膝枕
「膝枕」


いつ、帰って来る?
いつ、会える?

サンジの口からそんな言葉は 今まで 一度も出た事がない。

見送る時も、ただ、一度だけ 軽く 手を振る。
「じゃあな。」

「風邪引くなよ。」ただ、それだけを言って、
いつもどおりに笑う。


それで、ゾロは 寂しいと思いながらも 安心する。

そして、ゾロも 明日 また 来るかのような 口調で言う。
「じゃあな。」

寂しいのはお互い様。
夢が大事なのも、お互い様だ。

この瞬間に見る、サンジの笑顔を、ゾロは
瞼に焼き付けて、大事にしたい。

遠く離れるときだから、心と心が 舫のように、しっかりと結びつくのを
感じる。



サンジは、いつも、ゾロが旅立つ 少し前から
ほんの少しだけ、優しくなる。

それはあまりに繊細で、言葉や態度は変らない。
けれど、その微妙な優しさを感じて、ゾロは ますますサンジが愛しくなる。

眼差しや、指先に優しさが滲む。

昨夜、二人は バルコニ―へ出て、夜空一面の星を見ていた。


長い髪をバッサリ切ったサンジの顔は、昔と少しも変わらない。

「ここの星は格別だ。」

ゾロの言葉に サンジは小さく鼻を鳴らして笑った。

「海で見る星なんて、どこでも同じだろ。」
「それに、今ここは夏だぜ。」
「冬の海の星の方が よっぽど綺麗だろうが。」


違う。

季節や海域など関係ないのだ。


ゾロの髪をサンジの指先が摘み、梳き、指に絡め、また 解く。
時折、額に当るそれはいつも 少しだけ冷たい。

「格別って言ったら 格別なんだ。」

ゾロはそれしか言わない。
サンジの側にいるから、星のような 繊細な光りさえ 鮮やかな風景に見えるのだ、
と言葉に出して上手く言えないし、言葉に出しては軽くなる。

短い言葉だけ、乱暴な口調で それを伝える。

「どんなに迷っても、お前、ここには必ず帰って来るよな。」

特殊な地質のオールブルーには、エターナルホースがない。
サンジがここを見つけて、方位を把握して、
正確な位置を海図に乗せてからは、

ノースバードの方位磁石でここを目指す以外にオールブルーに来る手段はない。
まして、ここは規則正しすぎる季節が短いサイクルで巡っている。
波が静かな日など、一年に数えるほどしかない。

ゾロがこのオールブルーへ 一人で帰ってくるなど、
奇跡に近い事なのだ。

見上げて、目が合ったサンジの瞳が 微笑んでいる。

「ここ以外に、俺は帰る場所がねえからな。」と言えば、また、
黙って笑う。


星明りの下、自分だけに見せるサンジの笑顔をゾロはずっと見ていたいと思った。

いくら 肉体が強くても、人は疲弊し、それを癒す場所がいる。
二人とも、一人で生きて行けるほど強くなりたいとは もう、思わない。

お互いの夢を追い駆けながらも、お互いを想い、お互いを必要とし、
そんな相手を想う自分を誇れる。

誰にも真似出来ない絆を 分かち合えている事を誇れる。
そして、それが一人きりの夜の寂しさに勝つ武器になる。

「優しくするなよ。」

ゾロは自分の髪を撫でていたサンジの手を掴んだ。

「お前は、いっつも、俺がここから旅に出るって判った途端に」
「優しくなる。」

無自覚なのは知っている。けれど 言わずにいられなかった。
サンジは驚いた顔をしている。

「俺がお前に優しくなるって?」ハハ、と短く笑って、
「自意識過剰だ、バカ。」と髪の毛をクイっと強く引っ張られた。

「俺がそう感じてるんだから、そうなんだ。」
ゾロはサンジの頬に手を伸ばした。もう一方の手はしっかりとサンジの
手首を握り、そのまま引き寄せる。

唇を合わせた。
潮と、煙草の匂いがする。

ほら、優しいだろ、とゾロは囁く。
ゾロの手が頬に触れた時、サンジは唇から煙草を抜きとっていた。

ゾロの口付けを待っていたかのように。

「そんな風にされるとどこにも行きたくなくなるんだよ。」
「お前が俺に優しいと、俺は ずっとここにいたくなる。」

ゾロが鷹の目のミホークを目指したように、今は、ゾロを目指して、
夢のために生きている者達がいる。

彼らの夢でありつづけ、死ぬまで 世界最強の座を守り抜く。

それがゾロの生き様であり、
だからこそ、サンジの眼に 今でも ゾロは眩しい。

「俺達は、ずっと一緒にいたら ダメだ。」
「どっちかが どっちかを ダメにする。」

お互いが輝いて生きるために、遭えて離れる。
そんな生き方しか出来なくて、不器用でバカだと思うけれど仕方ない。
輝きを放つ、その存在が愛しいから。

寂しいのはお互い様で、夢が大事なのも、
夢を追い駆けてる相手ごと全部、大事なのも、

お互い様、とサンジは言う。

「でも、いつか。」


サンジはその先を言わずに 黙って空を見上げた。


でも、いつか、ずっと 一緒にいれる日が来るさ。
それがどう言う運命でそうなるかは わからないけど、

夢を諦める訳でもなく、
寂しさに負けたわけでもなく、

ごく自然にそうなればいい、とサンジの心が
指先から ゾロの髪に沁み込んで、ゾロの心に届く。

二人で生きていける場所を 今は 探す事さえ出来ないけれど、
必ず、そこへ一緒に行こう。




日が昇りきらない鮮やかな朝焼けの海をゾロは
旅立つ。

空には、薄い雲が風に吹かれて流れて行く。


船の上の、波の煌きに照らされたゾロの姿を目にしっかりと焼き付ける。
そして、言う。

「じゃあな。」


軽く、手を上げる。
見えなくなるまで、黙って見送る。

一連の動作に心がついていかない。
何も考えないようにしないと、余計な言葉が口をついて出てしまう。

みっともなく、別れを惜しむのは嫌だ。

たった一人の航海で、怪我はしないか、病気はしないか。
飢えていないか。

どれだけ心配しているかを 女々しく 伝えて ゾロの足を止めたくない。

お前は俺の誇りだ。

もう、聞こえない距離だからようやく、本音を口にする。

ゾロの帰って来る場所だから、どんなに狂暴な海賊が来ても、
狂ったような嵐が来ても、自分と自分の夢の場所は 何があっても守り抜く。

だから、
帰って来いよ、必ず。

会う度に強さと輝きを増す ゾロと並んで見劣りしないように、
サンジも 精一杯生きて行くのだ。

振り向かず、立ち止まらずに。

二人の想いが重なる この場所で。


(終り)