「なにもなかった」


------どうしたのだろう、私は。
いや、どうかしてるのは、私の足だ。足が勝手に進んでいく。足が向かっていくままに、私の体も進んでいく。
今日は、8月17日だ。
-----去年、すばる町で、町あげての夏祭りがあった日だ。
あの夢のような時間。
私は、その時、
飛影と居た。
たくさん並んだ提灯(ちょうちん)の下を、私と飛影はくぐって行った。
金魚すくいの上手かった飛影。
綿菓子を見て珍しがっていた飛影。
私の紺の浴衣を見て、「フン、馬子にも衣装か」と言いながら、私の背中の帯にぷすっと団扇(うちわ)を刺して、「少しは映えるだろう」と言った飛影。
無愛想ながら、最後まで私に付き合ってくれた飛影。
----なにもかもが思い出。
夜の祭だったので、暗くて、セピアにすらならない、でも、決して忘れられない思い出。
もうあれから1年たったのか、と思う。早いのだか遅いのだかよくわからないけど、私は去年、飛影と別れて家に帰った時、”1年分の楽しみを味わった”と思ったことを憶えている。本当にそれだけ楽しかったのだ。だからこの1年はどんなに苦しいことや辛いことがあっても、そのことを思い出せば、あぁそうだ、あれだけ楽しいことがあったのだからこの位と、乗り越えることができた。
でも、もう期限がきれる。
数日前からそう思っていた。
現在、飛影との連絡は全く取れなくなっている。連絡先がわからないし、どこに行ったのかもわからない。
それは急なことではなく、この1年で少しずつ、飛影は私の前から姿を消していったのだった。私はそれに気付いていた。でもそのことについて、私は別に何も責めなかった。飛影は、いろいろ思うところがある子だから、きっと何か理由があるのだろうと勝手に納得した。でも今日の日が段々近づくにつれて、今自分の目の前に彼がいないことを、ひどく辛く思っている時自分に気付いた。いや、それは正確な表現ではない。飛影ではなく、私は、またあの楽しかった一日が来ないものだろうかと、そのことをずっと期待していたのだった。

何故だろう。飛影が、待っているはずないのに。
私は去年の8月17日に飛影と待ち合わせをした場所に、今居た。
天球儀駅の、いちばん大きい改札を出て、すぐ隣りの、柱の前。
私はそこにもたれて、改札から出てくる人達を眺めた。夕方のラッシュの時間。その中から、あの小さい、けれど目の前に来れば大きな彼の影が出てくるんじゃなかろうかと、ぼうっと、しかししっかりと、人混みを眺めていた。
その柱で私が待っていて、人が迎えに来なかった憶えはない。
けれど、待ち合わせの時間は過ぎた。
私服姿の私はのそりと体を起こし、ひとりで改札を通った。


私が乗った電車は18時30分発。あの時は29分発だったのにと、ダイヤが変わったことにさえ勝手にもの悲しく思った。
あの時私は忙しくて、待ち合わせ時間にぎりぎりで来たので、今日の私も、電車のいちばん後ろから乗った。もともと仏頂面の飛影がさらにへそを曲げて、ずっと口を聞いてくれなかったのを憶えている。それで私がキャラメルを出したら、飛影はひょいっと一つとって、仏頂面のまま口をもぐもぐさせたので、ぎゅうぎゅう詰めの電車だというのに大笑いしてしまった記憶もある。
今日は私は一人で立った。


星野原駅で各駅停車に乗り換える。そこからすばるへ向けて、私を乗せた列車はガタンゴトンとだけ音を立てて走っていく。
今度の電車では席を見つけられた私は、無心に窓の外の景色をまたぼうっと眺めていた。隣りに座っている、私より小さな女の子が、ゆらっ、ゆらっと頭をゆらしている。時々私の肩に届いてはふっと反対方向に顔を持っていき、そしてまた数秒すると、ゆらっ、ゆらっと頭をこちらへ傾けてくるのである。私の肩に頭があたる度(たび)に女の子は焦って頭を起こすのだが、私は別にいいよと心で話しかけていた。柔らかい髪の毛が少し気持ちよかった。
やがて、日がもう山の向こうへ行ってしまった頃、電車はすばる駅に着いた。私はここで降りなければならないのだと思った。このまま電車に乗っていけば、実は私は家に帰れる。天球儀駅からすばる駅の方へ向かっていくと、すばる駅から電車で10分くらいのところに、私の家から最寄りの「銀河駅」があるのだ。だからすばるの祭に行くなら、普通に銀河駅からすばる駅へ行けばいいものを、飛影が切符の買い方がわからんとか言うので、わざわざ遠い天球儀駅をその時の待ち合わせ場所にしたのだった。
今日はちゃんとすばる駅で降りた。その行為に、一体何の意味があるのかわからない。けれど、私はここで降りなければ、ずっと後悔するのだろうなと思ったので、恐る恐る----きっと端から見れば普通だったと思うけど----その駅で降りた。電車は無情に去っていった。


