読書のコーナー:2004年
  最近読んだ本を紹介します。

◆今年(2004年)読んだ本
 (◎お奨め  ○まあまあ  △とりたてて言うほども無い  ×つまらない)


(44)△天使の梯子 (村山由佳) :2004.12.23
    帯に、『「天使の卵」から10年。歩太・夏姫、29歳。8歳年下の男に熱愛される夏姫・・・。再び、
    あのせつない恋物語が蘇る!』と書かれていた。帯を信用して期待する僕も馬鹿だと思うけれど、
    期待が大きいと失望する代表のような作品だった。
    まず、歩太が10年前と同一人物という感じが全くしない。歩太の言葉から10年間の変化というより、
    別人物になったように感じられてしまうのだ。また、途中でのおばあちゃんの死も、以前の春妃の死の
    時と同じような感情を慎一にも経験させておこうというストーリー上の細工であることがなぜか強く見えて
    しまい、感情移入ができない。さらに教え子の慎一に対する夏姫のいきなりの行動も解せない。
    「天使の卵」を読み直すとなかなか良かっただけに、文庫本化する際に、大幅に書き換えてほしいと
    思っている。

(43)○天使の卵 (村山由佳) [再読]:2004.12.20
    少し前に、村山由佳の「天使の梯子」という本が出て、それが「天使の卵」から10年後の話と
    いうことで、気を惹いた。ただ、直ぐには買わずに少し時間を置いてから買った。そして、それを
    読む前に「天使の卵」を読み直してみたというわけである。
    前回読んだときは、非常に平凡な印象を受け、たまたま解説に同じようなことが書いてあったので
    さらに平凡だったという記憶が強く残っている。
    でも、今回、読み直してみて、かなり優れた作品だと思うようになった。精神病院に入院中の父、
    亡くなった春妃の夫、それに母と渋沢さん、などの周りの人物も、2人の気持ちに大きな影響を
    与えていて存在感がある。最後の展開が急すぎるのは気になるが、再読に値する作品だった。

    [昨年7月に読んだ時の感想]
     今年、直木賞を取った村山由佳のデビュー作がこの「天使の卵」である。僕は今まで
     彼女の作品を読んだことがなく、今回読んだのが初めてである。
     浪人生の男性と、8歳年上の精神科女医のラブストーリーに、母、父、女医の妹が
     入ってくる。退屈せずに読めるがストーリーや設定が平凡な感じがした。平凡だけど
     悪くない。悪くないけど平凡だ。自分の中の評価はまだ確定していないが、読んで少し
     時間がたった今の僕の評価は前者の方に移りつつある。

(42)△池袋ウエストゲートパーク (石田衣良):2004.12.9
    短編4つから成っていて、先に登場した人物が後の短編に登場し、その点では
   考えた構成になっている。また、若者達が、悪人を捕まえる話はそれなりに爽快に
   書かれていて退屈しない。でも、読み終わった後で、「こんな本を読んでいていいのかな?
   時間を無駄に使っているだけでは」という疑問が起こってくる。
   だから、人にはお奨めできません。

(41)△急行「北極号」 (オールズバーグ 訳:村上春樹):2004.12.8
    この本は、絵本だけれど、今上映されている映画「ポーラーエクスプレス」の原作本
   だそうだ。書店で見た時、訳が村上春樹ということがまず気を惹いた。村上春樹の訳の
   絵本で、「空飛び猫」というのがあって、10年くらい前に読んで面白かった記憶がある。
   また、絵本以外でも、彼が訳した本は、「キャッチャーインザライ」やフィッツジェラルドなど
   どれも面白かった。そういうこともあって、彼自身の作品にはあまり興味がなくなっている
   にもかかわらず、翻訳本にははずれはないだろうと思い込んでいた。
    しかし、この本のポイントはラストの1点だけしかなく、非常に物足りない印象を受けた。
   もちろん、短い話なので一つのポイントがあれば十分なのかもしれないが、そのポイント
   自体もやや陳腐だった。

(40)?蛇を踏む (川上弘美):2004.11.15
    川上ワールドというのがどこかに載っていて、おもしろいのかなと思って読んで
   みたけれど、さっぱり何のことかわかりませんでした。人間が動物になったり
   植物になったり物になったりといろいろ移っていくのですが、何かを象徴したりして
   いる訳でもなさそうで、かといって、理屈ぬきに入っていくにはあまりにも突拍子も
   なくついていけません。この小説についていける人はすごい想像力の持ち主だと
   思うけれど、ちょっと変わった人でしょうね。

(39)○反乱のボヤージュ (野沢尚):2004.11.6
    本書は今年6月に自殺した脚本家 野沢尚氏が41歳の時(2001年)に書いた小説で
   ある。大学の学生寮の取り壊しをめぐって、寮生と大学側で対立していて、大学は舎監
   (寄宿舎を管理・監督する人)として50代の男性 名倉を送り込んでくる。名倉は元機動
   隊員で廃寮に追い込むために送り込まれている。 その中で、食堂の賄い婦に寮生が
   恋する話や、銀行の内定取り消し事件、女子寮生へのストーカー事件、そして寮の取り壊し
   開始などに関連して、名倉が関係してくるが、不当なことからは寮生を守る姿勢を貫く。
   そして、これら事件を通して、主人公の坂下が成長していく様子が描かれている。
    どこかTVドラマ風で、青春ものの甘さが感じられる点が長所になっている作品で、
   それなりに楽しめる。ここからは著者が3年後に自殺するとは思えない。

