その城の城主の妻はとても美しい妻だった。
だが、子供を11人も産んで、一気に容姿が衰えた。
そして、最愛の夫は若い愛人を作った。
若さと美しさが夫を繋ぎ止めるのだと信じた妻は、美しくなる事に執着した。
やがて、夫への愛などよりも、いかに美しく、若返るかだけを考える様になり、
若返る方法を独自に考え出し、そして、実行した。
若い乙女の血を浴びれば、若返ると信じて、数えきれないほどの乙女の命を奪って、
その血を浴びた。けれども、それが世間に発覚しても、地位の高い彼女を罰する事は
誰にも出来ず、彼女に下された罰は、ただ、城に幽閉される事だけだった。
血の匂いの染み付いたその城に誰も近付かなかったから、彼女は恐らく、
数週間後に餓死しただろうと噂されたけれども、
あまりにおぞましい事件だった所為で、その城には数百年経った今でも、
誰一人近付かない。故に、彼女の死体を見た者はおろか、確認した者も誰もいない。
・ ・・・・。
「そんな島に行くの気持ち悪いゾ。」と食事の時、ロビンの話しを聞いて、
チョッパーがブルブル震えながらそう言った。
「仕方ないわ、ログがそうなってるんだもん。」
「だから、言ったじゃない、前の島でどっかの島のエターナルホースを手に入れとけば、」
「そんな不気味な島に行かなくて済んだのに。」とナミも苦虫を噛み潰したような顔で
憮然と言う。
「なにも、トマトシチューの日にそんな話ししなくても。」とウソップもロビンを恨めしそうに
見る。
「あら、ごめんなさい。」とロビンは悪びれもせずににっこり笑った。
「だって、次の島はどんな島だって、船長さんが聞くんだもの。」
「肝試ししよう、なんて言い出すなよ。」とサンジはルフィの前にもう5杯目のシチューを
起きながら、迷惑げな顔でそう言った。
「幽霊が出るとしても、お前の好きな美女の幽霊ばっかりだぜ。」とゾロが横から口を挟んだ。
「美女の幽霊は嫌いじゃねえけど、内臓がはみ出してるようなのは俺の守備範囲じゃねえよ。」とサンジはゾロに憎々しげな口調で言い返した。
自分の知りたい事とは格別繋がりが無さそうだけれども、数百年前から、
人の手が一切入っていない廃墟に、ロビンは興味が引かれた。
「行って来るわ。」とまるで買い物に行くように城に行くと言う。
「止めなさいよ、」とナミは止めるけれども、一緒に行く勇気はない。
「あら、この島の領主だった人の城が手付かずなのよ。」
「宝飾品だって、そのまま残ってるかも知れないわ。」
そう考えるのが、普通だった。
海賊も、盗賊も、ただのこそ泥も、かつて、この数百年の間にその城に何人も、
何十人も忍び込んで、帰って来た者が誰もいないのだ。
それを聞いてもロビンは行く、と言う。
「コックさん、付いて来てくれない?」とロビンはサンジを誘った。
「俺?いいけど。」とロビンの頼みをサンジが断わる筈もない。
(妥当だと言えば妥当な選択だな)と誰もが思った。
方向音痴でもなく、いざとなったら冷静だし、戦闘力も期待出来る。
ロビンの言う事は犬のように従うのだから、
麦わらの一味のどの男どもよりも、この場合一番、適任であると言えない事もない。
が、実際、サンジより戦闘能力が高いロビンが、サンジを指名して付いて来い、と言うのに、ゾロだけは訝しく思った。
「幽霊が怖いとか言う理由でそいつを連れていくのか。」と出発間際にロビンにゾロは尋ねた。
「私だって、女だもの。縋り付く相手がいる方が、心強いと思ったらおかしいかしら?」と
逆に聞き返された。
「てめえがそんなタマかよ。」とボソリと呟くゾロを見て、ロビンの口元だけが微笑んだ。
港からも見える、なだらかな丘の上に、その不気味な城はある。
ロビンとサンジは城壁を乗越えて、やすやすと中へ入った。
中庭も、草が伸び放題だった。人の気配はまるきりないし、生活していた形跡も
何一つ残っていない。天気がいい所為で、禍禍しい雰囲気はいくらか中和されているが、
それでも、あまり長居はしたくない、と言うのがサンジの正直な気持ちだった。
その中庭には、井戸があった。が、覗く気にはとてもならない。
「ロビンちゃん、なんでこんなところに用があるんだい」とサンジはつい、前を歩くロビンに
尋ねた。