私は、いつまで一人でいるのだろう。

ただ、あの日からちょうど一年の日だから、もしかしたら--------もしかしたら、飛影に会えるかなぁって、期待して、来てみた。
でも、一人ぼっちの待ち合わせ。
一人ぼっちの電車。
寂しくて、寂しくて、仕方ない。
今。
でも、そう考えている内に、こうして一人でがんばって思い出を辿っていく内に、きっとどこかに飛影が、飛影が現れるんじゃないかと思い出す。
そう思ってしまう。
私は、愚かだろうか。
ただあの日が恋しくて、飛影に会いたくて、一年も前に過ぎ去った日のことを今更辿る私は。
一人で歩くことになったって、どこかで飛影に会えるのならばこんな時間くらい、続いたって構わない。
私は・・・。飛影にもういちど逢いたいんだから。



すばる駅は古い駅だった。だからそこからの道のりも古い路地だった。線路と路地の間の、黒くさびた鉄条網のフェンスの横をずっと辿っていく。左はフェンス、草ボウボウ、その向こうに赤茶の線路が二本。右はアスファルトで、消えかかった白線の向こうに古い家が隙間無く並んでいる。もうすでに夕方で、あの時と同じような夕日が差していたけど、今年の今日は人通りも少なく、帰りまたこの道を通るのかと思うと、物騒に思って少し怖かった。今年のすばる町での祭は20日だった。だから今この道を通るのは、浴衣を着た綺麗な人達ではなく、スーツを着て疲れていそうな顔をしたサラリーマン達だった。それも数人で、本当に人通りが少なく静かだった。「去年、よくこんな物騒な道を通ったなぁ」と思ったら、あの時は、飛影がついていてくれたことを思い出した。飛影が横にいた。周りにもいっぱい人はいたけど、私は飛影と一緒に、この道を歩いていたのだ、と実感した。そうじゃなかったら、一人じゃなかったら、この道がこんなに寂しいわけはないだろう。私は今も一人だった。飛影は、現れる気配すら見せない。


キョロキョロ辺りを眺めて歩いている内に、思ったより早く祭の会場である神社についてしまった。人気(ひとけ)は、ない。あるのは、静かにずっと鳴り響いてる日暮の泣き声だけ。ただ、祭りが近いこともあって、矢倉か何かの鉄筋の骨組みが、数本みずぼらしく立っていた。夕方の神社というのは、どこか薄気味悪い。私はじゃり道をずっと歩いていった。石の階段も登った。
広いところに出る。思い出は浮き上がる。私の思い出の場所。私と、飛影の思い出の場所、のはず・・・。本当にこんな所が、祭りの会場なんかになるのだろうか。どうしたらこんな静かな場所が、あんなににぎやかで、楽しい場所に変身するのだろう。わからない。ここは夢の跡。あの祭りは全て夢で、現実は、こんな状態のまま、ずっと時間が止まってしまってるんじゃないだろうかと思う。広い砂地の向こうに、境内がある。それを囲むように木が幾つか生えている。そのほかにはなにもない。いくら瞬きをしても、目の前にあるのは現実だった。静かで、薄暗くて、何もない神社・・・。でも、そこここの木の陰から、飛影が今にも出てきそうな、そんな感じはした。だって、こんなに不自然なくらい静かで、こんなにいっぱい隠れ場所があるのに、誰もいないなんて、おかしいから。
おかしいよ。
おかしいのに・・・。
・・・おかしくないの?
私がいるから。
一人だけここにいるから。
誰もいない訳じゃないから。
私だけがいるから・