(38)△アフリカ 忘れられた戦争 (亀山茂):2004.11.1
    岩波書店から「岩波フォトドキュメンタリー世界の戦場から」という写真と文章が半々で
   構成されているシリーズ(全12冊)が刊行されており、この本はその中の1冊だ。
    9月の北オセチアでの小学校占拠事件の後、何かでチェチェンの写真を見た。それは
   以前のチェチェンの大統領府の写真と、一面瓦礫になってしまった現在の同じ場所の
   写真だった。そして、その写真から、チェチェンの人たちの置かれた絶望的な状況が
   初めて見えてきたように感じた。それから、写真が訴える力に着目している。
   そういう意味で、このシリーズに興味を持ったわけだ。ただ、この本はやや中途半端な
   感じがした。知識を充分持っていない僕にとっては説明が不充分で、写真の背景がわから
   ないものも少なくなかった。
    この本では、シエラレオネ、リベリア、アンゴラの3国が扱われている。シエラレオネは
   ダイヤモンドが産出することから、隣国リベリアの介入もあって2000年までの8年間
   内戦となった。現在は終結したが、貧しい状況は続いている。この国は世界で一番乳児
   死亡率が高く、5歳までに3割以上の子供が死んでいくそうだ。
   アンゴラは、冷戦時代に内戦の双方を米ソが支援し、2002年まで27年に渡って泥沼の
   状況が続いた。内戦の原因は、ダイヤモンドと石油の採掘権の奪い合いであり、ここから
   得た収入で、米ソから武器を購入して戦いを続けたことになる。シエラレオネもアンゴラも
   資源をうまく使えばこんな状況に陥る国ではなかったはずなのに。ただ、その争いの背景に
   その資源の購入先となる先進国があったことは間違いない。

(37)○チェチェンで何が起こっているのか (林克明・大富亮):2004.10.25
    9月にロシアの北オセチアの小学校がチェチェン武装勢力に占拠され、死者600人を
    越える大惨事になった。事件後の報道によれば、今回の武装勢力は、人質を何かの
    条件と交換するのではなく、最初から、自爆して巻き添えにするつもりだったようだ。
    その目的は武装勢力が死んでいることからはっきりはしないが、チェチェンに対して、
    全世界の人々が目を向けることを、自分達の命と引き換えに狙ったように見受けられる。
    そして、僕はその事件の後、この本を読み、チェチェンに対してわずかでも関心を持つように
    なっているし、他にもそのような人は多くいるだろう。その意味で、犯人グループの目的は
    ある程度達せられている。多くの人が亡くなっているから、事件を肯定的には捉えにくいが
    そうでもしなければ国際社会から無視されてしまっている状況を鑑みると、自分達の
    責任を意識せざるを得ない。

    この本で現地取材しているのは、2000年ごろまでである。以降は著者が現地入りして
    いないだけでなく、他のジャーナリストも入ることが非常に困難になっていると思われる。
    この本で取り上げたような人たちが、当時はレジスタンスとして誇りを持っていたとしても
    4年経った現在は同じ意識でいるだろうか。一部は既に死んでいるかもしれない。また、
    一部はもっと過激な方向へ進んでいるかもしれない。
    もし、現地の情報を伝えるジャーナリストがいて、もっと報道されていれば、先の事件は
    防げたかもしれない。そのようなジャーナリストが武装勢力に捕らえられた時、ジャーナ
    リストを非難するのが正当だろうか。僕にはそうは思えない。

(36)○一瞬の光 (白石一文):2004.10.20
    著者の「不自由な心」(27)を読んだ時から、別の作品を読んでみようと思っていた。
    「一瞬の光」は長編だが、短編から成る「不自由な心」と同じように、非常に不安定な
    印象を持った。そして、この作家の作品から感じる不安定さとは何なのだろうということを、
    先の作品を読んだ時から漠然と考えている。不安定さの理由のひとつが、登場人物の
    行動や展開の意外性にあることは確かだ。「一瞬の光」の主人公は時々暴力的な行為に
    出るし、先の短編集では、小説の流れを破壊するような事故や自殺が起こったりする。
    しかし、それだけではないだろう。本作品は著者が42歳の時に書いたもので、僕とほぼ
    同じ年齢の時の作品だ。ある程度は過去に囚われながら、将来に対して不連続的なものを
    求めようとする、そういうこの世代特有の不安定性のようにも感じる。それが何なのかは
    まだわからない。
    著者の不安定性を強調したが、この作品の最後は、意外なことに、まともな終わり方に
    なっていて、一言で言えば、裏表紙に書いているように、「これまでの自分の存在意義に
    疑問を感じ、本当に大切なことを見出していくのだった・・」ということになるのだろう。でも、
    それで終わらせるのには余りがある作品だと思う。

(35)○パイロットフィッシュ (大崎善生):2004.10.1
    この作品は「記憶」をテーマとしていることを宣言するような文章で始まる。
    ”人は一度巡り合った人と二度と別れることはできない。なぜなら人間には記憶という
    能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである。” 
    この書き出しに惹きつけられて最後まで興味を持って読んだ。
    主人公の山崎隆二は、アダルト雑誌の編集をしている41歳。友人の森本は記憶に
    囚われアルコール依存症になっている。そして大学時代に付き合っていた由紀子から
    19年振りに電話がかかってくることから話は始まる。過去の出来事に触れながら、話は
    進んでいく。途中で出てくるその他の登場人物も丁寧に描かれていて、後味の良い作品
    になっている。
    どうも今年は、「記憶」が僕の中で重要な言葉となっているようだ。

(34)×天国の本屋 うつしいろのゆめ (松久淳+田中渉):2004.9.25
    一作目の「天国の本屋」がおもしろかったので、続編を読んでみた。結果は
    惨憺たるものだった。主人公イズミは、パターン化された現実感のない女性で、
    全く魅力がなかった。2人でプロジェクト的に相談しながら作るとこんなにつまら
    なくなるのだろうか。書きたいことがないのに無理に作ったからこんな結果になった
    に違いない。この作品のために、一作目が色あせてしまった。腹立たしくて仕方ない。

