サラサラとした、灰色の砂、その下には、赤銅色の粘土質の土。
そこにこびり付く様にして生えているのは、膝までも届かない、一見脆弱そうに
熱風に揺れる糸の様に細い草、時折見掛けるのは、水分をたっぷりと宿したサボテンの類。

ロビンは、手を翳し、照りつける太陽を見上げた。
時間と、自分の位置を測るためだ。

(このあたりの筈なんだけど)と周りを見渡す。

この荒野には、かつてこの島を支配していた民族の遺跡があると聞いた。
隆盛を繰り返しながらも、数百年に渡ってこの島の文化に多大な影響を与えた、
独特の文化や習慣を持っていたらしい彼らは、この島の歴史から、ある日、突然、
なんの記録も残さずにこの島から消えたと言う。

そんな話しをきいて、ロビンが素通り出来る訳もない。

「歩くと半日ほどよ。一人で十分。心配しないで。」

この羊の頭がついている船に乗るまで、自分の安否を気遣ってくれる者などいなかった。
ロビンの戦闘力を知っていれば、「レディが一人で遠出するなんて、危ないよ」なんて
愚にもつかない心配がいかに無駄かを知っている筈なのに、
ゴーイングメリー号のコックと船医はそれを口にする。

そして、一人で出掛ける時には、必ず、ロビンはその心配に笑って答える。
「大丈夫、心配しないで」

そして、いつも帰って来る言葉は、「気をつけて」
自分が無事に帰ってくるのを待ってくれる人がいる。

いくらどんな非道な海賊が襲って来ようが、武器を携えた海軍に取り囲まれようが、
ロビンはそんな輩、少しも怖くはない。けれど、それと、自分を気遣ってくれる気持ちが、背負った愛用のカバンの中にある、簡単な応急処置ができる道具が入った小袋と、
ロビンの胃袋にちょうど収まるように作られた弁当に篭められていて、
ロビンはそれが嬉しかった。

他人行儀で、どこか距離が掴めなかった時ほど、感謝の言葉や労わりの言葉を
口にするのは簡単だった。けれど、それぞれの性格や、それぞれとの距離が縮まり、
相手の事も、逆に相手が自分の事を理解して来たこの頃は、

温かな気持ちを貰って、それがいちいち嬉しいなんて、照れ臭くて、素直に有難う、と言えなくなった。その代わり、ロビンは微笑む事で、そんな気持ちを伝える事を覚えた。

今日も、ロビンのカバンの中には、「気をつけて、」と言う気持ちが篭ったささやかな
荷物が入っている。

(なんの記録も残ってない、なんてことない筈だわ。)とロビンは荒野を見渡す。
この島の者が誰も調べようとしなかっただけだとロビンは考えていた。
痩せた土地で農産物も流通するほどには育たず、なんの産業もなく、漁業しか
生業がない貧しいその日暮らしの住民にとって、過去にこの島に存在した
民族の事などどうでもいいのだろう。

そして、そこらに点在する赤茶色の岩を良く調べてみると、やはりそれには
雨風に晒された遺構だと判った。

けれど、それらを見ても、何故、彼らが急に消えたのか、まるで判らない。
ただ、遺構に残されていたその民族の風俗が、空島で出会った「シャンディア」達に
良く似ている、と言う事だけが判った。

(別の空島にも、)ロビンは真っ青に、雲一つなく限りなく高い空を見上げた。
あくまで、憶測に過ぎない。実証できるような事項は何一つないが、
ロビンは、空想を描く。

この荒野の一部が吹き飛ばされて、
そして、あのスカイピアのように空をさまよっている。大きな天災だったに違いない。
それに巻き込まれて、その民族達はあるものは、空へ、ある者は地割れに飲まれて、
一人残らず、消えた。

