「…、と言う訳だ。ゾロ、聞いてるのか?」

タワシの案内で、サンジを運び込んだ部屋の扉が目の前にある。
ずっとその場にいて、もう何時間経ったか、ゾロにはわからない。

洞穴の中の澱んだ空気を吸い込んで、息が詰まったかのように、胸が苦しくて、
今は全く頭が回っていない。

チョッパーはまだ出てこない。随分前にロビンがこの扉を開けて中に入り、替わりに手や
身に着けている洋服を血まみれにしたナミが憔悴しきった顔で出てきた。

それから、ウソップが何か喋っている声が近くで聞こえてはいるけれど、何を喋っているのか、
音として聞こえるばかりで、今のゾロには聞く気がおきない所為で、理解しようとも
思えなかった。

多分、なぜ、自分達を騙してここまで連れて来たのか、それなのに何故今砦の中は静かなのか、
騒ぎはどうやって収めたのかなどを喋っているのだろうが、今のゾロがそんな事を知ったところで、混乱と動揺は到底鎮まらない。

ゾロの隣で、同じ様にルフィが扉をじっと凝視して突っ立っている。
そのルフィが不意にボソリと呟いた。

「…サンジ、死にたくねえっつったんだってな」
「…それ…誰に聞いた」

ゾロは、ルフィに顔を向ける気にすらなれずに、前を向いたまま尋ねる。

「ナミ」短く、ルフィはそれだけを答えた。ゾロは言葉を返せない。

「…死にたくねえと思ったんだ」
「お前の見てる目の前では…死にたくねえって…サンジはそう思ったんだ」
静かな、そして真剣な声でそう言ったルフィもゾロの顔を見もしない。

ルフィは、サンジの命を救おうとしているチョッパーとロビンの、
そして必死に生命力を振り絞って生死の境をさ迷っているサンジの様子を、さながら
戦いを見守っているかのような眼差しで、見据えている。

(俺の見てる前では…死にたくねえ…?)
ルフィの言葉を、ゾロは頭の中でもう一度繰り返してみる。

「…どういう意味だ」
自分の頭だけでは理解できなくて、ゾロは無意識にそう口に出してしまった。
そうかと言って、ルフィからはっきりした答えを聞くつもりはない。

サンジの事は自分が誰よりも知っている。まだ、ゾロはそう思い上がっていた。
そして、それが思いあがりだと、自覚せずにいる。
さっき、サンジに拒絶されて心が傷ついていても、だからこそ、
サンジの事は自分が誰よりも知っていると言う自信だけは失いたくない。
無駄でも、愚かでも、これ以上傷つくのは嫌だ。
強がる事で、傷つかずに済むなら、まだ強がっていたい。

けれど、そんなゾロの気持ちをルフィが見透かせる筈がない。
ルフィは自分が感じた事、知っている事をそのまま口にするだけだ。

「あいつは、絶対に俺達に…仲間に死に顔は見せねえ」
「そう言う覚悟で生きてるヤツだ」
「…だから、仲間の目の前で死ぬのだけは…イヤだって」
「…死にたくねえって言ったんだ」

ルフィの言葉にゾロは思わず、息を飲む。
胸の真ん中を何かで射抜かれたような気がして、ルフィを見た。

「生きてる姿だけを覚えてたら、例えもうこの世では会えないって分かってても、
いつまでだって、そいつは生きてるって思っていられるだろ?」
「だから、俺は自分の死に様を誰にも見せたくねえんだ」

サンジはそう言ってた、とルフィは言う。
その言葉にウソップも大きく頷いている。

「…知らなかった」
ゾロはそう呟いて唇を噛み締める。

サンジの、深い心の奥底に何があるのか、その全部を知っているつもりになっていただけだ。

どんな時も想いが通じ合っていて、誰よりも深く繋がっていると思っていた事は
まだまだ浅くて、想う強さも深さも、きっと全然足りてはいない。
大切だと想う気持ちも、大切に想って欲しいと言う気持ちも、全然伝え切れていない。
ゾロは心の底からそう思った。

「…俺は、まだまだあいつの事知らな過ぎる…」

拒絶されても、理解が足りなくても、大切だと思う気持ちは微塵も揺るがない。
失いたくないと言う気持ちだけが、呼吸するごとに爆発しそうに膨らんでいく。
なのに、何も出来ないのが辛く、悔しい。
ゾロはその苦しさについに呻いてしまった。心の苦痛に顔までが歪む。