(33)△盲導犬クイールの一生 (石黒謙吾):2004.9.18
    妻と子供が少し前に買った本で、まだ読んでいなかったので先に読んでみた。
    文章半分、写真半分の本で早く読めそうだったので、「九条の会」の講演会に出かける
    時に持って出て電車の中で読んだ。
    盲導犬は、血統が大事らしくて、最初、「生ませの親」に2〜3ヶ月飼われた後、1歳
    くらいまで、「パピーウオーカー」のもとで人間と信頼関係を築き、その後、訓練される
    ことになる。日本で働いている盲導犬は850匹くらいで、盲導犬を待っている人は
    4700人くらいいるらしく、かなり不足していることを知った。不足の理由は、育てる
    資金の問題と訓練士の不足のようだ。

(32)△内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 (城繁幸):2004.9.17
    富士通の人事にいた人が富士通の内情を書いた本で、結構売れているらしい。
    僕は、人から借りて読んだ。僕は以前から成果主義というのをあまり肯定的に捉えていない。
    なんか、にんじんをぶら下げられて走らされるようで、あまり進んだ制度とは考えていない。
    そして、運用も非常に難しい制度だと思っている。例えば、個人の評価に関して、期首の
    目標に対して実績を評価するなら、いかに目標を下げるかが各個人にとって重要なはずで
    ある。そうでありながら、最初の目標設定に時間をかけても状況の変化に対応できないなどの
    問題が生じる。
    この本で、富士通の問題がたくさん挙げられているが、全部が成果主義によるもの
    でもなく、それ以前の問題もある。むしろそういう状態のところに成果主義というものを
    導入したことが一層問題を大きくしたのだろう。

(31)○天国の本屋 (松久淳+田中渉):2004.9.15
    大学4年のさとしはコンビニにいたら急に天国にある本屋に連れていかれる。
    ただ、その天国は少し変わっていて、寿命百年になっている。例えば20歳で
    死ぬと残りの80年を天国で生き、合計100年になると記憶を全て消されて再び
    現世に生まれてくることになっている。しかし、そこに時々現世で生きているさとしの
    ような人間も連れてこられるという不思議な設定だ。
    さとしは、天国の本屋で本の朗読をするようになる。本の朗読を通して昔の記憶と
    繋がっていく。そして、同じ本屋に勤めるユイの過去の話へと展開していく。
    特に後半の雰囲気が非常に良かった。ただ、本当はもっと深刻な話のはずなのに
    それを軽く乗り越えたようになっている点が少し気になる。
    (追記)さとしが朗読した本に「ないた赤おに」(浜田広介)があり、読みたくなったので
         図書館で絵本を借りて読んだ。子供にも勧めたが、あまり興味ないようだ。

(30)×もういちど走り出そう (川島誠):2004.9.14
    この本を読むのにそれほど時間は必要ない。でもかなり退屈した。全く主人公と
    感覚が合わないせいだろうか。
    解説を重松清氏が書いている。「本書のような・・・ミドルエイジの物語もたくさん
    読みたいのだ」 重松さん、本当? 重松清の本も読みたくなくなっちゃった。

(29)×冬のソナタ (キム・ウニ/ユン・ウンギョン):2004.9.9
    総合TVで3話くらい放映された時にインターネットで買ったのだが、届いた本を見て
    初めてその本がTV番組からノベライズしたものだと知り、失敗したと思った。でも、
    良かった場面をもう一度楽しめるからいいかと思い直していたのだが、それぞれの場面が
    掘り下げられているわけでもなく、TVの短縮版でしかない。いくらブームに便乗したのだとは
    いえ、こんなレベルの本を出版するなんてひどい。

(28)○蟹工船・党生活者 (小林多喜二):2004.9.7
    昔学んだ社会の教科書に載っていたので作者と本の名前は知っていたが、今まで
    手に取ることはなかった。最近、戦中・戦後のことが気になっていて、そのせいか
    初めてプロレタリア文学を読むことになった。「蟹工船」は劣悪な環境下で働く労働者
    たちが主人公で、そこで闘争が広がる直前の様子を描いている。「党生活者」は、地下
    組織で活動を続ける党員を描いている。内容は全く異なるが、目的は労働者の抑圧された
    状態を訴えつつ、そこを脱する運動を広げることだろう。
    これらの運動は厳しく抑えられ、小林多喜二も「党生活者」発表の翌年に警察で殺されて
    いる。運動は失敗した。しかし、拡がりをある程度持たせることのできた抵抗はこれ以外に
    なかった。

(27)○不自由な心 (白石一文):2004.8.21
    この作家は変わっている。文体や内容の大部分はそれほど変わっているわけでは
    なく平凡なのに、途中から筋道や考え方が僕の想定する範囲を越えて意外な方向に
    向かっている。ある意味、暴力的で、少し壊れかかったような危うさを持っている。
    これは、疵を書き込んでいることになるのだろうか。
    ’天気雨’:不倫相手を別の50代の男に取られそうになる話。主人公の野島という
           嫌な男に勝たせた作者の言いたいことは?
    ’卵の夢’:妻が別の男の所に行ってしまった。実父はがんの末期。仕事では地方に
           左遷の内示。その男が実父の死後、会社を辞め、もう一度やり直してみようと
           考える話。5つの話の中では、一番意外性の少ないまともな話。
    ’夢の空’:飛行機トラブルで死を意識した時に、一人の女性(過去の不倫相手)に
           電話する話。最後は”そんな風にしちゃうのか”と思った。
    ’水の年輪’:余命半年と診断された男が、残り半年間好きに生きようと家を出る。
            この男は、5年前に3歳の長男を海で失った過去を持っている。最後に
            過去の不倫相手だった女性と旅に出ようと、彼女の住所を訪ねるが。。。
    ’不自由な心’:結婚後の女性関係が原因で、妻が車を走らせ死のうとして事故を起こし
              半身不随となった。その男の心を描く。

