「三日月」






とりたてて、人の噂話に耳を傾けていた訳ではない。
特に何も考えず、船着場で出港する船を一人待っていただけだった。
その船に乗ろうと思ったのも、ただの気まぐれで、目的など全くなかった。

退屈しのぎに手に取った新聞の記事にふと目が留まる。

グランドラインのある海域、西と南の海の特性を兼ね備えた島に、新しいレストランが開店する、と言う。
コックスーツを着た二人の男が自信に満ちた顔をし、並んで立っている白黒の写真も載っていた。
背の低い、どうとも特徴のない方は、そのレストランを任される事になった男。
そして、もう一人、すらりと背が高く、隣に立つ男よりもずっと若々しい風体をしている割に、どこか威風のある風情を醸し出しているのが、世界一有名な、オールブルーにあるレストランのオーナーであり、かつて、「黒足のサンジ」と呼ばれた海賊だった男。

その店は、あと10日ほど後に開店するらしい。
世界一の大剣豪・ロロノア・ゾロは目的地を決めた。

* **

小さな人魚の入り江。その店の名は、どこかの国の言葉でそんな意味らしい。

その店がある島に着くまでの数日間、ゾロは時間が過ぎるのが酷くもどかしく感じた。

日が昇り、太陽が水平線に沈み、月が空に浮かぶまで、こんなにも時間がゆったりと流れるものなのだろうか。そんな馬鹿げた事を思い、溜息をつきたくなる。

船に乗り、海の上を運ばれているのだから、どれほど気が急こうが、どうしようもない。分かっていても、早く時間が過ぎて欲しい。そんな事を思いながら、暇を持て余した。
海は初夏の風が吹き、空は昼も夜も晴れていて、航海は順調だ。

凪いだ海を為すすべもなく見つめ、高く清んだ空を見上げ、そんな平和な時間が経つごと、船が目的地に近付くごとに、心の中に、離れ離れで生きている恋人への恋しさが募っていく。
何度も読み返した新聞は、すぐに皺くちゃになってしまい、とうに捨ててしまった。
残っているのは、手で不器用に切り取った写真だけだ。
それも、縁が無様にもぎざぎざで、他人から見れば、どう見てもただの紙切れにしか見えないほどボロボロになってしまっている。

夕日が沈む中、ゾロはポケットからその写真を取り出し、改めて眺めてみる。
潮風に吹き飛ばされないように、しっかりと指でその頼りない紙切れを摘んで。

白黒の写真に写るサンジの髪は、一つに纏めて括って背のほうへと垂らしているけれど、別れた時よりもかなり伸びている。微笑んでいる顔が、心なしか、顎が尖り、少し痩せた様にも見えた。

(…早く)会いたい。
言葉ではなく、自分の心の奥底から滲み出すようにそんな想いが込み上げてくる。
オールブルーではない別の場所で、サンジに会えるとは夢にも思っていなかった。
その分、思いがけない嬉しさに、自然に頬に笑みが浮かぶ。

(あいつの事だ。店を任せたからって、開店して暫くはビルの仕事振りを側で見てるに決まってる…)そうゾロは思い込んでいた。
間違いなく、もうすぐサンジに会える。

落ち着いてゾロは思い返してみる。
(…オールブルーを旅立ってから、もう一年以上経つかも知れねえ…)
その間、禄に便りも出さなかったし、気まぐれに電伝虫を使って連絡を入れたのも、ほんの数回、多分、片手でも余るくらいだ。

連絡を取らないからと言って、寂しくなかった訳ではない。
むしろ、サンジの声、サンジの顔を思いだすと無性に会いたくなる。

また、思い出すだけでなく、気まぐれに届けられるサンジからの手紙に残る筆跡を見たり、受話器越しに聞える、ゾロとじゃれる様に軽口を叩く声を聞くと、矢も盾も堪らずに、会いに行きたくなる。
この腕で抱き締め、その体の重みも香りも、吐く息さえも全部、独り占めしたくなる。

