「歴史学入門」
英語の原文はみていないが、チャイルドの翻訳のなかではいちばん著者の文意が伝わっていると思われる。
おそらく訳者のひとりである安田たきゑの能力に与っているのではないか。
チャイルドの主張は直截であり、次の二つに要約される。
(1) 考古学は - 文字以前の社会では無論だが - 歴史学そのものであり、補助科学ではない。
(2) たとえその当時に書かれたものであっても、文書についてはよほど注意しなければならない。
上の二つのことがらは確かにアイマイにすべきことではない。
現在、歴史の書籍は数え切れないほどあるが、この点についてのしっかりした論旨をもつものは少ない。
逆にいえば、読む側でそれらの内容を組み立て直すことが必要だろう。 この場合必ずしも「専門的な知識」が最重要とはかぎらない。
その他気付かされた点を引用してみる。
ギリシャ人はどちらかといえば未開状態から突然に出現して新しい種類の文明人となったらしい。
ギリシャ人やローマ人は地中海世界のごく一隅でおこったわずかにニ、三百年間にすぎない歴史をふくむ断片的な記録を自由に使っただけである。
この程度の史料では連続しておこる事件の再現とか類似性を、確信をもって明示するような表を作成しながらこの理論を立証することは無理である。
ある単一の集団のなかにおける社会的習慣の変化こそもっとも確実で有意義な歴史的事実の一つである。
歴史学はこの変化を説明するものでなければならない。
決してこの変化の説明を社会的習慣にもとめてはならないのである。
(著者 ゴードン チャイルド 訳者 安田たきゑ ねずまさし 発行 新評論社 1955年刊)