手強い海賊だった。
ゾロは、自分の首を狙って群がってくる彼らをなぎ払って、
その返り血で全身を紅く染めながら足を急がせていた。
急勾配をやっと降りると、目の前に丘があり、それを越えるとサンジと落ち合う筈の
砂浜に辿りつく。
それが判るのは、ゾロが踏みしめている道に点々と紅い雫が落ちているからだ。
自分がこれほど手を焼いた連中だ。
サンジが血が道に滴り落ちるほどの傷を負っていて、それを隠そうとも出来ない
状態にある事を、その血の道しるべがゾロに教える。
これでは、手傷を負っている事が自分達に害を成そうとするものに伝わってしまう。
丘を昇る為の道は階段だった。
一段、 一段にポタリ、ポタリ、とさっき滴り落ちたばかりのような血が
土に沁み込みもせずに、ゾロを急かした。
脇腹に受けた銃創からの血が、ゾロの服をじわじわと濡らしている。
徐々に体が重くなって行くのが判る。
この土が剥き出しの階段をきっと、サンジも体を引き摺る様にして昇って行ったに
違いない。
自分の刀さえ重くて、ゾロは息が切れた。
(畜生)、ゾロは自分が進むべき先を苦痛に歪んだ顔で見上げる。
(一体、何段あるんだ。)
一段、足を上げて土を踏みしめる。サンジの残した道しるべを決して踏まない様に、
足に力をいれて、体を持ち上げ、もう一方の足でもう一段上へと一歩、一歩、
昇って行く。
樹木のつくる漆黒の闇の隙間から、猫の目のように細い月が薄い雲に透けて見えた。
ゾロは無意識に昇った数を数える。
途中からだったから、正確な数しかわからない。
「1511、1512、1513」それすらも、途中で息が詰り、無駄な体力を使うことに気が
ついて止めた。
丘なんて可愛いものではない。
十分「山」と言ってもいい土地の隆起だった。
もうあと、10段。
8段.
6段.
4段.
ゾロは力を振り絞って、今まで、一段づつ上がってきた階段を一気に一段飛ばしに
昇った。
約束していた場所は砂浜だったのに、ゾロはその頂上に必ず、サンジがいるような
気がしていた。血を流し過ぎて、少し寒気がする。
もしもいたなら、温めて欲しかった。
頂上は、何かの遺跡のような石を積み重ねた建造物があった。
鏡の様に澄んだ泉がすぐ側にあって、弱い月の光を集め、金色に光る波紋を
その建造物に投げ掛けて、そこだけ僅かに明るい。
そして、ゾロは息を整える。
サンジの無事な顔を早く見たくて、それなのに、体が自由に動かなくて、
気持ちだけが焦れた。
そんなみっともなく、切羽詰まった顔をサンジに晒したくなかったからだ。
ゾロは遺跡を見据えたまま、周りの気配を探る。
ここにサンジがいると思ったのは、自分のヒトリヨガリで、なんの根拠もない。
「遅エよ。」
その声にゾロは遺跡を照らす光の、その端に影と光の曖昧な間からだった。
「随分、派手にやられたみてえだな。」とゾロは今までの不安が一気に晴れて
口から出た言葉は、笑みが零れた皮肉だった。
「は。」とサンジはそれを鼻で笑う。
「そんなんじゃねえよ。」
「迷子がちゃんと俺の居場所に戻って来れるように、わざと残した、」
「短なる、目印だ。」
その強がりを聞いて、ゾロは一瞬唖然とする。
それから笑いが込み上げた。
ゆっくりと歩いて、サンジに歩みよって、手を伸ばす。
お互い血まみれの手をしっかりと握り合った。
ゾロがサンジの手を引くと、サンジは立ち上がる。
「面倒かけてすまねえな。」とゾロが冗談めいた口調で言うと、サンジも同じ様な
口調で「全くだ。」と答えた。
装った仏頂面を見合わせたら、目が合う。
「アホだな、お前は。」と言ってサンジが吹き出した。
「お前よりはマシだ。」と答えて、ゾロも笑った。
そうして、二人ともが誰に示す為ではない、紅い道しるべを薄い月明かりの照らす階段に点々と残しながら、自分達の帰るべき道へとその階段を一段、一段、
肩を並べて降りて行く。
(終り)