最終話 「秋色葡萄は恋の味」



「…なんだと…?なんだ、その言い草…」

足早にソファに近付き、サンジの返事も返ってこない内に、ゾロは力任せに毛布を引き剥がす。そして、乱暴にその毛布を床に投げ捨てた。バサっと乾いた羽音の様な音すら腹立たしい。

「…聞えなかったのか…?俺は一人で休みてえって言っただろ…!」
上半身だけ起き上がったサンジは、そう言うとキっとゾロを睨みつけた。
その時も、サンジはシャツの袷を気にしている。
それが、ゾロには無性に気に障った。

理性も理屈も思い遣りもなく、ただ、感情に任せて、口が動いてしまう。
考える間もなく、怒鳴り声が勝手に口を飛び出していく。

「…お前、どんな状況だったか、わかってんのか…!?心臓も呼吸も止まってたんだぞ!」
「…どれだけ、俺が…俺だけじゃねえ、他の奴等だってどれだけ心配したか…!」
「…それくらい、分かってる…!」

傍目から見れば、ゾロのような体躯の立派な男が、まだ成熟していない少女を怒鳴りつけているのだから、少女は竦みあがっているのが自然だろう。が、中身はサンジだ。
額に血管が浮き出るくらいにゾロが激怒しようが、それで怯んだりはしないで、負けじと
凄みを利かせて言い返してくる。
「…でも、お前だって…俺がどんな目にあったか、わかってねえだろ…!」

そう言って、サンジは数秒、ゾロを睨みつけたけれど、すぐに、見た事もない程、悔しそうに唇を噛み締め、ゾロの視線から逃げる様に目を伏せた。

そんな微かなサンジの表情の中には、男に薬を嗅がされた挙句、陵辱されたかも知れない、と言う複雑な感情がある。心は男のままなのだから、その複雑さと悔しさは、女の感情とは全く質も次元も違う。まして、今まで染み一つなかった体に、見るに耐えない程のたくさんの赤い痣までつけられているのだ。
とにかく、男として、これ以上、屈辱的な事はない。
居ても立ってもいられない程、情けないと思って当然だ。

だが、独り善がりの怒りの火に目が眩んで余裕のないゾロにはそのサンジの感情がまるで見えない。
「あぁ?分かってるに決まってるだろ、俺が助けてやったんだからな!」
「…てめえのその体の痣、それがなんだって事も、俺ぁ知ってる」
「…だったら、放っとけよ!」

ゾロの言葉を最後まで聞かずに、サンジはいきなり怒鳴った。
今まで抑えていた感情をむき出しにし、全て、ゾロへの怒りに変えた様に。
手に届くところに何かあったら、間違いなくゾロに向かって投げつけていただろう。

「俺は、男にヤられたんだよ、気を失ってるうちに!」
「…こんな…こんな、ヤワな体になっちまった所為で俺は…」
「どこの誰ともわかんねえヤツに、言いように体弄繰り回されたんだよ、嘗め回されて、齧られて…こんな痣が残るくらいの事、ヤられたんだ…!」
「正気にかえって、初めてこの痣に気がついた…。その俺の気持ちがわかるか…?」
そう言って、あの欲望の痕が残っている胸辺りを押さえた。

「お前に、俺の気持ちがわかるか…?わからねえだろ…!?」
「気持ちを整理つけられねえのに、それを隠して仲間の前でいつもと変りねえ面でいろって言うのかよ…!」

サンジは、今はただ、放っておいて欲しいだけだ。
慰めて欲しくもないし、今のこのやるせなさや憤りを理解して欲しいとも思ってもいない。
昼間は普段と変りない顔をして振舞っている癖に、夜になるとそれに疲れ切って、一人きりになりたがっているのと同じで、我侭など言っているつもりもない。

