内容一覧

(40) □ 超訳「資本論」 (的場昭弘:祥伝社新書)2008.12.30

  最近の不況で派遣切りなどが起こるまで、一般社員も経営者側に立って物事を
 見るように仕向けられていた。最近になって労働者側から見ることの重要性を教え
 られている。
  私自身、派遣労働の問題に関心を持ってはいたが、労働者全体としての視点で
 見ようという意識は薄かった。もう一度根本から考えてみたいと思い、今、適当な本
 を探している。その一歩として、本書を読んでみた。

  昔、19歳から20歳になる春休みに「資本論」に挑戦した。もう25年以上前になる。 
 「資本論」は岩波文庫で全9冊あり、1冊目だけを読んだ。その数年後、再度挑戦し、
 そのときは4冊目までを読んだ。
 最初は理論中心だが、途中から過酷な労働条件の実例が長く続いていたように
 記憶している。

 本書はマルクス「資本論」の第1巻を章ごとに解説している本である。
 第1巻は岩波文庫の3冊目までに相当するので、以前読んだことのある範囲になり、
 何となく覚えているところもある。

 本書と昔読んだことから最も重要な点をまとめると、下記のようになる。
 ----------------------------------------------------------------
  商品には使用価値と交換価値の二面がある。
 使用価値は商品ごとに異なる具体的な姿で、コップならコップとして使用
 できることである。
 交換価値は他の商品と交換できることである。
 問題は、交換価値をどうやって測るかだ。マルクスは労働時間によって決まって
 いると考える。ここでの労働時間は、社会的に平均化された労働時間である。

  商品流通において、商品を売って貨幣を手に入れ、貨幣で別の商品を買うという
 行為が普通だ。商品をW、貨幣をGと書いて、この流れを、W−G−Wと書く。

  逆に、G−W−Gという流れがある。お金で商品を買い、これを売ってお金を得る。
 資本としての貨幣はこういうことを行っていることになる。この場合、最初の貨幣より
 最後の貨幣の方が多くなっている。
 つまり、G−W−G+ΔGとなっている。(ΔG:剰余価値)

  交換は同じ量同士で交換しているはずなのに、なぜ増えるのかが最大の問題だ。
 それは、最初のG−Wで、労働力という商品を購入していることによる。

  労働力という商品の交換価値は、労働者が生きていくのに足る「再生産の費用」で
 決まる。その再生産に必要な値段、再生産に必要な労働時間が労働者の交換価値。
 労働力の使用価値は、労働者の働き全てである。
 したがって、労働者の交換価値が5時間分の労働時間に相当し、実際には12時間
 働いていたとすると、残りの7時間分は労働者には支払われず、資本家の手に入る
 ことになる。(7時間分が搾取されている)
 ----------------------------------------------------------------
  機械や原料の費用をC(不変資本)、労働力の交換価値をV(可変資本)、剰余価値を
 Mとすると、商品の交換価値Wは、W=C+V+Mとなる。
 剰余価値を増やすには、労働者の数を増やすのが有効だが、機械を増やすことが多い。
 ここからが、機械化によって、剰余価値がどうなるかという話になる。
 労働時間全体が12時間で、労働力の交換価値が5時間分なら剰余価値は7時間分になる。
 労働時間全体は同じで、労働力の交換価値が4時間に減少すると、剰余価値は8時間分に
 増える。
 なぜそういうことが可能になるかといえば、機械化や効率向上によって生産力が増加し、
 労働者の「再生産」に必要な労働時間が減少、つまり交換価値が低下するわけだ
 したがって、機械化によって生産力が増加するほど、剰余価値の割合は増加する。
 ----------------------------------------------------------------

 今、上のように整理しても論理的な内容だと感じる。資本主義批判としての「資本論」は
 死んでいないのだろう。
 でも、一般の経済学の教科書を見るとこのようなことは全く書かれていない。昔からの
 疑問だ。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(39) □ 門 (夏目漱石)2008.12.28

  「三四郎」「それから」を昨年再読した後、「門」を読むつもりでリビングに本を
 置いていたのだが、いつの間にか1年が経ち、ようやく年末に読むことになった。
 「門」はたぶん高校生の頃に読んだはずだ。「三四郎」や「それから」は高校の
 時に読んだ後で読み返していたが、「門」は再び読むことはなく、おそらく高校
 時代以来2回目だと思う。
  「門」は事件が何も起こらない。宗助とお米の夫婦関係を中心に淡々と進んで
 いく。文体も質素な感じがする。でも、特に物足りないわけではない。
 こういう文章を書けるようになればなあ、というのが本作品の一番の印象だ。

 漱石の小説中に歴史的な事件が書かれていることがよくある。本作品にも
 1909年の伊藤博文暗殺事件が出てくる。
  『宗助は五六日前、伊藤公暗殺の号外を見たとき、お米の働いている台所
   へ出てきて、「おいたいへんだ、伊藤さんが殺された」と言って、手に持った
   号外をお米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ入ったが、(以下略)』
 なお、本小説は1910年3月から6月に朝日新聞に連載された。漱石は6月から
 1ヶ月半入院し、退院後、8月24日静養先の修善寺で大喀血をする。
 漱石43歳。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(38) □ 世界金融危機 (金子勝 他:岩波ブックレット)2008.12.21

 金融の話があまり理解できていない。それを知るきっかけを得るために
 手始めに本書を読んでみた。
 それなりにはわかったようにも思うが、もちろんまだまだ不十分だ。
 一部の人が儲かる資本主義でなく、多くの人々の幸福に繋がる方向性を
 見出そうと考えている人はおそらくたくさんいるのだろう。そういう人たちの
 本を探して読んでみたい。
  
 (メモ)
 ・金融危機の根源は、証券化という手法と「影の銀行システム」の崩壊
 ・信用収縮と景気減速のプロセスが金融危機を進行させていく。

 ・問題の表面化は2006年。
  米国住宅市場が弱含み。ローン滞納率、差し押さえ数が増加
 ・2007年2,3月いくつかの住宅ローン会社が経営危機
 ・住宅関連証券を大量に保有する投資ビークル(SIV)に波及
  SIV:ヘッジファンドや銀行が資金運用目的で設立した特別目的会社

 ・1997年から2006年の間に住宅価格が124%増加。価格上昇が異常だった。
 ・債務不履行の確率の高いザブプライムローンが住宅ローンに占める割合が
  2006年に20%にまで膨らんだ。
 ・2007年の滞納/住宅差し押さえ件数は1300万件。前年比79%増加
  サブプライムローンの滞納/差し押さえ率は、2005年5%程度から、
  2007年10月に16%、2008年1月に21%、5月に25%
  サブプライムローンが組み込まれた債務担保証券は値崩れ、売れなくなった。
 ・投資ビークルが住宅関連証券を大量に保有するが、金融機関の表面上の決算に
  表れない。大手金融機関の影に隠れたこれらを「影の銀行システム」と呼ぶ。
 
 ・金融自由化が進む中、銀行は投資ビークルを設立し、債券取引などの資産
  運用をするようになる。
  90年からは店頭で取引されるOTCデリバティブ取引が銀行の収益源として
  比重を増す。
  証券会社もファンドを作ったりして本体以外での大量の証券取引を肥大化させる。
 ・1980年代以降、米国は金融自由化を世界に強制するグローバリゼーションを主導し
  金融セクターの膨張によって経済成長を実現。
  30年前に金融セクターはGDPの11%だったが、現在は21%。
  一方、製造セクターは25%から13%に低下した。
 ・投資ビークルには銀行とは異なり自己資本比率規制が直接及ばない。
  いくらでも信用取引を膨張させることが可能になる。
 ・投資ビークルは、金利が低いABCPという短期債券を発行して利回りの高い
  長期債務担保証券(CDO)を買い、短期金利と長期利回りの金利差を利用して
  儲ける。さらにCDOを裏付けにABCPを発行して長期のCDOを買う。
 ・銀行は預金創造というプロセスがあり、貸し出しをして、企業が儲かり預金を預け、
  また貸し出しをするという仕組みになっている。
  証券は1回発行してその資金を設備投資に使ったら、そこから上がる利益から、
  配当、利払いを払い続けるのが本来の姿。
  「影の銀行システム」は、証券という本来信用創造のないものを長短の金利差を
  利用して膨らませていく一種の錬金術だ。
  これが日本で「貯蓄から投資へ」「金融立国」というスローガンで唱導された「市場型
  間接金融」の実体である。

 ・短期借り入れで資金を調達し、長期の高い利回りで運用すれば利益が上がる。
  しかし、これを続けていくと、「現金収入」に対する「債務支払い」の割合が
  高くなる。
   ヘッジ金融:債務支払いが現金収入の範囲内に収まる状態
   投機的金融:現金収入で金利部分しか賄えず、元本まで賄えない状態
   ポンツィ金融:債務支払いが現金収入を上回り、借金で借金を回す状態
  ポンツィ金融になると、金利や資産価値のわずかな変動で債務不履行になる。

 ・米国ではオプション変動金利型住宅ローンの場合、住宅価格がローンの元金上限
  を割ると、契約から5年後の自動的金利変更の時期が早められる。
  つまり、住宅価格の下落が債務不履行を増やすメカニズムが埋め込まれている。
  08年6月末までに担保価値割れになる持ち家所有者が1060万人と予想されている。
 ・ホームエクイティローン:住宅価格の上昇分を何度でも借り入れることができる。
  この10年間、ホームエクイティローンが消費を支えてきた。
 ・米国のGDPに占める個人消費の割合は、1980年代から90年代後半までは67%前後。
  現在は72%まで上昇している。個人消費が落ち込めば米国経済は深刻な不況に落ち込む。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(37) □ プレカリアート(雨宮処凛:洋泉社新書)2008.12.14

 プレカリアートという言葉は、「不安定な」というイタリア語(プレカリオ?)と
 プロレタリアートを足した造語。不安定な雇用・労働条件にある非正規雇用者、
 失業者を総称している言葉として用いられている。

 本書に記載されている2008年の厚労省調査によると、ネットカフェ難民は
 推定5400人。
 20代が最多(26%)、次に50代(23%)、その次が30代(19%)となっており、必ずしも
 若者だけでなく中高年もかなり多い。
 住む場所を失った理由は、「仕事を辞めて家賃が払えない」(東京33%、大阪17%)
 「仕事を辞めて寮や住み込み先を出た」(東京20%、大阪44%)となっている。
 失業で家賃を払えないことや、製造業の派遣などで寮で暮らしていたのに
 仕事を打ち切られてネットカフェに行く人が多い。
 製造業の社員である私としては、とてもつらい状況にある。

