「面倒なゲーム」 (929WJ カラー表紙妄想劇場)


グランドライン、と言う場所は摩訶不思議な事を、摩訶不思議でもなんでもなく、
ごく自然に当たり前な事だと言い切って平然としている人々と、
ごく当たり前に出会ったりする。

「常識」なんて言うものがいかに、詰まらない思いこみか、
それ自体がいかに無駄な情報か、摩訶不思議に出会う度に人は、
それぞれの「常識」をぶっ潰されて思い知る。

相当、そんな摩訶不思議に遭遇し、大抵の事に驚かなくなった「麦わらの一味」も
その島に着いて、また、一つ、「摩訶不思議」な事と出会い、そして、
また彼らの中に「摩訶不思議な常識」が彼らの航海日誌と彼らの冒険の記憶の中に
刻み込まれた。

「面白エ島だ」
「賑やかだし」
「天気もいいし、素敵な店もあるし」
「のんびり出来そうな綺麗な公園もあるわね」

ログの示すとおりに航海していたら、なんとも小奇麗な島に着いた。

船長は船長なりに、剣士は剣士なりに、コックはコックなりに、と言った具合に
それぞれに興味を引く事柄がすぐに目についた。

「この島あげての大きな祭りの最中なんですって。行って見ましょうよ」と言う
ナミの提案で珍しく、一同揃って最も賑やかな街の中心部で行われている祭りに
出掛けた。

色々な催しモノが行われている、そのプログラムが賑々しく書かれた紙をロビンがどこからか手に入れて、それをまず、ナミに見せる。

「フリーマーケットに?腕相撲大会に?大食い大会に?賞品が大した事ないわね」
「ねえ、ここ見て」

ナミが賞品について文句を言い掛けるとロビンがその紙の中心あたりを指差した。
早く、楽しそうなめぼしい場所に行きたい野郎連中は二人の女性の言動を待つ。

「これ!これ、これって、」
ナミがロビンが示した文字を見て、唐突に金切り声を上げた。

「出るわよ、これ!」ナミが決めた事だ、それがどんな事であれ、野郎連中に
拒否する権利は一切ない。

賞品は、野郎連中には全く興味もニーズもない、「超高級美容液」
一ヶ月使えば、10年も肌年齢が若返り、しかもその状態で5年も老化が止まる言う、女性に取ったら夢の様な化粧品だ。
金を使えば手に入ると言うシロモノではなく本当に貴重品で、手に入れるには、
2、3年以上の予約待ちになり、当然、とんでもなく高い。

それが、なんと「3年分も!」優勝賞品になっている催しがあるとナミとロビンは言う。

「興味ねえ」とルフィは言うけれども、「あそ、じゃあいいわ」と言うナミではない。

「何がなんでも優勝するのよ」と言われて、当然、サンジも張りきるかと思えば、
「あのね、ナミさん。お肌って言うのは食事で整えるのが一番なんだよ」
「あんな胡散臭い美容液に頼らなくっても、ナミさんとロビンちゃんのお肌は俺が
ちゃ〜んと責任持っていつでも綺麗でいられるようにするからさ」と
珍しく気乗りしないようだ。

サンジは、珍しい魚の解体ショ―がある、と言うのを聞いていたし、
この島の地酒の販売も数量限定である、と言うのにもとても興味があって、
効くか効かないかわからない胡散臭い美容液を取り合う競技に出る時間が惜しいのだ。

ゾロも腕相撲大会に出て一樽分の酒を手に入れる方がよっぽど有意義だと思っている。

が、それを主張したところで無駄な抵抗だと知っているから、口をへの字にしたまま、
サンジの「無駄な抵抗」を聞いていた。

野郎連中の意見など一切聞かず、ナミはさっさとフリーマーケットに行って、
動きやすい服まで買って来た。
(ここまでするとは・・・)とその競技に出ざるを得ない三人は唖然とする。

有無を言わさず、出場する事になり、早速、道端で
ルフィ、ゾロ、サンジは着替えるハメになった。
「このシャツ、小せえ。お前が着ろ。」とゾロは自分に与えられた服、
ズボンとタンクトップのセットのうちタンクトップをサンジに投げた。

ゾロには胴回りが細すぎる。
(ピチピチで動きにくいな、これじゃ。)と受け取って見たサンジはそう思い、
渋々それを身につける。(どこの誰が着たかわからねえモンを着るのは嫌なんだがなあ)

