湯浅誠さん講演 :2009.5.11 
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 5月10日連合奈良主催の政策フォーラム「どうなる?日本の雇用!」に
 市民として参加し、湯浅誠氏の講演を聴いた。
 非常に明確な語り口で、よくわかった。
 湯浅氏が取り組んでいる派遣村等の運動は、派遣切りで困っている人を
 助けるだけの運動ではなく、労働市場を正常化させるための運動であり、
 さらに今後の社会的負担を減らし、社会の継続性を高める運動だということ
 がよくわかった。

【講演概要】  話の小分類を含めて、文責はHamada
(問題提起:社会的負担の観点から)
 生活保護の申請に同行したある男性の話を最初に紹介する。
 北海道北部出身の36歳男性。
 酪農を営む家に生まれ、高校中退後、家の酪農の仕事を16年間営んでいた。
 彼が33歳のとき、酪農が立ちいかなくなり、両親は借金返済のために乳牛を売って
 事業を終えた。両親は姉の嫁ぎ先で一緒に暮らすことになった。
 彼は一人で生きていくことになり、一般の仕事を探した結果、派遣の仕事に就いた。
 長野、三重、愛知で3年間途切れなく仕事をしたが、昨年11月10日解雇通告を受けた。
 契約は3月までだったが、11月30日に寮を追われた。
 その後、派遣の仕事を探したが見つからない。

 雇用保険に入っていたが、雇用保険を受けられることを知らなかった。
 (一般的に離職票を派遣元が出すまでに1ヶ月程度時間を要することが認められていて、
  彼のような定住先のない人は受け取ることができない)
 また、生活保護は制度は知っていたが、自分が受けられるとは思わなかった。

 彼は手持ちのお金も少なくなり、12月15日頃、携帯の闇サイトにアクセスし、依頼主
 から偽造運転免許書を渡され、携帯電話を買ってくれば1万円やると言われて買いに
 行くが捕まってしまった。3ヶ月拘留され、執行猶予3年付きの有罪判決を受けて出て
 きて、その翌日に我々の下にやって来た。
 
 彼はこれから大変だと思う。30代後半で仕事がない上に、前科者になってしまった。
 安定した職に就き、ずっと生活保護以上の収入を受けることは非常に困難だ。

 一方で、いったいこういう人を社会はどうしていくのかとも思う。
 ずっと生活保護を受けるわけではないだろうが、年金も納められない状態になっており
 60ないし65歳になったら生活保護しかない。
 彼が今から働いて税金を納めてくれるお金と、彼が生活していくのに社会的に負担して
 いかなくてはいけないお金を比べると、後者の方が多くなるだろうと思う。

 そういう人を増やしていって社会はどうするつもりか、心配で仕方ない。
 しかし、あまりそういう方向に焦点が当たらない。
 生活保護や雇用保険を知らないのが悪いとか、いくら困っても犯罪はいけないとか、
 彼個人に焦点を当ててしまいがちだ。
 しかし、もう取り返しが付かないし、それで彼が食べていけるようになるわけでもない。
 現実には、生きていけない人は放置され、結果的に同じような状態になるしかない。
 食べていけない人を放置すると、社会的負担が増していかざるを得ないが、そういう
 社会的負担を考えてきたのか。

(社会の現状)
 後藤道夫という大学の先生の試算によると、15歳から24歳の中卒高卒で社会に出て
 いる若者の中で、非正規または無業の割合は、男性で44%、女性で60%になっている。
 今は非正規で入ったらなかなか正規社員にはなれない。
 この年代は、10年以上経つと、30代前半から40代になって社会を引っ張っていく年代と
 なり、そこがかつては分厚い中間層と呼ばれていた。
 その世代にずっと年収200万から300万の人たちを大量に作り出しており、中間層をつぶ
 していることになる。
 そして本人の努力が足りなかったと言って済ましている。それで済むのだろうかと思う。

 また、職業的アイデンティティが確立できず、スキルもない人たちを大量に生み出している。
 そういう世代が社会を支えていけるのか。

 男性の年収と結婚率は正比例の関係を描く。年収の低い人は結婚できない。
 次の世代を作っていけない。先細りするばかりだ。
 貧困や非正規の問題は、本人が頑張っているかどうかの問題ではなく、社会全体が
 持たなくなるという問題である。
 どう転換すべきかが問題になっている。
 
