「サンジ君、今日、ちょっといい?」

空島からグランドラインに戻ってきて、数ヶ月が過ぎた。
海域の気温は日に日に下がり、恐らく、次の島に着く頃には相当に過ごしやすく、
心地良い秋の風が吹いているはずだ。

「なんですか、ナミさん。」
いつもどおりににこやかな笑顔を浮かべて、サンジは

シンクでの作業の手を一旦休めて、ナミの言葉に振りかえる。

「次の島に着いたら、ちょっと付き合って。」

喜んで。

サンジは満面の笑みを浮かべて、ナミの言葉に返事を返す。

そうして、三日後、予定どおりにその島に着いた。

サンジは前の夜から男部屋で自分の私物をひっくり返して、
「何を着て行くか」を必死で考えているが、朝食が済んでいざ、上陸と言う頃になってもまだ着て行く服を決められずにいた。

「なんだっていいじゃねえか。」とその様子を見て、ウソップもゾロも呆れ顔だ。
だが、サンジ曰く、

「バカ、デートに着てく服ってのは大事なんだぜ。」
「エスコートするレディの服と釣り合わねえとダメだんだ。」と至って真剣だ。

「普段着に決ってるだろ。」とゾロはそう言い吐いて、プイと有らぬ方向に顔を背ける。「あの女がてめえと街ぶらつくだけで服をわざわざ選ぶか。」

が、サンジはそんなゾロの嫌味にも一向に耳を貸さず、
「カジュアルなら、カジュアル、そうでないならそれなりの服装を考えなきゃ。」

(バカじゃねえか)とゾロは浮かれ過ぎに見えるサンジを見て、小さくしたうちをする。
いつもなら、ナミにだって、ロビンにだってそこまで気を使わないくせに、
なんだか、本当に 久しぶりに二人きりで出掛ける恋人同士の片割れの様に
はしゃぐサンジが、ゾロにはなんとなく不愉快で、「バカに見えて」仕方ない。

「サンジ君、まだ?」と甲板の上から間延びしたナミの声がサンジを呼んだ。

「は〜い、ナミさん、今行きます。」と明るく答え、何点か選びあげていた組み合わせを手早く身につけ、さっそうと梯子を登って行く。

「夕方には戻るから。」と甲板の扉を開き、ナミが待ちかねて顔を出す。
「ルフィのお守り、よろしくね。」

そんな言葉を残して、ナミとサンジは港町に降り立つ。

「珍しいですね、ナミさんが俺だけ、を誘うなんて。」とサンジは本当に
満面に嬉しさを浮かべて、媚びる笑顔ではない、華やいだ表情でナミの隣を歩く。

「アクセサリーになるからね、サンジ君は。」とナミは冗談めかして鮮やかに笑う。
「アクセサリー?」とサンジは笑顔の中に不思議そうな感情が混ざった顔で
ナミにその意味を尋ねる。

「うちの男どもの中で一番、派手な顔立ちしてるじゃない。」
「なんて、冗談よ。」

ナミは肩に下げていた小さなバックから、一冊の本を取り出した。
「昔、ロビンがこの島に来た事があるんですって。」
「でね。」

果物がとても豊富に取れて、豊かな島。
この島を支配している王がとても

「グルメで甘いモノ好きだって言うのよ。」

サンジは歩きながら、ナミの話しを興味深そうに聞いている。
女性と二人で出歩く、それ以上の喜びと興味を得て、瞳の中に光りが差した様に
輝きを増した。
「だから、とってもオイシイケーキがあって、それが買える店に行くの。」

そこまで聞いて、サンジはまた、不思議そうな顔をした。
それがこのデートの目的なら、別にサンジでなくても構わないだろう。
だが、ナミは「サンジ君じゃないとダメなのよ。」と言う。

「アクセサリーだから?」とサンジが逆に冗談めかした口調で尋ねると、
ナミは
「まあ、甘いモノを扱ってる店に入るのに、ゾロやルフィは連れて行けないでしょ。」「そぐわないわよ。」と苦笑いする。

「じゃあ、ロビンちゃんは?」とサンジはナミが広げた本に載っていた、
1軒目のカフェを見つけて、そこを見やりながら、ナミにそう聞いて見た。

「まあ、いいから、いいから。」とナミは笑って、石畳を渡った向こう側にあった、
そのカフェに向かって歩いて行く。

一つだけ、箱に入れてもらって持ち帰る。
2軒目も同様。
3軒目も、四軒目も、五軒目も、その度にサンジが手にぶら下げるケーキの箱が
増えて行く。

(全員の分を違う店で1個づつ買うのか?)と思ったが、そんな時間も金も
無駄なことをナミがする訳がない。

そして、町外れの公園にやって来た。

「ちょうどいい場所があるわ。」とナミはその公園の、木で作られたテーブルと
椅子を指差し、走って行く。

(何を考えてるのか)わからないが、ナミは楽しそうだし、可愛いし、
サンジはナミが腰を降ろした、そのテーブルの側に歩いて行った。

「どうするんですか、こんなに」
「食べるのよ。」とナミはサンジがテーブルに置いたケーキの箱を一つ、一つ、
開きながらサンジの質問に飄々と答える。
「甘いモノがむさぼり食べたくって仕方なかったのよ、さ。」
「サンジ君、食べて。」

(俺?)

