今夜は、ただ、隣で夜の静かな帳の中で、まどろみを分かち合っていただけだった。

静かな寝息が手をほんの少し伸ばせば届く場所で聞こえる。
目を開けば、僅かな月明かりでもうっすらとその寝顔を眺める事が出来るだろう。

色々な経緯があって、この距離がある。

長かったようで、がむしゃらだったようで、
自分で創り出した流れではなく、もっと大きなモノに背中を押されて、
それでも、必死だったようで、振り返る暇さえなくて、

今は、この距離にいる。

ゾロはそっと瞼を開いて、隣でいつもどおりの暢気そうな寝顔を
見るともなしにみた。

そして、自分の心の中にあるものが、本質は同じでも、
日々、形を変えて行くなにかが、かつて、どうしようもないほど、
この静かな時間を欲しがっていたことを思い出す。

「暢気そうなツラしやがって。」とゾロは 僅かに恨めしげな口調で、
それでも愛しさを匂わせた独り言を 呟いた。


自分の夢、世界一の大剣豪になる。
その夢を叶える為に必要な事、それを手に入れなければならなかったなら、
どんなに理不尽でも、どんなに無茶苦茶をしても、絶対に手に入れると言う決意はあった。

だが、それ以外の事には執着は感じなかった。

だがら、サンジへの想いに気がついた時、
(弱った。)と思った。

自分がこんな事で、こんなに臆病だったとは知らなくて、その腰抜けぶりに驚いたものだ。

仲間と笑いあっている姿を眼で追っている事さえ、知られたくなかった。
大口をあけてバカ笑いする顔を見る、自分の視線が以前と同じかどうか、不安になる。

この笑顔と 仲間として自分を見る、サンジの眼差しが変わってしまう事を怖れた。
壊してしまうのが恐いものがこの世の中にあって、
今、それが目の前にある事に戸惑った。

自然に振舞う事を努めよう、とすればするほど、自分らしさがわからなくなる。

「らしくネエな、お前。」とサンジの言葉の一つ一つに神経が尖る。
「なにが。」とぶっきらぼうに答えている自分の態度に、不信がられる事はないか。

「起こさなくてもメシを食いに来ることがだ。」と答えられて、
今までの身勝手だった自分の行動に呆れたりする。

とにかく、サンジの口から、
自分に向かって放たれる言葉の一つ一つに、ゾロは自分の心と行動の奥にあった
誰にも言えない気持ちを浮き彫りにされて、自分自身に見せつけられていくようで、

ますます、心臓のあたりがほの苦しくなる。

(俺ア、一体何がやりたいんだ)と自問自答しても答えが見つからない。
ただ、今まで生きてきて、忍耐した事はあっても、我慢した事がないので、

言えない言葉を腹に貯めている、ただ、それだけの事がこんなに辛いものだと
初めて知った。

簡単な言葉だ、
オマエガスキダ、たった、7文字で済む。

それだけで、全てがぶち壊しになる。
生まれてくる物など、絶対にありはしないだろう。

(気持ち悪イ)と避けられて、あのぐるぐる巻いた眉が顰められ、
まるで、台所に時々見掛ける茶色の、
腹が立つ程動きの早い虫を見るような目でみられるくらいなら、

(このままで)いるべきだとゾロは思う。
このままなら、いつでも、笑顔を見ていられる。
自然な、自分が一番好きなサンジの姿を側で見ていられる。

この距離で立っている事に、一生懸命にならなければならないけれど、
今まで築いて来たモノを崩すのが恐いのなら、仕方のない事だ。

いっそ、もっともっと大きな船で、もっともっと大勢の乗員がいて、
艦隊を持てるくらいの大きな海賊で、
別々の船に乗っていたなら、停泊した時ぐらいにしか顔を合わせないだろうから、
諦めるのも簡単だっただろうが、

こんな狭い船では嫌でも 声も姿もすぐ側にある。
それが一番、問題でそれさえなければ こんなに息苦しくはないだろう。

(だが、まあ、仕方ねえよな)

声を聞かず、姿を見ないで耐えられた、その距離にはもう、戻れないのだ。

こうやって、自分の中の気持ちを抱えたまま、ずっと変わらずに
見つめている。
その側で、見守っていく。そんな形しか、今は考えつかない。

自分も追い掛ける夢があり、サンジにも追うべき夢があり、
そして、同性だと言う事を越えられない、臆病な自分に残されるのは、
そんな方法しかないのだから。


(色々あった)とゾロは苦しくも、瑞々しい気持ちを抱えていた頃の事を
サンジの寝顔を見、指先で隠れている方の瞼を軽く撫でながら思い出していた。

あの頃は、こんなに近い距離にサンジがいてくれる事も、
自分の腕思いきり抱き締める事さえも、
決して叶えられないと自分で決めつけ、そして、絶望するのが恐くて、
想像すらも出来なかった。

ただ、ただ、サンジが好きだった。
笑っている顔を見るだけで、嬉しかった。

その一途さと懸命さが懐かしい。

そして、いちいち命懸けの綱渡りをしながら、辿りついた今の距離まで近づいた
自分を、
(凄エ。)と思い、その馬鹿馬鹿しいほど幸せな自画自賛に声を立てずに、
喉の奥だけ揺らしてゾロは笑った。

どんなに距離が近づいても、どんなに同じ時を過ごしても、
その事に油断しないで、今度は、決して離れていかないように

いつまでも、一途で懸命でいなければならない、と
ゆったりと流れる穏やかな夜の空気の中で また、ゾロは思い返す。

(終り)

イッショウケンメイ。


イッショウケンメイ 君が好きだ
片思いでも構わないさ

今日まで過ごした関係を
僕は 壊せないよ。

遠くから見ている恋なら諦められる
問題は 僕のすぐ側に君がいること

何気ない 言葉や仕草がふいにせつなく

愛しさを伝えられないまま トモダチでいた

出来るなら 今すぐにこの腕に抱き締めたいよ
いつからか 芽生えた思いを
告白したいけれど

イッショウケンメイ 君が好きだ
だから 僕はこのままでいい

これもきっと一つの愛 なんだって思う
ずっと変わらずに

イッショウケンメイ 君が好きだ
片思いでも構わないさ

今日まで過ごしてきた関係を
僕は壊せないよ