大和川をきれいにするために
水源涵養林(すいげんかんようりん)−水を守る緑のダム−のススメ−
 宇宙から見た地球の色は青と白です。青は地球の表面積の約67%占める海の色で、白はそこからわきあがる水蒸気によってできる雲の色です。この大量の水蒸気があるから人間を含めた多種多様な生物が生活できるのです。
 陸地・淡水に生息する動植物にとって真水は不可欠なものです。この真水は降水という形で年間に約496,000キロ立方mも降り注ぎます。そのうち約8割は海に降るので、地上に降って真水として存在できるのは110,000キロ立方mとなります。実際には70,000キロ立方mもの水が河川や湖沼、森林などから蒸散あるいは蒸発するので、人間を含めた生物が使用できる真水の量は40,000キロ立方mとなります。さらに河川や湖沼、地下水になる真水を差し引くので、我々人間が生活用水などで利用できる真水の量はごくわずかとなります。空から降水となって地上に降る雨の一部は、大地にしみこみ地下水となります。また、一定の期間を経て湧き水として地上に出てきます。湧き水は直接河川や湖沼に流れ込んだ水とともに大地を流れ、その途中で人間がその水を使い、たくさんの生命を育んでいます。そして再び河川に戻されて海へと流れていきます。
 このように水は地球上を常に循環しています。自然による巨大な水循環システムが機能して初めて人間を含めた生命が水を得られるのです。

 今日、降水→地下水→河川・湖沼→河口→海という循環に人間が介在することによって水そのものが汚れてきています。元来自然には汚れをきれいにする自然の浄化システムが備わっていますが、このシステムさえも壊され始めています。酸性雨や土壌汚染など人間が水を汚していることは事実です。しかし、それは人間側の創意工夫によってある程度は改善できます。例えば東京の野川の水質は住民の努力と自治体の協力でかなり改善されています。CODの数値でみても、以前は30mg/lを越えていたものが現在ではメダカの産卵を確認できるまで改善されました。
 このように、水の循環サイクルによって自然に水が浄化されてきたシステムを見直し、応用することで、野川の事例で見られるような水質改善が可能であると考えられます。自然の持つ浄化システムを循環サイクルの中で見ると、水を浄化するために最も重要なのは森林です。森に入ると地面はしっとりと湿っています。降水は一時的に地面にしみこみ、地下水として蓄えられ、約1年の時間をかけて湧き出てきます。森林は降水量が少ない年にも一定量の水を河川に供給しています。また、梅雨の時期など降水量の多い時期になり、大量の雨が降っても一時的に水が溜められ、河川に一気に流れ出すことがありません。したがって洪水も起こりにくくなります。このようなことから森林は『緑のダム』と呼ばれているのです。

 さらに、森林の役割は水量の調節だけではありません。水質の面でも大きな役割を果たしているのです。雨に含まれている窒素やリン、硝酸を森林が吸収して大地にしみこませるのです。森林を保全することによって土壌が肥沃になり、土壌を汚染する恐れのある化学肥料や農薬なしで作物を栽培することさえできます。しみこんだ水はいくつもの地層を通り抜けることによってろ過されます。さらに地下水として溜められる内に土壌中のミネラルが取り込まれます。窒素やリン、硝酸は森の木に取り込まれたり土中の微生物によって分解されたりするので、湧き出る際にはミネラルを多く含んだきれいな水となっています。

