オールブルーには、物資が少ない。
だから、数ヶ月に一度、少し遠出して 色々と買い揃えなければならない。

料理長自ら、その買い出しに出向く。
その間も、レストランは営業しているので、なるべく早く、
その買い物を済ませなくてはならない。

腕のいい料理人を揃えているけれど、人任せで遊んでいるような
料理長兼オーナーではないので、
サンジは 品選びを雑にはしないが、時間を惜しみながら、
手早く、用事を済ませていた。

そこへ。

「電伝虫が。」と宿で取り次がれた。

「よお。」と、声の主、そのままの不敵な顔付きの電伝虫が
喋り出す。

「なんだよ。」とサンジは 思い掛けないその届け物にうれしい驚きを
感じながら、それを押し隠して、いつもどおりの
迷惑気な声で答える。

「なんだよ、はねえだろう、久しぶりだってのに、無愛想な奴・・・ガガ・・」
「うるせえよ、用はなんだ。」

向こうも嬉しいのか、ゾロらしくない、軽口が途中まで聞こえた。
サンジは可笑しくて、ニンマリと笑う。

電伝虫の口は、ただ、ガーガーと言う雑音しか吐かないけれど、
口の動きは、何か、サンジに 一生懸命話しているような形を
取っている。

「・・・ガ・・・ガ・・・聞いてンのか、おい。」
「全然、聞こえてねえよ。」


苦笑いしながら、サンジがそう言う。
本当に、ゾロの声を聞くのは、久しぶりだ。
どんな用があって、どうして 自分がここにいるのを知っているのか、
聞きたいけれど、そんな事よりも、元気でいてくれた事が何より嬉しかった。

「今から、そっちに行くぞ。」
「は?」

ふんぞり返ったような態度の電伝虫がそう言ったので、
サンジは素っ頓狂な声を上げた。

「何?」ともう一度、聞きかえす。
「お前がその島にいるって噂聞いた。2日後に着くから待ってろ。」

サンジは耳を疑った。
心臓がドクンと大きく一度鳴る。

声だけで 満足し掛けていた所ヘ、そんな事を言われて
(まじか)と嬉しい戸惑いが 思考を包む。

「いや、お前を待ってる暇なんか」
早く、オールブルーのレストランに帰らなければ、と言う気持ちよりも、
ゾロが自分に会いに来る、それを 手放しで喜ぶ気持ちを悟られたくなくて、
サンジは 咄嗟に 強がりを言う。

「うるせえ、グダグダ言わずに待ってろっつってんだ。」とゾロは
あくまで 高飛車だ。

「今、会わなきゃ、次いつ会えるかわからねえんだからな。」と
さっきまで聞き取りにくかったゾロの声がやけに明確になり、
サンジは そこにゾロが、

すぐ、側にゾロがいて、腕を組み、テコでも動かん、といった顔つきで
自分を見ているような気がして、強がりを飲みこんだ。

だが、実際、時間がないのも事実。

「判ったよ、でもな。」


お前がウロウロ迷子になって 余計な日にち食うのを待ってるわけには
いかねえんだ。
俺がそっちに行くから、動かずに待ってろ。


そう言って、サンジの方がゾロの所ヘ移動する事になった。


その島への連絡船は、もう、出てしまった後だ。
自分の買い出し用の船を大急ぎで準備する。

食料の備蓄など、どうでもいい。
客船で二日掛ったとしても、サンジの船なら、1日半もあればいいから、
船足をあげる為に、余計な荷物は全部降ろした。

帆も、いつもよりずっと大きな物を新しく付けかえる。
少しでも、たくさんの風を受けて、少しでも、早く、波を切って進める様に。

天候はいい。
サンジは スーツ姿のまま、船をゾロの待つ、その島へ向けて
進ませる。


途中で、海賊に遭遇した。

「命が惜しかったら、有り金を全部、寄越せ」と 若い男ばかりで
サンジの顔を知らなかったのだろう。

遠慮なく、狙撃してきたし、急いでいるにも関わらず、
そんな 連中の相手をするのに サンジはイラだった。


「邪魔するなら、その船、沈めちまうぞ、クソガキどもが。」と言うが否や、
その船に飛び移り、甲板に思いきり、踵を打ちつけ、メインマストを一蹴りで
へし折り、沈没させた。

その所為で、スーツが薄汚れる。
けれど、そんな事に構っている時間が惜しいので、
転覆して行く海賊船に振り向きもせずに ただ、船をぐんぐん進ませた。

いつもよりも、強い風を孕んだ帆を手繰るロープを握る手が痛くても、
サンジは休まない。

そして、一日半どころか、サンジは 一日で、
ちょうど、昨日の今ごろ、電伝虫相手に強がっていた頃には、
その島に着いた。

船を舫に結び、港から町へ向かう。
ロロノア・ゾロはどこだ、などと聞いて 歩いたりしない。

海兵を、2ダースも蹴り倒せば、海賊扱い。
この島にゾロがいれば、海軍は絶対にゾロを呼び寄せてくれる。



「全く。」



久しぶりに会うのに、サンジのスーツ姿は埃まみれだった。
ゾロはその姿に呆れながら、
どれだけ 急いで サンジがここへ来たかを知った。

足もとには、海軍のなんの罪もない 海兵達が蹴り転がされていて、
サンジは 手持ち無沙汰そうに煙草を吸っている。

「随分、早いじゃねえか。」ゾロはサンジに歩み寄る。

「俺は忙しいんだ、早く オールブルーに帰らなきゃならねえ。」
「だから、早く来てやっただけだ。」

サンジがポケットに突っ込んでいた手を出して 煙草を新しく咥え直す。

その手首を思わず、ゾロは掴んだ。

「どうしたんだ、これ。」
掌がすりきれ、皮がめくれて血だらけだった。

あれだけ、手は料理人の命だ、と言っているのに。

「ロープで擦れただけだ。」とサンジはゾロの手を振り解く。
手がこんなになるまで、急いで 自分に会いに来たサンジを
ゾロは 一目も憚らず、思いきり、抱き締めた。

次の瞬間には、鳩尾に息が詰るほどの蹴りを食らったが。
それでもゾロはサンジを離さなかった。


そんなに必死で来たくせに、サンジは すぐに港に
引き返そうとする。

「おい、どこに行くんだ!」とゾロはサンジと並んで歩きながら、
その行動の理由を尋ねた。

「俺は忙しいっつっただろ。」と 足を止めずに答える。
「お前の面見たから帰るんだよ。」

甘えたり、露骨に嬉しがったりしないくせに、
こんな行動を取れば、ゾロがサンジを追う事を知っている。

そして、それを知りながら、ゾロはあえて、それに乗る。

「じゃあ、途中までお前の船に乗せろ。」

帰りは、二人で。
大きめの、風を沢山孕む帆を張った船に乗って
波間を行く時、 

初めて、楽しげなサンジの顔を見る。
初めて、嬉しげなゾロの眼差しを見る。


終り