「それは、押収品でしょう。勝手に使わないように。」

ライは、狙撃手のタキが持ち遊んでいたカメラを指差して、そう注意した。
「でも、隊長。これ、ポライロイドだから、中に撮影した写真が入ってる
訳じゃないし、せっかくフィルムが余ってるんだから、使ってしまいましょうよ。」と
その周りの海兵達もタキの肩を持つ。

海賊相手の戦闘に勝利を治めて、帰艦しているその航路。
そして、帰艦すれば、束の間ながら、楽しい休暇が待っている。
だから、ライ少佐が率いるこの船に乗っている彼の部下達は皆、少し浮かれていた。

「壊したり、私物化しないならいいですけど。」とライもそうくどくは言わない。

「隊長、一枚、」とタキは珍しくジャケットを脱いでいたライにカメラを向けた。
ファインダーごしでもいつもどおりの仏頂面だ。

それでも、いつ見ても、整った、知的な顔立ちは見ているだけでドキドキする。
ファイダーごしだと自分しかライを見ていないようで、まるで、
ライを一人占めしたような気分になる。

「笑ってくださいよ。」と誰かが言ってもライはプイと横を向いてしまった。
その瞬間にタキはシャッターを押してしまう。

ベロ〜リと舌を出す様にすぐにフィルムはカメラから出てくる。
それをパタパタと風に当てて乾かせば、真っ白なフィルムにライの照れ臭そうな
横顔が少しづつ、鮮明に浮かび上がってくる。

「隊長の笑い顔なんか、撮れたらスクープモノだぜ、タキ。」と同僚が笑う。

思い遣りもあり、誠実で、部下達からも信望が厚い。
だが、皆、「隊長も、もう少し、くだけた人だったらいいのに。」と言う。

皆がこうして、一台のカメラを前に騒いでいても、ライはそれを少し離れた場所で、
眺めているだけだ。皆、もっとライに近付いて、ライの事を知りたいと思っているのに、
ライからは決して近寄っては来ない。それでも、部下達から慕われているのは、
ライの確かな統率力と何があっても部下を見捨てない勇気、それを日々の実戦で
実証しているからだった。

「タキ、隊長の笑ってる顔を撮って来れたら、十万ベリーやるよ。」と
言う戯言から、タキはシャッターチャンスを狙った。

カメラに残っているフィルムはもうあと数枚。

(笑ったら、もっと素敵だろうな。)とタキは想像する。
凛としている姿も素敵だと思うが、それ以上に笑っている顔なんか見たら、

(惚れ直すだろうなあ、)と勝手に想像して頬を赤らめたりする。
別に自分の思いを伝えたい、とは思っていない。
今は、側にいて、怒られたり、誉めているとは理解しがたいとは言え、
短い言葉で自分の仕事に良い評価をしてくれるだけで嬉しい。

世の中の女の中で、自分が一番ライの近くにいると思うだけで今のタキは嬉しいのだ。

自分の腕がライの役に立つ。
クッキーを焼いたり、着飾ったりする事ではなく、銃器の取り扱い、整備、
戦闘力を磨く事で、ライがより自分を必要としてくれるなら、いくらでも
頑張れる。

タキは、こっそり、ライの横顔を写した写真を内ポケットから取り出す。
焼き増しなど出来ない、世の中でたった一枚だけの宝物。

今度の休暇も基地に残るのかな。
どこか、行きませんか?
どこへ?

頭の中で数日先の休暇の事をシュミレーションして見る。

(会話が続かないわ。)と唖然としてまた、写真を見る。

(ライさんは何が好きなんだろう)顔が好き、声が好き、真っ直ぐな灰色の目が好き、と好きな条件を並べたら幾らでも並べられるが、ライの事で知っている事が
殆どない事に気がつく。そして、勝手に想像する。
私服姿のライ・・・を想像しようとしても知らない。
何も知らないのに、一体どうしてこんなにライの事を考えていると楽しいのか。
(これを恋っていうのよ)と一人、乙女な気分に浸ってライの写真に見入ってみる。

次の日の朝。
タキは朝食を取りに甲板に出た。

また、皆が一箇所に集まって騒いでいる。
「なにやってるンですか」と近付くと、同僚の海兵が、

「おお、タキ。ちょっと軍医を呼んで来いよ。」と言う。
「どうしたの?」とタキは聞き返す。
「漁師さんが産気づいた。」と彼は答える。
「はあ?」意味の判らないその言葉にタキは素っ頓狂な声を出した。

「夫婦で漁をしてる漁師さんだ。奥さんが臨月だったんだよ。」とライが口早に
タキに説明する。

たまたま、ライ達の船とその船があやうく接触しそうになったことで、その夫婦は
海軍の軍医に子供を取り上げてもらえた。
逆子だったので、そのままだったら、親も子供も助からなかったところを、九死に一生えた、と言ったところだ。

タキは、残りの一枚を残して、生まれたての赤ん坊の写真を数枚撮った。
カワイイとははっきり言って言いがたい。

「猿見たいですね。」とその写真を見ているライにそう言うと、ライは
「でも、ちょっと前まで、お腹の中にいたんですよ。それがこうやってここにいるって、
なんだか不思議ですね。」と優しい声で答えた。

「ほら、こんなに小さいのに欠伸してますよ。」とライはタキが撮った写真のうち、
一枚を指差して笑った。

タキは反射的にそのライの顔にカメラを向け、すぐにシャッターを切った。
それが最後の一枚だった。

「十万ベリーの笑顔だわ。」と思わず呟いて、その写真が鮮明になるのを待つ。

そんなタキの様子にはもう興味がないのか、ライはまた、赤ん坊の写真を見ていた。

やがて、タキの指に摘まれてその写真は乾いて行く。
乾くと同時に自分だけに向けられた、ライの笑顔が浮かび上がってきた。

(誰にも見せたくないわ)例え、十万ベリーが貰えなくても。

焼き増し出来ない、同じ写真を二度と撮る事も出来ない、そのポラロイド写真。
その写真のライは、どんな時でも、タキだけに微笑んでいる。