皆の前でする喧嘩なら、根が浅い。
だが、二人だけの時の口論となると、そう簡単に解決はしない。
そもそもが下らない言葉尻を捕えての喧嘩だったから、謝ったり、
謝られたりするほどのことではないのだが、なんとなく気まずい。
喧嘩の収拾をつけるのに、セックスを使うのはサンジが最も嫌がる事だ。
お互いがもっと気まずくなるので、ゾロはもう、その作戦を使うのを止めた。
どちらからともなく歩みよって、うやむやにしてしまえばいい。
向こうが意地を張るなら、こちらが譲歩する。
こちらが意地を張るなら、向こうが折れてこればいい。
今回は、他者から見て、どうでもいいほど他愛のない事だから、いちいち
書き連ねる必要もないが、ゾロが考えるに、どう理屈をこねてもサンジに非があるような気がする。だから、向こうが折れてくるまで、
(不味そうなツラしてメシ食ってやる)事で、サンジの反省を促す事に決めていた。
そんな状況になって、二日。
三日目の朝が来た。
見張り台にいたゾロは、朝方になっても全く平穏無事なので、つい、朝陽を浴びながら
ウトウトしていた。
ロープが軋む、僅かな音で目が醒める。
聞き馴染んだリズムで、その音が近付いてくる。
時間からして、恐らく朝食を用意したから食いに来い、という事だろう。
(?呼べばいいじゃねえか。)
ゾロは不思議に思った。皆と食べる、いつもの朝食なら、下から大声で呼べばいい。
それをしないのは何故だろう。
だが、素直に口を利いてやる気にはまだならない。
ゾロはまた、腕を組み、瞼を閉じた。
無視、拒絶する為に身構えているつもりだった。
ロープの音がすぐ側まで来て、靴の底が木の縁にかかり、やがて、床に音もなく
降り立つ気配がする。(猫みたいな奴だ)とその静かで、滑らかな所作に
ゾロはそんな風に感じる。
(おい、おきろ、クソマリモ!)そう言って、目を瞑ったまま蹴ってきたら避けてやる。
そう思っていた。
だが、サンジは何も言わずに、ゾロの前に仁王立ちになったままだ。
(どんなツラで)自分を見ているのか、ゾロは気になる。
気になるが、それを押し隠して、瞼を閉じていた。
(メシだ、起きろ)と言う言葉が待てども、待てども聞かれない。
(何やってンだ)とゾロは焦れ、もう少しで瞼を開きかけた。
頭を鷲掴みにするようにサンジの手がゾロの髪を触った。
掻き毟る様にし、気が済むとその手はゾロの耳を引っ張り、頬に落ちてきた。
頬をゴシゴシとイモでも洗うかのように乱暴に擦った。
(新しい嫌がらせだな)と思いながらゾロはまだ知らん顔で無反応を決め込む。
頬を擦る手の力が弱くなり、温めるようにゾロの頬にサンジの手が包んだ。
優しい温もりがゾロの体を通過して、心に流れ込んで来る。
その手がゾロの顔を持ち上げ、唇にサンジの唇が軽く触れた。
ついばむ様に軽く、サンジはゾロの唇を塞ぐ。
「やめろ、」とゾロは溜まらなくなってやっと目を開ける。
「そういうやり方はキライだろう、お前。」
「・・・・だろ、・・・だから。」
(は?)
サンジの声は聞き取れ無い程、枯れている。
「なんだ、お前その声」ゾロは思わず起き上がってサンジの肩を掴んだ。
「・・・・ね。」(わからねえ、っつったのか)
サンジはニヤと照れ臭そうに笑って、ゾロの顔の前で、掌を縦に見せる。
人が謝る時の、良くある仕草だ。
「・・・かっ・・・たよ。」(悪かった、って?)
「ああ?」とゾロは半笑いを浮かべてサンジににじり寄る。
「・・・ども、・・・な。・・・か・・・ったよ。」
何度も言わせるな、悪かったよ、とサンジは言っている。
普段、ちゃんと言葉を話せる時はいわない言葉をわざわざ言葉を話し憎い状況で言う
サンジをゾロは
(仕方ねえ奴だな)と思った。そうして、また、喧嘩の原因も謝罪もどうでも良くなり、
数時間前まで、イラついていた感情は、また、海のアブクのようにどこかへ消えて行く。
そして、また同じ事を何度も、何度も繰り返す、
その愚行を楽しみにながら。