巨大な造船所。そこに働く職人達の体力を支える為に、この造船所の中には大きな食堂が数軒ある。食事時にもなると、それこそ、その食堂の中はまさに「戦場」と化す。
「凄まじいモンだな」と、その料理人達の立ち働く様を見て、マスト長のパウリーはほんのりと笑いを浮べながら呟いた。

(あいつ、今でもああやってあの船で働いてんのかな・・・)と白いコックスーツを見る度に、パウリーの胸の中に懐かしい記憶が蘇る。

向日葵色の髪、一目で(こいつ、生意気だ)と思わせる程強い光を宿した蒼い瞳。
あの頃は、自分の胸のあたりにしか背が届いてなかったけれど、あれから
数年経ったのだから、もうすっかり見た目は変わっているだろう。
会った所で、自分の事など向こうが覚えているとも思えない。

その小さな料理人と出会ったのはパウリ―がまだ、半人前の船大工だった頃だ。
ちょうど、7、8年前なる。その頃、パウリ―はイーストブルーにいて、
船大工の親方の元で修行していた。
そろそろ、職人として新しい事に挑戦して見たい、と思っていた矢先の事だった。
「大きな仕事が来たぞ、」と工房が湧き立つ。
「修理じゃなく、造船の依頼だ。パウリ―、新しい船をイチから作るのは
初めてだろう?いい仕事しろよ」と親方にも、兄弟子の職人からもそう言われて、
パウリ―は船大工になって初めての造船に自然と力が入っていた。

「レストランにするのか?変わった形だな」
「ここんとこが広がって足場が出る訳か?それから、買い出し用の小さな船と・・」

その船の造型はとても変わっていた。まだ、船の設計など出来ないけれども、
端から見ていても、魚の形の外見も変わっているが、厨房、食堂、居住空間など、
とても普通の客船を作るのとは勝手が違う。ただのレストランにするには、
戦闘時の事も考えてある様な様々な設備が船の随所に備わっている様だ。
「依頼主はどんな人なんですか、親方?」と依頼主の要望に応えようと設計図を
前に頭を捻っている親方にパウリ―は尋ねて見た。
(普通のセンスじゃねえよ、これ・・・)と図面を見るだけでもパウリ―は一体、
この「バラティエ」と言う船が何の目的で作られ、どんな利用法をされるのか
とても興味をそそられた。しかし、それ以上に、そんな船を作ろうとしている依頼主にも興味がある。「元海賊で、しかも船長だったって言う、料理人さ」と親方はパウリ―に背を向けたまま答えた。「元海賊?」「海の上でレストランをやるんだとさ、この海賊がウジョウジョいる時代に酔狂なこった。すぐに海賊に襲われて奪われるか、燃やされるかのどっちかだろうがな」

ありったけの金を注ぎこんで、借金までして依頼主のその男は親方の言う「酔狂な船」を作ろうとしている。
(俺には関係のねえ事だな)とパウリ―は雑念を払う様に、そう自分に言い聞かせた。(俺ア、ただ、自分の仕事を完璧にこなせばいいんだ)

作業は滞りなく進む。殆ど毎日、造船所にその依頼主が姿を見せた。
いつも、小さな少年がその男にくっついてくる。(子供なんか連れてきやがって)と
自分の仕事を自分のペースでこなしている最中に、邪魔をされるのは、子供でも鬱陶しい。職人気質であるなら、尚更だ。例え依頼主の子供だろうが、誰であろうが、仕事の邪魔をされたくない。仕事場にそぐわない者が目に入るだけでイライラする。
だが、その少年は職人達の仕事をただ見つめるだけで何も話し掛けては来ない。
歳の頃、10歳そこそこだろうが、妙に落ち着いていて、依頼主同様、いつも
コックスーツに上着を羽織ってやってくる。
「チビナス」と依頼主はその少年を呼んでいた。