(なんてね。)とロビンは空想を中断する。
ここには、それ以上、ロビンの探求心を刺激するモノの痕跡はなかった。

空腹と乾きを感じて、ロビンは岩陰に腰を下ろす。
数メートル先に砂埃が上がる。
後ろ足の短い犬に似た獣が群れになって、小さな獣を追い駆けているのが見えた。

親が守るべき幼獣は必死で親を呼びながら逃げている。
ロビンはそれを見るともなしに見ていた。

別の兄弟を安全な場所へ誘導して行くうちに、置き去りにされ、見捨てられた獣の子は
それでも生きる為に振り返らず、親が助けに来てくれることを信じて、
一心に土を蹴散らしながらも、親を呼んで鳴いている。

弱い者が強い者の糧になる。自然界ではそれが鉄則だ。
それを部外者が保護すれば、あるべき流れが歪曲される。

だから、ロビンはその幼い獣が食い殺されるのを達観していなければならなかった。
以前なら、眉一つ動かさずに眺めていられた筈の光景だった。

柔らかな首根に狩人の爪が届く。
全力疾走していた幼獣はバランスを崩して、もんどりうって昏倒する。

別の獣が幼獣を押さえ込んだ。悲痛な声が荒野に響く。

その時、幼獣の体からしなやかな腕が生えた。
同じ腕が土から、彼ら自身の体から次々と生え、鼻先を殴り、遠くへと投げ飛ばす。

乾いた風に狩人達の甲高い悲鳴があがった。

「大丈夫?おチビちゃん。」

ロビンは、背の低い草に身を伏せて、荒く息を吐いている獣に笑い掛けた。

(どうかしてるわね、私)こんな事をしても、結局、自分で獲物を取ることが出来ない
この幼獣は数日の内に餓死するのに、とロビンの優しげな笑みは一瞬で自嘲の笑みに
変わった。

(あの時、彼はこんな気持ちだったのかしら)と歯を剥き出し、全身の毛を
逆立てて威嚇する幼獣を見下ろし、ふと、アラバスタでの出来事を思い出した。

仲間を思う気持ち、夢を追い駆ける為に生きようと戦う力に飲まれて、
生きる事を諦めかけた弱い自分を助けたルフィの眼差しを今でも、まざまざと
ロビンは思い出せる。

今、自分が生きているように、この幼獣ももしかしたら、生き延びる事が出来るかも
知れない。

「血が出てるわよ。」首根から血を流す幼獣にロビンは手を伸ばした。
命の恩人の、その優しげな手に、幼い獣は唸り声を上げて、躊躇う事無く歯を立てる。

(っツ!)ロビンはその痛みに顔を顰めた。

1噛みして、幼獣は飛び退る。
どこかで、獣の咆哮が聞こえた。

それを聞いて、その幼獣は踵を返し、あっという間に荒野を駈け去って行く。

再び、ロビンは、その幼獣の姿を目に捉える。
数匹の幼獣を引きつれた、母親らしき獣が、首根を紅く染めた幼獣を迎え入れた光景を
枯れそうな草むらの向こうに見えた。

それを見て、ロビンは薄く笑う。
ロビンの余計なお節介は、あの幼獣にとっては一生に1回の「ラッキー」だったのかも
知れない、と思った。
どんな時も生きる事を諦めないで戦い抜いたからこそ、あの幼獣はそれを手に入れた。

ルフィに出会わなかったら、彼らの仲間にならなかったら、こんな些細な、
ちっぽけな事に感動することもなく、気付く事さえなかった。

(私も、ラッキーだったのね)そんな事を考えながら、チョッパーが持たせてくれた
応急処置用の薬を噛み傷に塗り、サンジが作ってくれたなんだか、
安物のラブロマンス小説のタイトルような名前の弁当を食べた。

きっと、この傷を見たら、あの二人は大騒ぎをする。
その様子を思い浮かべて、ロビンはまた、一人きりで微笑んでいた。
こんな荒れ果てた風景の中にいるのに、ロビンは、少しも孤独を感じない。

この弁当を食べ終わったら、
「気をつけて、帰らなきゃ」そう呟いた、ロビンの黒い髪を荒野の乾いた風が
優しく撫でた。