君がやられっぱなしで
逃げてきたって事だけで、相手が女だってピンと来たのよ。
で、サンジ君を撃った賞金稼ぎを探してたって訳。
大方、女の賞金稼ぎって、娼婦に化けてるケースが殆どだからね。
ゾロはもともと、賞金稼ぎだから、それくらいの知識はあったんでしょう。
一体、その女をどうするつもりなのか判らないけど、
女も必死で逃げてるし、私はなんだか二人の勢いに巻きこまれちゃって、
つい、その追いかけっこに参加したみたいに、思わず追い駆けた。
そしたら、私の後ろからサンジ君が追いついてきて、
追い抜かされたの。
ヤキモチじゃなくて、ゾロが歓楽街にいるって聞いて、
その目的、ちゃんと判ってたのよ。
「自分の仕返しをするつもりで賞金稼ぎを探してる」って。
多分、本気でゾロもその女を殺すつもりはなかったと思うんだけど、
やっぱり、
恋人を傷つけた相手になにかお仕置をしないと気が済まなかったんじゃないかな。
呆れたのは、サンジ君がその女を庇った時のセリフよ。
「彼女は俺のハートを撃ち損ねて、足を撃っちまっただけだ」って。
ハート撃ちぬかれたら死ぬわよ。
で、その女を挟んで二人はすっごい睨み合いよ。
ゾロもサンジ君も引かないの、
「お前はすっこんでろ」ってゾロが言えば、
サンジ君は、「人の恋路を邪魔する奴はヘソ噛んで死ね」とか言い返すし、
ワケがわかんない。
「女だろうが、ガキだろうが、武器もって向かってくる奴には容赦しねえ」って言う
ゾロの意見は確かに間違ってないと思うから、
どっちかっていうと、ゾロの意見の方が正しいような気もする。
サンジ君の言い分の方が支離滅裂だと思うんだけど、ノジコはどう思いますか。
これは収拾がつかない、と思ったの。
それに、こんなアホくさい喧嘩にいつまでも付合ってられないしね。
それで、私は、
追い詰められて逃げることも出来ないし、ここで発砲すれば、間違いなく、
ゾロに斬られるって判ってるから、身動きもしないで
二人の動向をビビリながら見てるだけの女に、
「ねえ、ケリつけてあげようか。」って、声を掛けてみた。
二人の馬鹿馬鹿しい諍いに首突っ込んで、
なんか、損したような気分になってたし、
その気分をどうにかサッパリしたいじゃない?
「有り金全部出しなさい、それで私があんたを逃がしてあげるから。」
拳銃と、ピアス、現金100万ベリーを私に差し出したわ。
「なに勝手な事やってんだ、てめえ」って当然、ゾロは不平たらたら
だったけど、そんなの聞く耳持たないわ。
この私を振り回したんだもん、文句は言わせない。
「俺が心配で追い駆けて来てくれたんだね、ナミさん。」なんて甘え声で言われても、
もう馬鹿馬鹿しくて聞く気にもならなかったわね。
勝手にしなさいって感じ。
でもね、今、こうやってこのドタバタの顛末をノジコに書いてて、
ふと思うんだけど、二人とも、相手の事を誰よりも理解してて、
ちょっと、それって羨ましい。
怪我が治ってから、サンジ君に何故、あんなに必死で
ゾロから自分を撃った女を庇ったのか、聞いてみた。
だって、いくら女好きだって言っても、私には、理解出来なかったんだもの。
「俺はただ、狂暴な男から、レディを守りたかっただけですよ」って。
さらって答えてくれた。
でも、その時の私にはあまり見せない静かな顔付きを見て、私はやっと判ったの。
サンジ君は、ゾロの刀が女を斬るのを止めたかったのよ。
それならそうといえばいいのに、ね。
私の前だからじゃなく、自分を撃った賞金稼ぎの女にさえ、
見栄を張ってたのかも知れないわ。
いつも仲が良くて、笑顔だけを見て、楽しくいられるなら、
それはそれでステキな事かも知れないし、
たくさんの言葉を交し合って、理解を深め合うのも、大事な人と
しっかりとした絆を持つ為に必要な事かも知れないわ。
でも、それが出来ないくらい、不器用でも、分かり合える事も
想いを交わし合う事も出来るんだなって
二人を見ていて思う。
何も言わなくても、分かり合えるようになるには、
きっと、平坦な道を歩いてばかりじゃダメなのよ。
たくさんのつらい事や苦しい事、悲しい事を一緒に乗り越えて来て、
初めてそんな絆が生まれるのね。
それは恋人同士ってだけじゃなくて、私達姉妹にだって言えることだし、
仲間同士でだって言える事だと思うの。
一番、判って欲しい人に、一番判って欲しい事を伝えるには、
何もしないで待ってちゃダメで、自分からまず、伝える事から
始めないと、なにもはじまらないんだって、
私は、ゾロのサンジ君へのアプローチを見ていて学習したわ。
そうそう。
今年の蜜柑はどんな感じ?たくさん実った?
こっちから手紙を送るだけで、ノジコからはこっちに届けようがないのが
少し寂しいわ。どうにかして、今のノジコの、ココヤシ村の状況を知りたいけど。
いつ帰るなんて約束は出来ないけど、いつも、いつも、
毎日、毎日、元気なのか、どうしてるのか、気にしてるのよ。
いつか、そうね。
みんなの夢が叶ったら、皆と一緒に訪ねて行くわ。
ノジコはサンジ君の料理を一度も食べなかったものね。
一度、サンジ君の料理を食べさせてあげたいから。
ちょっと教えてもらったレシピを同封するわ。
せめて、私が食べているのと同じモノを食べて、
不良な妹に想いを馳せてください。
私はいつも元気でいるわ。
心配しないでね。また、手紙を書きます。
あなたのナミより。
グランドラインから、愛を篭めて。
(終わり)