 現在フリーターの数は400万人といわれるが、大部分が家に住めているのは
 親の資産に寄るところが大きく、10年後、20年後はその資産が枯渇し、大変な
 状況に陥るかもしれないことを指摘している。

 本書は昨年9月に書かれている。その後、経済状況は大きく変化し、派遣社員
 数を減らす会社が続出している。派遣制度を見直す以前に、せめて派遣の立場
 として雇用を維持せよ、という声に変わってしまった。
 企業業績の良かった戦後最長の好景気といわれた昨年までの時期に、非正規
 雇用を増やし続けてきてしまった。しかもその間、財政赤字も膨らむ一方だった。
 景気が大きく後退した今、非正規社員が失業し、大きな財政赤字の下では雇用
 を生み出すための国の施策も取りづらい。
 しかし、非正規の方の失業は従来と異なり、失業保険ももらえず無収入に陥り、
 住む場所もなくなる場合が多い。こういう人たちを一旦は救わなければならない。
 いったん、巨額の財政支出をしてでも生活を保障し、次のプラス成長時には財政
 を黒字化するという明確な方向を政府が打ち出し、国民もその覚悟をしなければ
 ならないと思う。

 (メモ) 
 ・フリーターから物書きになった特殊な成功例をマスコミは面白がって紹介する。
  こういうケースを社会学で「モデルマイノリティ」と呼ぶらしい。
  モデルマイノリティが紹介されるほど、現在困っている人たちへの圧力が強まる。
 ・非正規雇用が増えたのは、1995年に日経連が発表した「新時代の日本的経営」
  というレポート。働く人を、「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用
  柔軟型」と3つに分けた。幹部候補生、スペシャリスト、使い捨てにできる非正規
  雇用を組み合わせるという内容。これにより、政府は規制緩和政策を進めていった。
 ・もともと労働者供給事業は、職業安定法で禁止されていた。
  それが「労働者派遣」として合法化されたのが1985年。
  このときは専門性の高い業種に限られていたが、1999年に原則自由化された。
  製造業まで解禁されたのが2004年。
  究極の不安定雇用の「日雇い派遣」も広まった。
 ・現在は人材派遣会社の天下となり、業者数は1999年に13000だったのが、2005年
  には38000以上になった。
  2005年に派遣労働者数は255万人、派遣業界の年間売上高は4兆円以上。
 ・日経連提言が目指したとおり、日本では3人に1人が非正規雇用となった。
 ・戦後最長の好景気が続いても、非正社員が正社員に置き換えられることはなかった。
 ・非正規雇用の待遇が悪化するほど、正社員の待遇も悪くなる。
 ・貧困ビジネス:誰にも頼れなくなった存在の、その寄る辺なさにつけ込んで、
  利潤を上げるビジネス
  (例)
  人材派遣会社:グッドウィル、フルキャストの日雇い派遣
  消費者金融:主たる顧客が低収入の若者にシフト
    厚労省のネットカフェ難民調査でも、借金のある人は東京30%近く、大阪50%近く
    平均で東京92万円、大阪124万円。住む場所もないのに増え続ける。
  日雇い派遣会社がローン会社を作っている場合もある。
    安く使える上に借金漬けにできる貧困層ほど彼らにとっておいしいものはない。
  「礼金、敷金、仲介料不要」を謳う物件
    某大手マンスリーマンション会社が入居者と結んでいるのは、賃貸借契約では
    なく、施設利用契約。家賃なら1、2ヶ月滞納しても追い出されないが、施設利
    用なら1ヶ月滞納でも追い出せる。
  

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(36) ○ アキハバラ発(大澤真幸 編:岩波書店)2008.12.4

 今年6月8日の日曜日に秋葉原で起こった無差別殺傷事件。犯人である25歳の
 男が派遣社員であったことや、ネットに社会への不満を書き込んでいたことから、
 現在の若者の労働環境が影響しているという見方がある。ただ、それと無差別
 殺人との距離はかなり隔たっているように思える。その距離をどう考えたらよいか
 を見つけるヒントを得るために本書を読んだ。
 読んだからといって、すっきりと解るはずはない。でも、多様な捉え方があることは
 わかった。


 (メモ : 下記文章は本文そのままではありません)

 「真夏の秋葉原を歩いて、ここには本質など何もないと気づいた」(森達也)
  ・ニューヨークで発生した2007年の殺人事件の件数が過去最低(記録のある
   1960年以降)になったことは日本で大きく報道された。
   しかし、日本の2007年の殺人認知件数が戦後最低の1199件であったことは
   ほとんど報道されない。治安が良くなったことを隠しておきたいとの意識が
   ひっそりと駆動しているようだ。
  ・青年Kに支払われていた給料は月20万前後。時給は最近1300円から引き
   下げられ1050円だったらしい。ボーナスなど諸手当はない。
  ・「貧しいとはいっても、途上国の人たちからすればはるかに豊かな生活のはずだ」
   と諭す人がいる。しかし、
何よりKを追い詰めたのは、生活の苦しさでなく、
   先の見通しがなかったことだろう。


 「排除のベルトコンベアとしての派遣労働」(竹信三恵子)
  ・派遣社員は派遣会社と雇用関係にあり、派遣元が使用責任を負う。
   このため、職場の労働条件を引き上げてほしくても、派遣先との直接交渉は
   難しい。また、派遣元にとって派遣先はお客さんだから派遣先に対する条件
   交渉は難しい。そのため、社員に泣き寝入りを強いる派遣元が多い。従って
   労働法で保障されている働く先との労使交渉の権利が事実上奪われている。
  ・オランダでは派遣労働は失業者の訓練の場としても機能し、7割の人が正規
   の社員に転換していく。
  ・
同一価値労働同一賃金の原則が確立している社会ならば、派遣会社は一定
   の賃金の上に、さらにマージンを上乗せしなければならないので、派遣社員
   は安くない。こうした社会では正社員の方が安いとなり、派遣社員へのシフト
   は起こりにくい。


 「孤独ということ −秋葉原事件を親子関係から考える」(芹沢俊介)
  ・「子どもは誰かといっしょにいるとき、一人になれる」(D.W.ウィニコット)

 「若者を匿名化する再帰的コミュニケーション」(斉藤環)
  ・一連の通り魔事件で容疑者は「誰でも良かった」という言葉を繰り返す。
   殺す相手は誰でも良かったという意味だが、私には「(これをするのは)
   自分でない誰でも良かった」という呟きとしても聞こえた。

 「街路への権利を殺人者としてでなく、民衆として要求しなければならない」
  (和田伸一郎)

  ・なぜ彼は不満を集団的な怒り、すなわち政治へと発展させることができなかったか。
   これを社会構造の閉鎖性から考える。
  ・公的舞台で話すことを諦めた人間によってわめかれる愚痴や苦情は、ますます
   個人的なものとなっていくと同時に汚い言葉になっていき、住民同士がいがみ合う
   事態に落ち着く。
  ・
街路は人々の不満の声を一つの共同空間で響き渡らせる共鳴箱として機能する。
   青年Kは秋葉原の街路を社会的なものの中での私的な恨みの暴発の場として
   活用した。彼は街路を社会的なものの外への出口として活用しなかった。
   しかし、それは彼だけでない。殺人行為は行わないにしても、街路に公的領域を
   出現させることができないままであることに関しては同じなのである。


 「無差別の害意とは何か」(中西新太郎)
  ・「誰でも良い」とは、特定の誰かを選ぶのでは決して足りない状況、「誰でも良い誰か」
   まるごと、つまりは社会総体の力が必要な状況を対象設定に投影させた言葉に他な
   らない。

 「事件を小さな物語に封じ込めてはならない」(吉岡忍)
  ・青年Kが凶行に至った経緯はひどくわかりやすい。彼がケータイ・ネットに書き散ら
   かした大量の言葉からは、経済的に不安定な派遣労働者だったこと、容姿が不
   細工で異性にモテなかったこと、この二つの境遇に追い詰められ、自己も世の中
   もぶち壊すような行為に突っ走った様子が窺われる。短絡的な底の浅い事件で
   ある。けれども結果は重大で悲惨だった。この短絡、底の浅さにこそ、この事件の
   現代的意味があると思う。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(35) ○ マンガ蟹工船(東銀座出版社)2008.12.1

 マンガを読んでから「蟹工船」の原作を読む人もいるということを聞いて、
 既に原作は読んだ後だが、マンガを読んでみた。
 本書の中に出てくる場面で、こんな場面あったかな、という箇所がいくつか
 あったが、原作を見直すと全てほぼ同じ言葉で書かれていた。
 「蟹工船」の原作は二度読んだのだが、その程度しか把握できていなかった
 ことがはっきりした。
 ということは、マンガであっても充分読む価値はあるということだろう。

 「蟹工船」は実話を基にして書かれている。
 救助信号を送信していたのに救助されなかった「秩父丸」は実際に同じ状況で
 1926年に沈んだ。蟹工船「博光丸」での話は、実際は「博愛丸」や「英航丸」での
 虐待事件を基にしていて、「英航丸」では実際に自然発生的なストライキが
 起こったらしい。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(34) △ 杉並区立「和田中」の学校改革(刈谷剛彦他:岩波ブックレット)2008.11.30

 本の内容としては非常に不満が残る。まず、改革の内容が全くわからない。
 研究者の間では当たり前の知識だからかもしれないが、再度丁寧に解説を
 加えてほしかった。
 次に、データが最後の藤原校長との対談の内容と全く合っていない。
 本書のデータは藤原校長が着任したときの1年生が1年の時と3年の
 時のデータを他の学校と比較したものだ。
 このデータでは和田中の3年の成績は他校より劣っている。学習意欲も
 低下している。ただ、調べる学習の意欲は増しており、成績下層の生徒
 に学校生活を楽しいと思う傾向が強まっている。
 つまり、このデータからは成績の良くない生徒を学校につなぎとめることに
 成功したが、一般的な意味での学力は向上しなかったことになる。

 にもかかわらず、最後に収録されている刈谷教授と藤原前校長の対談では、
 本書のデータ以降学力も上がりすべて良くなったとして話が進められている。
 改革のどこが良くてどこが悪かったかを冷静に分析していることを期待して
 いたのに最後に裏切られた気分だ。
 最後にこのような対談を載せるのであれば、不十分ではあっても、それを
 裏付けるデータを示すことが必要だろう。

