読書のコーナー(フィクション):2003年
最近読んだ本を紹介します。
昨年は、一人の作家について3冊ずつ読むようにしていました。今年は、今までに読んだことのない作家の本を
読み、自分なりに新しい作家を見つけたいと思っています。
◆今年(2003年)読んだ本
(◎お奨め ○まあまあ △とりたてて言うほども無い ×つまらない)
△ソング・オブ・サンデー (藤堂志津子) :2003.12.27
「愛犬との静かな生活に訪れた不思議な日曜日」という帯に書かれた文言に誘われて買って
しまった。さらっと軽く書いているのは別に良いとしても、主人公の42歳の利里子の感じたこと・
考えたことがあまりに表面的で、しかも深みの無い言葉で表現されすぎではないのか。40代の
男女の描き方がこの程度なのは、実際の40代のレベルがこの程度と作者が考えているからなの
かもしれない。少し前に恋愛の質の低下について考えたことがあったが、それが当てはまるような
作品のように思った。
△地下鉄(メトロ)に乗って (浅田次郎) :2003.12.21
地下鉄に関係する場所から過去に行き、父や兄らと会うという展開自体になじめないところが
あった。また、昔の父の姿が単純すぎてリアリティを感じられない。先に読んだ「天国までの百マイル」
では、単純さの中にも心の深みがあったように思うが、この作品では、心の動きを感じ取ることが
できなかった。期待が大きかっただけに、少しがっかりした。
◎天国までの百マイル (浅田次郎) :2003.12.16
なかなか良い。後半を読んでいると昔の村上春樹の作品を少し思い出させるような雰囲気があった。
全体的には、村上春樹と同じくらい読みやすく、村上春樹より素直で、それでいて深いように感じた。
ストーリーは少し甘すぎるようにも思うが、なぜか納得してしまうところがある。切なさもあるけれど
読んだ後は、元気が出た。
読み終えて、すぐ、浅田次郎氏の別の本を読みたくなり、今日、買って読み始めている。
△さくら、さくら (林真理子) :2003.12.2
今、講談社文庫では「忘れられない愛がある」という帯を付けて、20〜30冊売っている。今回読んだ本と
先に読んだ「乳房」は、その帯が付いていた。今年は、今まであまり読んでいない作家の本を読もうと思って
いるので、書店に行く前に買う本が決まっていることは少ない。ほとんどが書店に行ってから探すので、つい、
そういう帯を付けて目立つように並べられている本を手にしがちだ。
でも、こういう本で、帯から期待するような感想を持つことは非常に少ないような気がする。暇つぶしには
いいのかもしれないが、何か心に残したいと願う人には、きっと物足りないだろう。この本もそういうレベルだった。
△乳房 (伊集院静) :2003.11.24
1990年の作品で、5つの短編が収められている。伊集院静の作品は初めて読んだ。何となく、うまい
恋愛小説を書く人なのだろうと思い込んでいた。けれど読むと、どれも”これで終わり?”という物足りなさが
残った。
「くらげ」:兄が行方不明になっている公子と、20年前に弟を失った私。ラストは、そろそろ新しく生きようと
いう意味か。
「乳房」:妻がガンで入院中。”私”の感覚が捉えられない。
「残塁」:僕の理解力不足のせいか、終盤の意味がわからない。
「桃の宵橋」:宮本輝風で、短編小説らしく感じた。
「クレープ」:長く会っていない娘との再会の話。どう描いても話しになるように思うのは、僕に娘がいるから
なのだろう。
△ミタカくんと私 (銀色夏生) :2003.10.12
好きな人は好きなのだろう。でもそうでない人は、なにこれ?という本だ。いつか、部分的な雰囲気でも
思い出すことがあれば、意味があるのだろう。読んだ直後の今は、特に感想無し。
○エイジ (重松清) :2003.10.11
1999年の作品。1997年の神戸の児童殺傷事件をきっかけにして書いたと思われる作品で、中学生に
よる通り魔事件を扱っている。通り魔事件を中心にして中学生の生活全般を書いていて、最近の中学生の
気質を描こうとしている。自分たちが中学生だった頃の感覚と比べてどうなのだろう。共通するものは若干
あるもののかなり違っているようだ。ただ、僕自身が感覚的に思い出せるのは高校以降で、中学時代は
あまり思い出せないから一層そう思うのかもしれない。
△ビタミンF (重松清) :2003.9.28
40歳前後の子どものいる男性を主人公とする7つの短編から成っている。自分の世代の男が主人公だから
ある程度共感できるところはある。子どものこと(いじめ、こころの問題など)、夫婦の関係、親のことなど、僕らの
年代であれば、どこにも多少の心配・不安、そして実際の問題を抱えているだろう。そして、これらの問題とともに
漠然とした自分自身に関する問題も加わる。この本では、これらの問題の解決はほとんどないが、少しのきっかけを
得た段階で話は終わっている。かなり物足りないけど、読んだ後の感じは悪くない。
