目に映ったもの(桜井駅での高3生刺殺事件) :2009.7.16
                            2009年リスト  トップページ

  普段は車で通勤しているが、午後から出張したり飲み会がある時は
  電車で通勤する。その場合、最寄り駅の近鉄耳成駅で乗り、桜井駅で
  JRに乗り換える。
  近鉄耳成駅は昔とはかなり変わった。駅前にコンビニができ、駅の北側に
  車がUターンできるくらいのスペースができた。
  そのはるか前に改札が地下になり、温かみが失われたように感じる。
  以前より利用客は減ったようだが、それでも朝の大阪方面に向う側の
  ホームには電車を待つ人がたくさんいる。僕が乗る榛原・桜井方面はもちろん
  大阪方面より圧倒的に人が少ないが寂しいほどではなく学生は結構多い。

  桜井駅で降りる人は非常に多い。その多くは高校生だ。

  7月4日に起きた高3同級生刺殺事件の被害者は、ほぼ毎日、耳成駅・
  桜井駅で
僕が目にするのと同じものを目にしていたはずだ。
  同じものを目にしていた高校生が加害者を目にし、次の瞬間には全く
  別の世界に移ってしまった。
  事件が起こることを知るはずもなく、その時に何を考えていたかは全く
  わからない。そういう普通に暮らす人の命を突然奪うなどは許されないし、
  かわいそうでならない。

  

  最近の通勤には健康と電車賃倹約のために、自宅から30分ほど歩いて
  JR香久山駅を利用することが増えた。JR桜井線は単線で、香久山駅は
  ホームが片側にしかない。
  郵便局の横の少し奥まったところにある無人の改札を通って、真正面の
  階段を10段くらい上がるとホームに出る。
  すぐ目の前は畑だ。遠くには香久山が見え、低い建物が少し視界をさえぎる
  ものの、どこにも高い建物はないので、見晴らしが良い。
  おそらく昔からさほど変わらない風景なのだろう。

  電車を待っている人がたいてい20人以上いる。たぶん、僕が乗る8時前の
  電車は、香久山駅から乗る人が最も多い電車なのだろう。会社員風の男性、
  学生の他、若い女性も何人かいた。

  加害者は最近はJR香久山駅から電車に乗って通学していたそうだ。僕が
  香久山駅から乗った時にホームにいた20人くらいの人たちの中にいたかも
  しれない。きっと普段、僕が見ていたのと同じ香久山などの風景が目に入って
  いたのだろうが、のどかな景色に心休まることはなかったんだろう。
  当日は耳成駅から被害者とともに電車に乗り込んだらしい。もう、目には何も
  見えていなかったのかもしれない。

  人それぞれ抱えているものが違うので、同じものを目にしても感じることが違う
  のは当たり前だ。だけど、人を殺そうと思いつつ歩いている人と同じものを見て
  いたはずだと考えると非常に恐ろしく感じる。
 

  ドストエフスキーの書いた小説「罪と罰」の主人公であるラスコーリニコフは
  高利貸しの老婆を殺すことを考え、何度も老婆の住む家まで出かけていた。
  その家までの歩数を何度も数えて覚えていた。ラスコーリニコフがそれまで
  見ていた景色は、殺人を考えてからはおそらく以前とは全く違う景色に
  見えていただろう。
  しかし、ラスコーリニコフは本当に自分がやると確信を持っていたわけでは
  ない。考えているけれど実はやらないんじゃないかとどこかで思ってもいた
  ように見受けられる。
  そういう時に、老婆と同居する妹がある夜に出かけることを耳にし、老婆が
  一人きりになることを知り、今日しかないと思ってしまって犯行に及んだ。
  殺人を考えてから目に入ってきた景色と本当に決心してからの景色はまた
  違っていたのだろう。

  高3同級生刺殺事件の加害者は、事件の数日前に自宅近くのホームセン
  ターで包丁を買っていたということは計画は事前に立てていたということだ。
  でも、本当にやるかどうかの決心が本当に付いていたかどうかはわからない。
  直前には知り合い2人に予告電話をかけようとしたらしい。何のためだろうか。
  誰かに止めて欲しかったのか。逆に決心を固めるためだったのか。
  本当はやらないかも、と自分では思っていたということはないのだろうか。
  結果は同じであって元に戻ることはないのだが、せめてそう思っていたと
  いうことであって欲しい。