(26)△理由 (宮部みゆき):2004.8.11
    約2年前に、宮部みゆきの「火車」という小説を読んだ。人が入れ替わるという
    設定は興味深かったが、文章がどうも気に入らなくて続いて別の作品へとは
    繋がらなかった。「理由」は「火車」から6年後の作品で、直木賞受賞作らしいので
    かなり期待して読んだ。
    この作品も人が入れ替わっていて、こういう設定を現代風と考えて好む人たちが
    いるらしい。しかし、作品中で登場人物の誰ひとりとして描ききれた人物がおらず、深みも
    ない。多くの興味深そうな設定の人がいるにもかかわらず、表面に触れているだけに
    留まってしまっている。残念ながら、期待はずれの作品だった。


(25)○ファルージャ 2004年4月 (ラフール・マハジャン他:現代企画室):2004.8.2
    イラクのファルージャでは、今なお戦闘が続いており、新聞の片隅に数日ごとに
    数十名のイラク人死傷者が出ていることが伝えられている。この本は、4月に
    ファルージャに入った人の証言を編集したものであり、米軍による虐殺行為により
    傷つき、死んだ人たちの様子を伝えている。なお、この時期は日本人3人が人質と
    なっていた時期でもある。
    自宅の外で狙撃兵に父親が撃たれたが、父親のところに行けば、自分達も撃たれる
    という恐れから放置せざるをえなかった人達。大病院は空爆でやられてしまい、小さく
    医薬品も少ない診療所。これが正しい行為がもたらすものか。
    
    米軍の圧倒的な軍事力に対して、戦おうとする力はどこから出てくるのだろうか。
    その力の中に「抵抗」を感じざるをえない。ここで行われていることは、米軍が意図してか
    どうかには関係なく、虐殺である。

    (追記)ファルージャでの経過を記憶に留めるため、少し書き残す。
    ・2003年4月23日 米軍 ファルージャ進出
         4月28日 ファルージャ占領に対する抗議デモ。米軍発砲15人殺害
         6月30日 米軍 ファルージャのモスクを襲撃
          (米軍とレジスタンスとの戦闘激化)
    ・2004年3月31日 米軍の傭兵会社の社員4名の焼死体が橋に吊り下げられる。
         4月    大規模な米軍の爆撃が再開される。
               (この本はこの時期を扱っている)

(24)○チリの地震 (ハインリヒ・フォン・クライスト):2004.7.26
    実は、この本はもうひと月以上前に読み終えていた。しかし、どう評価して
    良いのか、自分の中でまとまらず、今を迎えている。
    心の動きを丹念に描いているわけではない、それなのに、何らかの感情を
    共有しうる話がいくつかあった。
    作者は1777年生まれ。悲劇的な狂気と、運命を感じさせる物語を書いた
    クライスト自身、拳銃による心中で自らの命を絶っている。

(23)△憲法と平和を問い直す (長谷部恭男):2004.7.18
    立憲主義という視点で憲法を考え直すというのが、本書の出発点である。
    国家権力を制限することが、立憲主義の根本で、民主的な手続きを通して
    でさえ侵すことのできない権利を憲法で規定していることになり、そのような
    権利には、思想・良心の自由、信教の自由などがある。
    これは、何でも多数決で決めれば良いというものではなく、民主主義は
    社会の根幹にかかわる問題を解決できないことを意味する。
    例えば、愛国心教育を、教育基本法のような法律で規定するべきものかどうか
    という場合に上記の視点が生じてくる。著者は現在の動きを、
    「”君が代”をココロを込めて歌ったり、”日の丸”の掲揚を見てジーンときたりする
    ココロが育つことで”国を愛する心”が身についたのだとすると、単に訓練された
    犬と同様の反射的態度が身についたというだけのことである」として批判している。
    
    愛国心教育の議論で見られるような最近の国家主義強化の方向性に対し、
    どういう対抗軸を作り出すことができるのかが非常に重要だろう。その意味で、
    こういう法律問題とは別に、今後議論の対象となる憲法改正問題を考える際に、
    どういう制限を課すのが適切かという見方を強めることができるかどうかが大きな
    ポイントになるのではないだろうか。
    なお、著者は、本書の後半で立憲主義の観点から平和問題を論じており、
    その部分が本書の目的であるのだが、僕の理解不足もあると思うがあまり
    有益な議論とは感じなかった。

(22)△宿命 (東野圭吾):2004.7.6
    人物の設定は興味深い。また、非常に読みやすい。しかし、あまり好きに
    なれない作家だなというのが読んだ直後の感想だ。昔の恋人で10年前に
    訳あって分かれた勇作と美佐子が再会後、言葉を交わす場面が良くない。
    分かれたには理由があり、それ以降にお互いの知らない10年の歴史があるのに
    それを全く感じさせないなれなれしい態度が理解できない。
    また、終盤でわかる犯人もそれまでの推理でわかるわけでなく、メインでない
    人物なため、拍子抜けしてしまう。つまり、この小説は、期待させる雰囲気を
    持っていながら、読み進むにつれ、期待感がしぼんでいく、そんな小説に
    終わってしまっている。
    

(21)○抵抗論 (辺見庸):2004.6.21
    今年に、いくつかの講演会に参加する中で、たびたび辺見庸氏の名前を耳に
    した。この本が3月に発刊された時に、買おうかどうか迷った末、買わなかったの
    だが、先月の講演会で、岡真理さんが、本書を引き合いに出しながら、「テロ」
    「暴力」に反対という思想の弱さ、安易さということをごく簡単にだが話された。
    これは、僕に対する批判のように感じられ、読まないわけにいかなくなった訳だ。
    