その衝動を堪えるのが辛くて、なるべく思いださない様にした夜もあった。

そうまでして耐えるのも、サンジ恋しさにオールブルーに帰ったとしても、サンジはそんなゾロに居場所を与えてはくれない、と分かっているからだ。

自分達は、それぞれ生きるべき場所がある。
その場所をお互いが選び、離れて生きて行く事を選んだのだから、寂しさに負けて、その道を逸れる様な真似をすれば、きっとサンジはゾロを見放し、突き放してしまうだろう。

その潔さと強さに励まされたからこそ、こんな生き方を迷いなく選ぶ事が出来た。
だから、後悔した事は一度もない。

サンジとは例え、連絡を密に取らなくても、心が繋がっていると言う確信がある。
どんなに離れても、誰よりもお互いを大切に想い合っている。
何時だって、それだけは信じられた。
どれだけ体が寂しさに凍えようと、心までが寒さで悴む事はない。

会えない寂しさを分かち合っている分、会えた時の喜びと幸せは大きい。

けれど、そうは言っても、思いがけなく会えるとなると、やはり素直に心が弾む。
例え、僅かな時間でも、構わない。たった一日でもいい。

幻でも想像でもなく、この耳でサンジの声を聞き、この目で海の色をそのまま映した様な瞳を見詰める事が出来る。

サンジにきっと、会える。
ゾロは、何も疑う事無く、そう信じて切っていた。

* **

ゾロがその島に着き、そして店を探し当てたのは、開店して既に三日が経っていた。
開店したばかりだと言うのに、閉店するまで客席はずっと満席で、ゾロはゆっくり話をする為に、店が終るのを近くの店に入り、じっと待っていた。

客席の明かりが消え、周りが急に暗くなって、最後の客を送り出し、看板を仕舞う為に表に出てきた若い男がゾロを見て、目を見張る。

「…ロロノアさん…!」
白いシャツに黒いベスト、長いエプロンをつけたその男は、オールブルーの店でも、同じ格好をし、年は25、6と若いが、客席係のリーダーとして腕を振るっていて、客への接し方と心構えに関しては、サンジが最も信頼していた男だった。

副料理長だったビルと、誰よりも接客の技術に長けた男、その二人にこの店を任せたと言う事から、サンジがどれほどこの小さな店と、二人に期待し、賭けているかが分かる。

「…いつから、ここに?声を掛けてくださったら、席を用意したのに」と親しげに言われ、
「…随分、繁盛してるみたいだな」とゾロは当たり障りなく答える。

「あの…ロロノアさんは…オーナーに会いに?」
客席係の男は、店の中にゾロを誘いながら、振り返り、そう尋ねた。
他に用などある訳がない。どことなく、気の毒そうに聞えたその口調に、不安がゾロの胸を掠めた。

「…いないのか?」
「はい…。あの、今朝、この島から出る一番早い船で、もうオールブルーに…」

男のその言葉を聞いた途端、突然、胸の辺りが、ズン、と重たくなった。
肉体に積もり積もっていた疲れが、一時に噴出し、肩に伸し掛かってきた様だ。

失望や、落胆と言う感情、…その胸の重さを説明するなら、恐らくそんな感情だろう。

「…そうか」としか、ゾロは声が出せなかった。

* **

それから暫くして、ゾロが来た、と聞いて、厨房から慌てて出てきたビルに話を聞いた。

「開店準備の為に、10日ほど滞在して下さったんですが、」
「オールブルーの天候が崩れる時期に差しかかって来たので、店の方が心配だと言って…」
「今朝、…本当に今朝、帰られたばかりなんです」

ビルは、賄い料理をゾロの分もすぐに用意してくれた。
「オールブルーでも食べる賄いです。オーナーも良く作られますよ、どうぞ」と気遣う様に言って、ゾロにすすめてくれた。

「…ホントは、私も、もう少し様子を見ていて下さると思っていたんですが…」

「あとは任せた、」とだけ言って、サンジはビルの仕事振りを、いいも悪いも言わずに、ふいと帰ってしまったらしい。

「…それだけ、お前を信用してるって事だろうな」
「黙って帰るなんて、いかにもあいつらしい。多分、満足したんだろう」
そうは言えたけれど、ゾロは正直、自分のこの落胆している気持ちをどこへ向ければいいのか、戸惑っていた。