「俺はあいつの為に何もしてやれねえ、こんなとこに突っ立ってるだけで…!」
「何も出来ねえ」
「手を握るぐらいの事だっていい」
「側にいるだけだっていいのに、…何一つ、させて貰えねえ…」

ゾロの言葉にルフィがやっとゾロへと顔を向けた。
厳しかった眼差しがゾロを宥めるように僅かに緩んで優しげに見える。
「サンジを死なせたくねえんだろ、ゾロ」
「だったら、叫べ。ちゃんとサンジには聞こえてる」

そう言って、ルフィはドン、とゾロの胸を拳で叩いた。

「ここで叫ぶんだ。声に出すと、チョッパーとロビンの気が散るからな」
そう言って、ルフィはニ、と歯を見せて笑い、それから急に真顔になる。
そして、まるでサンジ本人に話しかけるように
「お前が死んだら、俺は泣くぞ?」
「ナミも、ロビンも…お前が大事だって思ってるヤツ、みんな泣くぞ?」
「お前、俺達を泣かせたくねえだろ?」そう言って、じっとゾロの目を覗き込んだ。

それだけを言うとルフィはまた、ゾロから顔を逸らし、
「死ぬなって言うより、サンジにはそう言ったほうがいい気がする」と扉へと視線を戻した。
「…そうだな」ゾロはルフィの言葉に頷く。

ゾロはルフィに叩かれた胸に拳を添えた。
心の中、魂の力全てを注いで、サンジに向ってゾロは叫ぶ。

(死ぬな。俺の為に、…絶対死ぬな…!)

***

チョッパーがサンジの手当てを終えて、その部屋から出てきたのは、翌日のもう日が沈みかけた頃だった。

「まだ、安心は出来ないけど、どうにかヤマは越えたよ」、とチョッパーは言った。

そして、翌日の朝。誰も一睡もしていない。

「でも、今は絶対動かせないんだ。だから、船にはまだ連れて帰れないよ」と言う状態で、
暫くの間、砦の中で1番日当たりの良い部屋で養生する事になり、麦わらの一味は
誰も一睡もせずに、翌日の朝を迎えた。

「全く、親ばかもいいところね」
「海軍に捕まった息子を助けて欲しかったら、麦わらの一味を捕まえて来いって言われたからって」

詫びにと沢山の宝石類を貰ったのに、まだナミはそうぼやいている。

「でも、逞しい息子さんじゃない。自分で海軍から仲間ごと脱走するなんて」
ロビンがそう言って新聞を広げながら微笑む。

「逃げたんなら、逃げたって親父に連絡しろって言うのよ」そう言いながら、ナミは
テーブルの上の宝を全部、一つの袋にまとめて入れる。
「新聞に載ったから、連絡の必要がないと思ったんじゃない?」
そう言ったロビンは腰掛けていた椅子から立ち上がり、隣の部屋を気遣うように耳を傾けた。

「…そろそろ、眼が覚める頃じゃないかしら」
そう言って、壁際で床に座りこんでいたゾロにそう微笑みかける。
「お薬とお水を持っていってあげなきゃ…」

ロビンと目が合っても、ゾロはその目を逸らした。
サンジが眠っている間は全員が片時も離れずに側にいたのに、
「眼が覚めて、口が利けるようになったぞ」とルフィに聞いて、まるで避けるように、
ゾロだけがその部屋から出てしまった。

また眠った、と聞いてから、
穏やかな顔色と息遣いを聞きたくて、ゾロはまたのっそりと立ち上がり、寝顔を見に戻った。

そんなゾロの不自然な行動を、ロビンとナミが見逃すはずがない。

薬や水を準備しながら、ナミは「…あんた達、二人ともホントに面倒くさい性格してるわね」と
呆れたようにため息をついた。

「サンジ君、あんたの事、一言もなんにも言わなかったわよ」
「でも、あんたが顔を見せないの、すごく気にかけてるってくらいわかるわ」
「その癖、そんな事、口には出さないし」
「普通だったら、クソ剣士はどうしてる?くらいは言うわよ」
「あんたはあんたで、サンジ君の容態の事、自分から誰にも聞かないし」
「やっと意識が戻ったのに、サンジ君の顔を見もしないさ」