それでもナミから貰った、と思ってサンジは我慢をし、手早くサッサと着替えを済ませる。

「んっ」
「ん?」
「んん?!」

三人が同時におかしな声を出した。「今、チクっとしたな」とルフィが首筋をボリボリと掻いて、ゾロとサンジに向かって尋ねる。
「ああ、ハチかなんかか?」「いや、ハチほどは痛くなかった」
「蚊にしちゃ、ちょっとチクっとしたけどな」とゾロとサンジは口々に答えるが、
「着がえた?着替えたらさっさと行くわよ!」と叫ぶナミに急かされて、
三人は試合会場へと向かう。

「ボールを持ったまま、2歩以上歩かない事」だけ、がルール。
ボールをぶつけようが、ボールを持った相手を殴ろうが、蹴ろうが、構わない。
自分のゴールにある、バスケットの中へボールをぶち込んだら「二点」
ある地点以上離れた場所からゴールへとボールを放り込めば、「三点」
60分間にいかに多く点を取るかで勝敗を決める。

「殴れるし、蹴れるし、大丈夫。ただ、コートの中に海楼石が埋め込まれてるから、
能力者には不利だけど、相手は普通の人間よ。」

なので、順当に勝ち進んだ。応援するチョッパーもゾロのバンダナをしっかりと
頭に巻き、ウソップもどんどん仮装が派手になってくる。
だが、ルフィもゾロもサンジもロビンとナミが興奮している10分の一も
闘志と言うモノが沸いて来ない。
さっさと片付けておのおのしたい事をしたいから、さっさと片付けて、
ずっと「相手を降参」させて勝ち上がってきただけなのだ。

「さあ、決勝戦よ、サンジ君、頼りにしてるからね!」とナミに肩をポン、と叩かれ、
渋々「はあ」と答えるも、頭の中は「地酒はまだ売ってるかどうか」の
心配で頭がイッパイだった。

「決勝の相手は女性チームだからコックさんは外して私が出ましょうか。」と
ロビンがナミに小声で囁いた。
(女性?)その聞こえない筈のロビンの声をサンジはばっちり聞いた。

今まで叩きのめして来たチームの誰もがはタンクトップを着用していた。
(女性?)と聞いて、サンジの眉毛がピクリと動く。
(やっぱりタンクトップなのか)と想像すると鼻の下がちょっと伸びる。

ジャンプする度、プルンと揺れる。前かがみになるとそこにうっすらと汗が浮く。
ナミやロビンほど美しく、豊かでなくとも、女性には絶対にやわらかな乳房があって、
肉弾戦のこの種目でヒートアップしてくると自分の頬やら腕やら胸やらにそれが
ボンボンプルプル触れる様を想像して、(いいや、地酒なんてどうでも)と言う気になって来た。

が。期待が大きいと落胆はその倍大きい。

「なんだ?」目の前に現れた対戦相手を見て、ゾロもルフィも露骨に怪訝な顔をする。

「お手柔らかに、キャプテン、モンキー・D・ルフィ」と相手チームの
「キャプテン」がルフィににっこりと微笑み掛けた。

「うわ、なんだあいつ」とウソップがギョッと眼を剥く。

「ナミさん、こりゃどう言う事だ?」サンジは煙草を咥えたままで靴紐を結び直し、
相手を不躾に眺めながら、肩に手を添えているナミに尋ねた。
「女性だって言ってたよね」
「あら、サンジ君、聞いてたの?そうよ、女性よ。」
ナミは平然と答える。

目の前で、突っ立っているのは、黒い髪、黒い瞳、眼の下に傷のある、
「麦わらのルフィ」。
「海賊狩り ロロノア・ゾロ」
「足技の達人コックのサンジ」 にしか見えない人間だった。

「能力者じゃないの?」とロビンは摩訶不思議な人間を目の前に興味津々と言った顔付きで、「サンジ」に尋ねた。

「ええ、私達はコピ―能力がある一族なの」とサンジの声で「サンジ」が答えた。
「言っとくけど、姿形だけじゃないわよ。身体能力ねこそぎ、コピ―出来るんだから」

「プ」とその受け答えを聞いて、ゾロが吹き出した。サンジがサンジの声で
女の口調で話すのだから、つい、可笑しくて吹き出してしまったのだ。

「さっき、ちょっと 皆様の血液から情報を頂戴しましたの。」
「少し、痛い思いをさせてしまったのは御詫び致しますわ。」と「ゾロ」が答えた。

「・・ッ。」と今度はサンジが鼻を鳴らして笑いを堪える。
「ゾロ」は本当の姿になったら多分、「エレガント系」の女性なのだろう、と
勝手に想像したが、やっぱりゾロの声でゾロの顔でそんな言葉遣いを目の当たりにするとその不似合いな様が可笑しくて我慢出来ない。