サンジは唖然として、テーブルにずらりと並んだ、色とりどりの可愛らしいケーキと、
ナミの顔を代わる代わる見て、絶句する。

「俺が食べるんですか。」とサンジは眼を丸くしたまま、ナミに尋ねる。
「一口づつでいいから、食べて。残ったら持って帰るから。」とナミは、
まずは、薄ピンクの桃らしい果物が乗ったケーキをサンジの前に押し出した。

「なんで、こんな事を?」サンジはそれを受取りながら、まだ、首を捻る。

「味を覚えて、これと同じ様なモノを作って欲しいの。」
「ううん、もっと美味しく出来るならそうして。」

「私は、サンジ君が作った、それを食べるの。」とナミはにっこりと笑った。
そして、また、バックから今度はメモ用紙とペンを取りだして、サンジに差し出す。

「ナミさん、どういう事か、俺にはさっぱり判らないよ。」
サンジはとりあえず、1つ目のケーキを鼻先に持って行き、匂いをかぐ。
それを見ながら、ナミは
「サンジ君なら、そのケーキがどうやってどんな材料で作られたか判るでしょう。」
「ここにあるケーキを全部、作ってちょうだい。」と言った。

「どうしてこんな事を?」とサンジは一口、ケーキを齧ってからまた尋ねる。
「願掛けをしたの。」とナミは両手で頬杖をついて、サンジを真っ直ぐに見て答えた。

「願掛け?」サンジはメモ用紙になにやら描き込みつつ、ナミの言葉をなぞって
また、質問をする。

「ケーキ断ち。」とナミは微笑を浮かべて、それでも、淡々とした口調で答える。
「いつから?」とサンジは顔をあげて、しげしげとナミを見つめる。
さほど大食いではないにしても、ナミは酒も強いが甘いモノも好きだ。
ケーキ断ちなどダイエットをしていても、とても出来ない、と食事を
管理しているサンジはよく知っている。
だから、ナミの「ケーキ断ち」と言う言葉を聞いて、驚いたのだ。

「内緒。」とナミは笑って、答えを濁した。
本当の事を言うのは照れ臭いし、却ってサンジに余計な気を使わせてしまいそうだから、
言わないと決めている。それも「願掛け」の一部だった。

サンジは、自分を助ける為にエネルの前に自らの身を省みる事無く立ちはだかった。
そして、生死の境をさ迷うほどの重傷を負った。

その間、ナミは何も出来なかった。
チョッパーの邪魔になるから、側にいて励ます事さえ出来なかった。

ただ、祈る事しか出来なかった。

かつて、ベルメールに庇われて、命永らえた事をナミはまた思い出す。
もっと強ければ、誰に庇われることもなく、守られることもなく、
誰かを傷つけねば生きられない程、自分は弱い。

(強くなりたい。)とナミは血の味がするほど強く唇を噛み締めながら、
自分とは異なる世界に身を置き、自分を見守ってくれている筈のベルメールに
祈る。

「全ての海の海図を描き終わるまで、」
「サンジ君が作ったケーキ以外は、絶対に口にしません。」
「だから、」

サンジ君を助けて下さい。

もっと、私を強い人間にして下さい。

誰に庇われることもなく、守られることもなく、
大事な人達を守り通せるくらいに、強い人間にして下さい。


その願いが届いて、今、サンジは目の前にいる。
神様など信じられないと言うのは、よく判った。
この願掛けは、神様への誓いなんかではなく、ナミとベルメールが交わした約束だと
ナミは思っている。

「美味しく作ってね、サンジ君。」ナミは一口づつ、齧られたケーキを
箱に入れなおして、悪戯っぽく笑った。
サンジには、こんな子供じみた行動を深読みされる事無く、ただの気まぐれ、思いつき、と思って欲しい。

「なんだか判らないけど、おれのケーキしか食べないって言う事なんだね。」
サンジの言葉にナミは頷く。
その言葉をまるで噛み締める様にサンジは数秒沈黙して、それから、

「すごく、嬉しいよ。」とサンジは面映そうに笑った。

「じゃあ、材料を買いに行かなきゃね、」とナミは立ち上がる。
とても約束の時間には船に帰れそうにはないけれど、

仲間の胃袋よりも、自分の甘いモノが食べたい、と言う欲求を満たすのが先だ。
「行こう、サンジ君。」
「はい、ナミさん。」

二人はまた、街に向かって並んで歩き出す。
優しい秋の風がそっとその二人の頬を撫でた。

(終り)