「浮かない顔をしているのね。」

いつも宴会を開くその場所で、ルフィもウソップも、

さっき目が醒めたばかりのサンジも皆、バカ騒ぎをしている。

ゾロだけがそれを面白く無さそうな顔付きで見ながら、憮然と酒を
一人でがぶ飲み飲みしていた。

(なにが、"ロビンちゃんが生きてることがボクの喜びですウ。"だ。)

目を醒ましてからそんな事ばかりを言ってヘラヘラしているサンジに対し、
ゾロはムカついて仕方なかった。

その隣ヘ、ロビンが新しい料理と酒を持ってきて、からかう様に話し掛け、腰を下した。

ゾロはチラリと横目で迷惑そうにロビンを見ただけでまた、酒を口に含む。

「ヤキモチ?」
「はン。」

ロビンの軽口をゾロは鼻で笑った。

「お前やナミにいちいちヤキモチ妬いてる程暇じゃねえ。」

「そうなの。」とロビンは肩をそびやかした。
「なら、どうしてそんな怖い顔をしてるのかしら。」

「もともと、こう言う面だ。」
第一、 こんな宴などさっさと終わらせて、
サンジと二人きりになりたいと思っているのに、騒ぎはエスカレートするばかりで
終わりそうにない。ゾロの苛つきは益々募る。

「彼が私を助けたのが、気に食わない?」
「そうじゃねえ。」

(面倒臭エ女だ。)とゾロは立ち上がった。

ロビンと話していると、なんだか、
「私は、あなたよりももっとコックさんに大事にされているのよ。」と言いたげに
見えて、

まるで 大人から見れば下らない玩具なのに、子供同士ではそれはとても
珍しくて、貴重で、誰もが欲しくなるようなモノで、
それを見せびらかされ、イライラし、悔しがる子供のような稚拙な競争心が
沸き上がってきて、実に不愉快なのだ。

「俺は寝るからな。」と勝手に宣言して、ゾロは格納庫に向かった。

皆が騒いでいると、火も炊いていたことだし、寒いとは思わなかったのに、
深秋の気候の海域に差しかかっていて、誰の温もりもない格納庫は
嫌に寒々しい。

(クソ。バカ眉毛)。

いつも、寝床にしている場所にゴロリと横になって、使いなれた毛布を頭から被り、
心の中で、いつも口に出しているサンジへの罵詈雑言を次々と思い浮かべ、
批難してみた。

(どれだけ心配したと思ってんだ。)
少しくらいは、気遣ってくれてもいい筈なのに、無視に近い扱いだ。

なにも言って来ない。
皆の前だというのは この際、言い訳として認めない。

どれだけ長い間眠っていたか、ナミに聞いてちゃんと理解しただろう。
逆の立場なら、と何故考えられないのか。

(頭悪すぎだろ。)思い遣りがなさ過ぎる、という事をゾロは苦々しく思う。

腹立ち紛れにサンジへの憎まれ口を繰り返しても、まだ、ゾロの腸は
煮込み料理の鍋のようにブツブツと滾っていて、一向に冷めない。

が、それでも何時の間にかまどろんでいた。

慣れた気配を背中に感じて目を醒まし、寝返りを打って確かめる。

当たり前のように、サンジが仰向けに横になり、寝息を立てていた。
恐らく、自分を起こさないように気を使ったのか、毛布を被り、
床にはなにも敷かないで直に横になっている。

頭の下にも、なにも置いていないので髪が木の床にパラリと広がっていた。



そんな寝方をしたら、(冷えるじゃねえか。)そう思った。

が、(こいつ、俺にまだ謝ってねえ)のに、甘い態度を取るのは癪だった。

自分の温もりが欲しければ、叩き起こして潜りこんでこればいいのに。
いつもはそうしている癖に、何故、今夜に限ってそれをしなかったのだろう。

ゾロは自分の甘さに呆れ、溜息をつきつつ、サンジの体を自分の腕を広げて
引き寄せ、腕で包み込んだ。

あったけえ。

吐息のようにサンジが呟く。

(寝言だな。)と
その声の小ささと素直さと間延びした言い方を聴きなれているゾロには判る。

なにも白黒つけていないのに、さっきまでのイラつきが嘘のように
薄れて、消えた。

言葉であーだ、こーだ、言うと話しがこじれやすい。
まして、狭い船の中で、おおっぴらに痴話喧嘩も出来ない。
誤解やすれ違いをするくらいなら、言葉など交わさない方がマシだと思っていたし、
サンジもきっとそう思っている。

心配かけて悪かった、などと皆の前でサンジが言う筈がないのは
判り過ぎるほど判っていた。
けれど、言葉がなければ、それに変わるモノがゾロは欲しかった。
それさえもなかったから、あれだけ焦れたのだ。

(もういいか。)

ゾロは片手でサンジを包むように抱き、
もう片方で、「根っ子」と同じだというサンジの手を握った。

こうやって、側に来て眠っていた。
足を折り曲げなければ横になれない狭い場所なのに、
ゾロの背中の見えるところをわざわざ選んで、毛布だけを被って。

(こいつが"助けたい"と思う人間を、俺も同じ様に大事に思わなければ、)
これから先、何度もこんな自分らしくもない憤りを感じなければならない。

ゾロは、握りこんでいたサンジの手が徐々に自分と同じ温度に
温もって行くと同時にそんな事を想った。

そして、そう思われる人間の一番、最初である必要もない、と思い至る。

サンジに助けてもらわねばならないような窮地に立たなければいい。
そして、サンジが誰かを助けるためにまた、眠ってしまうことがあっても、
きっと今日のように悶々とする事もない。

(やっぱり、俺は特別だって事だ。)とゾロはやっと 気が済んで
ごく自然な、穏やかな眠気を覚えながらニンマリと笑った。

寒さを感じた時、穏やかな眠りが欲しい時、
サンジのその望みを叶えられるのは、世界中で自分だけだと思えば、

サンジが助けたい、と思う人間がどれだけいようと構わない。

なんだか、なにも言う事無く、なだめられてしまったような気がして、
悔しくもあるけれど、気が治まってしまったのだから仕方がない。

(終り)