「時間がありません。コピ―出来る時間は限られていますから」と
「ルフィ」がきっぱりと言って、そのゲームははじまった。

同じ顔、同じ声、同じ格好でこのゲームをするのは敵も味方も非常にやりにくい。
しかも、一時的とは言え、相手は各々の身体能力も同じなのだから、
勝負は全く5分と5分、いや、却って「麦わらの一味」の方がぐっと不利だった。

「てめえ、相手が女だと判った途端、腰抜けになりやがって!」
「てめえこそ、女性相手に何本気でタックルかましてんだ!」
「サンジ、せめて自分の顔してる奴くらいなんとかしろよ!」

自分が自分に殴りかかってくる、蹴ってくる、それに負けるなんて我慢出来ない!と言う気でルフィがだんだんムキになってきた。
ゾロもここまで来て負けるのは、しかも相手が女に、など絶対にご免だ。

この決勝まではサンジが最も素早く、最も的確に点を取れる「エース」だったのに、
ここへ来て、「足手まとい」以外の何者でもなくなった。

「きゃあ!なぐらないで!」とゾロの顔で言われると体が勝手に止まってしまい、
あっさりとボールを奪われる。

「ぶつかると痛いわ。退いて下さらない?」と
「ルフィ」に言われると突き飛ばされて踏まれても怒れない。

「てめえ、こっちだ、ボール寄越せ!」とゾロに怒鳴られて、焦ってその「ゾロ」に
ボールを投げると「まあ、ごめんあそばせ」とその「ゾロ」は言い、あっさりと
自分と反対側のゴールに向かって走って行った。

「「頭悪いんじゃねえか!なんで区別がつかねえんだよ、バカ!」」とゲームの真っ最中にゾロからもルフィからもサンジは批難された。
「お前らはつくのかよ!」と言い返すと、
「「煙草咥えてるのがホンモノ、咥えてないのがニセモノだ」」とゾロもルフィも
口を揃えて答える。
「あとはどうやって見極めるんだよ。」とサンジは必要以上に汗をダラダラ尋ねると
「ピアスしてるか、してないか」「靴はいてるか、履いてないかだ、バカ!」と二人によどみなく答えられて、余りに簡単な答えにサンジは唖然とする。

「そんな簡単な事だったか」
とにかく、パスをミスらなければチームワークには自信がある。
それからゲームは一気に「麦わらの一味」のペースで進み、
彼女達がもとの姿に戻る頃、どうにかそのゲームに勝つ事が出来た。

ところが。
「優勝賞品が紛失しまして」と優勝商品を受け取りに行ったナミとロビンに
その祭りの主催者は平謝りを繰り返すばかりだった。

なんとか、賞金として十万ベリーをぶんどって来たけれども、納得など行く筈もない。

地酒も買い食いも何もかもを諦めて、その上、自分自身に蹴られ、殴られ、
突き飛ばされて勝ち取った勝利なのに、ルフィもゾロもサンジもちっとも嬉しくない。

「まだまだ、グランドラインには不思議な人達がいるのね」とロビンは
しきりに彼女達の能力を感心していたが、麦わらの一味にとってみれば、
ただ、

この海域には人の姿かたちだけではなく、ほんの1時間足らずでも
人の能力までをも複写出来る能力を持つ、「摩訶不思議」な人が住んでいる、と言う事が判っただけだった。

全員がブツクサ言いながら船に戻る中、チョッパーだけが上機嫌で、
「さっき飲んだジュース、物凄く美味かったなあ。」と言う。

(そう言えば、あのコートでチョッパーはオレンジジュースを飲んでたな)と
ゾロは肩に抱き上げたチョッパーの毛並みがいつもよりもずっと柔らかで
ツヤツヤしているのに気がついた。

「あれ、オレンジジュースだよな?」とふと、気になって小声でチョッパーに
尋ねる。
「ううん。なんか瓶に入ってテントの下に置いてあったから」
「勝手に持って来ちゃった」と言って、チョッパーはペロリと舌を出した。

海賊なんだから、盗みくらい・・とチョッパーはクスクス笑って、
「そりゃもー、極上のコケの味だったよ」

(コケ?)ゾロはそれを聞いて、少し、首を捻った。
(まあ、トナカイだからコケは大好物だよな)と取りたててそれ以上は疑問に
思わなかったが。

「でも残念だったわ、あの美容液」とナミはまだ、溜息をついている。
「その美容液、一体なにが原料なんだい、ナミさん。」とそのイマイチ芳しくない
ナミの機嫌を治そうと猫が飼い主の顔色を気まぐれに伺うように
サンジがナミに笑いながら尋ねた。

「氷河の露で育つコケのエキスよ」

(終り)