「放っておいて欲しい」としか言っていないのに、それすら叶えられないから、いきり立っているだけだ。

だが、今のゾロには全く余裕がない。そんなサンジの気持ちなど、全く見通せず、自分の感情を押し付ける事しか出来ない。

「気持ちの整理ってなんだ。何かぐだぐだ考えたら、それですっきりするのかよ」

そう言っても、サンジは、言いたい事は言うが、ゾロの言う事に耳は貸さない、と言ったふてぶてしい態度でプイ、と顔を背けた。

今は、食事も睡眠も取れない程心配をかけたゾロや仲間と向き合うよりも、とにかく陵辱された事しか考えられない、と言うのだ。

一体、サンジは何を考えると言うのだろう。何を整理すると言うのだろう。
今から何をどう考えたとしても、結果は何一つ変らない。
すっぱり忘れてしまった方が、よほど気が楽になる筈だ。

自分の体に痣を残した男が何をしたのか、太腿の内側、首筋、なだらかな臍の辺り、その辺りを唇で撫でられ、唾液で湿らされた事を、あの黄色い頭の中で想像し、思い返すとでも言うのか。
そう考えた時、ゾロは全身の血の温度がカっと一気に上がるのをはっきりと感じた。

「ヤられた事がそんなに悔しいか…!気持ちを整理するだと…?」
「そんな事が、一番大事か、てめえは…!」

サンジの心を一番多く占めているのが自分ではない。
それが、例え、憎悪だの嫌悪だのと言う負の感情であれ、とにかく、ゾロはサンジが自分以外の事を考えている事が、どうしても我慢ならなかった。

辛いのなら、何故、その辛さを分かち合おうとしないのか。
自分ひとりだけが辛くて、自分ひとりだけが悔しい、そんな顔をしてゾロからも仲間からも背を向けようとするサンジが許せなかった。

お前は、俺の方だけ向いてればいい。それ以外、余計な事を考えるのは一切許さねえ。

腹の底から強烈な独占欲がせり上がってくる。
男なら、惚れた相手を守りたいと誰だって思う。今までは、サンジの男としての誇りを傷つけると思い、ずっとその思いを抑え込んで来た。
だが、ナミよりも戦闘力が劣っている今のサンジを、この手で守るのになんの支障もない。
そのゾロの思い上がりが サンジへの独占欲と言う形で噴出そうとしている。

「…お前は、俺の方だけ向いてればいい。それ以外、余計な事を考えるのは一切許さねえ」

感情が言葉になり、呻き声の様に空気に吐き出されていくけれど、もう止める気もない。
それでも、ゾロのその熱情も、言葉だけではサンジの心を振り向かせる事は出来なかった。

「…はッ…勝手に言ってろ」

サンジはバカにした様に鼻でゾロの言葉をせせら笑い、そう言い捨てただけだった。
ゾロから顔を背け、表情を隠したまま、目すら合わすことも無く。

サンジの心無いその暴言は、一瞬で、完全に、そして粉々に、ゾロの理性を破壊した。

* **

怒りで目が眩む。何に対しての怒りなのか、全く説明がつけられないのに、ゾロはその
怒りに飲み込まれてしまった。
自分の手が、サンジの肩を骨が軋む程に掴む映像が、やけに鮮明に見える。
だが、なんの罪悪感も躊躇いも無い。

痛エ、と言う声も、ただ音として聞えただけだ。
床に押し付け、邪魔をする手を払い除け、千切れたボタンがコロコロと床を転がる音、布がビリビリと破かれる音が、やけに乾いて聞えたけれど、その音もすぐに聞えなくなった。

白く、弾力のある肌に残る赤黒い痣が目障りなほど目立ち、忌々しい。
もっと鮮やかな、もっと美しい痕こそ、この肌には相応しい。
そして、その痣を残せるのは自分だけだ。

そんな男の傲慢極まりない愛情の波が、ゾロの体中にうねる。
嫌がり逃れようと暴れるサンジを押え、そのしなやかな、か細い体を浅ましくまさぐる手も、乱れた熱い息を漏らしながら柔かな肌を啄ばみ、欲望の痕を食む唇も、本能や欲望で突き動かされている訳ではない。

ゾロを、ゾロの体を、動かしているのはどんな時でもサンジへの愛情だけだ。
例え、そのやり方がどんなに乱暴で歪んでいても、それが行き過ぎて、サンジの体を傷つけたとしても、絶対にそれだけは揺ぎ無い。