 上記の不満とは別に、本書にとても重要なデータが一つあった。
 全国的には国私立中学への進学者は8.1%だが、杉並区は30%近くに達して
 いる。国私立中学に通う生徒は比較的裕福な家庭に育ち成績も上位であること
 が多いと考えられるので、公立中学には残った生徒が入ってくることになる。
 公立中学は幅広い異質な者たちが集まってくるから良いと考えていたが、ある
 一定の層が抜け落ちてしまっているのは大きなマイナスだ。
 杉並区の改革は少し他の地域と異なった状況下で行なわれたものであることを
 知っておく必要がある。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(33) ○ 軋む社会(本田由紀:双風舎)2008.11.30

 東京大学の准教授である本田由紀氏が若者の労働についていろいろ
 書いていることは知っていたが、今までは読んだことがなかった。
 本田氏は『「ニート」って言うな!』という本を数年前に出していて、何となく
 タイトルに抵抗があったことが私を遠ざけた理由かもしれない。
 それに比べると、本書のタイトルはとても真面目だ。
 
 本書に収録されている論考やコラムの中では[苛烈化する平成学歴社会」と
 いう論考が最も興味深かった。
 でも、それよりも、彼女の向かっている方向が、いわば「連帯」という方向の
 ように感じられたことが私には一番興味深かった。

 
 (内容メモ)
 [まえがき]
  ・教育を終えれば、すぐに安定的な仕事に就くことができ、仕事に就けば
   収入の増加に基づいて家族を形成し、家族は子どもの教育に費用や意欲を
   注ぐという「教育」「仕事」「家庭」という循環関係が崩れてしまった。

 [苛烈化する平成学歴社会]
  ・最近、学歴社会という言葉を聞かなくなった。
  ・1970年代、学歴社会は受験戦争と連動し、受験での成功を目的とする激しい
   競争にすべての子どもが巻き込まれていることの弊害を指摘するものだった。
  ・1980年代、研究の論争としては、学歴は万能ではないが一定の効果を持つと
   いう常識的理解に落ち着いた。
   それとともに、欧米と比べて特に日本が顕著な学歴社会でないことも明らかに
   なった。これにより、学歴社会論は盛り上がりを失った。
   出身階層に基づく学歴不平等という問題意識は当時はなかった。
  ・1980年代後半以降、文部省が受験競争打破のためにゆとり教育へと方針を
   転換したため、1990年代には学歴社会への関心が失われた。
  ・今思えば、昔の学歴社会は、同じ土俵に乗った上で学歴に応じた収入や
   昇進の細かな差を気にしあっている状態にすぎなかった。
  ・現代は、学歴や地位を目指す競争は社会の一部に偏って現れてきた。
   また、出身階層に基づく格差や不平等という問題に焦点が当てられるようになった。
   さらに、学校教育終了後の職業経歴が正社員だけでなく派遣社員、契約社員、
   フリーター、無職、失業と著しく多様化している。
  ・現代は正社員になれるかどうかという点で、教育段階や学校歴に応じたはっきり
   した差があり、出身大学の差も含めて苛烈な学歴社会になっている。

 [格差社会における教育の役割]
  ・高等教育機会が拡大すると、高等教育学歴を取得しているからといって希望する
   職業に就けるかどうかは保障されないが、高等教育学歴を取得していない不利は
   拡大する。
  ・過剰教育が進行し、学歴資格内部の序列化が広がり、仕事の世界の格差は
   解消されず、社会内の不満の総量が増大するおそれがある。
  ・教育機会を拡大し平等化しても、仕事の機会の格差を大きく変えることはできない。
  ・日本の非正社員の時間当たり賃金は、正社員の5割程度(ヨーロッパは8〜9割)。

 [ポスト近代社会を生きる若者の「進路不安」]
  ・メリトクラシー:個々人が過去に何をなしてきたか、これから何をなしうるかに
   応じて、社会的な地位を配分する仕組み。近代社会の主要原理
  ・スーパーメリトクラシー:非認知的で非標準的な感情操作能力とでも呼ぶべきもの
   (いわゆる人間力)が個人の評価や地位配分の基準として重要化した社会状態。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(32) □ 小林多喜二名作集「近代日本の貧困」 (祥伝社新書)2008.10.30

 組合や党の活動に関連した小説や、宗教・小説の手法に関する論説など
 10編が集められている。
 随所にやはり小林多喜二は小説家だと感じさせるところがある。

 「残されるもの」
  淫売屋の向かいの借家に赤ちゃんのいる若い夫婦が引っ越してくる。淫売屋の
  女たちは女の方と話をするようになり赤ちゃんを抱かせてもらうようになる。
  しかし、銀行員の男がそれを嫌い、引っ越していく。
  短い話だが、一番普通の小説らしい話だと感じた。

 「オルグ」
  志賀直哉は「蟹工船」をよく書けていると評価したが、この「オルグ」は感心しないと
  書いているらしい。「蟹工船」よりも個人を描けているので、作品としてはこちらの方が
  良いと私は感じた。

 「地区の人々」
  ストライキを起こすが、それが「軍部」に乗っ取られていくという話。
  途中に以下の文章がある。
    『若しも我が国で革命的プロレタリアートの力が弱く、忠君愛国主義者ども=
     「軍部」によって、生産管理が行われることがあるとすれば、(以下略)』
  この作品は小林多喜二が逮捕・殺害される直前(1933年)に発表しており、そこに
  軍部による革命という思想の批判が含まれていることは重要なことだ。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(31) □ 予告された殺人の記録 (ガルシア・マルケス:新潮文庫)2008.10.12

 結婚披露宴のどんちゃん騒ぎが町をあげて行なわれた翌朝、21歳の男
 サンディアゴ・ナサールが2人の男に殺される。
 殺人の行なわれる前に町中のほとんどの人は、殺人が行なわれることを
 知っていた。
 なぜそんな中で本当に殺人が行なわれたのか。
 訳者のあとがきには”共同体”という言葉が出てくるが、私にはピンと来ない。
 それよりも、”熱気”というものを感じた。結婚祝いの熱気、司教の乗った船が
 やってくるという熱気、そして、結婚破綻と復讐の熱気。
 
 翻訳のためか、わかりにくい部分がある。 にもかかわらず、力を感じる小説
 だった。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(30) ◎ ポーツマスの旗 (吉村昭:新潮文庫)2008.10.5

 日露戦争後のポーツマス講和会議を、日本全権小村寿太郎外相を中心に
 描いている。内容が充実していて、しかも読みやすい作品に仕上がっている。

 賠償金支払いと樺太割譲をめぐる交渉は非常に興味深い。
 講和会議は戦争が終結した後に行なわれてたと思っていた。しかし、実際は
 戦闘再開に備えて満州のロシア陸軍は増強を重ね、日本陸軍の約3倍の人員に
 達しており、交渉が決裂すると、直ちに満州のロシア軍が日本軍を攻撃する指令
 を送るような緊迫した状況下で会議が行なわれていたようだ。

 本書によると、当時の外交ではフランス語を使うことが多かったようで、ロシア側は
 会議でフランス語を使うことを主張し、日本側は英語を主張した。結果、会議では
 フランス語と英語を両用し、文書はフランス語で記すことになった。
 ロシア全権ウィッテはフランス語に通じているが英語はできなかったらしい。
 一方、1855年生まれの小村は英語もフランス語もできた。
 すごい能力の持ち主だったが、家庭には冷淡で、妻町子は精神に異常を来たした。
 
 日本は条約締結後、列国とは協調路線をとりつつ、韓国・清国に対しては強硬
 姿勢でのぞんだ。その交渉でも小村は伊藤博文とともに重要な役割を果たし、
 1910年の日韓併合へと繋がっている。
 日韓併合条約公布に際しては、ロシア、イギリス、ドイツ、アメリカ、フランス、イタリアが
 承認する声明を出した。植民地主義を取る国に反対する理由はなかった。

 また、講和条約締結に際しては日本に協力的だったルーズベルト米大統領は、
 日本の軍事力に警戒心を強めるようになり、アメリカ国内での排日運動が高まって
 いく。
 
 当然のことながら、その後の日本の歴史に日露戦争、そして講和条約が影響している。
 日露戦争後の歴史を考える上でも、一度ポーツマス講和会議についての話を
 読んでおくことは無駄ではないだろう。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(29) □ オンリーワンは創意である (町田勝彦:文春新書)2008.9.28

 シャープ会長がシャープの経営について語った本。サプライズは特にない。
 ただ、昨年来語られている太陽電池で発電所を置き換えるという構想の
 大きさには驚く。
 将来を考えると、堺コンビナートは液晶より太陽電池の方が歴史的に重要な
 意味を持つことになるのかもしれない。

  ・オンリーワン経営 :半導体部門の縮小と液晶への集中投資
  ・日本で製造業を極める :亀山工場展開
  ・企業の力はブランド力 :ブランド力業界7位から1位(2007年)へ
  ・リストラなき日本型経営 :従業員もステークホルダー
  ・オンリーワンは創意である :冷蔵庫、電子レンジ、テレビの例
  ・人にマネされるものをつくれ :社長直轄の「緊プロ」という組織
  ・環境先進企業へ :太陽電池、LED、その他分野の融合

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(28) □ 日の名残り (カズオ・イシグロ:早川書房)2008.9.23

 最初に読み始めたのは3ヶ月以上前だ。
 序盤は面白くなく、途中長い中断の時期があった。読むのを再開してからも
 かなり我慢して少しずつ続けていたが、3分の1を越えたあたりから読みやすくなり
 関心を惹くようになった。

 話の主人公はイギリスの品格ある屋敷の執事。年代は1956年で、その時点から
 1920年代、30年代の出来事を思い返している。

 長らく仕えたダーリントン卿はおおむね穏健な優れた人格者だが、反ユダヤ主義者の
 影響を受けてユダヤ人の召使を辞めさせるなど、後々に問題となる行いをしている。
 屋敷内では重要な外交会議も行なわれ、国際政治に影響を与えたことになっている。
 (ドイツ駐英大使リッベントロップの名前も登場する)
 執事のスティーブンスは忠実に仕え続け、ダーリントン卿が亡くなった後も、一切
 批判的意見を持つことをしようともしない。

 著者がイギリスの執事に代表される何かを批判する意図で本書を書いたのか、
 愛すべき存在として執事のスティーブンスを描いているのか、私には判りかねる。
 このため、私の本書に対する評価は今時点ではあいまいだ。

 本書を特にお奨めすることはできないが、ただ、何か読み終えたというある種の
 満足感は得られるのではないかと思う。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(27) □ ルポ ”正社員”の若者たち (小林美希:岩波書店)2008.9.21