    「抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか」
     著者は最近の平和デモ(ピースウオーク、パレード)に参加したが、怒りの無さに
     なじめないし、ここから何も生まれないと感じた。一方、自分自身に沸きおこるような
     怒りがないことも意識している。この状態を、強権のない協調型のファシズムと捉え
     最後は、一人ひとりが内面にミニマムの戦線を築き、自分独自の抵抗のあり方を
     思い描くことを求めている。(この文章のサブタイトルは、「閾下のファシズムを撃て」)
     ”結局、あれ(9.11)をやらかしたのは彼らだが、私の無意識はそれを待ち望んで
     いたかもしれない”という著者の告白がこの文中に出てくる。僕自身これを否定できない。
     これが、上記の安易さと関係している。
    
     ・同胞の悲惨な死を起点として「日本人の物語」がつくられ、それが日本人の
     パブリックメモリーにもなる。一方でおびただしい数のイラク人の死は忘れられる。
    ・新聞はなぜていこうと書けないのか。
    ・戦争報道を語るのに、非善、非悪の中間領域があるとでも思っているのか。
    
    著者の理屈は必ずしも厳密でないし、少し乱暴に書いているが、大筋では納得できる。
    僕は、自分の考えをはっきりさせるためにこのHPを書いているところがあるが、それでも
    価値判断を避けている面がまだまだあり、中間地帯にいたがる傾向が強い。というより
    むしろ、そこまで考えを煮詰めないで止まっているかもしれない。
    

(20)○坂の上の雲 (司馬遼太郎):2004.6.2
    始めの方は、正岡子規と、騎兵隊を率いた秋山好古、日露戦争時に海軍参謀と
    なった秋山真之の3人が中心の小説だったが、日露戦争の話になってからは、
    当初の主役3人(正岡子規はそれまでに死んでいたが)はあまり登場しなくなり
    小説というより、歴史書になっていた。司馬遼太郎の主張によると、日露戦争は
    日本の存亡を賭けた国民戦争で、国民に日本を守る、日本のためにという意識が
    徹底していた。それは、誰かの独裁者のためというのとは全く異なる。
    ロシアは、皇帝に気に入られるということが重要であったため、司令官が皇帝を
    意識して戦っており、最後まで国の総力を発揮できなかった。
    しかし、日露戦争後、日本の軍隊は変質し、使う言葉も変わっていったことを
    時々書いている。
    おそらく、日露戦争(明治37、38年)の頃の日本はこの小説で描かれている
    軍隊のように命を投げうって日本のために尽くそうという人々が多かったのだろうが、
    この小説を読みながら、僕は夏目漱石の「三四郎」の始めの方の場面を思い出した。
    三四郎が熊本から上京する途中で広田先生に出会い、日本はだめだと言う広田先生に
    「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と言うと、広田先生は「滅びるね」と
    答える。三四郎が書かれたのは明治41年、日露戦争後3年経った頃だ。
    2つの一見相反する考え方が共存し得た時代だったのかもしれない。

(19)○在日 (姜尚中):2004.5.11
    今年、京都の講演会で在日二世の方何人かと会い、国家に対する感覚が
    私と異なっていることを知った。在日二世の方の考え、また一世の方の考えが
    少しでもわかればと思って、この本を読んでみた。
    一世と二世の違いをあまり意識したことがなかったが、二世には「故郷」がないと
    いう点が一世と大きく違うのだろう。その意味では、ユダヤ人である作家カフカの
    感覚が少し似ているのかもしれない。

    著者が指紋押捺問題にかかわった部分に次のように書かれている。
     「かつて日本人だった在日韓国・朝鮮人を、敗戦後、今度は自分たちの都合で
      勝手に外国人とみなし、出入国管理と外国人登録法など、さまざまな法律や
      行政処分の網の目でがんじがらめにしていることが問題なはずだ。」
    これを読むと、なぜ、戦後、日本はこのような態度を取ることになってしまったの
    だろうという疑問を持たざるを得ない。戦後の日本については、もっといろいろな
    ことを知る必要がある。

    
(18)△新ゴーマニズム宣言13〜砂塵に舞う大義 (小林よしのり):2004.5.5
    今までに新ゴーマニズム宣言は、エイズHIV運動を描いた「脱正義論」と、アジア太平洋
    戦争で戦った人々を賛美した「戦争論」を読んだことがある。「脱正義論」は非常に興味深く
    実際に運動に関わった人でないと書けないだけでなく、冷静な視点も持ち合わせて書いている
    印象を受けた。「戦争論」は、なぜそこまで戦争で戦った人を賛美できるのかという疑問を持った。
    その後、小林氏も加わった”新しい歴史教科書をつくる会”の教科書を読んだが、中国・朝鮮を
    けなすことで日本人の優秀さを示そうという卑屈な教科書だと感じた。小林氏がその後”つくる会”を
    脱会していることから必ずしも小林氏の意向が強く現れた教科書ではないと思うが、これにも疑問を
    持った。このことから、小林氏の本を再度読むきっかけはなかったが、少し前に、イラクへの自衛隊
    派遣に反対していることを知って、上記の経過をたどった著者が今どういうことを主張しているのか
    知ろうと思い、この本を読んだ。
    著者は、自衛隊員を、実際の戦争に行った人々と重ねて見ているので、大義の無い侵略戦争を
    日本が支持し、そこに自衛隊を派遣することに怒っている。日本の大義無き戦争支持に関連し、
    対米依存を強める保守層(ポチ保守と呼んでいる)を、サヨク(はっきりと定義はわからないが
    いわゆる過激な左翼というより、戦後を肯定する知識人を中心とした心情的左翼を指すのでは)と
    同様に批判している。その中で、「自由」「民主」ではなく、もっと上位の価値は「独立」と書いている。
    著者は、自国でしっかりとした軍隊を持ち、核武装も厭わないという考えを表面上は主張している
    のは「独立」に重きを置くからだ。
    このような考えに立ったとしても、全く反対に従来からの平和憲法遵守の立場に立ったとしても
    大義なき侵略戦争に手を貸すような自衛隊派遣は反対であろう。しかしながら、現在の世論調査
    では、かなり派遣反対は少なくなり30%くらいのようだ。また、小泉内閣の支持率も50%とかなり
    高い。どちらの声も届かない浮遊した状態になってきている。何がこの状態を変え得るのだろうか。

