「人はなぜ戦争をするのか」 :2008.4.8
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 フロイトがアインシュタインとの往復書簡で、アインシュタインの提起した問いに返答している。
 フロイトの書いた文章が、「人はなぜ戦争をするのか」(光文社古典新約文庫)の中に入っている。
 アインシュタインの文章を読んでいないが、「人間を戦争の脅威から救い出す方法はないのか」
 というのが問いかけらしい。なお、フロイトが書いたのは1932年である。

 フロイトは、およそ次のように書いている。

   人間には攻撃的な本性があり、利害対立に決着をつけるのは暴力だ。
   民主主義になって個人的な暴力を集団で抑えたとしても、その権力の根源は暴力である。
   共同体の内部でも、共同体の間でも対立は暴力で解決するしかない。
   このため、戦争は人間の自然な状態とも言える。

   戦争をなくすために、一つの上位の機関として国際連盟を作ったが、権力が譲渡されて
   いない。
   権力が譲渡されていない状態では、理念で権威を獲得するしかないが、現在のナショナ
   リズムが強い状況では、理念の力で現実の権力を抑えることはできないだろう。

   人間の欲動は2種類で、生を保存しようとする欲動と破壊しようとする欲動だ。
   破壊の欲動が働くために戦争に突き進んでしまう。
   破壊の欲動をなくすことはできないので、破壊の欲動に対抗する生の欲動を強めなくては
   いけない。
   文化の発展によって、理性の力が欲動をコントロールし始めている。
   すぐにではないが、いつか文化の発展によって戦争がなくなる日が来るかもしれない。

 
 戦争を避けがたいという説明はわかるが、戦争を回避する方法はあまり説得力があるとは
 思えない。生の欲動(エロス)によって破壊の欲動に対抗するといっても、今ひとつ実感が
 伴わない。しかし、文化の発展、理性の成長によってしか、戦争を防げないと私も思う。

 フロイトの話から離れるかもしれないが、私は単なる感情論で戦争は決してなくならないと
 思う。戦争が嫌だという反戦感情と、相手は酷い奴だから叩き潰そうという戦争に向かう
 感情は近いところにあるように感じるからだ。
 理性の力でなければ、自然状態とも言える戦争状態を乗り越えられない。
 そして、理性の力でなら戦争をなくすことは可能だと信じる。



[読書メモ]
 (1)戦争は人間の自然の本性
  ・人間のあいだで利害が対立したときに決着をつけるのは原則として暴力である。
  ・力の強い者が暴力を使うことで他者を支配してきた。
  ・これに対し、団結した人々の力が一人の暴力に対抗して権利を確立した。
   しかし、この共同体による支配も暴力によるもので、共同体の権力に逆らうものには
   暴力を行使する。

  ・共同体内部に力の不均等が生じる。
   →新たな法律を生み出す(支配者側、抑圧された側、双方から)
  ・共同体内部でも利害対立は暴力で解決するしかない。

 (2)国際連盟
  ・戦争を確実に防止するには、一つの中央集権的な政府を設立することに人類が
   合意するしかない。
  ・上位に立つ機構の設立、必要とされる権力の譲渡の2つの条件が必要。
   国際連盟がその機構と考えられているが、独自の権力がない。
   国際連盟は、権力の所有ではなく、理念によって権威を得ようとする実験だ。

  ・これまでの歴史で理想的な理念が効果を発揮した例
    ギリシャ民族のあいだで戦争があったが、敵であるペルシア帝国と手を結んで
    他のポリスに攻撃を加えることはしなかった。
  ・現代において、このような統一的な権威のある理念はない。
   今、世界の民族を支配しているのはナショナリズムであり、これが国を対立させている。
  ・理念の力で現実の権力を抑えようとする試みは失敗する運命にある。
  ・法とは、もともとはむき出しの暴力であり、現在でも暴力による支えを必要としている。

 (3)人間の欲動
  ・人間の欲動は2種類しかない。
   一つは生を統一し保存しようとする欲動・・・エロス
   もう一つは、破壊しようとする欲動
  ・戦争へと駆り立てる憎むべき欲動をなくすことはできない。
   この欲動に抵抗する試みよりも、もっと自然の本性に近い。

  ・平等性を確立すれば人間の攻撃性を消滅させることができるという考えがあるが
   この期待は幻想にすぎないだろう。
  ・人間の攻撃的な傾向を完全に消滅させることを目指すべきではない。
   この欲動を別の場所に向け、戦争に向けないようにすることを目指すべき。
   この欲動に抵抗するエロスの欲動に訴えかければよい。
  ・感情的な絆を作り出すものは何でも戦争を防ぐ役割を果たす。
   第一の絆は愛する対象との絆、第2の絆は同一化

 (4)反戦
  ・戦争は自然なものなのに、なぜ私たちはこれほど反戦活動に熱中するのか。
   それは、わたしたちが生理的に戦争が嫌だと感じるから。
  ・文化が発展してくると、人間の心に大きな変化が生じる。
   文化によって知性の力が強くなり欲動をコントロールし始めた。
  ・私たち平和主義者は戦争に対して不寛容になっている。
   これは単なる理性的拒否や勘定的拒否ではない。
  ・文化的姿勢と惨禍に対する根拠ある不安が相まって、近い将来に戦争はなくなると
   期待するのは、ユートピア的希望でないかもしれない。
   文化の発展がもたらす全てが戦争を防ぐように機能する。