そう言われても、ゾロは「放っといてくれ」としか言い返せない。
自分でもどうしていいのか分からないのに、人にとやかく言われるのは
(…余計なお世話だ)と思うだけだ。

本当は、チョッパーから「やっと峠は越えたよ。もう大丈夫」と聞いた時、
あまりの嬉しさに、体が震えて、しばらく止められなかった。

早く顔が見たい。声が聞きたい。側に行きたい。その気持ちのままに突っ走れたら良かった。

(どう声をかけたらいい…)などと、余計な事を考えなければ良かった、と今になってゾロは
後悔する。
そんな事を考えずに、自分がしたいようしていれば、今頃、ずっとサンジの側に居座っていられただろう。

どう声をかけたらいい?
そう考えて、自分がサンジに話しかける言葉を思いつくより先に、ゾロはサンジが
自分に向って何を言うかを考えてしまった。

「…なんの用だ」
顔色の悪いサンジが、無愛想に言う様子が思い浮かび、その自分の予想にゾロはたじろぐ。

思いあがって、独り善がりの思いに酔い、それが一方通行だったと思い知らされ、
挙句に拒絶される。

また、心をズタズタにされる。心を傷つけられる。それが怖くて、ゾロは竦んだ。
そしてそのまま、無様にも動けずにいる。

そんな見苦しい自分に、腹が立つのにどこにもぶつけようがなくて、無性に苛立っていた。

「サンジ君、あんたが来るのをじっと待ってるのよ」
「もしかして、あんた、そんな事もわかんないの?」
ナミにそう言われ、ゾロは薬と水の入ったコップを強引に押し付けられた。

「…俺の事をあいつが気に掛けてるって?なんでお前にそんな事がわかるんだ」
憮然とそれを受け取りながら、立ち上がり、ナミにそう尋ねる。

「サンジ君が、あんたの事、何も言わないからよ」
「あたし達には言えないくらい、あんたの事気にしてる。だから、サンジ君は何も言わないの」
「サンジ君って、意地っ張りな上に、ホントはすごく不器用なんだもん」
「何を考えてるか、…あたし達は、ずっと長い間一緒に旅をして来た仲間なのよ」
「隠そうとしたって、それくらい、わかってあげられるわ」
そう言って、ナミは柔和な笑顔を浮かべた。
「今回は、意地を張り合うより、やりたい事を先にやった方が勝ちって事にすれば?」

「…そうだな」
思わずナミの言葉に苦笑いが浮かぶ。

サンジの気持ちは分かっていても、ナミはゾロの臆病な胸の内まではわかっていない。
だが、ナミは(サンジ君は、あんたの事を気に掛けてる)、と言った。

サンジが自分の事を考えている。誰にも言えないような事を考えている。
それは、他の人間ではなく、ゾロに対してだけ何か思う事がある、と考えるのは
思いあがりだろうか。独り善がりだろうか。

断言したかの様に聞こえたナミの言葉で、萎んだゾロの心に生気が戻る。
(あいつは、俺を待ってる)と思えた。

かけがえのない存在として、サンジに必要とされている。
一度は失ってしまったその自信をまた取り戻せるかも知れない。

そんな期待に勇気がわいた。

「分かったならさっさと行きなさいよ」
そんなナミの憎まれ口に背中を押されて、今度は言い返さずに黙ってゾロは背中でバタン、
と扉を閉めた。

***

中に入るなり、消毒薬と、洗い立てのシーツの匂いが混ざった匂いが鼻をくすぐる。

足元から枕元へと、ゾロは歩を進めた。
少し衣擦れの音がして、サンジが寝返りを打ち、首をもたげ、ゾロを見る。

「…よう」サンジにそう声をかけられ、ゾロは思わず、「ああ」と間抜けな返事を返してしまう。

サンジ君は、あんたが来るのを待ってるのよ

ナミはそう言ったけれど、サンジの口からそんな殊勝な言葉は絶対に聞けない。
だが、ナミの言った事が本当なら、言葉ではなくても、サンジはそうゾロに伝えてくる。
そう思って、ゾロは片手に薬瓶、片手にコップを持って、サンジを見下ろす。

なんでずっと側にいなかった?