「セッちゃん」:学校での子どものいじめを扱っている。
「なぎさホテルにて」:17年前に行ったホテルで、17年後に向けた手紙を書いていて、そのホテルに家族旅行する話で
こういう設定は好きなほうだ。でも、出てくる手紙があまり内容がなく、心もこもっていない。
手紙がもう少し良ければもっと良い作品になるのに残念。
△嵐が丘 (E.ブロンテ) :2003.9.16
拾われてきた子供であったヒースクリフは、屋敷の娘のキャサリンに恋焦がれるが、キャサリンは別の男性と
結婚してしまう。屋敷を去ったヒースクリフは、キャサリンを求め続ける。恋愛に復讐が加わった興味深い小説
であり、終始不気味な感じが漂っていて、緊張感が持続している。物語としてはおもしろいといえる。しかし、
心の動きを重視する小説という観点では、ヒースクリフの内面を描ききれておらず、一流の作品とは言えないの
ではないだろうか。
△アルケミスト (パウロ・コエーリヨ) :2003.8.7
「何かを強く望めば、宇宙全体が協力してそれを実現するために助けてくれる」という声に導かれて、一人の少年が
旅をするお話。「 」が裏表紙に書いてあるのを見て、この本を買って読んだ。この本を読む直前に、
予備校時代の先生であった表三郎氏が書いた本を読み、そこに、「人は必ずなりたいものになる」と書かれていた
ことが影響していたのだと思う。話のテーマはおもしろいが、実現したいことが、本当に金貨などの宝物を見つける
ことだったなんて、つまらなさ過ぎる。夢の大切さを伝えたい本? 何か違うなあ。
○天使の卵 (村山由佳) :2003.7.26
今年、直木賞を取った村山由佳のデビュー作がこの「天使の卵」である。僕は今まで彼女の作品を読んだことが
なく、今回読んだのが初めてである。
浪人生の男性と、8歳年上の精神科女医のラブストーリーに、母、父、女医の妹が入ってくる。退屈せずに読めるが
ストーリーや設定が平凡な感じがした。平凡だけど悪くない。悪くないけど平凡だ。自分の中の評価はまだ確定して
いないが、読んで少し時間がたった今の僕の評価は前者の方に移りつつある。
△神様のボート (江國香織) :2003.7.22
最近は、今までに読んだことのない作家の本を読んでいて、新しい発見をしたいと思っている。今回選んだ江國香織も
そのような期待を持って読んだ。想像していた通り、軽い雰囲気で進み、終わり近くになって、普通の人間らしい葛藤が
現れ、少しもの悲しさを感じさせながら終わっている。後味は悪くないので、読んで損した気分にはならない。うまい作家
なのだろうと思う。でもやっぱり物足りない。
×錦繍 (宮本輝) :2003.7.20
昨年始めて宮本輝を読み、それ以来4冊目になる。「道頓堀川」「蛍川」「泥の河」は良かったが、「月光の東」は駄目
だった。出来・不出来がある作家だと思っていたら、今回は不出来の側だった。この作品は手紙だけで構成していて
苦心作なのだろうが、構成に無理があるうえに、宮本氏の書く女性の手紙は、女性が書いているようには読めない。
さらに、途中から「生きていることと死んでいることは同じ」という言葉が、登場人物の間では重要になっているが、
言葉以上の深い意味が伝わってこない。
○The Catcher in the Rye (サリンジャー;村上春樹訳:白水社) :2003.7.12
今年少し話題になった村上春樹訳による「ライ麦畑でつかまえて」。昔、野崎訳で読んだことがあったが、全くおもしろいと
思わなかった。今回改めて読むと、以前より主人公のホールデン・コールフィールドに共感を覚えた。特に終盤になって、
インパクトを徐々に感じてきた。自分にも多少あったと思われる若い時の感性・理屈・そしてこだわりが、そこにはあるように
思う。読んだ後で、少しだけ野崎訳の本を見直してみたが、あんまり変わっているようには感じなかった。以前読んだのは、
28歳の時で、おそらく印象の違いは、翻訳の差より、読んだ時の年齢によるものなのだろう。
○蛍川・泥の河 (宮本輝) :2003.6.23
「泥の河」 川岸の飲食店の息子 信雄とその周りの人々を描いている優れた短編だ。読み終えた後、もの哀しい印象が
残る。そのもの哀しさは、普通に生きる人が突然事故で死んだり、急に別れることになったりする状況下に
もともとそうなる運命だったと感じさせるところから来るように思う。
「蛍川」 泥の河より少し話が複雑である。それでいて、登場人物がそれぞれの存在感を示している。やはり宮本輝は
短編が上手だ。
△月光の東 (宮本輝) :2003.4.29
「月光の東まで追いかけて」という言葉を残しながら生きている女性
塔屋米花を探し続ける話。「月光の東」というタイトルは
非常に魅力的で、つい買ってしまった。しかし、結局、「月光の東」の意味が深まることも無く、米花の実態もあいまいなまま
だった。周りの男性に興味深い人々がいるものの、中心部分が解明されず、不満が残る作品だった。
△欲望 (小池真理子) :2003.3.21
