立命館大学土曜講座 「廃墟とノスタルジア」(6/13) :2026.6.23
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廃墟となったホテルが周囲の迷惑になっていると報じられることがある一方で、軍艦島は世界文化遺産になり、テレビドラマで取り上げられたりツアーがあったりして価値あるものとして評価されている。どこか心惹かれるところがある。それが何なのかを少しだけ掘り下げたい気がして出かけた。

過ぎ去った時間がもうないこと、それでいて確かにここにあること、がノスタルジアを感じさせる。講演では「確かにあること」という言葉が何度も使われたような気がする。失われたけれど、何かはそこにある。そしてそれは何か大切なものを今でも持っているように思える。だから廃墟を興味本位で見ていると、何かを冒涜しているような気持ちも生まれてくるのかもしれない。


【日時】 2026年6月13日(土)10:00〜11:30
【場所】 立命館大学衣笠キャンパス末川記念館
【タイトル】 廃墟とノスタルジア 〜1980年代以降の日本における廃墟写真集を中心に
【講師】 立命館大学産業社会学部教授 住田翔子さん
 
【講座紹介文】
廃墟は、文字通り打ち捨てられた、機能を失った建物であることから、廃墟に対し否定的な印象を抱く人も少なくないでしょう。日本において街なかで廃墟を見かけることが多くなるのは1970年代以降のことですが、当初廃墟は価値のないものと考えられていました。
しかし1980年代以降、写真家たちが廃墟を訪れ写真を撮り、写真集を発表し始めます。このような「廃墟ブーム」はその後も続き、2000年代以降、より若い写真家たちが廃墟の写真集を刊行します。これら写真集をめくると、写真家にとって廃墟はまずノスタルジックな感情を喚起させるものであったと理解することができます。同時に、廃墟を写真に収めることに対する写真家の様々な表現も垣間見られます。
この講演では、雜賀雄二『軍艦島―棄てられた島の風景』(1986)、丸田祥三『棄景―廃墟への旅』(1993)、三五繭夢『廃墟ノスタルジア』(2003)、星野藍『幽玄廃墟』(2017)を中心に取り上げ、廃墟を撮影し写真集として出版することの個人的および社会・文化的背景について読み解いていきたいと思います。

【内容(断片)】
1.はじめに
2.廃墟とメディア表象
3.廃墟写真集へのまなざし
4.廃墟写真集と<いま・ここ>へのノスタルジア

1.はじめに
 ・1980年代後半から2000年代の廃墟ブーム。人口減少で廃校になった学校、経済的衰退による商業施設(ホテル等)、自然災害による崩壊による物件。
 ・負の感情だけではないイメージ。写真集を肯定的に受け止め
 ・本講演で扱う写真家
  @雑賀雄二 軍艦島
  A丸田祥三 棄景
  B三五繭夢 廃墟ノスタルジア
  C星野藍 幽幻廃墟

2. 廃墟とメディア表象
 [西洋における廃墟イメージ]
 ・谷川渥による廃墟イメージの整理「廃墟の美学」
 ・16世紀から17世紀前半:キリスト教的世界観が覆されるような出来事が起こる危機の時代(宗教改革)、没落、崩壊、破局、災害などを表す動的な廃墟のイメージ
 ・17世紀後半から、風景として受け入れ(静的イメージ):クロード・ロラン C1634 ローマフォーラムの遺跡とカプリッチョ。 ユベール・ロベール 未来の廃墟の姿
 ・18世紀 イギリス 廃墟趣味 庭園にミニチュア廃墟を飾る

 [日本におけるイメージ]
 ・19世紀以降、輸入された画題としての廃墟
 ・20世紀以降、さまざまな廃墟イメージへ
 ・「終わりのむこうへ 廃墟の美術史」2019渋谷区松とう美術館
  大岩オスカール 動物園1997 都市開発のはざまに生まれる廃墟
 ・近代以降に作られたもの。19世紀以前のものは木造のため存在しなかった。
 ・小澤京子 「打ち棄てられた場所に対する眼差しが結局はロマン主義的な唯美主義に似た感性へと回収されていった。」

3.廃墟写真集へのまなざし
 @廃墟写真集のさきがけ、軍艦島1974年閉山、1986年出版
  自分の中に新しい観念が生まれる
  モノそのものが新しい生を謳歌している
  2冊目:死してなお存在感ある島の堅牢さ

 A都電、ローカル線、それが走る風景
  消えてなくなりそうなものを納める
  鉄道が多い
  3冊目:1998年 ポスト、公園のジャングルジム

 B女性による廃墟写真集 2003,2012 (1979生まれ)
  2003軍艦島 神岡鉱山、トーヨーボウル、摩耶観光ホテル
  著名な廃墟を巡っている。秋から冬への四季変化
  日常的光景⇒日常とは何か違うズレを切り取る
  そこに誰もが心に抱えている不全感
 
 C従妹の死をきっかけに廃墟に関心
  2011年東日本震災
  2016年写真集 チェルノブイリ/福島
  2017年:2冊目 旧共産圏、未承認国家
  自分の故郷がチェルノブイリのような廃墟になるかもしれない
  物見遊山で巡っていただけにすぎないという罪悪感でチェルノブイリに行くしかないという思い
  アブハジア共和国

 4、廃墟写真集と<いま・ここ>へのノスタルジア→聞いた言葉をうまく言語化できていない
  ・写真家はノスタルジアを感じていたが、ないものとされたものを、あるものとして提示する。
  ・「確かにあること」へのノスタルジアを私たちに感じさせる。
  ・確かにあることへのノスタルジアはなぜ生じる?「過ぎ去った時間がもうない」という哀惜だけではない。
  ・変化し続ける現在と対比させ、「確かにあった」という親しさや愛着としてノスタルジア
  ・ローカルな現実を生きている日常
  ・廃墟ではないものとされた空間でありつつ、自身で探し求めたどりついた空間であって今まさに目の前にあるもの