------その後私は、飛影と綿菓子を食べた所、金魚すくいをした所、いちばん低く提灯がかかってた所などを、静かな神社の中から自分の記憶だけを頼りに見つけていった。日暮の声は相変わらず響いている。どこもかしくもただの地面の上だった。どこも同じような場所である。時間はちょうど同じくらいなのに。
 何が違うの・・・。といったら・・・・・・。


 なんで、今頃になって、こんなに飛影が恋しいんだろう。




ついに、私は神社を突き抜けた。突き抜けても、路地の上は夜店でいっぱいだった。この辺りはもう思い出も何もない場所だけど、立秋も過ぎて日が暮れるのも早くなってるので、私は思い出の道を引き返さず、そのまま真っ直ぐ行って「流星駅」へ向かうことにした。
流星駅は、今日私が降りたすばる駅と、私の家の最寄りの銀河駅に挟まれた駅である。今からあの物騒な道を引き返すより、流星駅への道を行く方が、国道通ってるし、広くて明るいし、安全だと思ったのである。
夜はどんどん迫ってくる。もう空は深い群青色に染まってしまっていた。
路地を抜けると、すぐに大きな道路に出た。道路を照らす街灯がもう眩しく光っていた。私は太い道路の横の歩道を、流星駅の方に向かって歩いていった。ここの道は、私は実は知らない。でも確か電車から見えたこの太い道路は、流星駅までずっと側にあったはずである。明るい道であるとはいえ、夜は人を不安にさせる。私は少し早歩きで街灯に照らされた歩道を歩いていった。この道を選んだからにはもう引き返せない。この道を行かなければ、私は家に帰れないのだ。
自分を信じて歩いていった。もう、飛影がそのうち出てくるなどとは考えなかった。夜という現実が私の目の前に迫ってきていたので、私もそれに従う他なかった。いくつもの店やガソリンスタンドを過ぎた。いくつもの歩道橋も見過ごした。直ぐ横を通っていく自動車は、前から来ても後ろから来ても眩しかった。たまには歩道のない所もあった。そんな所は道路の白線の内側を歩いた。危ない道だなと思った。そんなところにも家は建っているので、人はどこにでも住めるのかと思った。私はただ歩いていた。一回、こちら側からも線路が見える所を通ったとき、私の横を電車がすばる駅から流星駅に向けて、なんの迷いも踏みとどまりもなく走り去っていった。無情。その一言に尽きた。人がいっぱい乗っているのが見えた。いつも自分が乗っている電車が、走っている時って、こんなに無情なものなのかと、このとき初めて気がついた。辺りはもはや真っ暗になっていた。それでもまだ私は歩いていた。電車に乗っていればめちゃくちゃすぐなのに。すばる駅から帰った方がよかったか、ともたまに思ったが、私は後ろすらふり返らなかった。そんなことを考えている場合ではなかったのである。また歩道が現れて、それでも駅はまだ見えなかった。今どのくらいだろうか。半分くらいだろうか。もう随分歩いたから、足の裏がすでにじんじんしていた。道を間違えただろうかとも思う。歩道からは線路は見えないし、自動車の音に遮られて電車の音も聞こえないので、確認できなかった。もう流星駅を越えてしまったのだろうか?とも思う。でもそうだとしたら大変なことである。流星駅から銀河駅へ向かう時、大きな川があるので、電車は鉄橋の上を走っていくのだ。もしもう流星駅を通り過ぎてしまったのだとしたら-------私は、きっと絶望する。川縁で立ち止まって、泣くかもしれない。どうすればいいのかわからなくなるかもしれない。
恐ろしい思考の中、私は進むしかなかった。
私は、一人だった。
一人で夜の道をずっと歩いていった。
心細いとは思ったけど、もう誰かに頼りたいという気持ちはなかった。空想に自分がとらわれている場合ではなかった。ただ私は現実の道をいく。飛影がこんな所に来てくれてる訳ないじゃないと思い出す。それでいいよ、と思う。それが、私の現実だから。私は私の力でいくしかないのだ、と思う。夜のこんな道を一人で歩きながらそう考える。この行動には凄く深い意味がある。私はそれに従うしかないのだ。・・・それを、飛影は教えてくれたのだろうか。

