京都自由大学講義(6月4日)〜戦後補償訴訟と時の壁 :2005.6.28
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【日時】 2005年6月4日(土)19:00〜21:00
【場所】 京都三条ラジオカフェ
【講師】 立命館大学 松本克美氏
【テーマ】 戦後補償訴訟と時の壁

今月23日に、劉連仁さん強制連行訴訟の2審判決で東京高裁は1審判決を取り消し
遺族側の請求は棄却された。(参考1,2)
判決理由は主に3つある。1つ目は「国家無答責の法理」。これは戦前には国家の権力作用により
私人に損害が発生しても、国が責任を負う条文がなかったことを意味している。
2つ目は「除斥期間」。これは時の経過によって損害賠償請求権が消滅するということを意味し、
期間としては20年である。3つ目は「相互保証」という不思議な考え方。これは原告の属する国
(この場合は中国)に同じような法律がない場合、日本だけが賠償を受け入れる必要はないという
考え方のようだ。こんなひどい考え方が出てくるなんて、裁判所とは何のためにあるのだろうか。

6月4日の自由大学では、先の判決理由にあった最初の2つ(「国家無答責の法理」「除斥期間」)
に関する講義があった。戦後補償訴訟において、従来から先の2つが障壁になっていたが、「国家
無答責の法理」は否定される判決が増えている。しかし、最後は、「除斥期間」が認められてしまい
敗訴してしまっている状況らしい。ちなみに原告勝訴になったのは、80以上の判決のうち、7件だ。
劉連仁さん強制連行訴訟の1審は数少ない原告勝訴のひとつだったが、2審で覆された。1審では
「除斥期間制度を作ったのは国である。著しく正義・公平の理念に反する場合、その適用を制限する
ことができる」として、時の壁を破っていた。


[参考1]
 第2次大戦中に強制連行され、終戦直前に炭鉱から脱走、北海道の山中で約13年間の逃亡生活を
送った中国人故劉連仁さん=2000年に87歳で死去=の遺族が、国に2000万円の損害賠償を求め
た訴訟の控訴審判決で東京高裁は23日、請求全額を認めた1審東京地裁判決を取り消し、遺族側の
請求を棄却した。
 西田美昭裁判長は1審同様、劉さんが強制連行され、過酷な労働を強いられた事実があったと認定。
国が逃走した劉さんの保護を怠ったことは違法としたが「当時、日中両国間で国家賠償に関する相互保
証は存在せず、国に賠償責任はない」と述べた。(共同通信)

[参考2]
(徳島新聞ニュースより)

 東京高裁が23日、言い渡した劉連仁さん強制連行訴訟の控訴審判決の要旨は次の通り。

 【民法の不法行為】
 大日本帝国憲法下では国の権力作用について民法の適用を否定し、国は損害賠償責任を負わない
国家無答責の法理が確立していた。劉さんを強制連行し、強制労働させたことは政府による戦争遂行
政策の一環。実行に陸軍や関係各省がかかわったのは、国の権力作用に基づく行為にほかならない。
国家賠償法施行(1947年10月27日)前の劉さんへの不法行為で国に賠償責任はない。

 【国賠法施行後の救護義務違反】
 国賠法施行時点では、旧厚生省の職員は劉さんを保護する一般的な義務を負っていた。強制労働の
現場から逃走を余儀なくされた結果、生命、身体の安全が確保されない事態になっていることを予測で
きた可能性は高いと認められる。

 劉さんを発見、保護するため旧厚生省は少なくとも(1)自らまたは地方自治体などを通じ、行方が分か
らない中国人がおり、それらしい者を見た場合は連絡するよう北海道内の住民に広報する(2)警察に犯
罪予防、人命救助の視点からの情報収集や保護の協力を求める態勢を整え、目撃情報があれば直ちに
捜索に着手する−などしていれば目撃地点から遠くない範囲で発見できた。これらをせず、公務員の過失
による違法行為と評価せざるを得ない。劉さんが被った損害との因果関係も認められる。

 【相互保証】
 国賠法は「外国人が被害者の場合は、相互の保証があるときに限り適用する」と規定している。一方、
国家賠償責任の規定がある中国民法通則の施行は87年で、公権力行使に基づく賠償責任を定めた中国
国家賠償法が施行されたのは95年。

 日本の国賠法施行時から劉さんが保護された58年2月9日までの期間、中国には政策として国家無答
責の法理が存在し、中国の国家公務員の違法行為で日本人が被害を受けても、国家賠償を求める法的
根拠はなかった。日本と中国との間に、国家賠償についての相互保証があったとはいえず、国賠法に基づ
く請求は理由がない。

 【除斥期間の適用】
 提訴は保護から38年後の96年。保護されて間もなく、日本の支援団体が政府に賠償を請求していること
などを考慮すれば、損害賠償請求権が20年で消滅する民法の除斥期間適用に際し、著しく正義、公平の
理念に反する特段の事情があるとは認められない。国に対する請求権は除斥期間の経過で消滅した。

 【安全配慮義務違反】
 国と劉さんには直接的な雇用関係はなく、雇用契約上の保護義務違反を問題とする余地はない。逃走後
の安全配慮義務もない。