「つくる会」歴史教科書 都立一貫高で採用 :2004.8.28 (途中)
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「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書が、来年開校する東京都の中高一貫校で
採用されることが決まった。東京都の教育委員6名が投票を行い、5票がこの教科書に
入り、決まったそうだ。

この教科書は、3年前に市販本として発売され、私も購入してその時に全部読んだ。
読む前は、’誇り高く書きすぎている本ではないか’と予想していたのだが、読んでみると
予想とは違って、非常に卑屈に思える部分が多かった。

例えば、「興福寺の将軍万福、東大寺の国中連公麻呂などは、イタリアの大彫刻家ドナテルロ
やミケランジェロに匹敵するほどである」(写真P5)、「(鎌倉時代の美術に関して)17世紀
ヨーロッパのバロック美術にも匹敵する表現力を持っている」(写真P9)など、日本の美術が
優れていることを言う為にヨーロッパを引き合いに出すことで、ヨーロッパに対する劣等感を
反映しているように思える。
また、大宝律令の箇所では、「東アジアで中国に学びながら独自の律令を編み出した国は、
日本のほかにはない」と書いた後で、「新羅は、みずからの律令は作らなかった。」(P54)
新羅は、唐の年号の使用を強制され、これを受け入れた」が、日本は独自の年号を持った、
など、東アジアの他国より日本が昔から優れていたことを主張する。
こういうところから、かえって、自信の無さを感じてしまったわけだ。

これを書きながら、もう一度、この教科書のアジア・太平洋戦争あたりをめくってみると、下記の
ところが気になった。
「(1943年2月)アリューシャン列島のアッツ島では、わずか2000名の日本軍守備隊が
2万の米軍を相手に一歩も引かず、弾薬や米の補給が途絶えても抵抗を続け、玉砕していった。」
(P278)と書かれ、同じページに別の「玉砕」と神風特攻隊が書かれている。玉砕というのは
戦争中に全滅を美化した言葉だと思っているので、その言葉使いに抵抗を感じる。
このような事例は、二度とこのようなことが起きないための事例として、または、こんな戦い方しか
できない状態が1943年初めから起こっているのに戦争をやめることができなかったのはなぜかを
考えるための事例として使うべきで、行為を美化する文脈で使うべきではないだろう。

また、コラムの中にも、気になる箇所がある。
「戦争と現代を考える」(P288)に、「これまでの歴史で、戦争をして、非武装の人々に対する
殺害や虐待をいっさいおかさなかった国はなく、日本も例外ではない」という非常に無責任で
かつ、アジアでの行いを忘れたような記述がある他、
「昭和天皇」(P306)では、戦争終結の「聖断」について紹介しているが、戦争中の続行判断に
ついては記載されていない。


この教科書で学んだ中学生が、この教科書の意図する認識を持つようになるのかどうかは
よくわからないが、採用する側には、はっきりした意図がある。