 しかし近年では、多くの地域で伐採や開発によって森林が無くなりつつあります。その結果、窒素やリン、硝酸は河川や湖沼に直接流れ込むようになり、富栄養化を招いています。したがって、人間は自ら森林をなくすことで『きれいな水』を無くしているのです。
 川はただ単に高いところから低いところへ流れているわけではありません。川底の礫に生える水草や付着する微生物を求めて小魚や水生昆虫などが集まります。また、河川に流れ込んだ窒素やリン、硝酸は微生物によって分解されます。植物性プランクトンや藻は光合成を行い盛んに繁殖するが、これを餌とする微生物などの水生生物によって捕食されるので富栄養化することはないのです。河川の水は抵抗の少ないところを流れようとするので、少しでも抵抗があると流れる方向を変えます。川は蛇行することで流れの速い瀬と遅い淵ができます。瀬は水の清冽さを守り、淵は生物の住処になります。
 このように、水質を浄化する働きは、川本来の浄化システムと自然界の食物連鎖がうまく機能してこそ発揮されるものなのです。

 ところが、過去の治水工事はこの自然の循環サイクルと自浄作用をまったく無視したものです。過去の治水工事は水を河川からあふれささないようにいかにして下流まで運ぶか、という点にだけ重点を置いています。この構造は川底と両側をコンクリートで固めた「三面工法」と呼ばれています。この工法では、梅雨や台風の時期は降水量が多いので、汚染物質があっても薄められます。しかし、渇水期に入ると一気に汚れてしまいます。「三面工法」では汚染物質を浄化する能力を持たせることができないのです。また、予測をはるかに上回る降水があると、越水や堤防の決壊で川が氾濫してしまいます。したがって、これまでの治水工事は川を汚染するだけでなく、治水という目的にもそぐわないのです。洪水防止という点ではダムが有効とされているが、ダムの貯水量にも限界があります。また、ダムの建設は山間部の自然を破壊するだけでなく維持管理にも多額の経費がかかり、さらに川の循環サイクルの阻害による生態系への影響が懸念されています。

 このように総合的にみると、緑のダムは人間の構造物をはるかに凌ぐ機能を備えています。この緑のダムを守る森林のことを今日では水源涵養林と呼んでいます。この水源涵養林には、複数の樹種とバランスの取れた樹齢の森林であることが大事です。しっかりと手入れさえすれば、ダムは要らないのです。手入れをしないと、ひょろ長く伸びた風水害に弱い「ソーメン立ち」の林になってしまいます。

 大和川水系で見てみると、大和川上流は大和高原と支流の曽我川と飛鳥川をさかのぼった明日香(飛鳥)の里山です。大和高原は大和川水系と木津川水系の水源地帯です。大和高原は古くは林業が盛んだった地域で、樹種の80%以上はスギやヒノキといった針葉樹です。また、私有森の大半は手入れのされていない荒れ山となっています。荒れ山になると保水力が低下し、川に還元される水量も減ってしまいます。この荒れ山は大和川の集水域で顕著に見られます。また、明日香の里山は景観保護地域に指定されているものの、近年では手入れが行き届かなくなったり景観保護地域の周縁部で開発の波にさらされたりしています。
 このようにみると、大和川水系では川の流下能力を上げることで水質悪化を低減あるいは改善することが可能であることが分かります。そのためには、水源となる山林の手入れが不可欠になります。自治体によっては、水道水源となる山林の保全に補助金を出しているところがあります。大和川水系では、大阪府や奈良県、流域市町村が補助金を出し合えば良いと考えられます。山が荒れるのは、単に後継者がいないと、林業に携わる人の高齢化が進んでいることが上げられますが、林業で生計を立てることが難しい時代になったことが1番の原因です。補助金を出すことで林業に携わる人の生計を保障し、豊かな自然を保障することにもなります。荒れた森には、モミジやナラ、シイといった広葉樹を植えると良いでしょう。自然を再生することは、水質改善の第1歩となるばかりでなく、後世に豊かな自然環境を残すことにもつながります。


<参考資料>
  第3回国際水フォーラム概論  国際水フォーラム実行委員会  山海堂(2004.10)
  ヨーロッパ諸国における自然林の保護(EU発表文)
  地球環境白書『最新 今「水」が危ない』 学研ムック「驚異の科学」シリーズ 学研(2004.12)
大和川水系の水質調査
自由研究