(経済政策の失敗)
 経済成長のためには格差・貧困は仕方がないとされてきた。そうしないと世界の中で経済
 的に生き残れないからだと言われてきた。
 しかし、今回の不況で成長路線は間違っていないという考えも壊れたと考えている。
 アメリカの金融不況の余波と考えるなら、日本はサブプライムローンに最も手を出していな
 いのに、日本の経済成長率の落ち込みがアメリカやヨーロッパよりなぜ大きいのか。

 これは経済政策が失敗したと考えないといけない。超低金利施策で輸出依存型にして
 外需依存を強めた。社会保障を削り、介護や医療を解体し、地域のコミュニティも解体し
 外需以外何もないという脆弱な体質にしてしまった。
 今まで経済成長分野を作ってこれなかったということになる。この脆弱さがサブプライム
 ローンの影響が一番少ないはずなのに経済が落ち込んでいる原因になっている。
 つまり、経済政策全体が間違っていたのだ。

 アメリカ、ヨーロッパという経済的先進国は農業輸出国だ。
 どの先進国も製造輸出産業だけに依存しているわけではない。
 日本は食糧自給率39%という極端な農業輸入国だ。
 これは今までの経済路線そのものの過ちだ。
 
 新自由主義は効率優先だったと考えられているが、実は非効率だったのではないか。
 どういう意味でかと言うと、
 一つ目は、好不況の波をかぶりやすく、脆弱だという意味で。
 二つ目は、人間の生存コストを考えてこなかったという意味で。
 社会の効率は、企業の効率ではない。個人の生活コスト、生存コストを含めて考えてこな
 かった。こういうことを言うべき時期に来ている。

 NIRA(総合開発研究機構)というシンクタンクは、1975年頃の生まれの就職氷河期世代の
 非正規率が高い状況を放置すると、生活保護などで18兆円の負担になると試算している。
 NPOライフリンクは、11年連続で自殺者が3万人を越えていることにより、失われた経済損失
 を22兆円と推定している。

 将来につけを先送りしているのは国債だけではない。生きていけない人間を先送りすることで、
 この負担は我々や次の世代が担っていかなくてはいけなくなっている。

 貧困はかわいそうだから、とか、そういう人も実は努力しているんだ、とかいう話ではない
 そんなところに答えはなく、今のままで社会持続可能性があるかを考えるべき。
 これは私たちの問題だ。
 決して道徳的問題やスローガンではない。

(派遣問題に関して)
 今の社会はすべり台社会だと言っている。
 社会の中にはいろいろな歯止めがある。
 働いていれば食べていけるという状態が自然に確保されているわけではなく
 最低賃金法、労働基準法、労働組合法等で労働者の権利を守り、規制をかけている。
 それ自体が一つのセーフティネットになっている。

 その歯止めが利かなくなっている。

 最近こどもの貧困も問題になり始めている。
 ユネスコの計算では、日本のこどもの貧困率は14%。
 貧困家庭に生まれると、幼少期にはこどもの貧困は解決されない。
 所得再配分するとこどもの貧困率が上がってしまう先進国唯一の国。
 公立学校で大学まで進んだとしても一人当たり3千万円かかる。
 このお金は親が稼いでこなくてはいけない。結果、貧しい家庭では低学歴で社会に出る
 子どもが増える。すると条件の良い職に就くことが難しくなり、派遣労働になり、簡単に
 追い出される。追い出されると雇用保険で止めてくれるかと言うと、ILOの試算では
 止めてくれるのは23%でしかない。
 緊急小口貸付というつなぎの制度が生活を支えてくれるかと言うと、東京では1%だけ。
 生活保護は捕捉率(生活保護を受けられる人の中で実際に受けている人の割合)は
 15%から多くても40%
 つまり落ちても不思議ではない社会になっている。

 すべり台の下まで滑り落ちた場合の選択肢は5つだ。
 @家族のもとに帰ること
   多くの人が選択しているが、家族のもとに帰って良かったでは済まない。
   家族は私的なセーフティネットであって、法的なセーフティネットが利かない中では
   そんなに強くない。仕方がないから家族で抱え込んでいる。長期化は無理。
   30代以上の親の世代は60代以上となり、引退世代となっている。
   そういう中で家族で生活していくと関係が煮詰まり、事件が増えていく。
 A自殺
   人口当たりの自殺者数を示す自殺率は、世界第8位に上がった。
   上位の国は、旧ソ連圏の国で、経済的にも厳しく地理的に高緯度にある。
   経済大国でしかも温暖な国でこれだけ自殺者数が多いのは、よほど生きづらい状況
   にあることを示している。
 B犯罪
 Cホームレス
 DNOと言えない労働者