「ジジイ」「チビナス」と呼び合っているから、祖父と孫かと思ったが、
どうもそうではない。職人仲間も皆、不思議に思っていたらしく、自然と噂になって、
誰かが親方に尋ねた所、「弟子なんだとさ」分かった。
幼くても、あの少年は立派に職人なのだ。だから、職人の仕事場で、部外者がどんな態度でいるべきかを知っていた。

「厨房は・・・こっちだろ?」ある日、依頼主は来ず、その「チビナス」だけが
パウリ―の仕事場に現れた。いつもの少しだけ油よごれのついたコックスーツ姿だが、
誰に許された訳でもないのに、「バラティエ」に乗り込んできている。
(クソガキ)邪魔しに来たんなら、つまみ出してやる、とパウリ―は作業を止めて
向き直った。「誰がこの船に乗っていいって言った」と出来るだけ威嚇する様に
胸を大きく張ってどすの効いた低い声を出してみる。
だが、「チビナス」は顔色一つ変えない。ちょっと生意気でふてぶてしくさえある口調で、「厨房だけを見たら帰る。どこも触らない。邪魔もしないし、見るだけだ」と
とても年上相手に話しているとは思えない言葉遣いだ。
「見せて下さい、だろ。口の利き方も知らねえのか」とパウリ―は顔を顰めて
チビナスを見下ろす。
「うるせえな、半人前が大きな口利くなってんだ」「ああ?」
パウリ―は一瞬、耳を疑った。見た目は大人しく、愛らしい外見だから、
この口の悪さはちょっと衝撃だった。
(このクソガキ、信じられねえ事言いやがる)
「あんた、まだ半人前だって言われてたじゃねえか。半人前の職人の癖に
人に口の効き方がどーのこーの言えるのかよ」唖然としているパウリ―に向かって
チビナスはそうたたみかけてきた。
ずっと、黙って船大工達の仕事ぶりを見学していて、一番歳若いパウリ―が
どうも半人前らしいと、まだ子供の癖に見抜いて、それを指摘してくる図太さに
パウリ―は呆れつつも大人気なく腹が立った。
「何様のつもりだ、このクソガキっ」と持っていたロープで、横っ面を叩いてやろうとしたら、ヒラリとチビナスは飛びすさって、パウリ―のロープが空振りしたのが
面白かったのか、フフン、と鼻を小さく鳴らして嘲笑った。どこまでも生意気だ。
「あんたは船大工として半人前、俺はコックとして半人前、
「半人前同士なんだから、対等で話して何が悪いんだ」とまで言う。
「てめえ、あのオッサンにどんな躾されてんだ」
「目上の者に対してそんな口の利き方していいと思ってんのか」とパウリ―は
手を伸ばして胸倉を掴もうとしても、チビナスはフワリ、と軽く身をかわしてしまう。
「年なんか関係ねえよ、職人は腕で上か下かが決るモンだろ」と言われて、
パウリ―は絶句した。

「お前、いくつだよ」「多分、11か、12」これ以上、頭が熱くならないうちに
さっさと厨房に案内しようとパウリ―はチビナスの前を歩きながらそう尋ねて、
歳を聞いてますます驚く。(職人は腕で上か下かが決るだと?その歳で言うか、そんな事)とパウリ―は依頼主のゼフと言う男が一体、どうしてこの少年に無礼極まる図太い態度を許しているのか、と不思議に思った。(どうせ、この歳じゃ皿洗いくらいしか
出来ねえ癖に)と思ったからだ。
けれど、それが違うとすぐに分かった。
厨房に入った途端、その生意気な少年の眼差しが変わったのだ。

「凄エ・・・広い」と呟いて、チビナスは一歩づつ、まだ何もない厨房に足を踏み入れて行く。図面を見て、「ここにバーナーが来て・・・こっちが・・・」と一つ一つ、
目の前に置かれるべき調理設備があるかの様に嬉しそうにその場所に立ち止まる。
「ガキにはその調理台、高過ぎるだろ」とパウリ―が皮肉を込めて言うと、
チビナスはくるりと振り返った。
「背なんかすぐに伸びるからいいんだ。ジジイが一番料理しやすい高さにしたんなら、
この高さがいい」とさっきの小憎たらしい態度とは全く違う、本当に素直で嬉しそうな顔をしてそう言ったので、パウリ―は少し拍子抜けした。