そんなゾロの気持ちを察したのか、ビルは赤いワインをゾロの前に置いたグラスに注ぎながら、
「…オーナーが泊まっていたのは、私の部屋なんですが、まだ、掃除もしてなくて…」
「その部屋で宜しかったら、どうぞ、泊まって下さい」
「あなたに、一度もきちんとした食事をさせないで帰した、なんて事、絶対に出来ませんから」とビルは強く勧める。

断る理由も思いつかず、ゾロは「…じゃあ、今夜は世話になる」と、その部屋に泊まる事になった。

「…明日には、オールブルーへ?」
わざわざビルに言われなくても、そうするつもりだが、ゾロは何も答えずに、
黙々と食事を口に運ぶ。

(…こいつ、いい奴なんだが…)
どうも、ゾロは生真面目すぎ、気も効き過ぎるビルが苦手だった。

嫌いなのではなく、自分よりもたくさんの時間をサンジの側で過ごしていて、ゾロが持ち得ない、たくさんの信用をビルは得ている。
それにビルは、サンジに対し、コック達の誰よりも忠誠心が厚い。
私生活の上でも、何くれとなく、サンジに心を砕いている事も知っている。

今のビルは、サンジの一番弟子としてサンジを慕っているだけでなく、ジュニアの次にサンジが心を許し、信頼している男だと言えるだろう。

もしかしたら、ずっと離れっぱなしのゾロよりも、ビルの方が、サンジの胸の内を良く理解出来るのかも知れない。
そんな事が、羨ましく、妬ましくもある。それが苦手意識になってしまっている様だ。

「…実は、…あの、ロロノアさん」
そんな風に思われている事など当のビルは全く思ってもいないに違いない。
押し黙っているゾロに構う事無く、ビルは手に持っていたワインの瓶をテーブルの上に置き、真剣な面持ちでゾロの真正面の席に座り、帽子を脱いだ。

「オールブルーに帰ったら、暫く、オーナーの側にいて上げて貰えませんか?」
「ああ?」

余計なお世話だ。そう言いたいところだが、ゾロはその言葉を飲み込む。
ビルは、冷やかしやお節介を言っているのではない。
その真剣な顔付を見てすぐに分かった。
何か、腰を据えて聞かなければならない話がありそうだ。

「…何かあったのか」
「はい」ビルは真顔のまま頷き、
「実は、去年の夏の終わり頃、オールブルーで性質の悪い風邪が流行ったんです」
「コックや客席係も、何人か酷い肺炎になりまして」
「…オーナーもその風邪に罹って、その風邪をこじらせて、心臓を患ってしまって。
高熱も出て、三日ほどでしたが、危ない状態にまでなったんです」
「私も、ジュニアさんも、もう、店どころじゃなくて…本当に大変でした」

ビルの重々しく、沈痛な口調を聞けば、その時、ジュニアやビルがどれだけ大変な想いをしたか、大よそ想像が付く。
だが、そんな状況を想像する前に、ゾロは大きな衝撃を受けた。

自分の血が、頭から顔へとサっと一気に下がっていく音が聞えそうで、
「…知らなかった」と声を絞り出すのが精一杯だった。

「…ええ、今はもうすっかり元気になられました。オーナーの体力は、人並みじゃないですからね」
顔色の変わったゾロを見て、ビルも少しは驚いたのか、ゾロを宥めるように、口調が穏やかになる。

だが、動揺はなかなか静まらない。

(そんな事、…どうして、何も連絡して来なかったんだ)

