窃盗、覗き、詐欺、喧嘩など人が群れて住んでいれば、どんなに
絶対に防げないモノであります。
だからこそ、この空島に害を為すものがいなくても、
穏やかに豊かに暮らす為に治安を守る者が必要で、その為に我々は

日々、任務に勤しんでいるのであります。

例の大騒動が治まって、暫く経ちました。
貝(ダイアル)文化は一気に花開いて、実に様々なダイアルが開発されたのであります。

殆どの家庭には「映像ダイアル」と「電信ダイアル」「音ダイアル」合体した
「テレビジョンダイアル」なるものがあり、私も一台、持っておりました。

外や見かけだけ作った背景の前であたかも人が今、まさにそんな人生を生きているかと
思うような劇をその「テレビジョンダイアル」で観ることが出きるのですが、
その放送が終った後、また見たい、とか言う要望を叶える為に留守中などに
見逃した時にその映像を保存しておく事の出来る「テレビデダイアル」を
最近、買い変えたのであります。

この空島では見れないそう言った番組も、「ビデオショップ」に行って
借りれば見れます。その中に非常に如何わしい、男女の絡み合う
けしからんモノもあると言う報告があり、それは この国の治安を守る
「優しい番人」として一度、実際に見ておかねば、と思い、
私は、とあるビデオショップに赴いたのであります。

「18歳未満御断り」と書いてある棚にはまあ、ズラリと裸体を晒した女性の
パッケージが並んでおり、私はあくまで、興味本位ではなく、任務の為に、
いくつかを選びました。も、もちろん、見てみないと中味は判らないので、
家の「テレビデダイアル」で見る為ですが、何度も言うようですが、
これは、このスカイピアの平和を守る為、仕方ないの事で好き好んで
やっている事ではないのであります。

若い女性が好みの男もいるでしょう。
また、妖艶なしっとりとした人妻が好きな男もいるでしょうし。
また、少女かと思うほど幼い女性が好きな男もいるでしょうから、一応、
それら全部を網羅すべく、私は全部で5個の「再生用ダイアル」を借りました。

が。
(これを会計してもらうのはいくらなんでも恥かしくはないか。)
私の顔は、このスカイピアで知らぬ者はいないと思われます。
そうでなくても、「へそ、マッキンリー隊長」と先ほど、子供向けの
「再生ダイアル」のところで会った少年とその母親に声を掛けられているのです。

こんな如何わしいモノを会計に持って行くのはやはりちょっと気が引けて、
仕方なく、私はその一番上と下に若い俳優と女優の恋愛劇の「再生ダイアル」を
持ち、素知らぬ顔で会計に向かいました。

「へそ、マッキンリー隊長。」と会計にいた女性が私に微笑み掛けました。
その笑みを見た瞬間、私の耳に恋をする音、というのが聞こえたのであります。

小さな顔、白く滑らかな腕がこの島の女性が身につけている服から覗いていて、
目がパッチリと大きく、体つきはとても華奢で、髪の色が赤銅色で艶やかで、
背中の羽根の羽毛はフワフワと柔らかそうで。

彼女とはそういう出会いだったのであります。
もう、如何わしい「再生ダイアル」のことなど、どうでも良くなりました。

私は、彼女の姿を見る為に、その日から仕事が終ったら欠かさず、その店に
向かうのです。彼女は私がいつも借りる恋愛モノの再生ダイアルが好きらしく、
それをキッカケにしてなんとなく、会話が出来る様になるのに、さほど
日にちは掛りませんでした。
「へそ、」とニッコリ笑って、「いつも御仕事、ご苦労様です。」と
首を少し傾げて言う顔が愛らしくて、
釣りの小銭と、私の会員カードなるものを貰う時に私の手に軽く添える彼女の手は
とても小さくて、指がとても細いのです。

それとなく、観察していると、彼女は他の客には実に事務的な対応をしていて、
にこやかに会話をするのは、どうやら私だけのようです。
彼女にとって、私は恐らく、「特別な存在」なのではないか、
彼女も私に好意を持ってくれているのではないか、と都合のいい事ばかりが
頭に浮かび、そんな事を考えていると頬がどうしようもなく緩んでしまうのです。
それなのに、
(一緒に食事でも如何ですか。)くらい言えば良い、それくらいは言えるだろうに、と
自分を励ましつつ、恋愛モノの「再生ダイアル」を彼女の前に持って行っては、やはり、あたりさわりのない話題だけしか出来ない自分の意気地の無さに
一人、溜息をつくのでありました。

その恋愛モノの「再生ダイアル」、これを見ないと彼女との会話が成り立ちません。
苦しくも、切なく、甘い、恋人の物語を自分になぞらえて、
私はただ、募る思いを持て余してるだけでありました。