船が出来上がるまで、毎日、チビナスはやってきて、厨房だけを見て行った。
「どうせ、皿洗いしか出来ない癖に」と言ったら、怒って次の日に
パウリ―に弁当を作って持ってきた。

深い滋味をしっかりと煮含めさせた肉を野菜と一緒に挟んだパンだったけれど、
そのパンも芳ばしく、肉も今までパウリーが食べてきたどの食べ物よりも美味かった。
「あのオッサンが作ったんじゃネエだろうな?ホントにお前が全部作ったのか?」と
からかうと、「当たり前だろ!」と真っ赤になって怒った。
言葉を交わす時間が増えるにつれ、チビナスは色々な表情をパウリ―に見せ、
最初は大人ぶっていたけれど、本当はやはりまだ歳相応の幼さが残っていて、
少し煽ればすぐにムキになる事も徐々に分かって来た。
パウリ―は、自分の携わった船にどんどん命が宿って行く事を実感する日々の中、
その鮮やかな表情の変化が面白くて、ほんの1時間にも満たない、
チビナスとの時間が楽しみだった。
「俺に美味エ、って言わせたら、皿洗いだけしか出来ねえって言ったの、謝ってやるよ」と言ったら、必死になって色々持って来た。
赤と白の布に包んだ料理をコックスーツの胸に抱えて。

今になって思えば、ただ、「美味かった」と言う記憶だけで何を食べたかまでは
思い出せない。今でも、赤と白のテーブルクロスを見ると、本当に心から美味いと思ったからつい、「美味エ」と呟いてしまい、その呟きを漏れ聞いたチビナスが
本当に嬉しそうに笑った笑顔だけは、いつでも瞼に思い描く事が出来た。

いくら最初の造船作業だったとは言え、あんな些細なことをいつまでも思い出すのは、何故なのか、食後の一服を吸っている時にパウリ―はたまに考えてみる。そして、
(謝らなきゃいけねえからなあ・・・)といつも同じ後悔を思い出す。


「バラティエ」が完成した。
それを見上げるゼフとチビナスの間には誰も立ち入れない絆がある。
その頃には、「バラティエ」完成に携わった船大工の誰もがそう感じていた。

ずっと夢見ていた宝を目の前にしたかのような。
ずっと、探してきた場所に辿り着いたかのような。
そんな眼差しで「バラティエ」をチビナスとゼフは見上げている。
喜びに禄に言葉さえ上手く交わせない二人の心はぴったりと重なり、
未来への夢と希望が光になって二人に降注ぐのが、船大工として傍らにいたパウリ―には見える様な気がした。

(あいつが一人前の・・・一流のコックになるなら、いつか俺だって)と小さな背中を見てパウリ―は負けてたまるかと自分を奮い立たせる。

「イーストブルーにいるよりも、グランドラインへ行きたい」

かつて海賊としてグランドラインに挑んだ事のあるゼフと話しをしてパウリ―は
そう思う様になった。
天候も潮もでたらめの未知の海。その海にも負けない船を作り出す技術が
きっとグラインドラインにはある。それを学んでこそ、一人前、いや
超一流の船大工と言えるのではないか。
そう思って、バラティエが完成したのをキッカケにパウリ―は決心したのだ。

