(・・しまった・・・!!)

R−1は、汽車の出る駅に着いて、呆然とする。
少し道に迷っている間に、今日最後の汽車が目の前で発車してしまったのだ。

海賊にカモにされ、苦しんでいた村に用心棒を頼まれ、R−1はそれを引き受けた。
そして、その海賊達を殲滅させ、ついでにその海賊達に掛けられた賞金と、村からの謝礼を受け取り、R−1はS−1の待つ町へようやく帰れると言うのに、その汽車に乗り遅れてしまった。
その汽車に乗らなければ、「三日後に帰る」と言う約束が果たせない。

次の汽車は明日の朝早くに出る。
それに乗るか。線路を歩くか。R−1は考えた。
(約束破って、じっとしてられねえ)とすぐにR−1は足早に線路を歩き出す。

一秒でも早く、S−1の顔が見たくて気ばかり急く。
けれども、帰りたい場所への距離は一歩分づつしか縮まらない。

(・・・どんな風だったんだろう)と歩きながらR−1は考える。
いつもの、あの喫茶店で毎日、S−1は変わりなく働いている。
朝起きて、働いて、帰ってきて、鳥の餌を換えて、少し籠から出して遊び、それから
一人で食事を作って食べて、一人で眠る。

その風景を想像しただけで、R−1は少しだけ後悔した。
(・・・寂しい思いをさせただろうな)と思う。
だが、それは、喫茶店にたむろしている、人相の悪い、いつもS−1を物欲しげに見ている輩が
チョッカイを出して、それに騙されてうかうかと誘いに乗っているのでは、と言う心配を打ち消したくて、R−1はひたすら、S−1が一人でじっと待っている様子ばかりを想像しようとしているだけに過ぎない。

昨日までは、海賊との激闘に神経を集中していたし、とにかく無事に帰れるように必死だったから、そんな心配は微塵も頭に浮かばなかった。
だが、やっとS−1のところへ帰れる、と安心した途端、色々な想像がR−1の頭の中に湧き出てくる。

警戒心は強いけれど、基本的にS−1は素直でお人よしだ。
(根っからの悪人はいない)と本気で思っている。
ハーフテールが何故、S−1に近づいてきたのか、彼が死んだ今になってもS−1は
分かっていないようだし、一度、「この人はいい人だ」と思えば、途端に無防備になる。

少し小狡いヤツなら「いい人」を演じて、S−1を簡単に丸め込む事が出来るだろう。
そこまで考えて、R−1は一度立ち止まってブンブンと首を振る。

(・・・いや、きっと、あいつは俺が思っているより賢い筈だ)

そんな誘いに乗って、結果S−1が傷つくような事があったとして、そうすると、
R−1が一体どういう行動を取るか、それくらいS−1は想像出来るだろう。

普段、側にいる時はそう嫉妬や独占欲をむき出しにしているつもりはないが、
こうして離れると、余計な心配や妄想がふつふつとR−1の腹の中に沁みだして、
嫉妬も独占欲も、濃厚になり、止め処がなくなってしまう。

自分とはなんの関わりもない村人を助ける為に、300人の海賊と戦ったのではない。
何もかも、S−1と片時も離れたくないが為だ。

とにかく、歩く。
ひたすら、歩く。

夕暮れになり、やがて夜が来て、気温はどんどん下がっていく。
けれども、R−1は一度も立ち止まらない。

空に大きな少しだけ欠けた月が昇った。
それを見上げて、R−1はため息をつく。
(・・・ホントはもう着いている頃だ)
汽車が着いているのに、自分が降りてこない。
(また心配させちまうな・・・)どんなに不安だろうか。どんなに心細いだろうか。
そう思うと胸が痛い。そして、誰かにその責任を擦り付けて楽になりたくなる。
(どうせ、複製するなら、方向音痴ぐらい、なんとかしてくれりゃよかった)と
自分を創った科学者にまで悪態を突く。

そして、歩く。
止らずに歩く。

夜は更けて、じきに空は白んでくる頃合になった。
だが、目指す駅まで、まだ二時間程は掛かる。
昨日の最終の汽車が出てから、おおよそ、もう4時間以上は過ぎている。
汽車でなら3時間でも、歩けば6時間以上は掛かる距離だ。
(・・・さすがに待ってねえだろうな・・・)R−1は心の中で呟く。
それは、(待っていてくれるかもしれない)と言う薄い期待を自分で打ち消すつもりの、声に出さない独り言だった。

夜の汽車に乗ってないのなら、翌朝の汽車に乗って帰って来る、と考えるのが普通だ。
もう汽車など来ない駅でたった一人、待ち続けるより、一度家に帰って、また汽車が来る頃にこの駅に来ればいい。

いつの間にか、自分の歩く線路の周りには晴天を約束する朝靄が漂い、風景が白い幕でうっすらと覆われたようで、ひどくぼやけて見える。

R−1は線路の上を歩きながら、駅に着いたら、そこからどうやって間違いなく家まで辿り着けるか、その道筋を思い出そうとしていた。
半分ほど、その道筋を思い出した時だった。
ふと、前から人の気配を感じて、顔を上げる。

S−1かも知れない。そう思うと、何故か緊張した。
いや、線路を誰かが歩いてきただけだ。きっとそうだ。
頭ではそう思うのに、気持ちはそのうっすらとした人影がどうか、S−1である様にと期待して、
R−1の心臓は、勝って宝物を手にするか、負けて落ち込むか、そのどちらかの結果を待つ、
妙な緊張感で、高く強い音を立てていた。

(・・・なんで、今、ここにいるんだ?)と思うより先、足が勝手に駆け出した。
「R−1!」
体当たりする様に、S−1はR−1の胸の中に飛び込んでくる。
思わず受け止めた腕に、まず、S−1の体温より先に夜の冷気を感じた。