そんな事が一月ほど経った頃。
私は、仕事が終って彼女の店に行く前に、とある食料品屋に立ち寄りました。
自分の晩飯の材料を買う為です。

「へそ、マッキンリー隊長。」と言う声に振り向くと、なんと
彼女がにっこりと微笑んで立っているではありませんか。
私は、心臓が口から飛び出そうになりました。

「きょ、今日はビデオ屋の仕事は?」と私は少し上ずった声で彼女に尋ねました。
「今日は早くあがらせてもらったんです。」と彼女は答えました。

「夜遅くだと変な男に家までついて来られて怖くって。」
「なんだって。」

そんな事を聞いたらとても黙っていられません。これは私が彼女の事を好きだとか、
恋をしているとか、出来るなら、恋人になりたいとか、出来るなら、
奥さんになって欲しいとか思っているなんて事とは別で、
この島に住む全ての人々の幸せな生活の為に排除すべき問題です。

「それはいけない。あなたの安全を守る為に私がその男を懲らしめてやりましょう。」

どうも、その男はもとシャンディアらしいと聞いて、私は彼女に明日の夜は、
いつもと同じ時間まで働き、その男を誘き出す様に言いました。
勿論、彼女の前でその男を叩きのめしてカッコイイところを見せるつもりではなく、
私は十分、彼女には「頼りになる人」だと認識されているのですから、
そんなつもりはさらさらありませんでした。

そして、その夜が来たのであります。

「今度、彼女に近付いたら、正式に我々ホワイトベレーが貴様を捕まえるぞ。」
「よく覚えておけ。」と数発殴ってからそう言うと、男は簡単に引き下がっていきました。

「ありがとうございました、マッキンリー隊長」と目の前でその様子を見ていた
彼女が心から私に感謝していると言う気持ちを表した笑顔を向けてくれました。

「いいえ、私の仕事ですから。」と私は毅然と答えました。
「ついでですから、送っていきましょう」と私は彼女に勇気を振り絞って
そう言いました。

「ありがとうございます、でも。」と彼女は軽く頭を下げて言いました。
「主人と待ち合わせしているので。」

(え。)晴天の霹靂でした。

頭の中は真っ白になりました。

「へそ、マッキンリー隊長」と暗がりから現れた彼女の夫を見て、私の思考は
完全に停止しました。

「君は。」私の直属の部下の男でした。
私は、何も知らずに、部下の妻に恋慕していたのです。
なんと破廉恥な事でしょう。

私はあまりの事でただ、曖昧に笑って会釈するだけで精一杯でした。

その部下は誠実で、勇気もあり、私から見れば、非の打ち所ない男です。
顔も整っているし、戦闘力も同世代の者からもズバ抜けていると思います。

二人が私の目の前で、幸せそうに笑っている映像こそ、まるで、「再生ダイアル」の
画面を見ている様な、まるきり現実味がない映像として私の目に映りました。

彼女が私を特別扱いしてくれたのは、夫の上官だからだったのです。
私に向けられていたあの愛らしい笑みも、
私の部下である夫に向けている笑みに比べるとなんと取繕ったモノだったか。

彼女が幸せに生きる為に私が出来る事はなんだろう、と私は考えました。
何故ならば、夫がいてこそ、彼女は幸せで、
私が彼女達を繋いでいる絆を断ち切るような事をするのは、結局、彼女の
幸せを私が奪う事になると思ったし、そんな事をする勇気も私には
ないのですから。

この国の全ての人が幸せに、穏やかに暮らす為に私は骨身を惜しみません。
だから、彼女の為に私は私なりに出来る事をしなければならないと思ったのです。


私の部下達は皆、この国の人々の為に命を投げ出す覚悟のある者、
と志願した者の中から、更に選ばれた者達です。
いつか、また、この空島を狙った輩と戦ったり、命を落す危険性はいくらでもあります。

そして、私は彼女の夫を除隊する事にしました。

嫉妬などではありません。
嫉妬などではないのです。ただ、ただ、彼女が幸せでいてくれる事を遠くから
祈りたかっただけなのです。

夫が怪我をしないか、死なないか、と言う不安を抱えて生活して行くのは
可愛そうだと思っただけなんです。

私は、彼女の夫を除隊した日から、ビデオショップには行く事が出来なくなりました。
狭いこの国で彼女達がどうやって暮らしているかは嫌でも噂で聞きます。

相変らず、仲良く暮らしていて先日、ラブリー通りで見掛けた時、
何故か私は身を隠しました。
なんら、彼女達に対して、後ぐらいところはない筈なのに。

彼女と夫は相変らず、にこやかに笑いながら歩いていて、彼女の体は、ほんの少し、
ふっくらとしている様に見えました。

(やっぱり、これで良かったのだ。)と私は二人の姿が雑踏にまぎれて消えて行くのを
切ない思いを抱えたままで、見送りました。
その私の頭の中では、かつて彼女と会話する為だけに見ていた
恋愛モノの再生ダイアルの終りに必ず流れていた唄が鳴り響いていたのでありました。