  2000年から2005年にかけて就職率が非常に低かった時代に就職した若者たちの
 厳しい労働環境を取材している。
  ここに出てくる若者はほとんどは深夜におよぶ長時間労働をしている。しかも残業代が
 支払われていない場合が多い。つまり、多くは違法行為なのである。
  派遣法が何度も改正され、派遣労働が原則自由化されたことが問題とされているが、
 本書に書かれていることが正しいとすると、そこだけを制限しても状態は必ずしも良く
 ならないのかもしれない。
  著者はしっかりした労働契約を結ぶこと、労働者個々人が法制度の動きに敏感になり
 声を挙げることが必要と書いている。ここも市民のレベルアップが必要なのだろう。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(26) □ 東南アジアの森に何が起こっているか  (市川昌広、秋道智彌編:人文書院)2008.9.15

  東南アジアの森といっても場所によって状況は大きく異なるので、ここでは3つの
  場所を取り上げて考えている。
  取り上げた場所は、島嶼部のボルネオ島、大陸部のラオスと中国雲南である。

  勉強になるのだが、いま一つわかった気になれない。複雑だからか、それとも
  本質に近づけていないからか。
  まだよくわからない。

  [ボルネオ島サワラク州に関する内容]・・・7月に行ったのはサバ州
   ・1841年からの100年間、イギリスのブルック家が統治
    強い統治の力はなく、慣習的な生活が送られていた。
   ・1900年頃、野生ゴムが商品として採集。特定の森林産物だけを抜き取り。
   ・1910年代以降、ゴム栽培
   ・1970年代以降、商業伐採。ほとんどの企業は華人経営で、日本へ輸出
     用途は建設資材
    1980年代 サワラクでは木材伐採が最も行なわれた。
    1980年代後半から1990年代初頭、世界中に環境問題を喚起
   ・1980年代以降、オイルパーム・プランテーション開発
              アカシア・マンギウム プランテーション開発(パルプ材)
    →一種類の外来作物だけを大面積で栽培
     多種多様な森林資源の利用が単純化してきた
   ・プランテーションは現地の人々の働き場になっておらず、インドネシア人が
    安価な労働力として雇われている。

   ・(焼畑農業をする理由)
    地面に落ちた植物の葉はすみやかに分解され、土壌に残る養分が少ない。
    雑草や害虫は絶え間なくわいてくる。
    このため、土地集約的な農業はほとんど行なわれず、毎年違う場所を切り
    ひらく粗放的な焼畑が一般的。
  

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(25) △ 悩む力  (姜尚中:集英社新書)2008.9.13

  姜尚中氏が漱石の作品を紹介するNHKの番組が昨年あった。それをきっかけに
  漱石の「こころ」「それから」「三四郎」を昨年読み返した。
  本書に漱石が取り上げられていることを知ったので、期待して読んだ。
  期待が大きかっただけに、残念な内容だった。
  もちろん、いくつか興味を惹く部分はあった。
  でも、本書を読むよりは、漱石の「こころ」を読んだほうが良い。

  [メモ]
   ・他者を排除した自我はありえない。
   ・「まじめたれ」:まじめ=中途半端の対極にある言葉

   ・(自分への問いかけに関して)
    「何が何だかわからなくても、行けるところまで行くしかない」

   ・(愛に関して)
    「相手と向かい合うときは、相手にとって自分が何なのかを考える。相手が
     自分に何を問いかけているのかを考える。そして、それに自分が応えようと
     する。相手の問いかけに応える、あるいは応えようとする意欲がある、その
     限りにおいて、愛は成立しているのではないでしょうか。」

   ・福沢諭吉は「一身にして二生を経る」という言葉を残した。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(24) △ 観光コースでないマレーシア・シンガポール  (陸培春:高文研)2008.9.9

  高文研の「観光コースでない」シリーズは今まで何冊か読んでいる。
   朝鮮総督府の写真が印象に残った「韓国」
   読んだ後に、乃木希典旧邸宅に行った「東京」
   そして、最も興味深かったのは「満州」
  それらに比べると大いに不満が残った。

  このシリーズは戦争に関係した場所を紹介することが多い。私もそれを知りたくて
  読んでいる面があるので、その国の方々が迫害を受けた場所を中心に据えることは
  まったくかまわない。

  マレーシア、シンガポールでは第2次大戦時、日本の進出によって華人が特に
  迫害を受けたようだ。華人である著者がそこにこだわって書くことは良いだろう。
  でも、華人以外のマレーシア人の視点が少なすぎるのではないだろうか。

  特に気になったのは、「抗日英雄・林謀盛物語」の箇所だ。
  日本軍がマレー半島に上陸する直前から、英国は華僑を中心にした組織を作り
  日本と戦わせようとする。それまで、英国の敵としていた共産党幹部も釈放し
  組織の強化を図る。
  英国は華僑を利用して植民地支配を続けようとしていたわけである。
  見方を変えれば、英国が続けようとしている植民地支配に華僑が協力した、という構図も
  描ける。

  しかし、本書にはそういう視点はない。英国の植民地支配には問題はなかったのか。
  英国支配に抵抗していたマレーシア人はいなかったのか。少しは触れていても良いの
  ではないか。
  それとも、実際の英国支配はすばらしく、マレーシアの人々は充分満足した生活を
  送っていたのだろうか。
  私の勉強不足のためかもしれないが、非常に狭い視点で書きすぎているような気が
  してならない。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(23) △ ボルネオ  (大崎満 岩熊敏夫編 :岩波書店)2008.7.6

  近日植林ボライティアとして数日間ボルネオ島に行く予定なので、
 ボルネオ島について知りたくて本を探した。
 予想以上にボルネオを扱った本は多かった。
 そのなかで環境に関して書いてある本書を選んで読んでみた。

  炭素を多く含んだ泥炭湿地から火災や微生物による分解によって
 大量の二酸化炭素が放出されている、という問題が提起されている。
 ただ、ここに書かれていることがボルネオの最重要問題なのかどうか
 という全体の位置づけがよくわからない。
 今はまったくすっきりしない状態にある。

 もう1冊読み始めているので、それを読んだ後で必要なら再読するつもり。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(22) □ 政権交代 (岡田克也 :講談社)2008.6.30

  私が総理になってほしいと思う人物は、今は岡田克也氏だけだ。
 消費税増税を選挙で訴えたことだけを取っても、国民に説明して政策を
 訴えるという言葉が嘘でないことを証明している。

  岡田氏が本の中で何を書いているのか、とても興味があって近くの
 本屋に行くと、なぜか置いていない。
 やむを得ず、中を見ることなくアマゾンで注文した。
 
  中身は過去の話が8割くらいを占めていて、想像していた構成とは
 少し違っていた。

  お中元やお歳暮を全部手紙を添えてお返しするという徹底した姿勢に
 政治家としての潔癖さを保とうとする大変な努力が見られる。
  政策的にも共感できる箇所が多いのだが、ところどころに、私の感覚との
 違いは感じる。
 
  新党さきがけに対する不信感があったことは意外だった。
 1993年に宮沢内閣への不信任案が提出された際、岡田氏は小沢氏、
 羽田氏らとともに不信任案に賛成し、その後離党した。
 武村正義氏や田中秀征氏らさきがけを作るメンバーの多くは不信任案に
 反対してから離党した。
 岡田氏はさきがけが自民党との連立というシナリオを考えていたからと
 捉えているようだ。でもそれは違うだろう。
 実際は、武村氏が後藤田正晴氏、田中氏が宮沢喜一氏とそれぞれ強い
 関係を持ち、尊敬していた。したがって自民党に対する人としてのけじめは
 きちんとしたいとの思いが強かったのではないか。
 このため不信任案に反対した上で離党したのだろう。
 他の箇所でもだが、さきがけへの不信感は気になると同時に違和感を
 持った。

 (その他)
  「社会にはいろいろな人がいる。(中略)政治家となったいま、公立の
   小中学校で学べたことをありがたく思う」
    →政治家でなくても同感だ
  「(大学1,2年生の頃)ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は
   憑かれたように読みふけった」
    →ドストエフスキー体験をした人にはとても共感を覚える。
  「いまでも納得できないのは、国民福祉税への反発はあったとしても、
   官房長官である武村さんはあくまで総理を支えるべきではなかったか」
    →1994年当時私は武村氏が述べた言葉(たしか「過ちを改めるに、
      はばかることなかれ」)を聞いて、正常な政治の姿を見た気がして、
      新しい時代が来たことを喜んだものだった。
      首相を支えるとは言葉を合わせておけば良い訳ではないだろう。
 

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(21) ○ 陸奥爆沈 (吉村昭 :新潮文庫)2008.6.28

   小説だと思って読むと、そうではなかった。途中までそれほど面白いとは
  思わなかったのだが、終盤に至ると、現代に関係し共通する事実が浮かび
  上がってきた。

   昭和18年6月18日正午頃、柱島泊地に繋留中の戦艦「陸奥」が大爆発を
  起こし沈没した。潜水調査を行なうなど原因追求に努めるが難航した。
  切断箇所の外板が外側にまくれていることなどから敵の潜水艦による魚雷
  攻撃は否定された。
  弾薬庫の装薬(砲弾の発射時に砲身に詰める火薬)と三式弾(新型対空弾)の
  どちらかの自然発火説があったが、いずれも否定された。
  しかし、煙の色から装薬が爆発したことはほぼ確実になる。
  装薬は火薬缶に入っているが、その蓋をもし誰かが故意に開けていれば次々に
  爆発し、大爆発となる可能性がある。
  ここに至り、乗組員による放火爆発説が出てくる。

   陸奥爆沈以前に発生した火薬庫災害事件を整理すると、乗組員の行為3件、
  乗組員の行為の可能性大2件、原因不明2件となっている。
  つまり、乗組員の行為という疑いは必ず出てくる。
  陸奥爆沈でも、盗みの発覚を恐れた一人の乗組員による放火自殺の疑いが
  濃厚だと見られるようになった。

   「解説」によると、当時、海軍三等水兵の手当が7円50銭だったのに対し、
  海軍兵学校を出たばかりの少尉候補生は70円ほどもらっていたらしい。
  軍隊のこういう不公平性、貧しさが背景にある場合もあるようだ。
  自殺をするのに多くの人を巻き込んだり、不公平さ、昇進の不満からの放火が
  あったことを見ると、現在の事件との相似性を感じないわけにはいかない。

   なお、陸奥爆沈は日本海軍の最高機密となった。
  生存者353名の口から爆沈の事実が漏れる可能性があったため、彼らの処置は
  重大問題となった。
  健康な者は最前線に送られた。
  半分はサイパン島に送られ、全員玉砕した。その他、ギルバート島、タラフ島、
  マキン島に送られた者も全滅した。
  終戦後、帰還したものは、わずか60名だった。水木しげるの「総員玉砕せよ」を
  思い出す。
  