(17)△虚妄の成果主義 (高橋伸夫) :2004.5.3
    成果主義を根本から誤った考え方として批判している。私自身、成果主義に違和感が
    あるので、納得できる部分もあるが、これですっきりと理論武装できたとはいかない。
    例えば、用いられているデータがかなり昔(1970年頃)であるうえに、実験方法が
    適切なのかどうかに疑問がある。さらに、終身雇用を優れたシステムと考えているが
    それに対する批判に対して真面目に答えていない。そういう中で経営学はサイエンスだ
    などと書かれても、「?」という感じだ。
    興味深い点を少し記す。
    ・日本型人事システムの本質は、給料で報いるシステムでなく、次の仕事の内容で
     報いるシステムである。
    ・人の評価をする場合に、良し悪しのはっきりした人以外のグレーゾーンの人を細かく
     評価に差をつける必要はない。
    ・職場満足と、欠勤・離職とには関係がある。
    ・しかし、職場満足と、生産性には関係がない。
    ・職場満足要因  :仕事内容、責任、昇進
     職場不満足要因:会社の方針と管理、給与、対人関係、作業条件

(16)△失恋 (鷺沢萠) :2004.4.30
    少し前の新聞に鷺沢萠が自殺したとの記事が載っていた。僕は彼女の作品を
    読んだことがなかったし、その記事を読むまで彼女の名前を知っていたかどうか
    すらはっきりしないくらいだ。記事中に18歳で文学界新人賞を受賞し、35歳という
    僕より若い年齢で自殺してしまったことが心に残ったようだ。
    今回読んだ本は3〜4年前に書かれた作品で4つの短編から成っている。いずれも
    なかなかうまくいかない恋愛を描いているが、最後は現状を受け容れて”がんばろう”と
    気分転換したような雰囲気で終わっている。まだ、作者自身もがんばろうと思えた時期
    だったのだろうか。(あとがきに、亡くなった2人の人物に触れているのが気になった。)
    僕は、追い詰められた状態で終わるより希望を持たせた状態で終わる話の方が好き
    なので、この小説の終わり方は嫌いではない。ただ、途中で描かれる人物が今ひとつだ
    と思った。「欲望」の水島、「安い涙」の運転手、「記憶」の政人、どれもパターン化された
    人物に見え、距離を感じてしまった。小池真理子が解説で、「記憶」の政人に文学的
    リアリティがあると誉めていたのは意外だった。
    

(15)△戦争中毒 (ジョエル・アンドレアス 監修 きくちゆみ) :2004.4.1
    3月に講演会を聞きに行ったきくちゆみさん監修で、アメリカでも広めようと
    頑張っている本である。内容を一言で言うと、戦争はそれにより得をする企業
    (軍事、石油、建築・・)の力によって起こっている ということになる。
    こういう面があることは日本ではよく聞くが、アメリカではどうなのだろうか。
    戦争の報道でも日本で見られる映像がアメリカでは除かれているものもあるらしい
    ので、あまり伝えられていないのかもしれない。
    また、最近日本でも武器輸出解禁の動きが出てきていて、「武器産業がもうかる
    ように」ということが理由に挙げられている。ミサイル防衛との関連で、民主党も
    賛成に回りそうな気配もあるので注意しておかなくてはいけない。

(14)△家計からみる日本経済 (橘木俊詔) :2004.3.17
    4年前にこの本の著者は「日本の経済格差」という本を書いていて、日本が他国と
    比べて決して平等といえないという主張をし、かつ、データもいろいろ載せていたので
    参考になった記憶がある。(ほとんど内容を忘れているのは、寂しいことですが。。)
    今回、「家計」と書いてあったので、食費、衣料費、教育費、住居費などの推移や
    他国との比較などが書かれているものと思って買ったのだが、そういう本ではなかった
    うえに、各記述も踏み込みが足りないように感じ、期待はずれだった。
    ・貯蓄率:1975年頃がピークで23%。現在は5%くらい
          低下したのは高齢者の貯蓄取り崩しのためで、現役世代の貯蓄率は低下
          していないらしい。
    ・フル/パートの時間当たりの賃金の差は広がってきている。
    ・持ち家率:1959年49% 1994年69% 結構高い
    ・生活保護を受ける人の数:10年前の1.5倍に増加(130万人くらい)
    ・労働時間は減少してきているが、一部の人の労働時間が長くなっている。
     日本の所定外労働の賃金割増率は25%だが、欧米のほとんどは50%