ロビンはサンジの方へ振りかえって、黙ったまま、目を細めて笑う。
見慣れている筈のロビンの笑顔なのに、サンジはその笑顔を見て背筋に寒気が走った。
(そう言えば、おかしいぜ)
初めて来た城の中を、ロビンは迷いもせずに歩いて行く。
扉などあちこちにあるのに、それらを見向きもせず、中庭を抜けて、さらに奥の庭へと
朽ち掛けた城門をくぐって、スタスタとまるで目的地を目指して真っ直ぐに歩いているような
足取りで進んで行くのだ。
広大な城の中、見取り図がしっかりと頭の中に描かれてあるのか、思うほど、その足取りに
迷いはない。
「ロビンちゃん、この城、来た事あるのかい。」
サンジは柄にもない、と自分で思ったけれども、本気で怖くなってきた。
ロビンが何かに憑依されているのかも知れないなどと非現実的なことが頭を霞めたのだ。
「コックさん。」とロビンはサンジの声に立ち止まった。
「私は大丈夫。」と前を向いたままそう言って、後の言葉は小さ過ぎてサンジには聞き取れない。
「なんだって、ロビンちゃん?」とサンジが聞き取れなかった言葉を聞こう、と
ロビンに一歩、近寄った。
すると、ロビンは急にクルリと振りかえる。
いつもどおりに妖艶に微笑んでいた。
「こんな古い城の作りは大方同じなのよ。」とはっきりした声でそう答える。
「そうなんだ。」とサンジは自分の中の怯えを打ち消そうとしてロビンに笑い返した。
「あんまりスタスタ歩いて行くから、てっきり知ってる場所なのかと思った。」
「お利口なのね、あなた。」
サンジの言葉にロビンはそう言ってまた、口元だけで微笑む。
そしてまた歩き出した。
「中に入るのかい?」サンジは一応、念の為にロビンに尋ねてみる。
出来る事なら、入りたくない雰囲気が滲み出ている建物だった。
奥庭まで来ると、その城主達が暮らした城郭がある。
固く閉ざされていただろう扉も、数百年のうちに木が朽ち、鉄が錆びて、サンジが蹴れば
なんなく破壊出来て、中に入るのにそう手間は掛らないだろう。
それ以前に、盗賊達が既に侵入していたらしく、窓は穴だらけだった。
「そうよ。」とロビンはサンジの手首をギュウと握る。
そのまま、サンジはその城郭の中へ引っ張り込まれてしまう。
「ロビンちゃん、」こんなに女性の手は冷たいものか、とサンジは驚いてロビンの顔を見る。
松明を翳しているロビンの顔は、嬉しそうに笑っていた。
「便利な体をしているのね、この女」とロビンは呟いた。
「神様は私に味方してくれたんだわ。」
そう言った声は確かにロビンの声だった。だが、口調がまるで違う。
サンジが、ロビンの名前を呼ぼう、とした時、サンジの肩先からにょきりと生えた
ロビンの両手が口に咥えていた煙草を払いのけ、即座にサンジの首に手を掛けた。
(うわッ・・・・)
首根をギュっと締め上げられ、
サンジは咄嗟にその手を掴んで引き剥がそうとしたが、
逆にサンジの手首を別の手が鷲掴みにし、背中へと回され、一つに拘束される。
サンジの意識が完全に失うまでロビンの手はサンジを締め上げた。
「ロビン、っていうのね、この女は。」とロビンはそう呟いて、自分の頬を両手で包んで
ツルリと撫でて、微笑んだ。
「でも、私の体の方がもっと綺麗だったわ。」
どれくらいの長い間、この城に幽閉されているか判らない。
が、いつからか、自由に城から出る事が出来る様になった。
生き血さえあれば、生き血さえ集めて、我が亡骸をその生き血にたっぷり浸せば、
絶対に生きかえる。
けれどもいくら幽魂になって生き血を集めても、集めても、足りないようで、
骨は骨のままだ。色褪せて尚、壁に掛った肖像画のような姿にはなれないでいる。
けれど、あと一人分ほどあれば、黄金の湯船に血がなみなみと満たすほどになる。
そんな時に、信じられないほど、素晴らしい生き血の匂いを嗅ぎ取った。
他の人間とは明らかに違う匂いだった。
港で生き血を求めてさ迷っていた時、黒い髪の女の好奇心に取り付き、なんとか
その血を絞り取ろうと画策した。
死んだ血では意味がない。
だから、殺さずに体中に細かい傷を作って、水の中に浸す。
水の中に流れ出した彼の血はうっとりするほど美味な匂いがした。
「無駄な事よ。」といきなり黒い髪の女が逆らった。