 (陸奥以前の爆沈、または火薬庫爆発事件)
  ・戦艦「三笠」爆沈 明治38年(1905) 
    乗組員が火薬庫でひそかに宴をひらくローソクを倒して火薬に引火

  ・一等巡洋艦「磐手」放火自殺未遂 明治39年(1906) 
    詐欺発覚を恐れた乗組員が火薬庫で放火寸前に尾行していた者が防いだ

  ・二等巡洋艦「松島」爆沈 明治41年(1908) 
    原因不明 (ただし、進級をめぐっての不穏な動きはあった)

  ・戦艦「三笠」火薬庫爆発 大正元年(1912)
    乗組員の放火自殺
    なお、三笠は1905年の爆沈が浅い港内だったので、引き揚げられて
    修理されて復帰していた

  ・装甲巡洋艦「日進」火薬庫爆発 大正元年(1921)
    乗組員による放火・・・進級断たれた不満
    (査問委員会では自然発火となっている)

  ・巡洋戦艦「筑波」爆沈 大正6年(1917) 
    自殺放火の可能性大・・・盗みを上官からきびしく叱責殴打された

  ・戦艦「河内」爆沈 大正7年(1918)
    原因不明
 

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(20) ○ 破獄 (吉村昭 :新潮文庫)2008.6.21

  本作品が岩波書店から単行本として出版された時に書店に置いてあったことを
 なぜか覚えている。昭和58年11月に出版されているので大学2年のときだ。
 「破獄」という重そうなタイトルに惹かれたのだろう。
  買おうか迷った末、結局買わなかった。当時は時間はたくさんあったのに、本を
 あまり読めなかった。読むこと自体苦しかった。
  その苦しさから、今は解放されている。けれど、その重苦しさは大切な記憶でも
 ある。本書を目にしてすぐに買おうとしたのは、その記憶のためである。

  昭和11年から昭和22年の間に4度脱獄に成功した無期刑囚がいた。本作品は
 その男の側からではなく、脱獄を防ごうとする刑務所の看守や所長たちの側から
 時代を描いている。とても力を入れて書いている。こういう本は読み終えた後、
 じわじわと喜びが生まれてくる。
 
 
                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(19) ○ 反貧困 (湯浅誠 :岩波新書)2008.6.7

  格差の本は今まで何冊か読んだ。
 今年はアメリカの貧困状態を書いた「ルポ 貧困大国アメリカ」を読んだ。
 しかし、日本における貧困という見方を 最近まですることができなかった。
 
  本書の副題は「すべり台社会からの脱出」となっている。日本では雇用のネット、
 社会保険のネット、公的扶助のネットの3層のセーフティーネットがあるが、非正規
 労働者にとっては全てのセーフティネットから漏れ落ちてしまっている。いったん滑り
 落ちると一番下まで滑り落ちる。それを「すべり台社会」と表現している。
 貧困状態にある人の相談を受け、支援活動をしている著者が、そこからの脱却を
 目指した取り組みを紹介している。その第一歩は、貧困に目を向けることだと言う。
  また、貧困が戦争への免疫力を低下させる、他の多くの国では「貧困と戦争」は
 セットで考えられている、とも書いている。 貧困問題は非常に重要だ。

 (メモ)
  ・最近は仕事をしているのに生活していけないと言う人の相談が増えている。
  ・最低生活費(生活保護基準)は、東京に住む20代、30代の単身世帯で13万7400円
   夫33歳、妻29歳、子4歳の一般標準世帯で22万9980円
   したがって、大都市で年収300万円を切る一般標準世帯はワーキング・プア状態に
   あると言える。
  ・消費者金融の金利のように、派遣・請負業の中間マージンにも上限があれば、
   もう少し「働けば生活していける」ようになるのではないか。
  ・非正規雇用は10年で574万人増え、正規労働者は419万人減った(1997-2007)。
   若年層(15-24歳)では非正規労働者の割合が45.9%になっている。
   「自由で多様な働き方」を求めて非正規労働に流れたとする考え方は、実際の
   プロセスを歪曲している。
   企業が生き残り、日本経済が不況を脱するには非正規もやむなしという風潮のもと、
   働く人たちの意思とは別のところで非正規化が進められた。
  ・少なからぬ非正規労働者がフルタイムで働いているのに、雇用保険、健康保険に
   非正規労働者が加入していない会社がたくさんある。
   1982年には失業者の59.5%が失業給付を受け取っていたが、2006年には21.6%まで
   落ち込んでいる。
   「ネットカフェ難民」の73.2%は健康保険に入っていなかった。
  ・生活保護受給世帯は1995年に過去最低の72万世帯(88万人)に底を打って以降
   増え続け、2006年には107万世帯(151万人)に達している。
   生活保護基準で暮らす人たちのうち、生活保護を受けている割合「捕捉率」の調査を
   政府は拒んでいるが、学者の調査では15%から20%となっている。
   すると、600万人から850万人の生活困窮者が生活保護制度から漏れていることになる。
   制度のマイナスイメージが根強いことに加え、自治体窓口で申請させずに追い返す
   「水際作戦」が全国で横行している。
  ・非正規で働くと、より高い失業リスクにさらされる。非正規であるがゆえに雇用保険に
   加入しておらず失業しても失業給付を受けられない。
   失業しやすく雇用のネットからこぼれ落ちやすい非正規ほど、社会保険のネットにも
   引っかかりにくい。そして、生活困窮に立ち至っても働けるはずだという「水際作戦」に
   よって生活保護を受けることができない。
   つまり、3層であるべきセーフティネットが3段構えになっていない。非正規労働者にとって、
   3つのネットはワンセットで、そこから丸ごと排除されている。
  ・労働分野にしろ生活保護分野にしろ、現場で起こっているのはあからさまな違法行為で
   あることが少なくない。
  ・企業業績は2006年度に過去最高を記録しているのに、労働分配率は2001年以降減り
   続けている。
  ・自己責任論は「他の選択肢を等しく選べたはず」という前提で成り立つ議論だ。
  ・がんばるためには”溜め”が要る。
   ”溜め”とは、お金や、家族・友人等の人間関係などを指し、例えば失業してもある程度の
   お金があれば積極的に次の仕事を探すことができる。しかし、失業して直ちに食べ物が
   なく寝る場もなくなると、職種や雇用条件を選んでいる暇がなく、自信や自尊心を失って
   しまう。
  ・日本も遅ればせながら、憲法9条(戦争放棄)と憲法25条(生存権保障)をセットで考える
   べき時期にきている。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(18) ○ 憲法 第4版 (芦部信喜 高橋和之補訂:岩波書店)2008.5.19

 18日の勉強会までに憲法のテキストを1冊通読しておこうと思い本書を選んだ。
 憲法の教科書としては有名な本らしい。量も多すぎず、内容も整理されていて
 退屈しない。(ただし、わかりにくい部分がないわけではない。)
 もちろん、一度目を通してそれで終わりという本ではなく、折に触れ、ここに
 戻ってくればさらに得るものがあるだろう。
 とにかく一通り読むと自信めいたものが身につく。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(17) ○ 超日本国憲法 (潮匡人、斎藤貴男、鈴木邦男、林信吾:講談社)2008.5.17

 ゴールデンウイーク後半に本屋に行った時に目に留まり、18日の勉強会までに
 読むつもりで買った。
 4人での座談会と2人ずつの対談6編から成っている。それぞれ面白い視点が
 含まれていて興味深い。

 [興味深い指摘点](本文中の言葉とはかなり異なっています)

 ・(斎藤)最近の世論調査では「9条改正反対」が増えている。これは安倍政権時に
  改正が現実味を帯びてきて、具体的になるにつれ皆怖くなってきたため。
  ⇒逆に言えば、改正を言っていた人も、憲法改正ができない状況を前提に話して
    いたことになる。

 ・(林)最高裁は自衛隊が合憲であるという明確な判断を下したことがない。
  最高裁がそこまで踏み込んだ判断をする資格が与えられていることに
  自信を持っていない。

 ・(潮)日本国憲法は人権保障がメインで、その下に統治機構の条項がある。
  平和条項も人権保障の下にくると認識すべき。
  9条の条文通りに自衛隊を持たないようにすると、戦争に巻き込まれる際に
  基本的人権を人権が守られない。

 ・(斎藤)自民党憲法案の基になった民間憲法臨調は、近代立憲主義に代わる
  新しい憲法概念の確立を、と書いている。
  ⇒確認必要

 ・(鈴木)憲法に天皇条項はいらないと思っている。しかし、そうすると天皇を戴いた
  クーデターの危険性など、かなり危うくなる。

 ・(鈴木)右翼は少なくとも顔を出して自分の責任を取って獄に入るとか、自決する
  という美学を持っている。左翼の場合は覆面をして群集の後ろあたりから石を
  投げたり火炎瓶を投げたりする。
  ⇒昔から、左翼の覆面は気になっていた。右翼は体制派だから顔を見せる
    ことができるのかと思っていたが違っていたか?