「グランドラインへ・・・?ホントに?」
その決意をパウリ―は何故かチビナスに漏らすと、チビナスは驚いた様にパウリ―を見上げて声を詰まらせた。

「バラティエ」はもう船大工の手を離れ、あとは調度品を運び込むだけとなり、あと一月後にはいよいよレストランとして開業し始めると言う噂を聞いて、
チビナスにわざわざ別れを言いに行ったのだ。
その日、初めてパウリ―はコックスーツ以外のチビナスを見た。
「ホントだぜ。まだ半人前だから、どこまで通用するかわかんねえけどな」と
笑って見せると、チビナスは羨ましそうに黙ってパウリ―をじっと見ている。
何か言いたげなのに、キュ、と軽く噛み締めた口からは何も言葉が出そうにない。
「なんだよ」とその不思議な視線の訳を軽い口調で尋ねると
チビナスは聞いた事もないくらい、か細い声で「あんたは強いし、もう大人だもんな」
と独り言の様に呟いた。
「お前だってガキの割りには・・・」
「頑張れよ。超一流の船大工になれるようにさ」
ガキの割には強いからいつかは行けるさ、と言う言葉をチビナスは何かを振り切る様に無理に笑ったような笑顔で遮った。

どうして、あんな事を言ってしまったのか、そこまでは詳しく覚えてはいない。
ただ、市場で姦しい女達に混ざって買い物をする姿が男の職場しか知らない
パウリ―から見るとなんとなく、女々しく見えてしまい、それを軽口で言ってしまった、
ただの勢いだった。

「ただ野菜を買うだけでなんであそこまで必死になるかね」
「腹に入れば皆同じなのに」
「料理なんて、どんなに綺麗にチマチマ作って仰々しく出されても味なんかどうだっていい、腹さえ膨れりゃあ」
「料理なんかする奴は、男じゃねえな」

一度、口に出してしまった言葉は二度と取り返しがつかなかった。

仕事は違うけれども、職人としての生き方を共通して知る友人として
チビナスはパウリ―に心を開いてくれた。
その信頼をパウリ―はたったそれだけの言葉で裏切った。

買い物に足早に通り過ぎて行く雑踏の中、黙って自分を見たチビナスの眼差しを
思い出す度にパウリ―の胸に棘が刺さって抜けないような痛みが走る。

信じていた相手に裏切られた悲しさ。
相手の仕事を理解出来ないからこそ、言い返せない悔しさ。
自分の仕事を相手に理解させられない憤り。
自分の仕事を何一つ理解出来ないのなら、二度と関るなと言う敵意さえ、
蒼い瞳に篭っていた。

その蒼い瞳に威圧されたのか、後悔が深すぎてどんな行動をとれば良かったのか、
パウリ―はその場から一歩も動けなかった。
(・・・嘘だ・・・冗談だ)と言いたくても、突き離し、冷めきったチビナスの
背中がゆっくりと去って行くのを黙って見送る事しかなかった。

自分の失言を取り消す事はもう出来ない。傷つけた言葉を撤回しても、
チビナスの誇りを傷つけた罪は消えない。何も言えなかった。

ほんの戯言のつもりだったのに、チビナスの誇りを傷付けた。
そして、そのまま別れて今日までまだ会えずにいる。

いつか会える日が来たら、・・・・とパウリーは思う。
(あいつの事だから、絶対超一流の料理人になってるだろう)

(だったら、まずは)
一服を吸い終って、パウリ―は灰皿にその葉巻きを押しつけ、立ち上がった。
そして、歩き出す時にはまだ新しい葉巻を無意識に咥える。

今日も新しい船に命を吹き込み、あるいは傷付いた船を蘇らせて、
グランドラインに送り出す、その慌しい1日はまだまだ終らない。

(あいつが作った料理を腹一杯味わって、思いきり美味エって言って)
(それから、あの時、言えなかったたくさんの言葉を並べて許してくれるまで、)

何遍でも

何遍でも、

(何遍でも謝ろう、)

パウリ―の歩む道もいつまでもどこまでも続いて行くだろう。
その先に、あのチビナスと再び会う事をほんの少しだけ期待して、パウリーの足は
先へ、先へと歩み続ける。

(終り)


妄想沸きまくりで、結局形にせずにはいられませんでした。
なんで、こんなにパウリ―兄さんに惹かれちゃうんでしょ〜〜♪