血が滾る程の戦闘中でも、ゾロは自分の呼吸を律する事が出来る。
だが、サンジの体を愛撫しているだけなのに、こんなにも息が乱れて苦しい。
体が熱くなるのを止められない。その熱にゾロは翻弄されながらも、抗おうとは思わなかった。
熱ければ熱いほど、苦しいなら苦しいほど、乱れるのなら乱れるほど、それがサンジへの愛情の証だ。誰に恥じる事無く、ゾロはそう言い切れる。だから、止めない。

赤黒い痣の一つ一つをゾロは鮮やかに塗り替えて行く。

「…お前も、…そうやって俺を力で押さつけて…侮辱するのか…」

ゾロに組み敷かれ、頬が桜色に染まる程上気させて必死に抵抗していたサンジが、突然、そう呟いて、体から全ての力を抜いた。

(…そうじゃねえ)と言いたいのに、ゾロは返事をしなかった。
言葉で何を言ったところで、きっと分かってはもらえない。

サンジにしてみれば、今、ゾロにされている事は、サンジに薬を嗅がせて眠らせ、体を弄くった男にされた事と何も変らない。

情けなくて、悔しくて、自分の運命を恨んで、無力感に心が埋め尽くされて、何もかもが
辛くて堪らない。

肌を合わせて初めて、そんなサンジの痛いほどの辛さが、肌を伝わってゾロの心に染み込んで来る。
その痛みも辛さも全部受け止めた時、ゾロは自然にサンジと唇を重ねていた。

いつもなら素直にその口付けに応えるのに、サンジは最後の抵抗のつもりなのか、
首を左右に振り、口付けを嫌がる。

その向日葵色の頭を両手で包み、細い髪の感触を10本全ての指に感じながら、その抵抗さえゾロは許さなかった。

サンジの唇から出る吐息も全て飲み込む様に、ゾロは深く、サンジの唇を貪る。
「…はぁ…っ」苦しげに吐くサンジの息が、ゾロの心を甘く痺れさせ、もっとその声が聞きたくなる。

男の姿だった時、聞き馴染んでいた声とは全く違う声なのに、別の人間を抱いているとは
全く思わない。
口に含んだ桃色の突起の優しげな柔かさも、男の体にはないモノなのに、ゾロはそれをどうやって愛撫すればいいのかを知っている。
口に含んで、柔かく舌先で突付き、滑らかに食みながら、舌上で弄ぶ様に転がした。

「…もう…こんなの…い…嫌だ…っ!」
自分の体を貫いていく未知の衝撃に背をしならせ、戸惑い、怯えてサンジはか細い声で喘いだ。
女の体としては余りにも未熟過ぎる体、なのに、ゾロの愛撫にはサンジの意思とは関わりなく、その体が応え始める。
それに飲み込まれ、その快楽を覚えてしまったら、本当に自分が自分でなくなってしまう。
二度と男の体に、本当の自分の姿に戻れなくなる。
サンジがゾロの愛撫に身を捩じらせて喘ぐ声は、それが怖くて泣いている様だった。

無我夢中になっていた間に、サンジの着衣の全てはゾロに剥ぎ取られている。
その裸体をゾロは改めて、しっかりと抱き締めた。少しだけサンジの体が軋む様に鳴る。
けれど、力は緩めない。そして、その間、ずっと唇はサンジの温もりを味わうように、その肌から離さない。

自分でも呆れるほどの熱い息を吐き、サンジの首筋を唇でなぞりながら、ゾロは囁く。
「…他のヤツに触られるのと何か違うか…?」
くびれた腰の形を確かめながら、ゾロはサンジの下半身へと手を滑らせ、
そして、薄い体毛をすっと撫でて手を差し込んだ。

人差し指が、そこに触れた途端、サンジの体がビクン、と戦慄く。
「…や…、やめ、止めろ…!」
我に返った様にまたゾロを突き放そうとするのにも聞えない振りをし、
荒々しくゾロはまたサンジの唇を塞いだ。
以前、その体に触れた時にはなかった温い潤いを指先に感じながら、それでも窮屈なその肉体の奥へと続く蕾の中へ、指を強引にねじ込んでいく。