サンジは目だけでゾロにそう尋ねている。口を開かなくても、すぐに分かった。

「…すまん」
「俺の所為で、…もう少しで手遅れになるところだった」

死ぬかも知れない、とサンジはあの激痛の中で思っただろう。
でなければ、死にたくない、などと悲痛な声を上げたりはしない。
早く、あの牢屋を出ていれば、あんなに苦しみのた打ち回る事もなかった。
まずは、それを謝らなければ、それから先の言葉を上手く繋いでいけそうにない。
けれども、ゾロの言葉を聞いて、サンジは「ああ?」と苦々しげに顔をゆがめる。

いきなり動くとまだ肩や、腹の傷が痛むのか、
あるいはチョッパーに性急な動きは止められているのか、じれったそうにゆっくりと
半身を起こした。

「そんな事言いに来たのかよ」
「何も悪イ事してねえヤツに謝って貰いたくねえな」
そう言われても、自分の所為でサンジが重態に陥ったのは事実だ。
それを詫びなければ、とても気が済まない。
そう思ってゾロは「でも、お前が死に掛けたのは俺の所為で…!」と言い募る。
だが、そのゾロの言葉をサンジが激しい口調で
「死に掛けてねえ。ちゃんと治る。もう済んだ事だし、お前が謝る事じゃない」と遮った。
「眼が覚めたなり、急にいなくなりやがって…。そんな事をグダグダ考えてたのかよ」

それは違う。
そんな言葉を黙って肯定できない。「そうじゃねえ」とゾロはきっぱりと否定する。

「じゃあ、なんでだよ」とさらにサンジは詰め寄る。
その真っ直ぐな目を見て、ゾロは唖然とする。
(こいつがこんなに腹ン中むき出しにするの、はじめてみた…)

ゾロがどうしているか、ずっと気にしているのに、それを誰にも知られたくない。
仲間としてではなく、それ以上の関係を持っている間柄でのみ思う事がある。
だから尚更、ゾロの事を言い出せなかった。
そんなサンジの心の動きが、今目の前の表情を見て、まるで自分の事の様に感じる。

サンジはじっとゾロを見据えている。
目を逸らさずに、じっとその目を見つめ返すと、その心の内にある色々な感情が、大きな波のように目の前に押し寄せてくるような気がした。
きっとその波は、ずっと心に詰まっていた事を全部洗い流してくれる。
そんな気がして、ゾロは口と心を開いた。「…あの時、なんで側にいさせてくれなかった?」
「あの時?」サンジはそう聞き返す。
「チョッパーが聞いただろ?俺に側にいて欲しいかって。その時お前はいらねえって言った」
「ああ、…あの時か」

ゾロの答えを聞いて、サンジの目に優しい光が宿った。
「あの時は、マジで死ぬかも知れねえって思ったからな」そう照れ臭そうに言い、またノロノロと横になる。
「だったら尚更だ。あの時、俺がどんな気でいたか…!」

今も、片手に薬瓶を持ち、片手にコップを持たされている。
サンジに触れたくても両手が塞がっている。けれど、あの時は今とは比較にならないほど
切迫した状況だった。

手を伸ばせば届く距離なのに、のた打ち回って苦しんでいる様子を目の当たりにしているのに、
身動きできない。
痛む場所を摩ってやりたい。高熱で悪寒に震える体を両腕で包みたい。
固い床に転がされて痛む背中や腰を柔かく受け止めたい。
どんなにそう思っても、不格好に転がり側に寄り添うだけで何も出来なかった。

その辛さがまたゾロの胸の中に蘇えってくる。

「…死ぬかも知れねえって思ったんだ」
「これでホントに最期かも知れねえって…」

そう言って、横たわったまま、サンジは目で枕元の側にあるテーブルを指し、
そこに薬と水を置け、とゾロに教える。

「腹がギンギンに痛くて、もうこれで死ぬって思ってたのに、」
「そんな時に、俺ぁ、もっとお前に触っときたかったなって思ったんだ」
「どうせ死ぬなら最期に思い切り、手を握りたい…って」