(13)◎記憶/物語 (岡真理) :2004.3.13
    「他者の出来事の記憶を分有するとはどういうことか」をテーマとした本である。
    自分の意思と無関係にやってくる記憶があり、それは、現在形で暴力的に
    回帰する出来事である。そして、その出来事は過去形で言語化され得ないものである。
    例えば、スピルバーグがリアルに戦場の場面を映画化しても、それは言葉で説明
    できるもの、再現できるものしか再現していない。出来事の現実とは、再現可能な
    ものからこぼれ落ちるところにあるのではないか。
    ではどのようにすれば分有できるか、それは、出来事の痕跡を疵として現在の物語に
    書き込むことだ。
    一例を挙げると、戦中、ある日本兵がレイテ島で死に向かって突撃する時に
    「Hell with Babe Ruth」と叫んでいたのをアメリカ人が聞いたそうだ。
    なぜベーブルースなのか、理由付けができない。しかし、そのような言葉が、私たちに
    出来事の書かれていない余剰として伝わり、分有に繋がる。
    この本の内容を短くまとめようとして、上のように書いてみたが、僕自身があいまいに
    しか理解していないので、うまく伝えることができていない。
    ただ、昨年ヒットした映画「戦場のピアニスト」を最近見たあとでこの本を読むと少し
    わかるような気がする。「戦場のピアニスト」にはヒーローが出てくるわけでもなく、
    ピアニストが生き残ったのも偶然としか思えなかった。この映画の内容をなにか
    不思議に感じたのだが、それは、僕が見てきた映画では、戦争や収容所に
    おいても人は尊厳を保ち、勇気を持って生きていたという物語を描き、根底にある
    不条理さから目を逸らしていたからだろう。そして、そのことは、僕自身の欲求を
    満たすものだったのだろう。 僕たちのこの欲求が、出来事の分有を妨げる大きな
    要因になっているのだ。
 

(12)△ODA (中公新書;渡辺利夫、三浦有史) :2004.3.5
    今後のODAをどうやっていくかについて、あまり伝わってこなかったのが
    残念だった。ただ、僕がODAについて知識がないので、その意味では
    少し整理した情報を得ることができた。
    ・ODAの対GDP比率 (1999)0.34%、(2002)0.23%
     2003年 1兆1570億円
     1997年をピークにして減少
     1989年〜2000年 世界第1位の供与国
    ・国民1人当たりのODA負担額 先進22ヵ国中 7位
     対GDP比率            先進22ヵ国中 18位
    ・日本のODAの特徴
     @借款が多い。(つまり無償の比率が少ない) Aインフラ中心
     B東アジア傾斜  C要請主義・・・自助努力を引き出す
    ・日本のODA累積供与額の上位3ヵ国
     @インドネシア(3.6兆円) A中国(3兆円) Bフィリピン(2兆円)
    ・1958〜1972は、ひもつき援助(日本からの資機材調達義務付き)が多かった。
     ODAが輸出促進の目的も兼ねていたため)
     現在は少ない。日本企業の受注率は2割(ただし、10億円を超えるプロジェクトでは
     6割)。
       
(11) △地を這う虫 (高村薫) :2004.3.1
    元刑事である男が主人公の話4つから成っている。どれもそこそこおもしろいが
    長編の一部だけを読んだような気分で、もっと展開があっても良いように思う。
    高村薫は長編が良いようだ。

(10) ○蛇にピアス (金原ひとみ) :2004.2.14
    昨日読んだ「蹴りたい背中」に続いて、今年の芥川賞受賞作品である本作品を読んだ。
    蛇のような先が2つに分かれた舌を持つ男の話から始まる。ちなみにこのような舌は
    舌にピアスをして徐々にその穴を広げていき、最後に先端を切ることで作り上げるそうだ。
    ピアス、刺青といったなかなか僕には理解しがたい世界だったが、なんとなくどこかで読んだ
    ことがあるような気もしたので作品としてはこういう世界は珍しくないのかもしれない。
    作者へのインタビューに、村上龍、山田詠美を読んで書き始めたと書いてあったので、
    かなり影響を受けているのだろう。
    途中までは予想通りなじめないものを強く感じていたが、終盤は良く書けていると思った。
    でも、僕に分かりやすかったということは意外に平凡な話に収まっているということかもしれない。
    昨日読んだ作品と比較すると、この作品の方が完成度が高く、特殊な世界を描いているにも
    かかわらず受け入れられやすいだろう。「蹴りたい背中」は、描いている世界は身近だが
    背中を蹴りたくなるという感性は少し特殊でオリジナリティは「背中」の方があると感じた。
    ただし、その分、評価が難しい。
    
(9) △蹴りたい背中 (綿矢りさ) :2004.2.13
    今年の芥川賞は、19歳と20歳の女性が受賞し、最年少受賞として話題になっている。
    作品名が「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」で、題名からして僕にはどうもなじめない感じが
    したため当初は読むつもりはなかったのだが、ひょっとしたらすごいかも、という気がして
    きて、作品が掲載されている「文芸春秋」を買って、まだ僕の許容範囲にありそうな
    「蹴りたい背中」を読んでみた。(なお、先ほどインターネットのニュースを見たら、今回の
    「文芸春秋」は100万部売れ、購入者は主に中高年男性と書いてあった。)
    グループの友人関係を嫌って孤立気味の高校一年の女の子である”私”が、同じクラスで
    あるモデルに熱中している男の子”にな川”の背中を蹴りたくなる(実際にも蹴るが)という話で
    ある。描いているのは学校生活の周辺だけで、”私”の家族は出てこないし、社会的背景
    などもない。その意味では狭い範囲を描いていて、広げなかった分、発散せずにまとまりを
    保てたのだろうと思う。ただ、”蹴りたい”という点を除くと特に目新しく感じるところがなく、
    しかも”蹴りたい”という感覚を共有できなかったので、僕にとって魅力ある本とはならなかった。
    
(8) △樹下の想い (藤田宜水) :2004.2.12
    1997年、作者が47歳の時に書いた、同年齢くらいの男を主人公とする恋愛小説である。
    文章の雰囲気は今年初めに読んだ渡辺淳一氏の「かりそめ」によく似ていた。この2冊だけ
    から判断すると、中高年の男性の描く、中高年の恋愛小説は全く魅力がないという結論に
    なってしまう。裏表紙に”心に刻みつけるような忍ぶ恋。あまりに切ない大人の恋愛小説”と
    書いてあったが、全然だめな作品だった。
    その理由に、華道家元の娘と花材職人との境遇の違いがある設定になっているのに、二人の
    関係が設定と異なって非常に身近であり、ひそかに愛するというような関係に思えないことがある。
    (例えば、頻繁に2人で飲んでいたり、一人暮らしのマンションに出入りしたり、など)
    にもかかわらず、作者は純粋な気持ちを描いているように思っているらしいことが腹立たしい。