海軍に要請すれば、ゾロが世界のどこにいても、なんとか連絡が取れる筈だ。
生きる、死ぬの状態になっているのに、何故、誰もそれをゾロに知らせてくれなかったのか。

今更ながら、それが悔しく、恨めしい。
「…どうして、…何も知らせなかった?」と、ゾロはビルに尋ねた。

サンジがその時、何を考えていたのか、それをビルが知っているか、いないかはどうでもいい。
あまりの辛さに聞かずにはいられない、だから尋ねた。

「あいつに知らせる必要はねえ」、と。

サンジはただ、そう言った、とビルが言う。

(…それだけかよ…)
ゾロはワイングラスに注がれたワインをぐっと一気に煽った。

死ぬかもしれない、と言う状況なのに、サンジは自分に会いたいと思わなかったのか。

「…俺は、…必要じゃねえって事か…」

ビルに聞えないくらいの小さな声で、ゾロはそう呻く。

* **

体に鉛を詰め込まれた様に疲れを感じる。
さっきまで、ほんの数時間前までは、全くそんな疲れは感じず、むしろ、体は軽いくらいだったのに。

夕べまでサンジが横たわっていたと言う、ビルの居室のベッドに靴も脱がずに体を投出す。

仰向けに寝転がり、なんとなく顔を僅かに右へと傾ける。
窓の外には真っ黒な闇の中に冴え冴えと明るい三日月が浮かんでいるのが見えた。

銀色のか細い光が、窓から降り注いで、桟の影がくっきりと浮かび上がり、十字架の様な闇をゾロの体に造り出していた。

この部屋の中には、銀色の光と真っ黒な影、その二色しかない。
温かみのある色など、どこにもなかった。

(…寒イな…)
この島は、間もなく初夏を迎える筈だ。
それなのに、灯りも灯さないで、ただ、白い月の光に照らされているだけの一人きりの部屋にいると、無性に寒い。

このベッドに横たわり、サンジも一人きりで、こうして月を見上げていたのだろうか。

うっすらと薄い雲に簡単に隠されてしまう儚い三日月の光は、ゾロの心の中にある寂しさや恋しさを残酷なほどに浮き彫りにする。

間違いなく会えると思っていた。
会えば、話したい事がたくさんあった。
黙って耳を傾け、聞いていて欲しい事もたくさんあった。

そんなささやかな望みさえも、叶えられない。
募りに募った恋しさのやり場がどこにもない事が、寂しさに拍車をかける。

サンジが恋しい。無性に恋しくて、気を抜けば、何か大声で喚いてしまいそうだ。

(…会えねえって事だけが、こんなにも堪えるなんてな…)とゾロは深い深いため息をつく。

ずっと離れているのだから、会えない、と言う事には慣れていると思っていた。
ただ会えないと言うだけの事が、こんなにも辛く寂しく、切ないとは、思いもしなかった。

自分だけを温めてくれる優しい温もりや声、体中に感じるサンジのたくさんの感覚を思い出すと辛い。

だから、今は何一つ、思いだしたくもないのに、勝手に次々とサンジがゾロに刻み込んだたくさんの感覚が五感に蘇えっていく。

指を絡めて梳く、向日葵色の頼りない髪の感触、唇で触れると少し冷たくて、滑らかな肌、
低く、優しい響きを篭めて自分の名前を呼ぶ声、サンジの全てが、懐かしくて、恋しくて、
目を閉じても、目を開けても、寂しさはゾロの心に居座って、いつまでも消えてはくれない。

会えると思っていたのに、会えなかった。
サンジと自分を隔たっている距離は、少しも縮まっていない。

その上に、サンジが病気で死にそうになっていた事まで聞いてしまった。

若い頃、海賊だった時に、試練と言う試練は十分に味わい尽くした。
もう、これ以上、自分達を苦しめる事はない、と何の根拠もないのに、なぜかそう思い上がっていた。

ゾロは、自分の知らない間に、サンジが一人で世を去ってしまう事など、今の今まで、一度も考えた事もなかった。
それが現実として有り得るのだと思い知らされた事に、心が怯えてしまっている。

何の前触れもなく、サンジを失ってしまう事を考えていると、体はとても疲れているのに、全く寝付けなかった。

そして、頭の中には同じ言葉が何度もぐるぐると巡る。

俺は、今でもあいつにとって必要な人間なのか…?
俺があいつを必要としているのと同じ様に、あいつは俺を必要としてくれているのか…?

