「野郎三人でうろついて、上手く情報が手に入るかどうか
わからねえけど、どんな状況かわからねえ所をウロウロするより、」
「船でじっとしていた方が安全カモしれねえ。」
そんな理屈もアリだった。
このジュヤで、大手を振ってのさばっていたベラミーと、
ルフィが いざこざを起こす前に、サンジは、どうしても、
必要な情報だけは聞き出そう、とルフィとベラミーの間に割って入った。
「おい、口が利ける間に教えろ。」
「空島に行く方法について、何か、知ってる事はねえか?」
そのサンジの声に、店中が水を打ったように静まり返った。
(ウドの大木だ。)とサンジは 自分の目の前に立っていたベラミーに対して、
いつもどおりの ふてぶてしい態度でそう尋ねる。
「空島だと?」
ベラミーが自分の耳を疑うようにそうつぶやいて、一呼吸終えた瞬間、
その酒場を揺るがすほどの大爆笑が起こった。
(?!)
ゾロも、ルフィも、サンジ自身もその嘲笑の意味が判らない。
だが、ナメられているのは はっきりと判った。
「何がおかしい」とサンジは腹を捩って笑うベラミーに詰め寄る。
「お前、」
ベラミーは、自分を見上げている細身の、とても海賊とは思えない男に
憐れみと嘲笑の混じった眼差しを向けて、
「髪と目の色、肌の色からして、北の海(ノースブルー)出身か」
「勘弁してくれよ。」と芝居じみて、大袈裟に哀しそうにそれでも、
バカにしたように言い、
「同郷の人間に、こんなバカ野郎がいたとは情けない話しだぜ、全く。」
「「全くだ。」」とベラミーの仲間達の同意する声が次々と上がる。
「海賊が夢を見る時代は終った。」
そして、罵倒がはじまった。
ルフィの夢を、嘲笑い、
けれど、ルフィはこのケンカを買うなと言う。
ルフィの顔に酒をぶっ掛けられ、ゾロが顔中血だらけになるほど
殴られて、サンジが黙って見ている筈がない。
「上等だ、てめえら。」
別に身体を拘束されている訳でもない。
サンジは、仲間も、仲間の夢も、
はっきりとは言われなかったにしても、自分の夢も、そして、
共に夢を共有したゼフまでもを この店にいる人間全てに嘲笑された事に、
身体の中から、真っ赤な焔が吹き出るような熱さの怒りが沸き上がってきて、
その衝動のままに、ベラミーの顎に狙いを定めて、動こうとしたその時、
殴られっぱなしだったルフィがサンジに怒鳴った。
「動くな、サンジ!」
ルフィの目は、静かだった。
圧倒的な強さで、弱者を見る、そんな崇高な感情がそこにはあって、
サンジの心の中の火の熱を吸いとって行く。
「お前が動けば、ケンカを買った事になる。」
(なぜ、俺には手を出さねえ。)
口に出さないサンジの疑問を噛み付くような視線で、ベラミーは察したらしく、
「お前、本当に海賊なのか?賞金首にもなってないようだが。」
「サンジ・・・とか言うんだってな。」
「俺達と来ないか?北の海の出身同士、仲良くしてやるぜ。」
同じ海に生まれたから、と言う理由で、自分に危害を与えない、と言うのか。
ベラミーの言葉をそのまま受取れば そうなるが、
恐らくは違う。
サンジの反応を面白がっているのだ。
仲間を目の前で嬲られて、悔しがるその様を見て、陳腐で、稚拙な
精神的苦痛を与えて、それを見て、喜んでいるのだ。
「おい、ベラミー、そんなひ弱な野郎、仲間にしたって、役にゃ、立たないぜ。」と
ベラミーの仲間の一人が囃した。
「航海士、狙撃手、砲撃手、船医、と、色々ポジションがあるが、」
「こいつ、便所掃除くらいしか出来ないんじゃねえか。」
別の男がサンジの髪を鷲掴みにして、顔を無理矢理上げさせる。
口に咥えていたタバコを吐き捨てて、ぶつけてやりたい。
が、ルフィの目がそれを制している。
「いいじゃねえか、俺達の便所になってくれるんなら、それも。」
「食ったもんを出す場所って意味じゃなくってな、」と言うや、ベラミーは
ゲラゲラを大声で、笑った。
「まあ、俺達は海でも食いたいもんだけ食う美食家ぞろいだからな。」
「クソだって、てめえら、イモ野郎とは格が違うってモンだ。」
「どうだ、便所掃除係にならないか。」
「ハ」
それを聞いて、サンジは鼻で笑った。
けれど、怒りが収まったのではない。
今まで、自分に危害を与える人間だと判っていても、
飢えている人間に 食べ物を与えることを惜しいと思ったことはなかった。
「貧相な面、並べやがって、美食家が笑えるぜ。」
「どの程度のモン、食ってるかてめえらの面見てりゃ大方見当がつく。」