その勢いで、黒い髪の女の体から投げ出されてしまう。
「彼の血を浴びた途端、あなたの骨は、溶けるわ。」
自分の下らない好奇心の所為で、仲間を危険に晒した事にロビンは後悔しながら、
禍禍しい女の、魂の塊に向かって怒鳴った。
「生き血をいくら集めても肉体は蘇ったりしない。」
「それを認めない限り、あなたは生まれ変われないのよ。」
ロビンはそう叫びながら、サンジを「採血するための窪み」から引っ張り出した。
姿は見えないけれども、その女は目の前に存在して、凄まじい形相でこちらを見ているのが
はっきりと判る。
殺されるとか、そういう恐怖ではなく、見えない者に見据えられていると自覚する事の恐怖が
ロビンの動きを縛っていた。
「嘘だと思うなら、その血を浴びてごらんなさい。」と床にへたり込み、恐怖に抗う様に、
サンジの体に、"縋りつくように"抱いて、また、そう怒鳴った。
伝説によると不老不死の血は、その血を持つ者の強い意志がない限り、
恐ろしい劇薬になり、浴びた者は悲惨な死を遂げると言う。
ロビンは、その様をまざまざと目の当たりにした。
肉体ではなく幽魂が悲痛な、断末魔を上げた。
真っ白な煙をあげて、サンジの血が溶けた井戸水にブクブクと泡をたてて、何かが溶解されて行く。
獣が焼ける匂いがその部屋に充満した。
そこから、どうやって地上に出てきたのか判らない。
気がついたら、中庭でサンジの頭を膝に乗せて、目を覚ますのを待っていた。
空がやがて、茜色に染まり始め、濡れたシャツが乾いた頃、サンジの瞼が僅かに動き、
ロビンは固唾を飲んで見守る。
ゆっくりと瞼が開くと、何度か瞬きをした。
「判る?コックさん。」
そう尋ねると、呆然とした顔でロビンを見上げ、すぐに起き上がった。
「ロビンちゃん、だよね。」と無理からぬ問いをされて、ロビンはそれでも真剣な顔で
頷く。
「ごめんなさい、」とロビンが謝るより先に、サンジは立ち上がって、ロビンの手を掴んだ。
ほ、とするほど、ロビンの手は暖かい。
そのまま、全速力で城壁を越えて、振りかえらずに突っ走る。
あんな恐ろしい場所に1秒もいたくなかったから、サンジはロビンを引き摺る様にして、
必死でその城から離れた。
「コックさん、そんなに走って大丈夫?」とロビンはもう、港が見えるまでの場所まで戻ってきてから息を切らせてサンジにそう尋ねた。
「平気だよ、それより。」とサンジはゴーイングメリー号の向こうの、水平線に夕日が
ゆっくり沈むのを見てから、やっと、ロビンの方へ振りかえる。
「この事は、二人の秘密にしよう。」と真剣な顔でそう言った。
「でも、」とロビンは傷の手当てをしないと、とサンジの言葉に反論したが、
「女の幽霊より厄介な奴がいるから、何もなかった事にした方がいい。」と言うサンジの口調は、
提案と言うよりも、ロビンに懇願しているような感じだった。
「怒るの?」とロビンが「女の幽霊より厄介な奴」の機嫌についてサンジに尋ねると、
サンジは困ったような顔をして目を逸らした。
「判ったわ。その代わり、なにか、きっと御詫びをさせてね。」とロビンがサンジにそう言うと、
「次の島で、肝試しじゃない、お洒落なデートにお付き合いしてくれたらそれで十分」
そう言って、サンジはいつもどおりの、気楽な笑顔で笑った。
「この事はもう、忘れよう。怖すぎるよ。」とサンジは思い出した様に煙草に火を着ける。
「そうね。」
そう相槌を打ちながらロビンはふと、考える。
"彼女"は、本当に死んだ。あの時の悲鳴が耳に焼き付いて離れない。
若さと美しさだけを女の価値だとする男がいる限り、どんな女でも"彼女"のような狂気を
心に棲まわせてしまう。
それとも、その狂気は、女がもともと、持っている性なのだろうか。
どちらにしろ、若さと美しさ以外で自分の価値を誇れる女でいる間には、
無縁の話しだ、とロビンは答えを出し、そして、サンジの言うとおり、こんな怪談話しは
さっさと忘れようと思った。
終り
実話をモチーフに。今、お風呂ダイエットをしてて、入浴中に読んでる本の中のネタから
だったんですが、書いててすっごい怖かったです。なんでかわかりませんが、
後に人の気配を感じて何度も振り返りながら書きました。