 ・(潮)日本が平和であり続けたのは憲法9条があったからではなく、日米同盟が
  あったからだ。

 ・(潮)憲法9条があるから集団的自衛権が行使できず第3国に向かうミサイルを
  打ち落とせない。したがって憲法9条は倫理的・道徳的に間違っている。

 ・(林)2001年にフランスが徴兵制を廃止した。最後まで反対したのが左翼と
  呼ばれる人たちだった。国のために誰かが死ななければならないとしたならば、
  その確率は平等でなければ真の民主国家といえないという理由。
  ⇒民主国家における徴兵制というのは本質的なテーマだ。

 ・(斎藤)虐げられている若者は、平和を強調する奴は既得権益を維持したい
  だけだと受け止めている。

 ・(斎藤)新自由主義的な国家戦力の一環としての憲法改正を目指しているのが
  改憲派の主流になってきていることを護憲派は見抜けていない。

 ・(斎藤)自民党の新憲法案では食うためだったら戦争も辞さないというのが今の
  日本人だと考えている。自民党の新憲法案の卑しさはそういうところにある。

 ・(潮)靖国神社のA級戦犯合祀が問題とされるが、残りの人たちは無謬なのか。
  戦場では様々なことがあったはず。問題がありながら祀られている人のことを
  言い出すと数限りない検証が必要になる。

 ・(鈴木)一般の人たちが持つのは間接言論の自由。「舛添の言うことが正しい」とか
  「誰々の言うことが間違っている」とかの形でしか自分の考えを表現できない。
  そういう意味で、言論の場にいる人たちは言論の特権階級だ。

 ・(鈴木)元赤軍派が憲法を守れと言っている。本当は守りたくないのに仕方が
  ないから踏みとどまっている。そういう卑劣さがある。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(16) △ 千日紅の恋人 (帚木蓬生:新潮文庫)  2008.5.5

 帚木蓬生氏の作品は「閉鎖病棟」に次いで2冊目である。
 以前読んだ「閉鎖病棟」と似た雰囲気であって読んでいて気分は悪くない。
 でも恋愛小説として見ると全く物足りない。
 青年有馬の気持ちがよく解らず、主人公の時子も単に若い青年が優しくして
 くるので心が動いたとしか読めない。
 勉強会のための読書の合間に、気持ちを軽くするために読んだのだが、
 内容が物足りず、かえってストレスが溜まってしまった。
 

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(15) ○ 兵役拒否の思想 (市川ひろみ:明石書店)  2008.5.1

 1ヶ月以上前に読み終えていたのに、整理ができず記載が大幅に遅れてしまった。
 被害を受ける兵士、立場が分かれる兵士の家族を最初の2章で取り上げ、その後
 兵役拒否の概念と歴史を説明し、具体的な事例として、ドイツ、イスラエル、そして
 ほとんど兵役拒否のなかった日本について書いている。

 本書の副題が「市民的不服従の理念と展開」となっているのは、兵士による兵役
 拒否を市民的不服従として捉えているためだ。
 市民的不服従として捉えることにできる兵役拒否には大いに賛同できる。ただ、
 そうでない兵役拒否を民主主義との関連でどう考えれば良いのかが、私には
 非常に気になっている。本書を読んだ後でもその解はまだ得られていない。

[内容メモ]
 最近のドイツの例  ・・・・なぜドイツでは下記の判決が下せるのだろう?
  連邦軍少佐パフは戦場での情報管理ソフトの開発に携わっていた。そのソフトは
  完成すると米軍も使用する。
  2003年4月パフは米軍のイラク戦争を支援できないとしてソフト開発を拒否。
  部隊服務裁判所は命令違反により大尉への降格という判決を下した。
  パフは連邦行政裁判所に控訴し、裁判所は2005年6月 「イラク戦争には
  重大な法的懸念がある」として良心に基づく命令拒否の権利を認めた。

 市民的不服従とは
  国家の法律・命令が事故の良心と背反するとき、自らの行為の正当性を確信し
  非合法行為であることを自覚しつつ法律・命令に背く行為

 加害の苦しみ
  第2次大戦での米軍兵士のうち、80〜85%が敵に向けて発砲できなかったと
  する調査がある。
  米軍は訓練を「改善」し、朝鮮戦争では45%、ベトナム戦争では5〜10%に減少
  させた。

 兵役拒否の歴史
  (近代国家以前)
  古代キリスト教会は軍事への参加を禁止していた。
  ローマ帝国でキリスト教が権力者の宗教となったことにより、教会は信徒に
  戦争への参加を義務付け。正当な理由なく逃れるものを破門。
  平和主義を唱えた宗派はあったが少数派。
  (近代国家後)
  近代国家成立以前は兵役免除者は多く存在していた。
  近代国家成立後、特定の身分の者だけが戦うのでなく、国民自ら祖国の
  ために戦うべきとされ、徴兵制は民主的と考えられた。
  
  第1次大戦までで兵役拒否したのは少数のキリスト教分派
  第1次大戦期、イギリス、アメリカで多数の兵役拒否。理由は宗教的教義だけ
  でなく個人の信念もあった。
  1916年イギリス徴兵法 
    良心的兵役拒否条項有。信仰以外は良心に基づくとみなされず。
  1917年アメリカ選抜徴兵法
    良心的兵役拒否者に戦闘任務免除

 国際法
  国連の少数者差別防止・保護小委員会で1960年兵役拒否権支持
  国連人権委員会 1987年兵役拒否権の普遍的承認を勧告
  1993年兵役拒否者の投獄を注意
  現在、兵役拒否が完全に保障されているのはデンマークだけ。
  他は良心に基づく場合に限定。

 ドイツの兵役拒否(西ドイツ)
  1949年 基本法で兵役拒否権を保障 (再軍備前に規定)
  1956年 再軍備、徴兵制
   兵役拒否者審査委員会で審査し、良心による兵役拒否が真剣かどうかを判断
  同年の世論調査で、徴兵制支持44%、職業軍隊支持37%
   (徴兵制は社会と軍隊の乖離を防ぐものと考えられていた)
  1960年代 兵役拒否者増加。政治的動機が増加し承認率は3割
  1977年 兵役義務法改正 審査手続き廃止、宣言だけで認める。
  1980年代 承認率85%以上
  1999年 民間役務に就く若者が兵役に就く人数を上回る。
    民間役務の70%が福祉関連
  軍隊の兵役に就かず、民間役務に就く人たちが社会から肯定的に評価されている。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(14) △ 代筆屋 (辻仁成:幻冬舎文庫)  2008.4.28

 10人の依頼に基づいて手紙を代筆する。依頼はさまざまである。
 アルバイト先で見かける女子学生宛の恋文、居場所がないと感じている老人の
 家族への手紙、既に死んでいることを知らずに孫に会いたがっているおばあさん
 への手紙、等々。
 読んでいて手紙らしく感じない。考え、悩んだ姿があまり見えてこないのだ。
 たどたどしくてももっと誠意を感じる手紙を読みたかった。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(13) ○ 殺された側の論理 (藤井誠二:講談社)  2008.4.21

 タイトルの通り、犯罪被害者遺族の立場に立って書いている。無理に全体の
 バランスは取ろうとしていないようだ。

 いろんな事件の犯罪被害者遺族が登場するが、光市事件の本村洋さんの
 言葉はTVで見るより強く印象に残った。
 例えば、死刑廃止と被害者支援をリンクすることに対して
 「加害者の刑罰や処遇を軽減するために、被害者支援を拡充するというのならば
  私はそんな被害者支援はいらない。(中略) 私が手厚い支援を受けることで  
  その見返りに加害者の刑罰を緩和する・・・という主張であれば、私ははじめから
  この議論に参加できません」
 殺された身内のことを思えば、自分が支援を受けることで加害者の刑が軽くなる
 ようなことは考えられないのは当然だろう。

 犯罪被害者の考えもさまざまだ。でも、著者によると、大多数の遺族にとって
 加害者の「更正」はさほど重要でもなく、期待もしていないそうだ。

 犯人がもうこの世にいないと思うだけで少しは救われる、と感じる遺族もいる。
 生きて償うことが遺族に望まれているわけでもないようだ。

 死刑廃止を考える上で被害者遺族の考えを知っておく必要があると思って読んだが
 やはり遺族の言葉は重い。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(12) □ ちあきなおみ 喝采、蘇る (石田伸也:徳間書店)  2008.4.2

 先週火曜の午後から出張に出て、途中、電車の待ち時間に書店に寄った。
 入り口近くに積んである本の中で ’ちあきなおみ’という文字が目に入った。
 手にとって少しめくると、ちあきなおみが夫が亡くなった15年前から公式の場に
 姿を見せていないと書いてある。いったん本を置いて別の本を見に行ったが、
 なぜ表舞台から姿を消し歌を歌わなくなったのかが気になり、結局買ってしま
 った。
 本書は、デビュー前から姿を見せなくなった時までを、関係者への取材を通して
 紹介している。たぶん表舞台から身を引いた理由に迫ろうとはしているのだろう。
 でも、わからない。最も重要と思われる亡くなった夫との繋がりも本書からは
 見えてこない。
 不十分な本だけど、昭和の歌謡曲を聴きたくはなった。
 

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(11) ○ 死刑 (森達也:朝日出版社)  2008.3.20

 死刑をさまざまな人への取材を通して考えている。死刑廃止や引き受けるだけで
 非難が殺到する被告の弁護に取り組む安田好弘弁護士、オウム事件での岡崎
 一明死刑囚、死刑廃止議員連盟の亀井静香議員、保坂展人議員、死刑執行に
 立ち会った経験のある刑務官、教誨師、冤罪元死刑囚、恩赦で減刑された元死
 刑囚など。
 結論を重視した本ではなく、そこへの道のりを見せる本だ。取材した方の中には
 多くの迷いが見られた。死刑判決が増えている中、本当にこのままで良いのか
 考えるときに読む価値がある本だと思う。


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(10) ○ まぶた (小川洋子:新潮文庫)  2008.3.2

 暴力的な緊張感が続く短編集だ。話の展開の仕方は大胆で、一つ間違えれば
 とんでもない大失敗作になりかねない。それを自在に書き切ってしまうところが
 小川洋子のすごいところだと思う。

 (飛行機で眠るのは難しい)
 飛行機で隣に座った男が、以前飛行機で一緒になった老女のことを話す。
 本書の8編の中で一番物悲しい。

 (まぶた)
 15歳の「わたし」が島で知り合った50代の男性N。不幸な雰囲気が漂う。

 (匂いの収集)
 ある意味、予想通りのオカルト的な世界

 (バックストローク)
 背泳選手だった弟の話。暴力的展開が特に小川洋子らしい作品だと感じた。

 (リンデンバウム通りの双子)
 本作品と「バックストローク」にナチス・ドイツが出てくる。2006年に読んだ
 ゼーバルトの「移民たち」を思い出させる雰囲気があった。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(9) ○ 憲法9条の思想水脈 (山室信一:朝日新聞社)  2008.3.2

 戦争放棄や軍備撤廃などの思想や理念の歴史について紹介している本だ。特に
 江戸時代末期から日本国憲法ができるまでの間の日本にいた多くの人々の考え
 が書かれている。非戦・非武装という考えは突然出てきたわけではなく、背景には
 それなりに多くの人たちの下積みがあったようだ。しかし、敗戦がなければそれが
 大きな動きに繋がることはなかった。

 
                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(8) ○ 和解のために (朴裕河 パクユハ:平凡社)  2008.2.27

 本書は韓国版と日本版があり、韓国版では韓国批判を多くし、日本版では
 日本批判を多くしているそうだ。ただ、読んでいると韓国の人向けに書いている意識が
 強いと感じる。
 著者のいる位置は私から見て普通だ。けれど、韓国でこのような正論の主張は
 とても勇気のいることなのだろう。
 相手を批判するだけでも、自国を批判するだけでもない正論を述べること、これが
 複雑になってしまった状況を変える力になることを期待する。

