"Mens Always Remember Love Because Of Romance Only"
"男はいつも恋を思い出す。男には恋愛が大切だから"

「コックさん、煙草、1本頂けない?」
「え?」

深夜のキッチンで、サンジは朝食の下ごしらえをしていた。
そこへ、ロビンが入って来て、テーブルに腰掛けながらそう声を掛けた。

「ロビンちゃん、吸うの?」
「つまらない本を退屈凌ぎに読む時に吸いたくなるの。」

(どうしてつまらない本を夜更かししてまで読むんだろう)と
サンジはちら、と思ったが、ロビンには「そっか。」とだけ答えて
腕まくりして、濡れている手をエプロンで拭いてから、ロビンに箱から、
1本だけ出しやすく引っ張り出して差し出した。

「ありがとう。」

「退屈凌ぎなら、俺がお付き合いするのに」とサンジは笑いながら薫りの良い
琥珀色の酒を用意する。

ロビンは、サンジがグラスに注いだその酒を一口、口に含んだ。
「素敵な薫り、ブランデー?。」とロビンは煙草に火をつける前に酒の味の感想を
サンジに伝える。
「と、思うだろ。それ、ウイスキーだよ。」とサンジは手品を披露する手品師のような
得意げな顔を見せ、また自分の作業を続行し始める。

「こんな薫りのウイスキーがあるのね。変なブランデー飲むよりずっと美味しいわ。」とロビンが思ったままの言葉を述べる。サンジにはいつも見え透いたお世辞ばかり
言われている分、自分は逆にサンジにはお世辞は一切言わない。
何を言っても怒らない、何を言っても笑って答える、腹の中で何を考えているのか
わからない男だとつい、最近までは一番警戒したくなるタイプだったのに、

あまりに歯の浮いた台詞と、それを言う時の裏表のなさそうな表情の鮮やかさに
いつしか、そんな警戒心は吹き飛んでいた。
ロビンのそんな気持ちを知ってか、知らずか、また、サンジは嬉しそうに
目が見える方向の顔を少しだけ傾けて、笑った。
「レディ限定のお酒だよ。野郎に飲ませるのは勿体無いからね。」

「どうして、こんなに薫りがいいの?」とロビンは「つまらない本」を栞も挟まずに
閉めてしまって、サンジに上半身を向き直した。
「つまらない本」を煙草を吸ってまで読破し、眠気を呼ぶよりも、サンジとのお喋りと
美味しい酒で、心地良く退屈凌ぎをする方がいい、と思ったのだ。
「ブランデーを造った樽で仕込んだんだって。」とサンジは答えた。
「チョコレートが合うんだけど。夜中だけど、食べる?」

サンジの側は、大勢と一緒にいるよりも、二人だけでいる時のほうが居心地がいい。
この雰囲気は何かに似ている、とロビンはシンクに向かったサンジの背中を見ながら
考える。

薄暗い灯り。
静かで、狭い空間。
心地良い酒の薫り。
鼻に心地良いほど微かな煙草の匂い。

(あ、そうだわ。)これは、雰囲気の良いカウンターだけのバーに似ている。
客との距離を適度に測り、飲むペースに合わせて肴を奨め、適度に楽しいお喋り。

客が話したい時は話し、客が一人で飲みたい気分の時はそっとしてくれる。
そんな、気の利いたバーテンが切り盛りしているバーにいるような気分だと思い至った。

ロビンは、結局煙草を吸わずに、蜜柑の皮を干し、砂糖をまぶしたピールにチョコレートをコーティングしたものを齧りながら、グラスを3杯カラにする。

「ありがとう。美味しかったわ。このお礼はまた、」と言ってロビンは
キッチンから出て行った。

それが、三日前の夜。

そして、昨夜。
「コックさん、これ、この前の夜のお礼。」と言って、ロビンがサンジに
煙草をくれた。今日、海上でやり合った海賊船から奪った物品の一つらしい。
ちょうど、煙草を切らしてしまった事をその海賊船を襲う前に皆の前で
サンジが愚痴っていたのをロビンは聞いていて、略奪をするドサクサに
新品の煙草を掠め取ってくれていた。

「うわあ。ありがとう。」サンジはそれを両手に捧げ持つ様にして素直に喜び、
そして、ロビンから見て、大袈裟なくらい嬉しげに礼を言った。

「初めて吸うよ、これ。」サンジはさっそく封を切った。
見たことのある箱だが、サンジが吸っているモノではない。
「そう、じゃあ、私が味見してあげるわね。」とロビンは、さっそく指に挟んで、
口に咥えようとしていたその煙草をサンジからスッと取り上げた。

悪戯を思い付いた様に微笑む。
今夜も三日前と同じ理由で、キッチンに来ていた。

ドアの外から、階段を昇ってくる誰かの足音が近付いてくる。
ロビンは、その足音の主がわかっているのに、一向に気にせずにサンジに煙草の火を
着けて貰う。
そして、一息、大きく吸いこんだ。
「どんな味?」とサンジがなんの警戒もしない、優しげな顔でロビンにその煙草の味に
ついて意見を伺う。女に媚びを売る、優しい男の癖に、本当の恋心が全く別のところにあるのをロビンは知っているから、意地悪をして、時々、困らせてみたくなる。