「…うううっ…」
体を強引に穿たれるのだから、痛くて当たり前だ。サンジが身を捩って逃げようとするのも無理はない。だが、その痛みで死ぬ事はない。

どれほど痛かろうと、この痛みは特別な痛みだ。
二人、体の奥まで深く熱く繋がる為に、ゾロだけがサンジに与える事が出来る痛みだ。

快楽も、痛みも、体と心が繋がる時に感じるもの全て、それはゾロだけがサンジに与えられる。他の誰にも、サンジの心にも体にも触らせない。
体を小刻みに震わせて、痛みと快楽の間で、むせび泣くような声すら押し殺しているサンジにゾロは自分の体をめり込ませ、埋め込んでいく。

「…くっ…うぅ…っ」
声を上げる度、サンジの中の圧迫感が増す。
最も敏感な先端を包み込む様に、直接、生々しい圧力が掛かり、眼を瞑ると少し眩暈がした。それほどに壮絶な快感を感じて、ゾロの体はもっと早く、もっと強く動きたがる。

「…ああ…くそっ……痛ッエ…」サンジはそう言って、深く大きく息を吐いた。
そして、固く閉じていた目を開ける。

甘える様な、哀願する様な、艶っぽい目つきで見上げられ、その眼差しにゾロは心が
優しく撫でられた気がした。

突然、化学変化が起きた様にゾロの頭の中を一杯に満たしていた身勝手な独占欲が、
サンジへの限りない愛しさに変る。

「…これだけ…痛エんなら…薬で眠らされてたって…目が覚める…よ…な…?」
「…ああ、…多分な」

嘗め回され、体中に愛撫の痕をつけられていたけれど、こうして繋がったのはゾロが初めてだ。それを確認したかったのか、痛みに顔を強張らせながらもサンジはゾロにそう尋ねた。そしてその問いに、ゾロはさっきまでの猛り立った気持ちが欠片も残らずに消え去った事に驚きながら、ごく自然に答える。

ゾロを、ゾロの体を、動かしているのはどんな時でもサンジへの愛情だけ。
そのやり方がどんなに乱暴でも、それが行き過ぎて、サンジの体を傷つけたとしても、絶対にそれは揺ぎ無い。

体が少しづつ繋がっていく最中、ゾロのその想いが体温の中に溶け、サンジの肌に染み込んで行く。

嫌がり、拒絶してゾロを押しのけようと暴れた細い腕が、ゆっくりとゾロの背中に回る。
ゾロもサンジの体全てを包む様に抱き寄せた。
体が勝手にサンジの体から快楽を貪ろうと動き出してしまうのを、ゾロは必死に堪える。
「…早く動けよ…。このままじゃ…辛エ」ゾロの頭を掻き抱いて、サンジがそう囁く。
実際、まだ育ちきれていない狭い場所に、巨大な異物がねじ込まれているのだ。
何もしていなくても、相当痛いのだろう。
だが、サンジの息も切れ切れにささやくその声に、ゾロは誘われ、煽られる。

己の快楽を得る為などではなく、心も体も一つになりたい。
ただ、肉体を繋げるだけでなく、体も心も蕩けて一つになるような感覚を感じたい。

二人のその思いが重なったと感じたその瞬間、ゾロの世界にはサンジしかいなくなった。
サンジの息遣いと、甘さが混じる苦悶の声しか聞こえず、揺さ振られるに任せて乱れる向日葵色の髪と、甘美な苦痛に身を委ねた細い体の温もりと重さだけを両手に感じ、
唇はその名前を呼ぶ事と、めくるめくような快楽に、呻き声を漏らす事しか出来なくなった。

「…もう…イクからな…っ」それだけ言って、ゾロは根元まで一気にサンジを貫く。
「…うくっ…」小さくサンジの喉が鳴り、、体をビクビクッと戦慄かせた。

ゾロの腕はサンジを抱きしめていて、その体の先端は、サンジに包み込まれている。
誰も入り込めなかった肉体のその奥深くで、男の歪んだ独占欲や我侭、揺ぎ無く限りない愛情、その全部が一気にゾロの体から飛び散っていく。