 [メモ]
 (教科書)
 ・日本国内で「つくる会」などの活動が目立つようになった背景は現代日本の「謝罪」
  にある。(1993年以降、宮沢-細川-村山内閣)
 ・右派の対抗意識と団結をうながすほどにまで「反省する日本」「反省的な教科書」が
  戦後日本の歴史教育の現場で大きな力を持っていたことは韓国国民の認識の外に
  あった。
 ・「つくる会」の教科書の対して2001年韓国政府が修正を要求した35項目のうち、
  日本が受け入れたのは5項目
 ・韓国の教科書も韓国の被害だけでなく、みずからの責任を叙述しなければならない。

 (慰安婦)
 ・韓国での一般的な認識とは異なり、日本政府は「慰安婦」に対する責任を否定して
  いるのではなく、「慰安婦」問題自体を否定しているわけでもない。
  「つくる会」は問題自体を否定。
 ・政治と外交は形式と儀礼的パフォーマンスによって成り立っている。そう考えれば、
  日本政府の最高権力者が署名した「お詫びの手紙」という「形式」の存在は無視
  できないのではないか。ドイツの首相ウィリー・ブラントが1970年にポーランドの
  ワルシャワ・ゲットーを訪れたとき、ユダヤ人慰霊碑にひざまずいて頭を垂れたことが
  しばしば引き合いに出されるが、大事なのはブラントがとった「形式」であり、彼の
  「内心」は問われない。

 (靖国)
 ・かりに亡くなった者を「想う」点において固有の「伝統」があったとしても、結局のとこ
  ろは人々を戦場に向かわせる思想につながっていたとすれば、なおそれは
  「守られる」べきものであろうか。
 ・韓国の国立墓地は、ベトナム戦争のように結果的に加害者であるほかなかった人々
  がともに安置されている。
  ベトナムは韓国に対し加害性を公式に問うてはいないが、それが経済論理を優先
  する決定であったこともすでに知られている通りだ。
 ・参拝し追悼しても、戦死者に対する「感謝」ではなく「謝罪」を。
  現在の靖国神社は戦没者の「献身」を称えていることから、そのような「謝罪」には
  ふさわしくない。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(7) □ 壊れる日本人 (柳田邦男:新潮文庫)  2008.2.17

 子供がテレビ・ゲーム・ケータイ・インターネットに興じる様子を危惧するのはわかる。
 モラルや恥じらいがないというより、脳が仮想現実の世界から抜け出していないという
 指摘も正しそうだ。少しでもそれらと距離を置くことを意識することは重要だ。そういう
 意味で、ノーケータイデー、ノーテレビデーという提案も平凡だけど良いかもしれない。
 ただ、それだけなら柳田氏の本としては物足りない。そう感じるのは、現状を改善する
 方策として、本書の中で書いている「あいまい文化」というのがわかりづらいからだろう。
 箇条書きにしてあり、個々はある程度わかるのだが、柳田氏という論理的な人の言う
 「あいまいさ」が僕にはうまく伝わってこない。

 (メモ)
 ・便利なものを受け入れると、必ず失うものがあるということに気づいてほしい
 ・ジレンマ  これは、社会制度や業務の処置の仕方などすべてが、きめ細かく法規や
  マニュアルなどで決められている現代社会において、専門的職業人が仕事の進め方
  に柔軟性を取り戻すための、重要な指標となるキーワードではなかろうか。
 ・最近実施された疾患別の治療費の定額方式
  (定額より下回った場合は病院の収益としても良いという制度
   ・・・・最近のアメリカ医療の話と同じものがもう日本でも導入されている?)
 ・親の子に対するダブル・バインド(二重拘束)と呼ばれる接し方
   相反することを同時に投げかけられる


                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(6) ○ ルポ 貧困大国アメリカ (堤未果:岩波新書)  2008.2.3

 本書を読むと、アメリカ社会は、教育、医療、戦争といった領域の民営化、
 貧困層の増加によって、大変な状況に陥っている。下記のことが全部
 関連し合っている。次の大統領はこの状態を改善できるだろうか。
 また、日本もこの道の後追いをしている。道は変えなければいけない。

 (サブプライムローン)
  ・サブプライムローンは社会的信用度の低い層向けの住宅ローン
  ・具体的には、次のどれかに当てはまる人が対象。
    @過去12ヶ月以内に30日延滞を2回以上、又は過去24ヶ月以内に60日延滞を
      1回以上している。
    A過去24ヶ月以内に抵当権の実行と債務免除をされている。
    B過去5年以内に破産宣告を受けている。
    C返済負担額が収入の50%以上になる。
   ⇒本書を読むまで具体的にどういう人向けのローンであるかを知らなかったが、
     上記4条件を見ると、相当無理のあるローンだとわかる。中流階級の消費率が
     飽和した後、次のマーケットとして低所得層の移民がターゲットになった結果の
     ようだ。

 (貧困が生み出す肥満)
  ・
ニューヨーク州の公立小学校では50%が肥満
  ・
給食制度(1966年開始:National Lunch Program)の対象者は年収が貧困
   ラインの130%以下の家庭の子供
。2005年現在、3000万人が登録。メニューは
   安価でカロリーの高いインスタント食品、ジャンクフード中心
になる。
   このマーケットを開拓しようとしている企業はピザハット、マクドナルド、ウェン
   ディーズなど。
  ・
フードスタンプ (貧困ライン以下の家庭に配布される食料交換クーポン)
  受給者数 2006年度で2620万人。2000年から930万人増加
  一回の食事につき一人1ドル40セント
  フードスタンプ受給者はカロリーの高いものを買う。
  結果、
貧困地域を中心に過度に栄養が不足した肥満児、肥満成人が増加
  ・2006年時点で約6000万人のアメリカ国民が1日7ドル以下の収入で生活。

 (災害対策事業を民営化)
  ・連邦緊急事態管理庁(FEMA)・・・2003年に変化
  災害対策を民営化
  ・2005年8月 ハリケーン・カトリーナにより、ルイジアナ州大被害
  2007年 ニューオーリンズ市46万人の住民のうち帰還したのは半数以下
  住民の60%は電気使用できず、病院も半数が閉鎖したまま。
  ・ルイジアナ州議会は128の学校のうち107校を管理下に置き、チャータースクールに
  切り替え
  チャータースクールとは、資金が国から出て、運営を民間が行なう学校
  ただし、期間内に生徒数などのノルマを達成できなかった場合、閉校となり、
  負債は運営者が負う。

 (医療問題)
  ・
80年代以降、公的医療が徐々に縮小
  自己負担率が拡大、「自由診療」という保険外医療が増加
  背景に大企業の負担する保険料の増加があった。
  ・自己負担が増えたため、
民間の医療保険に入る国民が増加
  保険会社市場が拡大し、利益上昇。
  保険外医療範囲が拡大し、製薬会社や医療機器の会社の利益も上昇
  ・2005年の全破産件数のうち、企業破産4万件、個人破産204万件
  
個人破産の半数以上が高額医療費負担
  ・ニューヨークで盲腸手術で1日入院すると、243万円
  (日本では4,5日入院しても30万円を超えることはまずない)
  ・国民一人あたりの平均医療費負担額は、国民皆保険制度のある国の2.5倍
  2003年で一人当たり年間5635ドル
  ・
民間保険のカバーする範囲はかなり限定的。支払い拒否も多い。
  ・
入院出産費用の相場は1万5千ドル。日帰り出産する妊婦も増加
  ・高齢者向け公的医療保険「メディケア」は、社会保障税を10年以上支払うと65歳で
  受給資格を得ることができ、毎年100ドル支払うと医療費の20%の自己負担で済む
  制度
  ただし、通院の場合の処方箋薬は全額自己負担
  ・低所得者向け医療扶助「メディケイド」の受給者数は5340万人
  政府と州が半分ずつ負担
  1983年に定額支払いのDRGと呼ばれる新方式導入
  DRGは、全疾患を468に分類し、その分類に応じて政府が定額を病院に支払う方式
  
DRGでは医療サービスの量を減らすほど病院の収入が増えることになる
  ・全米一の巨大病院チェーンHCA社は350の病院を所有し、従業員数は28万5千人
  病院に課す営業ノルマは利益率15%
  病院経営責任者のボーナス算定基準は営業成績で医療の質は一切評価されない。
  ・年間3360万人の入院患者の2.9%〜3.7%が入院中に起こる「医療事故」の犠牲に。
  医療過誤による死亡患者数は年間4万4千人から9万8千人
  ・
医療サービスへ支払われる金額はアメリカ国内総生産の15%以上を占める。

 (教育と入隊))
  ・2002年 教育改革法(落ちこぼれゼロ法)・・・競争導入と個人情報
  
全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルータに提供する。
  拒否すると助成金カット
  裕福な学校は個人情報を出さない。
  しかし、貧しい地域は助成金のために個人情報を提出する。
  ・
軍の勧誘条件の中に、大学学費を国防総省が負担、兵士用医療保険加入がある。
  若者の軍への入隊希望理由の8〜9割はこの条件による学費免除
  次に多いのが医療保険。入隊すると本人だけでなく家族も治療を受けられる。
  ・軍入隊と引き換えに市民権を得られるという移民法成立(2002年)
  
不法移民でも入隊すれば市民権得られるように改正(2007年)
  毎年8千人の非アメリカ人が市民権獲得と引き換えに入隊

 (戦場への民間派遣)
  ・KBR(ケロッグ・ブラウン&ルート)社
   派遣会社。派遣社員数6万人、週200〜300人をイラクやアフガニスタンに派遣
   登録者は借金がある人、フルタイムで働いても貧困ライン以下の収入の人、
   入院・失業等で貧困層に落ちた人など
  ・派遣会社を通してイラクに行くネパール人が1万7千人いる。
  戦場への出稼ぎ労働者はアメリカ人だけではない。
  ・
徴兵制など必要なくても、格差を拡大する政策を打ち出すだけで、経済的に
  追い詰められた国民は生活苦から戦場に行ってくれる。



                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(5) △ 空中ブランコ (奥田英朗:文春文庫)  2008.1.27

 先週、駅の本屋に入ったら文庫本の今月の新刊として積んであるのが目に入った。
 「直木賞受賞」と帯にあったので、はずれはないかと思って買った。
 気楽に面白く読めることは間違いない。最後は正当な方向に行って終わることが
 予想できるので安心して読めるし、実際に不快感なく読み終えることができる。
 でも、こんな気楽な本を読んでいて良いのか、という疑問も抱く。
 読むのに時間はかからないので、疲れて気分転換したい時にそれほど期待せずに
 読む本だろう。