「こんな味よ。」と笑って、煙草の煙をサンジの唇に吹き込んだ。

そして、翌日に島に着く。

サンジとゾロは早速、「金」を稼ぐ為に船を降りた。
賞金首を狩る前に、昼間寝ておく。夜の方が向こうも動きやすく、そんな彼らを
狩りやすいからだ。
ところが。

「機嫌が悪いな、おい。」と湯を浴びたばかりで、
体から湯気と石鹸の匂いを立てたサンジはゾロに伸しかかりながらからかうような笑みを浮かべてそう言ったが、ゾロは迷惑そうな目つきをするだけでなにも喋らない。

サンジとゾロは昼間から宿に入り込んでいた。
ゾロは当然、昨夜からずっとサンジと話しをしようとしない。目も合わさない。
その癖、サンジが勝手に宿を取ってさっさと入って行くとムスっとした顔付きのまま、
後からついて来た。

が、部屋に入っても、別々に汗を流してもまだ、口も利かない。

ロビンの悪戯、サンジの首に腕を絡めてキスをしていたところをなんの
前触れもなくキッチンのドアを開けたゾロに見られてしまった。

だが、嬉しかっただけでサンジは全く後ろ暗くはない。
ゾロより、初対面の女性を優先することなど珍しくないし、ロビンが悪戯心でやった事で、自分がロビンにキスをせがんだ訳でも強要した訳でもない。

ゾロが入って来なくても、あれ以上の進展があった訳でもない。

だが、ゾロにしてみれば、もしも、自分が入っていかなかったらどうなってたのかと
ありもしない妄想に苛まれて、腹を立てていた。

ゾロは珍しく体を擦りつけてくるサンジを「もう寝る。あっち行け。」と突っぱねる。
あんな事くらいで腹を立てる自分が情けないと思うが、自分の見ていない所で、
女にいくら鼻の下を伸ばそうと(知ったこっちゃねえ)で済むが、目の前で、
唇を合わせていた所を目撃したら、良く考えてみれば、そんな光景を初めて見て、
頭の中が混乱しているらしいと自覚していた。
その所為で、ちぐはぐな行動を取っているのも判っている。

ゾロのそんな気持ちをサンジはとっくに見抜いていて、
言い訳や弁解するより先に、(妬いてるのか。)と思うと、サンジはゾロをからかってみたくて仕方がない。

「こんな昼間っから俺は寝れねえな。」と言って、ゾロに覆い被さる。

性感帯は知り尽くしていた。
そこをいつもよりももっと軽く触れて、舌先でくすぐった。
敏感な個所をそんな風に嬲られたら、感じるより先にくすぐったくなり、
こそばゆい。

「バカ、止めろ、」笑いが込み上げてくるツボ、という訳でもないのに、
ゾロの体のどこをどう触れば気持ちイイかを知っているサンジの手や唇や舌が
悪戯に蠢いて、くすぐったくて仕方ない。

「お前、汚エぞ。こんなヤリ方は汚エ。」
可笑しくもないのに、全身から笑いが込み上げてくる。
ゾロはそれを堪えながら、謝りも弁解もしないで物事をうやむやにしようとしている
サンジに抗議する。

「仏頂面よりそういう面の方が男前だぞ。」とサンジは動じないで、そのまま、
ゾロの耳もとに顔を埋め、舌先を尖らせて耳の穴の中へ滑り込ませる。
「やめろ、気色の悪い事するんじゃねえよ!」と怒鳴ってもサンジは
ぴったりと体をくっつけたまま、まだ、手遊びを止めようとはしない。
それを振り払えないのは、この体温と、密着した肌の感触が気持ちイイからだった。

脇の下に差し入れた指先が不規則にモシャモシャと妙な動き方をする。

笑いが堪え切れなくなり、ゾロはとうとう、体の奥からの笑いの波に飲まれた。





「もう、判った、判ったから止めろ!」とゾロはとうとう根を上げた。
「今日は俺が可愛がってやるから、遠慮すんな。」サンジはゾロの体の上に跨って
そう言って笑い、ゾロに息が掛るほど顔を寄せた。

「"Mens Always Remember Love Because Of Romance Only"」とサンジは
ゾロを楽しそうに見つめながら、そう、独り言のような声で呟く。
「何?」ゾロは耳慣れないその言葉の意味を尋ねる。

「ロビンちゃんから貰った煙草の名前にはこんな意味がある」
「"男はいつも恋を思い出す。男には恋愛が大切だから"」

「だから、なんだ。」とゾロはサンジがそんな言葉を言う意図が判らず、
憮然とした態度を繕った。

「俺は、この煙草を見る度に、焼き餅妬きのマリモの事を思い出すって事だ。」と
サンジは答えて、それから、ゾロの唇に近付く。
まるで、月が波を呼ぶ力のようにゾロの唇もサンジに近付いて、
やがて、パズルの欠片がぴったりと嵌るような口付けをした。

強くベッドが軋んだ時、その反動でベッドサイドに置いた、
半分赤、半分白のパッケージの煙草が床に転がり落ちる。

(終り)