1998年の作品で、「恋」の次に書いた長編だそうだ。 彼女の作品の最も優れている点は、登場人物一人一人を大切に
しながら描いている点だと思う。この作品でも登場人物は絞られていて、大切に描いている。しかし、この作品の一つの
テーマになっている三島由紀夫の「美」を僕が感じることが出来ないせいか、少し自分との距離を感じた。
○芽むしり仔撃ち (大江健三郎) :2003.3.1
1958年の作品。 一旦、開放により一種のユートピアを実現したかに思えるがすぐに敗れ、元に戻る以上に傷ついてしまう
という展開は、大江氏の「万延元年のフットボール」と似たところがある。ただ、「フットボール」は空しい印象が残ったが、
この作品は、抵抗の意思を強く感じる。
○閉鎖病棟 (帚木蓬生) :2003.2.18
本を買った時はあまり期待していなかったけれど、思いのほかおもしろかった。最初に3人の人物を紹介する話があったが
つながりが見えてこず、このまま続くと挫折しそうだと思った頃から急に読みやすくなった。病院に入院しているチュウ、秀丸、
昭八、通院している島崎さんを中心に展開しており、読みやすいが緊張感は保たれている。重い過去を持つ人々や殺人事件を
扱いながら淡々としたタッチで書き続けた力はすばらしい。
△水無月の墓 (小池真理子) :2003.2.13
妖しい短編8本をまとめた作品集。おそらく、筆者はこのような短編を得意としているのであろう。文章もうまく、一つひとつは
おもしろい。でも、いくらなんでも、死者が出てきたり死者になっていたりする話をいくつも読むと、退屈してきてしまう。
△塩狩峠 (三浦綾子) :2003.2.7
永野信夫という男が、徐々に成長し、キリスト教徒になり、周りの人から信頼されるりっぱな人格者となった後で、列車事故で
自ら命を投げうって人々を助けるお話である。描いている時代は明治時代。この作品は1968年に書かれている。読んでいて
少し恥ずかしくなるようなりっぱなせりふが多々ある。武者行路実篤を読むと同じような雰囲気を味わえるような気がする。今の
時代の話として、このような作品を書いて受け入れられるだろうか? 残念ながらそうではないのだろうが、時々は「りっぱな」話を
読んで心を清らかにするのも必要だろう。僕はこのような作品を嫌いではない。
◎恋 (小池真理子) :2003.1.27
1995年の作品。小池真理子という名前はかなり前から知っていたように思う。作品リストを見ると、最初に「知的悪女の
すすめ」が載っていて、これが1978年らしい。読んだことはたぶんないと思うが、エッセイ集のタイトルとして印象に残っている。
さて、本作品は、今年、文庫本になり、先日大阪のジュンク堂ではじめて見た。手に取って、裏表紙の説明を見て、読もうと
すぐに決めた。「浅間山荘事件の蔭で、一人の女が引き起こした発砲事件。・・・」
初めの50ページほどと、最後の終わり方が良い。途中はそれほどでもないけれど、最後が良いというのは作品としては
大成功だ。僕は、この作品は、ラストの場面を書くために書いたと思っている。この終わり方をするほど、著者が登場人物を
大切にしたかったんだろう。
△恍惚の人 (有吉佐和子) :2003.1.18
老人の痴呆の問題を社会の目に触れさせたいという作者の意図が感じられる作品であり、その意図は成功したようである。
この作品は30年前のものだが、主人公の女性は外で仕事を持っていて、義父の痴呆が進んでからも働き続けている。作者の
時代を見る目の確かさを感じる。その意味で先見性を持った優れた作品と言えるだろう。ただ、小説としては、人の心に深みが
ないように思う。深刻すぎることを避けたのかもしれないが。
○戦艦武蔵 (吉村昭) :2003.1.9
1966年の作品。記録を書き残すかのように感情を抑えた記述ではあるが、逆に、臨場感を持って読ませる。4分の3が戦艦
武蔵の建造に関する部分で、残りが完成後の話だ。したがって建造をメインとした話ではあるのだが、僕にとっては、最期の
戦いの場面がインパクトがあった。おそらくこのような戦闘に関する話は長い間読もうとしなかった面があって、久しぶりだった
ことも影響していると思う。戦争の現場では、両方が懸命に戦っているだけで、そこを見ても善悪は論じられない。吉村氏は
あとがきに、戦争を持続させたのは無数の人間たちであり、戦時中に人間が示したエネルギーを直視すべきだと書いている。
そのエネルギー、高揚感、そして、平時の退屈な感覚、これらをどう考えるべきなのだろう。
×兎の目 (灰谷健次郎) :2003.1.4
読み終えた後、あまり良い印象が残っていない。なにか、ある価値観を押し付けられたように感じる。処理所の子供たちを
大切にする中でもっといろいろな悩みが出てくるはずなのに疑いなく邁進できるのはなぜだろう。残念ながら、裏表紙に
書いてあった「すべての人の魂に生涯消えない圧倒的な感動を刻みつける」は、僕には当てはまらなかった。
トップページへ戻る