(7) ◎マークスの山 (高村薫) :2004.2.4
    約1年前に高村薫の「黄金を抱いて翔べ」を読んだ。正確な描写がかえって読者の
    想像力を奪うように感じ、あまり面白くなかった。今回読んだ「マークスの山」は
    そのような過度の表現がないので作品に入っていきやすく、長いけれどどんどん
    読むことが出来た。また、登場人物の多くに存在感があり、読後に少し重いものを
    心に残すような小説だった。
    ところで、この作品に現れる犯人のような犯罪者は実際にいるのだろうか。この作品は
    約10年前のもので、今のところ現れていないようだが。

(6) ○戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法 (川崎哲 他 編集) :2004.1.25
    昨年読んだ「核拡散」を書いた川崎氏が関わった本があったので、新しい世界が
    あるかもしれないと思ってインターネットで買って読んでみた。中身は4ページずつ
    いろんな人が書いていて、全体が系統だっているわけではない。それでも、自分が
    何かやっていく場合のきっかけになるようなことは書かれている。本自体としては
    特別な知識を与えてくれるわかではないのでお奨めするほどではないが、何か
    やらないといけないような気がしながらどうしたら良いかわからない人は読んで
    損はないのでは。

(5) ○見知らぬ妻へ (浅田次郎) :2004.1.23
    今年直木賞を取った京極夏彦氏は、受賞後のインタビューで、「小説を書くといっても、
    通俗娯楽作品を職人のように作っているだけです。」と話したそうだ。朝日新聞には、
    このコメントを、味のある言葉として肯定的に捉えた記事が載っていたが、僕は、
    本人が思っていたとしても、話すべき言葉ではないと思った。もちろん、この言葉は
    文芸作品の権威を嫌うと同時に、常に一定レベル以上のものを作り出してきた自信と
    プライドから出たものだと思うが、読者の中には、何かを求めて読んでいる人もいて
    その期待を根底から裏切る言葉のように感じた。
    浅田次郎と全く関係ないことを書いたが、それは、今回読んだ8つの短編が少し職人風に
    なっているように感じたからだ。どれも少しひねっていて、そこそこ面白く、作者のうまさを
    強く感じる。一定レベルのものをいくつでも生み出せる力は評価するものの、逆に失敗作を
    含んでいてもいいので、もっとすごいものを出してほしいように思うのだ。あまり、職人に
    なってほしくない。
    「踊子」:(最後の言葉)”僕はあの夏、美しい踊子に恋をした。”
    「スターダストレビュー」:最後はエッ?という感じ
    「かくれんぼ」:(最後の言葉)”汗ばんだ頬が肩にもたれかかったとき、英夫は妻を
             愛していると思った。”
    「金の鎖」:8つの作品の中で一番良いと思った。これはうまい。
    「見知らぬ妻へ」:いろんな要素を入れていて、たしかにうまく書いているけど。。。

(4) ○朗読者 (バルンハルト・シェリンク) :2004.1.20
    日本の戦後責任の話の際に、ドイツとの比較が時々出てくる。日本は戦争指導者の責任を
    あいまいにしてきたが、ドイツでは、ナチス指導者を徹底して追及したと見られているからだ。
    僕は、以前から、ドイツ人の中に、「全責任をナチスに被せることによって、自らの潔癖さを
    保とうとした」というような批判を投げかける人がいないのか疑問に思っていた。この本の
    作者は、直接このような疑問を投じた訳ではないけれど、”昔愛した人が戦争責任者だった”と
    いう設定によって、”ナチズムに関わった人の罪を簡単に問えるのか”との疑問を少し思わせる面が
    ある。
    小説としても、中盤過ぎまでもう一つだったが、後半はなかなか良かった。

(3) △「恋する力」を哲学する (梅香彰) :2004.1.12
    この本自体は大した本ではない。
    ただ、文中に、キルケゴールについて触れていると、どうしてもこだわってしまう。キルケゴールの
    人生最大の出来事は、婚約破棄であり、彼はそれにずっとこだわって生きていた。彼の書いた
    「誘惑者の日記」などを読んだことがあるが、必ずしも婚約破棄の理由ははっきりとは伝わってこない。
    不思議だが、それでも再度読んでみたくなる。
    また、ゲーテの「ファウスト」にも触れている。恋愛に関しては「若きウェルテルの悩み」が優れていると
    思っていたが、「ファウスト」も良いらしい。まだ読んだことがないので、時期を見て読もうと思う。

(2) △かりそめ (渡辺淳一) :2004.1.11
    1998年作。今まで渡辺淳一氏の作品を読んだことはなかったが、内容はともかく、心情描写などの
    文章テクニックはうまいのではないかと漠然と思っていた。しかし、実際に読むと、面白くなかった。
    主人公である久我が感じていることが表面的で、女性 梓を想っている気持ちが伝わってこない。
    今の時代の男女関係はこの程度のものだと言いたいのなら、わからなくもないが、そういう意図で
    書いたようにも見えない。60歳を越えた作家が書く男女関係がこれでは寂しい。

(1) △共生虫 (村上龍) :2004.1.6
    1998年〜1999年の作品。引きこもりの人が起こした事件と、オウム真理教によるサリン事件を
    一緒にしたような話である。インターネットの仮想世界も交え、新しいことを試している姿勢は
    悪くないが、引きこもりの人の心情を表しているようにも思えず、ずっと違和感のある状態で
    最後まで読んだ。面白い話でもなく、元気の出る話でもない。また、人間を描ききった話でも
    ない。一体、何なのかわからないまま終わってしまった。


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