(線路を歩いてきたのか)
(一晩中、あんな格好で・・・・)迎えに来て、すぐに家に帰るつもりだったのか、S−1は薄い服しか身に着けていない。複製品の、丈夫な体で風邪などは引かないけれども、気温の低さは感じる。
旅支度をしている自分よりずっと薄着で、S−1は線路の上を歩いてきた。

三日経ったら帰る、と約束したのに、その汽車に自分が乗っていなかった。
一体、S−1はどう思ったのだろう。何を思って、歩いて来たのだろう。
きっと(・・・何かあったのかも)と不安になったに違いない。

「・・・すまん、汽車に乗り遅れて・・・」
腕に勝手に力が入って、S−1の体を締め付けてしまいそうだ。
思いがけない嬉しさと、驚きと、それを受け止めきれない戸惑いで、R−1の心は混乱した。
もっと、他に言葉がある筈なのに、口から出たのはただの言い訳だ。
それが自分でも もどかしい。

「・・・いいよ。ちゃんと帰って来るって約束は守ってくれたから」
そう言って、S−1はR−1の胸の中に顔を埋める。そして、まるで体温ごと、
R−1の匂いを胸一杯に吸い込むように、大きく一つ、深く息を吸った。

思わず、その仕草が愛しくて、R−1はS−1の頭を掌で包み、もっと強く自分の胸へと押し付ける。掌に感じた髪の感触は、やっぱり夜の冷気を写していて、少しひんやりと冷たかった。

それから、二人は、時にはS−1が先に歩いたり、並んだりしながら線路の上を歩いた。
途中、やっと汽車が動く時間になり、二人は目指す駅へ向う汽車に乗った。

早朝の一番早い時間に走る汽車の中は、人もまばらで二人は並んで席に腰掛ける。
線路の上を走る心地よい振動と、R−1の上着を羽織って、体が温まってきたS−1は
やがて、R−1の肩に頭を乗せ、小さな寝息を立て始めた。

さっきまで、他愛ない会話を交わしていて、耳に染み込んできた声が途切れて数分しか
経っていない。それなのに、もう、S−1の声が聞きたくなっている。
自然にゆるく絡んだままになっている掌から感じる温もりを、掌からだけでは足りなくて、
もっと全身で感じたくなる。
(・・・よく、三日も離れられたモンだな)
経った三日離れただけで、こんなにS−1の感触に飢えている自分にR−1は呆れた。

目的の駅に着いて、二人はいつもの街を家に向って歩き出す。
「今日は、仕事、休みなんだ」
ぐっすり眠っていて、無理矢理起こされた所為か、まだS−1は眠そうで、
大きなあくびをしながらそう言った。
「アル君が帰って来た次の日、スー君は疲れて体が動かないだろうからって」
「なんで、R−1が汽車に乗り遅れて、俺がそれを迎えに行くってマスターに分ったのかな?」
「でも、途中から汽車に乗れたし、あんまり疲れてないけど」

(・・・そう言う意味で言ったのか?)
R−1はS−1の言葉を聞いて、少し首を捻った。
だが、きっとあのどことなくイヤらしい話題が好きなマスターの事だから、もっと違う意味で
S−1にそう言ったに違いない。

マスターの想像どおりに、この飢えを思う存分、満たす事が出来たらどんなに幸せか。
それが出来ないからこそ、こんなに常に飢えているのかもしれない。
そんな事を考えつつ、それを悟られないように、R−1は
「・・・でも、まあ、休みをくれたんだから、休むんだろ?」と尋ねた。
「R−1こそ、疲れてるだろ?だから、俺が側にいてその疲れを取ってやるよ」
「だから、今日はずっと側にいてやる」S−1は柔らかく微笑んでそう答える。

ようやく家に帰ると、すぐにS−1はR−1をソファに座らせたまま、自分は手早く
食事の用意に取り掛かった。

家の中の様子も全く代わりはない。
二人なら、少し狭いとさえ思うこの部屋の中も、一人でいたらきっとがらんとして寒々しかっただろう。

「・・・どんな風に過ごしてた?」
ようやく食事を終えて、ずっと聞きあぐんでいた事をR−1は口にした。

「寂しかったに決まってるだろ、」と恨めしい目で見られるのが辛くて、
自分が決断して実行した事を後悔して心が痛むのが怖くて、ずっと避けていた話題だ。

「俺?」
台所で食事の後片付けをしていたS−1が、R−1の声に振り返る。
「・・・一日目は家にいた。でも二日目は、・・・トモダチの家に行った」

(なに?)頭に冷や水を掛けられたのとそっくりな衝撃にR−1は無意識に椅子から立ち上がっていた。
「トモダチってなんだ。誰のところに何しに行ったんだ?そこで泊まったんじゃないだろうな?」
自分の声音が動揺で荒くなっている。分っていたが、怪訝な顔で自分を見るS−1の言葉に、
ますますR−1は動揺させられた。
「・・・一晩泊まったけど・・・ここに一人でいたって寂しいし」

自分が誰の為に、何の為に300人の海賊と命がけで戦って、必死に帰って来たのか。
S−1と片時も離れたくない、その一心だった。
その、たった三日間の辛抱だと自分は我慢し、ずっとS−1を心配して来たのに、
よりによって、そのS−1が自分が血みどろで戦っている間に、
自分以外の誰かと一晩、過ごしていた。
自分以外の誰かに、無防備に寝姿を晒した。

そう思った時、自分でも信じられないほどの大声でR−1はS−1を怒鳴りつけた。
「寂しかったら、トモダチってやつのとこに泊まりに行くのか、お前は!」
「俺が命がけで戦ってる時に!」


(続く)