サンジの声はいつもと同じ口調だけれど、いつもよりもずっとか細く聞こえにくい。
ゾロは薬と水をテーブルの上に置いて、枕元に屈み、サンジの口元に耳を寄せた。

そっと、指を伸ばし、枕の上に散った髪に触れる。サンジは心地良さそうに目を細めた。
「でも、耳元でチョッパーやナミさんの声も聞こえる」
「ああ、頑張らなきゃいけねえかな、もう少し我慢したら死ななくて済むのかな…なんて思った」
「…それで?」
囁くようにゾロはサンジの言葉の続きを強請る。
「…あそこでもし、」そう言ってサンジは自分の手を顔の前に翳した。
「お前に触ってしまったら、きっと挫ける。よし、もう触った。十分だ、思い残す事はねえ」
「そう思ってしまいそうな気がした」そう言ってサンジは微笑む。

その笑顔を見ていると、痛さに強張っていた心が、柔かく解れていくのと同時に、
まるで胸の辺りが陽だまりの中にいるように、暖かくなっていくのをゾロは感じる。
髪を撫でるゾロの指に、サンジの指が触れた。

お互い触れているのは、わずかに指の先だけ、ほんの少しの皮膚が触れ合っているだけなのに、
心ごとサンジに包まれている気がする。
淡い言葉の一つ一つが、ゾロの心を慰め、癒して、幸せな色に染めていく。

「お前が覚えてる最期の姿が、腹の中が腐ってのた打ち回って死ぬトコロってのもゴメンだと思ったし」照れ隠しなのか少し冗談めいた口調でサンジはそう言った。
「だから、死んでたまるかって思った」
「またお前に触れるように、…負けてたまるかって」

「…お前…」

サンジの言葉を聞いて、ゾロはサンジの手をギュ、と掴んだ。
そんなことしか出来ない。嬉しくてたくさんの言葉を言うべきなのに、それが上手く声にならない。

拒絶されたのではない。
想いが足りなかった訳でも、届いていなかった訳でもない。
思いあがりでも、独り善がりでもなかった。
それどころか、ゾロが考えているよりもサンジの想いは、ずっと強く、深く、熱い。
胸が熱くなり、その熱が喉を塞ぎ、ゾロの心臓を高鳴らせる。

「…そうだったのか。それで…」
「…なんだよ、ジャマにされたとでも思ってスネてたのか?」
そう言って笑われても、ゾロは曖昧に笑って誤魔化すしかない。
サンジの想いに応えていなかった自分の浅はかさ、愚かさが恥ずかしい。

サンジの腕が柔かくゾロの背中を包む。

サンジの心臓の鼓動を、合わせた胸から感じる。
燃えるように熱く、頼りなく、血の匂いを纏っていたあの時とは違う愛しい体の感触、
目を閉じて、自分の体にもう一度しっかりと刻み込む。
腕に確かな重さと生命力を、唇に溢れる愛しさを、全身で命の鼓動を伝え合う。

そうしていると、サンジを形創るモノの感触を 手ではないなにかで確かめている気がする。
きっと、サンジも同じ事を感じているに違いない。

どんなに愛しく、かけがえなく思うか、サンジのその感触を感じていられる限り、
言葉に出さなくてもきっと伝わっている。

もしかしたら、また同じ事を繰り返してしまうかも知れない。
そう思うけれど、今は、全身全霊で感じるこの温もり、この感触を手放したくなくて、

ゾロは抱き返す腕にほんの少しだけ力を入れて、誰にも絶対に真似できないほど
優しく、柔かくサンジの全てを抱き締めた。  




くったり祭 【ゾロ編】    感触       《完》                      

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くったり祭、最後までお付き合いくださいまして、有難うございました。
ようやく、全て書き終えました。

長かったけれど、まだ書きたい事、書き足りない事があるような、そんな気がしています。

途中、なんの手ごたえも感じられない日が続き、書く事に対して、なんとなく
張り合いがなくなってしまった時期もありました。

それでも、書き続けて来たのは、やっぱり「書くこと」そのものが好きだからで、
自分が書こう、書きたいと思った時に書けばいい、と開き直ったら、
とても気持ちが楽になり、最後まで投げ出さずに書上げる事が出来ました。

このくったり祭りのネタを一緒に考えた夜は、とても楽しかったなあ、と執筆を終えた今、
とても懐かしく思います。

これからも、くったり…試練と流血、プラス愛をたくさん詰め込んだ作品を書き続けていきますので、
どうぞ、よろしくお願いします。

ここまで読んで下さって、本当に有難うございました。
感想、ご意見、こころからお待ちしています!

そして…。

心からの感謝と、虹子さんに捧げます。   2006年2月9日