「大味で、適当で、なんでもかんでも、ケチャップまみれのお子様ランチ程度だろ。」
どんなに感情を声に出さないようにしても、サンジの声は、怒りで震えてしまう。
そして、ベラミー一味はそれをさも、面白そうに見ている。
「ほう。もしかして、お前、このチンケな3000万ベリーの船長のコックかよ。」
「それじゃあ、さぞ、美味エお子様ランチを作れるんだろうなあ、」
一言言えば、一言罵倒され、そして、それに追い討ちをかけるように
嘲笑される。
「その一流のお子様ランチを食わせろよ。」
ルフィの言葉を、価値観をゾロは理解し、一緒に殴られている。
痛みに、プライドを踏みにじられる苦痛に、ゾロは耐えている。
だから、(俺も、)それに耐えなければ、と
ベラミー一味との会話の成り行きを無表情のまま、
見つめているゾロの視線で、サンジは気がついた。
「生憎だが、てめえらの口には俺の一流の味は 合わねえだろうよ。」と
腸が煮え繰り返っているのを押し込めて、ベラミーにだけではなく、
そこにいる、ベラミーの仲間全員にそう言うのが 精一杯だった。
そして、また、壁が揺れるほどの馬鹿笑いが沸き起こる。
船に帰って、一連の騒動をなんとなく、ルフィが軽く説明して、
それで事は収拾がついた様に見えた。
身体につけられた傷の痛みは、薬をつければ引いて行く。
けれど、殴られもせず、傷の一つもつけられなかった者の痛みに効く薬は何もなかった。
夕食を済ませ、明日、朝早くに "モンブランクリケット"と言う男に
会いに行く、という事で話しがまとまり、皆、早々に沖に碇を下して
寝入ってしまった。
サンジは、一人で後甲板の板の上に座りこんで頭を抱えている。
頭では、ルフィの言った事も理解出来るし、正論だと思う。
そして、道端で出会った、黒い髭の男の舞台役者のような大声の激励のような言葉も
悪くはなかった。
ただ、悔しさがいつまでも消えない。
自分だけを見くびられた、口惜しさ、
コックとしてバカにされた口惜しさ、
夢を罵倒された悔しさが、心を深く抉って息が詰る。
腹の立つ事が多過ぎて、うまく消化できない。
こんなに情けなく、腹の立つ思いをするくらいなら、いっしょに殴られた方が
ずっと楽だっただろう。
腹が立って、眠れない、なんて何年ぶりだろう、とタバコを吸うことさえ忘れていた事に呆れて、サンジは深い溜息を吐き出した。
「おい。」
(うざってえ)
ゾロが何時の間にか、すぐ後に立っていた。
自分の影を覆うようなゾロの長い影に気がついていても、声をかける事さえ
億劫でサンジは 無視していたのに、
まるで、痺れを切らしたかのように ゾロがサンジを背中から呼んだ。
「今日、」とゾロが話しはじめる声をサンジは背を向けたままで、
「うるせえよ。」と乱暴に遮断する。
今日の事を慰めに来たのか?
ますます、ミジメになるのがなんでわからねえんだ、
ほっとけ。
喧嘩をするのも今日は気が萎え過ぎて、乗り気にならない。
サンジは いつもなら簡単に口に登る筈の言葉さえ、飲みこんだ。
「悪イが俺ア、律儀な性質でな、」
「今日の事は今日中に始末つけねえと気がすまねえんだ。」とゾロは
抑揚のない声で淡々と喋る。
「何の始末なんだよ。」とサンジは、サッパリ意味の判らないゾロの言葉に
眉間に皺を寄せたまま渋々振りかえった。
「礼を言いそびれたからな。」とゾロはサンジの後に仁王立ちになっている。
「あ?」とサンジは座ったまま、ゾロを見上げて目を交戦的に細めて意味を
世界一短い言葉で聞き返した。
「お前が耐えてたから、俺も耐えれた。」
「あそこで、お前がいなかったら、多分、ルフィがどれだけ止めても」
「俺は、あいつらをぶった切ってた」
「船長命令を真っ当出来たのは、てめえのおかげだ。」
何いってんだ、こいつ。
サンジは呆気に取られたような顔でゾロをみた。
冗談や、気休めではなく、ゾロは至ってマジメな面構えをしている。
「それだけ言いたかったんだ。これで、俺もスッキリしたから、」
「ぐっすり寝れるぜ」とゾロは言って、ニヤリと血の滲んでいる口の端を歪めて笑った。
「そりゃ、わざわざ、どうも。」とサンジは答えて、途端、自然に笑みが零れた。
ゾロが男部屋に入るのを見届けた時、さっきまで 苦しいほど
心に澱んでいた悔しさが一片も残らずに消え去っている事にサンジは気がつき、
不思議な気分のまま、何故か、苦笑いが頬に浮かんだ。
(終り)