ずっと逢ってもいない飛影に、私はただ憧れていた。逢いたいとは思うけど・・・。
私、ひとりで頑張ろうと思う。
思い出す。


果てしなく歩道を歩いていった。歩道はどこまで行っても夜だった。街路樹が現れたり、なくなったり。人通りが完全になくなったりしていた。
-------ふいに、沢山の人が歩道の向こうから歩いてきた。
スーツを着た人、制服を着た人、色々。私は疲れのあまり、何故急に人がたくさん通りにきたのか深く考えようとしなかった。
角(かど)があった。私はその向こうを見た。
その向こうは眩しかった。
照明に照らされた、流星ステーションが、私の目の前に現れた。


改札への階段をあがり、息を切らした私は窓の外を見た。真っ暗で、駅を照らしている照明と、車と街灯の光と私の顔以外は何も映らなかった。私はさっき感動した角を見下ろしていた。今まであんな所にいたんだなぁと思う。切符を買い、改札を通り、ホームへ降りていく。どこにも飛影はいなかった。
でも、私は私の道を行こうと思う。確かでない空虚な頼りなどあてにしないで、私の現実を生きていこうと思う。ただ、今日は思い出に浸り、思い出を懐かしみ、悲しく思い、それだけ、の日を過ごしたのだ。それはそれで私にとっては意味があり、そしてそこから私はまた行こうとする。それでいい、と私は思う。今日は、思い出の日。端から見れば、ただ天球儀駅へひとりで行って、電車でひとりですばる駅に行って、流星駅へ歩いていって、ひとりで銀河駅へ帰っただけの行動に見えるだろうが、私にとってはとても意味の深い儀式だったのだ。なにもなくはない。思い出はあちこちにあった。その思い出をくれた飛影に、それだけでも、本当にありがとうと思う。
たくさんの思い出を。
飛影、










「!?」

ひえ・・・い・・・・・・!?



「フン、遅いお着きだ」
飛影、飛影・・・!!
「それにしても、本当にこんなくだらんコトを実行するとはな。真っ暗だというのに、全く無意味なウォーキングなんざに、付き合うんじゃなかったぜ。このバカ」
なんでホームに!!私より先に・・・さ・き回り・・・!?
「どうした。そんなに驚いたか?・・・」
飛影が俄にこちらに歩いてきた。その瞬間、私は飛影に飛び付いていた。安堵感のあまり本当に泣き出しそうだった。
「なっ・・・////何をっ」
「ひ〜え〜い〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」



  「なにもなかったろう」
  ・・・ううん、いろんなことが、何もかもがあったよ。
  私の思い出が。
  私と、飛影の思い出が。



--------それより3日後、8月20日。私は飛影と居た。私は紺色の浴衣を着て、天球儀駅の柱に、待ち合わせ時間より30分早く来た。
そしたら、飛影は1時間早く来ていて、またむすっとした顔をしてぷいと顔を向こうに向けた。それから、私達は一緒に改札を通っていったのであった。


 

Fin.


黒タカどりどり第2弾;;ここまでお読みいただきありがとうございます!お疲れさまでした!
え〜と、え〜と、え〜と、何も書くことないじゃねえか(爆;;)
なかなか癖のあるヒロインで、ほっとんどそいつしか出てませんでしたけど、どうだったかな…。読者さま方が楽しめたかどうかわかんねぇ;;(爆)(恋愛ものほんとに苦手なんですよ〜ぅ〜;;)最後の飛影ちゃんはストーカーですか夜道に女の子尾行して先回りしたりしてそうなんですか(ォイ)
この話書くに当たって、駅名どうしよーかなと思って、最初は幾つ駅いるかわからんかったのでセットのものはやめといて、適当に、好きな天体系統の名前にしました。すばると銀河はアレですね、風の中と砂の中にある奴ですね(^ヮ^;)
タイトルの「なにもなかった」は俵真智の短歌「さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園」を参考にしました。内容と合ってるかわからんけど(汗)まぁ最後まで飛影出てけーへんのかな〜と思ったら、最後の最後で出てくるって感じにしたかったので、そういう意味では(出てこないと匂わせるようにするには)よかったかなと。
いちばん最初は、去年の祭りの日は「8月11日」になってました・・・(^ヮ^;)延びすぎだぁ;;17日とか微妙に祭シーズン遅いし;;(スミマセン)
最初に書いたとおり、楽しんでもらえたかどうかわかんないんだけど・・・。よろしければ掲示板の方にでも感想お願いいたしますvvいつでもお待ちしております☆

 

2004年8月16日 黒タカ

戻る