                     2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ


(4) △ 天国はまだ遠く (瀬尾まいこ:新潮文庫)  2008.1.25

 文庫版あとがきは何かありそうな予感を抱かせるものだったので読んでみたのだが
 今ひとつだった。
 社会に疲れて田舎にやってきて死のうとしたが失敗し、なぜかしばらく田舎でのんき
 に暮らす。けれど、ここは自分の居場所ではないと強く感じるようになり戻っていく、と
 いう話なのだが、説得力がない。
 ここで暮らせばいいじゃない、とは思っても、なぜ、自分の居場所じゃないと感じるのか、
 なぜ戻っていくのか、という大事なところが全く伝わってこない。
 また、田村さんがなぜ田舎で暮らしているのか、暮らしていけるのか、についてももっと
 書くべきではないかと思った。

                      2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ


(3) □ 山本五十六 (半藤一利:平凡社)  2008.1.20

 アメリカとの戦争において最も有名な日本の軍人はたぶん山本五十六だろう。
 また、戦争の是非を論ずる場合にも、アメリカとの戦争に反対しながら連合艦隊
 司令長官としてアメリカと戦ったことがよく出てくる。戦争に反対したことや、敗戦
 への分岐点とされるミッドウェー海戦について関心があったので本書を読んだ。
 
 軍縮条約や三国同盟における賛成・反対のやり取りやその背景、ミッドウェー
 海戦での油断等を詳しく書いてあり、興味深く読んだ。
 
  1939年から1940年にかけてドイツは非常に強かった。これが続くと判断したため
 三国同盟に踏み込み、フランス領だったインドシナへの展開になった。
 しかし、独ソは戦争になり、ソ連を巻き込んだ四国同盟にはならず、三国同盟に
 よって米英との戦争は避けがたくなった。
 強いところと組んでいれば道は開けるという考えだったと思うが、そうは行かなかった。
 今、そういう発想はないだろうか。

 (軍縮条約をめぐって)・・・堀悌吉
 海軍は軍縮をめぐり2つに分裂した。1922年のワシントン海軍軍縮会議で主力艦
 比率対米英6割と譲歩し、7割という主張を海相 加藤友三郎大将が抑えた。
 しかし加藤海相は翌年死亡し強硬派が強まる。
 1930年ロンドン軍縮会議締結をめぐり対英米強硬派と協調派が衝突。軍令部は
 7割海軍を主張し条約に反対。海軍省側は協定すべきで統一。このときの海軍次官は
 山梨勝之進中将、軍令局長 堀悌吉少将。
 堀は「軍備は平和の保障である」という防備艦隊の思想。結果、このときは条約締結。
 1932年協調派は次々と予備役に編入(海軍を去る)。堀も1934年予備役編入となり
 海軍を去った。同年ワシントン海軍軍縮条約廃棄が決定しアメリカに通告。
 過酷な建艦競争が再び起こる。

 (三国同盟をめぐって)
 1938年日中戦争泥沼化。ドイツ 日本に接近。ソ連を仮想敵国とする陸軍は賛成だが、
 海軍は割れていた。
 海軍大臣 米内光政大将、次官 山本、軍務局長 井上成美少将が三国同盟に反対。
 伏見宮軍務総長らは賛成。
 1939.5.10 ドイツ、イタリアと同盟条約
     5.11 ノモンハンで日ソ衝突
     7.26 アメリカ 日米通商航海条約廃棄を通告
     8.21 独ソ不可侵条約
     8.28 平沼騏一郎内閣総辞職。
        陸軍大将 阿部信行内閣に。海相は吉田善吾、山本は連合艦隊司令長官に、
        井上も10月には支那方面の海へ、
        軍務局長の後任は親ドイツ派の阿部勝雄少将。
     9.1  ドイツ ポーランド侵攻
     9.3 英仏がドイツに宣戦布告 第2次世界大戦に。
 1940.5 ドイツ 西部戦線総攻撃 オランダ、ベルギー、フランスへ
      日本は 日独伊ソの四国協商でアメリカと対決する立場を強めることを期待
      吉田海相は三国同盟に反対するが、海軍内部にも賛成論強まる
 1940.9.3 吉田海相倒れる。辞表提出。後任 及川古志郎大将。
     9.19 三国同盟締結 正式決定

 (その他)
 ・一気に勝負を決する艦隊決戦に固執し、これからの戦争は長期消耗戦という第1次大戦の
  教訓は忘れられた。
 ・真珠湾攻撃の直前、ドイツはソビエト戦線で敗退
     
                      2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ


(2) ○ 日本の10大新宗教 (島田裕巳:幻冬舎新書)  2008.1.14

 それほど宗教に関心があるわけではないが、ある程度の知識を持っておきたいと
 思って読んだ。 初めて知ることが多く、それなりに面白かった。
 本書に挙がっていた教団は、戦争の時には戦争を支持していた教団が多かった。
 ただ、支持していても弾圧を受けた教団もある。

 全国の私立高校の3分の1が宗教団体を経営母体としていて、6割がキリスト教系
 で神道系はわずからしい。そして新宗教系は20校ほどなのに、高校野球では活躍
 が目立つ。
 PL学園、天理高校、智弁学園・智弁和歌山(弁天宗)、金光大阪・創価高校(2007
 甲子園出場)など


名前 教祖・創始者 教団誕生年 信者数 系列 備考
天理教 中山みき
(〜1887)
1838年 50万人 吉田神道
+真言宗の影響
戦前、政府(戦争)に協力
大本 出口なお
(1836〜1918)
1897年
(金光教
から独立)
? 神道系
(金光教)
2代目出口王仁三郎
(1871〜1948)
社会変革志向
第1次大本事件(1921)弾圧
第2次大本事件(1935)弾圧
生長の家 谷口雅春
(1893〜1985)
1929年 80万人
(海外に
数百万人)
神道系
(大本の影響大)
当初、雑誌出版を主体
戦前、天皇信仰
戦後、保守勢力に支持される
天照皇大神宮教 北村サヨ
(1900〜1967)
1946年 ?
(中規模)
神道系
(サヨは戦前、
「生長の家」に
入っていた)
サヨの歌説法と無我の舞
好意的に見られている
璽宇 長岡良子
(〜1984)
1941年 神道系(大本)
+真言密教系
国粋主義傾向
双葉山訪問(1946)
検挙(1947)
取り締まり後、各地を転々
立正佼成会 庭野日敬
(1906〜1999)
長沼妙佼
(1889〜1957)
1938年
(霊友会
から分離)
176万世帯
(教団公表値)
法華系 高度経済成長時代に発展
先祖供養、姓名判断、法座
他宗教に対し寛容
霊友会 久保角太郎
(〜1944)
小谷喜美
(〜1971)
1925年 ?
(霊友会HP
では海外
含め会員数
442万人)
法華系 法華経信仰と先祖供養
戦争を積極的に支持
弾圧受けず

1971年2代目久保継成
「自分探し」路線へ
創価学会 牧口常三郎
2代目
  戸田城聖
 (〜1958)
3代目
  池田大作
1937年 250万人
(学会発表は
847万世帯)
日蓮宗
(日蓮正宗と
90年代に決別)
布教活動「折伏」
他宗教に排他的
先祖供養に関心なし
牧口:教育者
初期は「創価教育学会」
1960年3代目池田会長
1961年公明政治連盟
1964年公明党
世界救世教 岡田茂吉
(〜1955)
1935年
(大日本
観音会)
?
(分派多数)
神道、観音信仰 世界救世教系の自然食
品店全国に存在
岡田茂吉 大本入信(1920)
浄霊(手かざし)
神慈秀明会 小山美秀子
(1920〜2003)
1960年代
後半
? 神道、観音信仰 世界救世会から独立
分派のひとつ
浄霊(手かざし)
PL教団 御木徳一
(1871〜1938)
1931年
(ひとのみち)
1945年
(PL)
? 神道系 戦前、体制に従順
(教育勅語の道徳教える)
影響力増え、1937年弾圧
戦後、教義第1項
「人生は芸術である」
PL花火大会(宗教行事)
真如苑 伊藤真乗
(1906〜1989)
1946年
(まこと教団)
90万人 真言密教系 1980年代タレント入信で話題に
2001年日産村山工場跡地購入
(106ヘクタール、739億円)
規模は創価学会、立正佼成会に
次いで3番目
世直し的側面なし
GLA 高橋信次
(1927〜1976)
1968年 2万6千人 ? 高橋は専門の宗教家でなく、
町工場の経営者
9人の兄弟の多くは創価学会員
教団外に影響あり
霊的な関心強い
(古代エジプトや中国の霊)

                             2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ

(1) □ 幼児化する日本社会 (榊原英資:東洋経済新報社)  2008.1.4

 共感できる点が2箇所あった。一方で格差や教育では違和感を覚えた箇所もあった。

 共感できた1つ目は、「テレビ報道はいじめそのもの」という指摘。
 不祥事を起こした人や組織を過度に糾弾し、反論できない人たちを感情論で徹底的に
 叩いている。情に訴えているだけで知性に欠けている。
 ここは本当にそう感じる。本書でも例に挙がっているが、JR西日本の宝塚線での事故
 報道はまさにそうだった。私も以前HPに書いたが、事故直後から嫌な報道姿勢だった。

 2つ目は法的には問題なくても、「これはやってはいけない」というある種の見識やパブ
 リックマインドを企業に求めるべきという主張。
 今は儲けという側面以外で本当にいいことをやっているかどうかの検証を企業はやって
 いない。本書では子供用に高価な玩具を売っていることを問題視している。
 私もゲーム機をこれほど普及させることが良いことかどうか等はもっと議論すべきだと思う。
 何も売れているからという理由で任天堂を持ち上げるだけが検証すべきことではないは
 ずだ。

 教育や格差に関する記述は完全に否定するわけではないが、違和感を覚える箇所が少
 なくなかった。例えば、「機会の平等」と「結果の平等」というのは一時期民主党の若手
 議員がよく使っていたが、「機会の不平等」が「結果の不平等」に繋がっているから問題
 なのであって、完全に分離できるものではない。この点をしっかり議論しないといけない。
 また、ゆとり教育が誤りという記述があり、よく言われることでそのこと自体は良いが、学
 習内容削減と授業時間数削減が区別されていないようだ。さらに2歳から7歳くらいの子に
 もっと暗記させて詰め込むべきという考えもどうかと感じる。最低限度の知識をしっかり身に
 付けさせることが重要だと思う。


                         2008読書記録トップへ   内容一覧トップへ