 派遣村に来る人たちは、「生活保護を受けるなんて甘えるな、仕事は無いわけじゃ
 ないだろう」とよく言われる。
 では、そういう人たちがどういう仕事を探せるかを考えたことがあるだろうか。
 お金もなく家もない人が職を探す場合、月払いのところはまず無理。
 なぜなら、給料がもらえるのが1ヶ月以上先になり、それまでの生活ができないからだ。
 ハローワークは月給仕事しか紹介しないので、ハローワークに行っても仕方がない。
 一番良いのはスポーツ紙で2番目がアルバイトニュースだ。そこに載っている「寮付き
 日払い」の仕事を探すことになる。
 これが一番合理的な選択になり、これ以外の条件には全くこだわれなくなる。
 普通の人がハローワークに行って仕事を探す場合、会社は信用できるか、自分に出来る
 職種か、給料はいくらか、雇用保険に入っているか、、などさまざまな条件を考える。
 しかし、「寮付き日払い」の仕事を選ぶ人は、それらの条件は一切関係ない。
 私は、こういう人をNOと言えない労働者」と呼んでいる。

 「自分で頑張れ」と言うと、「寮付き日払い」の仕事に流れてしまう。それ以外の選択肢
 はない。
 派遣労働はそうやって人を集めてきた。工場の近くに寮を作る。寮費を高く設定し、
 寮費を稼げる。そして正社員並に働かせることができる。そういう労働力を手近にキープ
 できた。

 「NOと言えない労働者」が増えれば、労働市場は壊れていく。高い賃金を出さなくても
 雇用保険に入らなくても労働力が手に入る。
 労働市場が壊れたから、こういう貧困が生まれた、という面がある一方、安い賃金で
 人が集められることが労働市場を壊すことにもなる。
 つまり、貧困は労働市場がこわれた結果でもあり、壊した原因でもある
 貧困が労働市場を壊し、壊れた労働市場がさらに貧困を進め、労働市場をさらに壊して
 いる。この循環している全体を、私は「貧困スパイラル」と呼んでいる。
 
 公務員が今は特権階級の代表格と言われている。しかし、この間に公務員の労働条
 件が上がったわけではない。周りが下がっただけだ。
 正社員に対しても、守られすぎなどといわれるが、年齢が下がるにつれ、賃金上昇
 カーブがゆるやかになるなど条件は悪化している。
 正社員の待遇が悪くなった分、非正規の人の賃金が上がるかというと決してそんな
 ことはない。それぞれが下げあう関係にあり、ここにも貧困スパイラルがある。

 これからは、貧困スパイラルを断ち切ることが重要。
 私たちが、派遣村でやったことは、すべり台で落ちた人に上に上がる階段を作ったこと。
 シェルターを用意し、生活保護を受け、アパートに住めるようにした。

 批判を多く受けたが、生活保護を受けアパートに住めるようになったことでハローワークで
 仕事を探せるようになった。雇用保険のある仕事、通いでできるなど、仕事の条件を考える
 ことができる。これは本人にとって良かった以上に、社会にとって良かったと考えている。
 なぜなら、「NOと言える労働者」を増やすことになり、労働条件を下げ止まりさせることになる。

 セーフティネットは駄目な人を救うためのものではなく、労働市場の質を一定に保つために
 必要だ
。社会の荷物ではなく、社会の必要経費である。
 
 社会保障の歴史を見ても、社会保障は国の力を上げるために作られている。
 
 こういう発想転換が必要だ。

(支出)
 正社員の賃金と年齢の関係を見ると山型になっており、非正規社員はフラット型になっている。
 家計の支出を見ても山型になっており、40代、50代でお金がかかるようになっている。
 つまり、ある程度山型の賃金カーブになっていないと子供の教育費、住宅ローン、親の介護
 等に費やせない。山型の人に余裕が生じているかというと、そうはなっていない。
 ヨーロッパでは賃金はフラットだが、支出もフラット。なので賃金が上がっていかなくても生活が
 できる。例えば、子供が増えても養育費用がそれほど変わらない。例えば大学が費用ゼロ等。
 日本の賃金が高いと言うが、支出が大きいことが背景にある。
 賃金を上げる話だけでなく、支出をどう抑えるかをセットで考える必要がある。
 教育費、住居費をどう下げるか。

(最後に)
 貧困は難しい問題が、日本社会は貧困の問題に向き合ってこなかった。まずは貧困と向き合う
 社会に!