* **

そこは萎んでしまったのに、まだその場所に居たくて、ゾロはサンジの体を抱き締めたまま、横向けに寝転ぶ。

ふと、お互いが繋がっている部分に生暖かい湿り気を感じて、体を預けて目を瞑っているサンジに気付かれないように、そっとその内太腿に触れてみた。
その湿り気を指で拭い、それを目の前に翳してみる。
(…これは…)ほんの微量の血で、自分の指が濡れていた事にゾロは思わず息を飲む。

男の時に一度、女の姿になって一度、そして少女の姿になって今。
ゾロは三度もサンジの「最初」を味わった事になる。
その事に気付いて、何故かゾロの顔がカぁ…と熱くなった。

「…お前が悪イんだ。俺は謝らねえからな」
そう囁き、額に口付けながら、ゾロはサンジを抱き寄せる。すると、まるでそうするのが本能だとでも言う様に、サンジもゾロの腰に手を沿え、そっと体を摺り寄せてきた。



「…俺だって…謝ってたまるか…。お前なんか、…一生、許さねえんだ…」

痛みだけではなく、ゾロが果てる時、サンジも身が震え、気が遠くなる程の快感に飲み込まれていたのだ。
でなければ、こんな風にまどろみ、寝惚けている様な、夢うつつの声で憎まれ口を叩く筈がない。

お前を一生、許さない。
それは「一生、お前の側にいる」、そうと言っているのと同じ意味だ。

ゾロは都合よくそう解釈し、穏やかな眠りに落ちていこうとしているサンジの邪魔する事がない様に、もう一度、額にそっと口付けた。

* **

一方、その頃。
執事も、持ち主もいなくなり、誰もいなくなったミーノ氏の別荘を訪れ、コビーは裏庭に一人、佇んでいた。

「…カールさん…」声に出して、呆然と呟いてみる。

グーラの取調べに立ち会う事が出来れば、何か手掛かりを掴む事が出来るかも知れないが、
コビーにそんな職務権限はない。

ヘルメッポに聞いても、カールの事は何も知らないと言う。
当然、ヘルメッポは、カールに薬を嗅がせて、強姦しようとした事などコビーに正直に話す筈もなく、当然、コビーは未だに何も知らない。

ミーノ氏とグーラが告発されて、その後、庭師や料理人も取調べを受けたらしいが、
メイドは行方を眩ました、としかコビーには知らされなかった。

「…君は、一体…今、どこにいるんだい?」
カールが摘んでいた葡萄も、樹に生ったまま乾いた初冬の風に吹かれて、もう干からびて
萎み始めている。

まだ、少しは水分が残っていそうな一粒を選び、コビーはそれを口に含んだ。

甘酸っぱい果汁が舌を潤す。それでも、胸の中は寂しさと切なさで一杯だ。

(ドラムで別れた時は、ちゃんと別れの挨拶が出来たのに…。今度は、嫌われたままだ…)
それがコビーには辛い。男の欲望に任せて、カールを犯そうとしたのだ。
この先、どこかでまた再会する事があっても、その時、カールが優しく微笑んでくれるとは思えない。
嫌な事を思い出す相手だと、迷惑そうな顔をされるに決まっている。
それを考えると、目の奥がジン…と痛くなる。

純粋で、美しく永遠にコビーの胸に残る筈だった初恋を、こんな形にしてしまった事を
今更悔やんでも悔やみきれない。

きっと、どれだけ年月が経っても、誰か他の女性に恋をし、愛したとしても、きっと
いつまでもコビーはカールの事を忘れないだろう。

秋色の風の中に、盛りを過ぎた葡萄の甘い香りが温かくコビーの頬を伝う。
その果実を口にする度に、コビーはきっとカールの事を思い出す。

コビーは夕暮れの葡萄畑に一人、佇み、切ない初恋の思い出と後悔と、そして胸の痛みを抱き締めていた。


(秋色葡萄は恋の味・終わり)




最後までお付き合いくださり、ここまで読んで下さって、有難うございました。
途中まで怒涛の勢い更新でとても楽しかったです。

また、いずれ、つまみぐいフェア第三作目もあるかも知れません。

感想、ご意見などあれば本当に励みになりますので、お気軽にどうぞ!
心からお待ちしています。                                  
                                                    20061204