「後継者達」

変わった組み合わせの泊り客だった。


片足、義足の初老の男。
向日葵色の髪に、青い瞳の少年。

とても親子には見えなかった。


長年、猟師と宿を生業としながら、生きて来た男がいた。

その日、泊り客は彼らだけで、食事の時、
雑談がてらに 猟師は この付近で 狼藉の限りを尽くした、

「キング」と呼ばれた 狼の話をした。


「こいつがね、頭のいい奴で、このあたりの酪農家じゃ殺しても
殺したりないくらい 憎たらしい奴でね。」
「食うためじゃなく、仲間を一匹でも殺されたら 見せしめとばかりに、
羊の群れを食いもしないのに、全滅させたり、」
「牧羊犬を嬲り殺したりするのさ。」


片足の男と、その連れの少年は
さして 興味もなさそうな顔をしていたが、もてなすつもりで話す
男の言葉を 適当に相槌を打ちながら聞いていた。


さながら、山賊の頭のように。
さながら、海賊の船長のように、
キングは群れを率いて、その土地を思うが侭に 生きていたらしい。


「ダンナ、こいつがキングさ。」
「あんたが捕まえたのか。」

散々、キングの非道ぶり、ずる賢い暴君ぶりを吹聴しておいて、
男は最後に 鼻の穴を膨らませ、

片足の男に 自分がキングを捕らえてやった、と 胸を張った。

鉄の、頑丈な檻に閉じ込められ、後ろ足に被弾したらしく、
酷い出血をしている。
それでも、男と、片足の男、金髪の少年はこの肩足の男の名前を呼ばずに、
「ジジイ」と呼んでいたから、名前はわからない、

そして、金髪の少年がその檻に近づくと、キングは
檻がひっくり返るのではないか、と思うほど暴れ、牙をむき出し、
毛を逆立てて 威嚇した。

敗者の諦めは微塵も感じない。
まだ、「キング」は誇り高く、戦いつづけている。

「青い眼の狼か、珍しいな。」
片足の男が腰を屈めて、キングの唸り声などに全く動じず、
檻を覗き込んだ。


その時。


茶色の仔犬が片足の男の足もとに、
体をぶつけるようにして駆け寄ってきたと思ったら

いきなり 牙を向きだし、飛びかかって来た。

殺気を放った相手に、例え子供でも容赦しない、片足の男は
義足を振り上げ、その毛足の長い、仔犬を蹴り飛ばした。

が、仔犬は 蹴り転がされたにも関わらず、キャン、とも鳴かず、
再び、義足に噛みつきに来た。

「どっかの誰かみてえだな、おい、なあ。チビナス。」

そう言われて、少年は うるせエよ、クソジジイ、と生意気にも
口答えをする。
片足の男は 何度蹴っても食らいついてくる仔犬の襟首を掴んで

仔犬が蹴られた途端、キングは唸り声でなく、大声で
吠えた。犬の鳴き声ではなく、狼のそれは 犬などとは比べものにならないほど、
迫力がある。

片足の男は 何度蹴っても食らいついてくる仔犬の襟首を掴んで
ぶら下げるように持った。仔犬は激しく体を捻るけれど、それでも
鳴き声を上げない。

それを持て余しながら、片足の男は、
「このチビ犬は一体なんだ。」と宿の男に尋ねた。


仔犬の目も、「キング」と同じ色をしている。


「さあね、どう言うわけか、キングがそいつを庇ったから、」
「俺はキングを生け捕りに出来たんだ。」

その仔犬はあきらかに 犬で、キングは 雄の狼だ。
何故、こんな チンケな仔犬を守ろうとしたのか、俺にゃ、さっぱり
わからねえが、

「どっちにしろ、この犬っコロを庇ったおかげで、こいつの群れは
一網打尽さ。全部、毛皮にして売ってやったさ。」と
男は 可笑しそうに笑った。

片足の男は じっとその話を聞いていた。
その間、じっと吠えつづけるキングを見ていた。


「おい、亭主。」
片足の男は 急になにかを思いついたように 宿の男に向き直った。

「この犬っコロと狼、俺に売っちゃくれねえか。」
「へ?」

突然の片足の男の申し出に、宿の男は素っ頓狂ナ声を出した。




片足の男。
ゼフは キングと茶色の仔犬を猟師から相当な金を出して買い取った。


「どうするのさ、ジジイ。」と
キングの檻を草原まで荷車に乗せて二人は 運ぶ、その途中、チビナスは ゼフに尋ねる。

ゼフは意味深な笑みを浮かべて答えない。


檻の扉を開ける。
びっこを引きながら キングは地面に足を踏み出した。

茶色の仔犬が側にいる事を目で確認して ゆるゆると走り出す。

仔犬はその後を転がるように追う。


ただ、青い眼をしていた。
それだけで、キングはあの仔犬を同族とでも思ったのか。

仲間の全てと、自身の足を犠牲にして、何故、あの仔犬を守ろうとしたのか。
物言わぬ、獣に聞いても判るまい。

「帰るぞ、サンジ。」
「え?」

ゼフは 驚いた顔を露骨に見せた、サンジにもう一度
「帰るって言ってるんだ。」と怒鳴った。

「一緒に?」サンジの顔に喜びが滲む。
「当たり前だ。」それを見て取りながら、ゼフは憮然とした態度を崩さなかった。


ゼフは迷ったのだ。
こんな子供を自分一人で 育てられるか、どうか。
これから、海上レストランを建設する、その忙しさの中、
今だに 賞金稼ぎから狙われる 自分が

仲間と足とを引き換えに 目の前に残った、夢を継ぐ少年を
守り、育てていけるのだろうか、と。

迷い、結果、この少年を託す事の出来る数少ない知り合いを頼って
旅をしていた途中だった。

「俺、ジジイといれるんだね。」
「何度も言わせるな、一緒に帰ると言ってるんだ。」



そして、それから 3年が経った。

小さかったサンジを預けようとしたのは、ゼフの幼馴染なのだが、
その幼馴染が死んだ、と言うので、
ゼフは一人、かつてサンジと 荷車を押した道を歩いていた。

あの時と同じ宿で ゼフは一夜 過ごした。
宿の主人は、ゼフを覚えてはいないようで、

相変らず、夕食の時に ほかのとなり客に向かって、
ベラベラと自分の猟の自慢話を捲くし立てていた。

聞くともなしに ゼフは それを離れたテーブルで聞いていた。


「ここらを今、暴れ回ってる狼の頭が茶色の、ただの犬でね。」
「今は、こいつをどうやってとっ捕まえてやろうか、と頭を
捻ってるところでさあ。」


茶色の犬?
そう聞いて、ゼフは耳に神経を注いだ。

「青い目の、茶色の犬で 犬の癖に狼を率いてやがるんだ。」
「昔、ここらで 暴れ回った、キング以上に頭の良い奴で。」


山賊の頭のように。
海賊の船長のように。


その犬は狼になったのだ。
キングと言う狼に育てられ、小さな仔犬は、、
この土地を蹂躙する、青い目の狼の王に育った。

ゼフは全身が熱くなり、そして震え出すのを止めるのに骨を折った。


「犬畜生に出来た事を俺がやれねえ訳がねえな。」

茶色の小さな犬が狼になるのなら、

小さなヒヨコを、鋭い爪を持つ、獰猛な鷲に。

(俺なら育てて見せる)
ゼフは 狼の遠吠えの響く、闇を見つめて 不敵に笑った。


(終り)