(…会いに行こう…。明日の朝、すぐに…)

そう思いながら、ゾロは寝返りを打つ。
ふと、目の前に一本、長い、向日葵色の細い髪がほつれて枕に絡み付いているのが目に入った。

そっとそれを指で絡み取り、右手の人差し指に巻きつけて、もう一度仰向けになる。
少しだけ腕を上げ、ゾロはその指にふた巻きだけ巻かれたサンジの髪を、三日月の光に透かして見た。
窓の向うの夜空に、サンジの面影が見えるような気がする。

当たり前のようにサンジが側にいて、当たり前のようにサンジの作った食事を食べ、当たり前のように一緒に月を見上げて、当たり前のようにサンジの寝息を聞いていた、過去の日々が無性に懐かしかった。

「…あいつに知らせる必要はねえ、…か…」
ビルから聞いたサンジのその言葉をゾロは呟いた。
何故、そんな事を言ったのか、どんな気持ちでそう言ったのか。

それを確かめなければ、もうどこへも行けそうにない。
こんなにも、頼りない気持ちになってしまったのも、どうしようもなく寂しいのも、サンジに必要とされていると言い切れた、その自信が揺らいでいるからだ。

胸の中に、ぽっかりと穴を空けられた様な虚ろな気持ちが苦しくて、堪らない。

一人で眠るにはちょうどいい大きさのベッドなのに、
傍らにサンジがいない事など慣れている筈なのに、寒々しくて、ゾロはなかなか寝付くことが出来なかった。

* **

そして、翌朝。まだ、日も昇りきっていない程の早朝だった。

ゾロは、ビルの作った朝食を食べ、身支度を整え、朝一番の船に乗る為に、船着場に向かおうと店を出た。

昨日、着いた時は何事もなかったのに、船着場は、どこか騒然としていた。
その物々しい異様な雰囲気を訝しく思い、回りを見渡すと、港には二隻の海軍の軍艦が停泊していて、港では武装したままの海兵が数人、ゾロを待っていた。

「…ロロノア殿!お力をお借りしたく、参上しました!」

そう口上を述べ始める海軍の将校に、ゾロは思わず顔を顰める。

(…チッ…。こっちは、海賊退治どころじゃねえのに…)と腹の中で舌打ちする。
それでも、軍艦の損傷の具合や、海兵達の汚れ切った様子を見て、ゾロは
(…相当、てこずったみてえだな)と感じた。

どれほど強い海賊と戦ったのだろう。そんな興味が頭をもたげる。

「…相手の賞金額は?」つい、その強さを聞かずにはいられなかった。
「一味総額で、10億は超えると思われます。海軍の手勢だけではどうしても陥とせない手強い奴等でして…!」

それを聞いた瞬間、ゾロの腹は迷いう事無く、即座に決まってしまった。
「分かった」と頷き、海軍の軍船へと乗り込んでいく。

今、この時、サンジへの恋慕は一時、忘れなければならない。
強い者がいる、と聞いた以上、その男との勝負を避け、むざむざとのさばらせて置くのは、剣士の誇りが許さない。

それこそが、サンジが望んでいる事だと信じ、ゾロは腰に差した刀を握り締める。

必要とされているか、いないか。
それを確かめるのは、自分の選んだ生き様を貫いた、その後でも間に合う。

必要とされていない筈はない、自分がこれほどに必要としているのだから。
心が繋がっているとさえ信じていれば、同じ事を想っているとも信じていられる。

三日月を見上げて、あれほど寂しかったのなら、昨夜、きっとサンジも同じ寂しさを感じているとも信じられる。

次に同じ三日月を見る時には、傍らにサンジがいる事を願い、ゾロは水平線に視線を向けた。

白々と空け始めた空には、今にも白く溶けていきそうな三日月が浮かんでいる。
その三日月は、空を巡り、数時間後には、眠る前のサンジにその冴え冴えと寂しげな光を注ぐのだろう。


終り  

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