サニートはチョッパーが沸かしてくれた風呂に入っている。


「あいつ、着替え持ってねえのかよ。」とサンジは男部屋の
サニートの荷物を漁って愚痴った。

「一国の王子がシャツ2枚しか持ってねえって一体
アラバスタの財政はどうなってんだか。」とぶつぶつ言う。

「仕方ネエだろ、家出して来たみたいなもんなんだからな。」と
ゾロは突っ立ったまま、それを眺めている。

「ジュニアのじゃ、小さすぎるしなア。てめえのはセンス悪過ぎるし。」と
首を捻った。

「お前の貸してやればいいだろ。」とゾロは思いついたように言った。

「17歳のガキには勿体ねエけど、そうするか。」とサンジは立ち上がった。

眠っているルフィ達を起こさないように、ふたりはそっと
甲板に出る。

「なあ、なんでてめえはあいつに自分の技を教えようと思ったんだ?」と
サンジは何気なく、ゾロに尋ねて見た。

「素質があったからな。剣1本だけ握って振りまわすだけじゃ、あいつの
素質が勿体ねえって思ったんだ。」とゾロは
表向きの理由をさりげなく、口にした。

「ふーん。」とサンジは納得したのか、しないのか、良く判らないような
声を出した。

弟子入りさせてください、と懇願して来た若い剣士達をことごとく
断ってきて、何故、サニートだけ 特別扱いするのだろう。
ビビの息子だから、素質があるから、と言う答えだけではどうにも
納得できない。

ゾロは考え事をし始めたサンジの肩に腕を回して、体に引き寄せた。

「まさか、まだ 俺とビビのあいだの子供だなんて ボケた事考えてるんじゃネエだろうな。」と耳元で囁く。

「おめエが違うってんなら、違うンだろ。」とサンジは答える、
その途端、ゾロの唇が重なった。

「こういう月夜はどうにも盛っちまって困るな。」とサンジを抱きしめたまま、
ゾロは苦笑いする。
「あいつの着替えを取りにいくんだろ。」とサンジは素っ気無く答えて
ゾロの腕を摺り抜けた。
格納庫に向かって歩き出すサンジの背中をゾロは 小さく溜息をついて
ゆっくりと追いかける。

「てめえが俺に盛ってんのは年中だろうが。」と背中ごしに
サンジの艶やかな罵声が返ってきた。



翌朝。

サンジのブルーのシャツを着たサニートの姿がキッチンにあった。

「よく似合ってるわ、さすが王子様!」とナミは嬌声を上げた。
サニートは恥かしそうに頭をかいている。

「サンジくんより素敵よ。やっぱり、若いっていいわね♪」
「ババアか、てめえは。」

酷いよ、ナミさん、と言いたかった所へゾロの方が先にナミに
暴言を吐く。

「あら、あたしがババアだったら、あんたはおっさんじゃないの。」と
ナミもゾロの暴言に応酬する。
「フォウノハハメヒハホウハハナハ」

「きょうの朝飯は豪華だな〜」とルフイが口の中にもう、
あふれんばかりに料理を突っ込みながら 大喜びしていた。

「そこの芝生頭ジュニアが海王類を捕まえたんだ、昨夜。」


サンジのその言葉にゾロが飲み掛けのコーヒーにむせた。

チョッパーも「海王類フライサンドイッチ」を口から「ブッ―っ」と
吐き出す。

「汚いなあ、二人とも。」とチョッパーの真正面に座っていたジュニアが
顔に飛んできたチョッパーの唾液まじりの食べカスを拭いながら
顔を顰めた。

「なんだ、俺、変な事言ったか?。」とサンジは怪訝な表情を浮かべ、
シンクから振りかえった。

「「別に。」」とゾロとチョッパーは平静を取り繕った。


「ねえ、どうせだから、スーツも着てみたら?きっと似合うわよ。」と
ナミは相変らず、サニートに構う。

「ダメですっ。似合うわけないです、こんなガキに俺のスーツを貸すなんて、
勿体無い。」とサンジは珍しく、ナミに向かって自己主張する。

が。
「あら、サンジ君だって、19歳の時、もうスーツ着てたじゃない。」
「お願い、ちょっとだけ貸してあげてよ。ウソップにスケッチしてもらって、
ビビに送ってあげたいの。」とナミはサンジの頬を撫で、艶っぽい声で頼んでみる。

サンジの自己主張など、一瞬でしぼんだ。

「はい、ナミさん♪」
その豹変ぶりは、何時見ても 鮮やか過ぎて 周りの人間はただ、呆れかえるばかりだった。


見劣りする、といえばする。
着慣れている者と、そうでないものの違いは大きいが、
それでもサニートの体に サンジのスーツはあつらえたように
ぴったりだった。

「おい、オーダーメイドだろ、これ。」とウソップは
サニートをスケッチしながら サンジに聞いた。
余りにその体に合うのが不思議でならない。
サニートの為に仕立て上げたようにさえ見えるのだ。


「当たり前だ。俺が既製服なんか着てる訳ネエだろ。」
「言っとくが、てめえの息子のコックコートも誂えだ。」と
あきらかに不機嫌そうな声でその後ろからサニートの姿を見ている。

「え、俺のコックコートって、誂えだったの?」と
ゾロと並んで座って 少し離れた場所でウソップ達の様子を見ていた
ジュニアが サンジに尋ねる。

「今ごろ、何言ってんだ。」サンジはジュニアに眉を顰めたままの顔を向ける。
「バラティエの副料理長に既製服なんか、着せられねえ。」

「恥かしいから 早く描いて下さい。」とサニートは困惑しながら
ウソップに声をかける。


「恥かしがることないわ。素敵よ、ねえ。ルフィ。」と朝の残りものをまだ
ほお張っているルフィにナミが笑顔を浮かべながら同意を求める。

「フン、ハンヒヒヒメエハ!」と口の中のものをゴクン、と飲みこんだ。

「うん、サンジみてえだ!」
「そっくりだな、お前ら!」

髪の色と、煙草を咥えていない、それだけがサンジとサニートの違いだった。

そろそろ、潮時か、とゾロはふと、ルフィの言葉を聞いて
告白する時期を真剣に考える事を決心した。




「まあ。」
カモメ便を使って、アラバスタに麦わらの一味から
手紙が届いた。

それぞれの手紙といっしょにサニートのスケッチも同封されている。

それを見て、ビビは口元をほころばせた。

その中にチョッパーの手紙だけが別の言語で書かれていた。
きっと、他の仲間達に読まれたくなかったのだろう。

「これは、アラバスタの文字だわ。」
いっしょに旅をした時、ビビはチョッパーにアラバスタの言葉や文字をほんの少し教えた。

あの内戦の終結の後、旅立つ時にチョッパーはアラバスタの辞書を手にいれて、
そこから独学で会得したものらしい。
サニートが小さな頃、その様子をチョッパーに知らせる時は、
ビビとチョッパーにしか判らないその言葉を使っていた。

ビビへ

サニートは元気だよ。
ゾロは、サニートのことを知っているけど、サンジは相変らずだ。
だけど、やっぱり、少しは違和感を感じているみたい。

本当にサニートは ゾロにも、サンジにも似ているね。
いつ、サンジが気がつくか、とゾロと二人で毎日
緊張してます。

サニートはビビが驚くほど 強くなってるよ。
今度会う時は 凄く逞しくなってて、きっと驚くと思う。

何があっても、無事にアラバスタに帰すから、心配しないでください。

トニー・トニー・チョッパー


(海の申し子  終り)


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