男たちの旅路(第1部第三話)から :2007.8.5
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30年くらい前に放送されたNHKドラマ「男たちの旅路」は非常に印象に残っている番組で
今までにもHPに書いたことがある。2003年に再放送された時に多くを録画していて、
たまに気になった箇所を見ることがある。
第1部第三話「猟銃」の中に、「高をくくってはいけない」というこの番組のテーマとも
いうべき言葉が出てくる場面があることをふと思い出し、この場面を探して見直した。

柴田(森田健作)、杉本(水谷豊)、悦子(桃井かおり)は警備会社に務めている。
(ただし、この回はいったん辞めている最中)
警備会社の上司が吉岡(鶴田浩二)である。吉岡は特攻隊に所属していたが、出撃前に
終戦を迎えた人である。
柴田は自分の母親と吉岡が昔からの知り合いでありながら自分に隠しごとをしており、
実際は恋人だったのではと考えている。それを母親に問いただし、確認するために
吉岡にも話を聞くという場面になっている。

私はこれほど濃密なTVドラマの場面を知らない。あまりにも充実した心に残る場面だった
ので誰かに知らせたいと思って、まず妻と娘に見せた。涙もろい妻は涙を流していた。
さらに他の人にも知らせたいと思って、せりふを書き残してみた。
戦争を考えるうえでも、恋愛を考えるうえでも、人間を考えるうえでも、多くの場合に
関係する内容を含んでいる。
実際に見た印象と文字で読んだ印象は異なるだろうが、少しでも質の良さが伝わればと
思う。

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柴田「九州の都城だそうですね」

吉岡「ああ、都城の飛行場だった」

杉本「かっこいいねえ」

柴田「黙って聞けよ」

吉岡「お母さんがどう話したか知らんが、私には同期で入ったカシマという友人がいた。
    大学も同じだった。恋人も同じだった。
    仲は良かったが、恋人のことについてはお互いに譲る気はなかった。
    きれいな人だった。今だってきれいだがね。
    始めはかすりのモンペに上だけセーラー服の女学生だった。
    飛行場から20分ほどのお宅でね。
    お父さんは、つまり君のおじいさんは中学の先生をしておられたな。
    私とカシマは勤労奉仕で草刈に来ていたお母さんにまいっちまってね。
    家を突きとめて休みのたびに出かけた。
    兵隊は歓迎されたんだ。付け上がってよく行った。いろんなお土産を持って。
    おじいさんと将棋を指したりして2人で競争で気に入られようとしたんだ。
    今思えばたわいないが、カシマには内緒でチョコレートを10枚も手に入れて届けたりした。
    もっともあいつも似たようなことをやったがね。

    20年の3月、お母さんは女学校を卒業してハッとするほど女らしくなった。
    同じ月に硫黄島が全滅して俺たちが特攻隊で出撃するのが時間の問題となっていた。
    いきなりカシマが君のお母さんに求婚すると言い出した。私も負けずに求婚すると言った。
    まもなく死ぬ人間がむちゃな話だが、本気でお嫁さんがもらいたかったんだ。
    「よし、腕ずくで来い。勝った方が求婚しよう」とあいつが言い出してなぐり合いになった。
    私が負けた。カシマが恐ろしいほど本気なので私がひるんだんだ。
    ところがいざ求婚ということになると、がたがたして言い出せないんだな。
    その時になって、死ぬ人間が嫁さんをもらってもしようが無い、などと言って。
    結局、求婚はしなかった。
    前と同じように、2人で訪ねては酒を少し飲んで帰ったりした。
    6月にあいつは出撃してそれっきりになった。
    出撃する時、「俺は仕方がない。もし、お前が生き残ったら必ずユウコさんをもらえ」と
    言ってあいつは逝った。
    俺は「生き残るはずがない。俺もすぐ後から行く」、そう言って別れたんだが、
    こうして生き残ってしまった。

    戦いが終わって私は東京へ帰った。ユウコさんには、お母さんには会わずにいた。
    仲間が次々と死んでいったのに自分が生き残ったということに圧倒されていて、
    とても求婚などという余裕はなかった。
    戦争中の親切のお礼を書いた葉書を出しただけだった。
    敗戦の翌々年秋の終わりにお母さんは突然上京してきた。
    お父さんの用事で上野の図書館に来たと言った。
    私は生活が荒れてる最中でね。帰りに東京駅まで送っただけだった。
    その時、動き出した汽車の中でのお母さんを見て、戦争中の気持ちがあふれるように
    よみがえった。
    手紙のやり取りをした。私は生活を立て直す気になった。結婚しようと思った。

    23年の夏、都城へ行った。駄目だった。
    夏草の茂った飛行場を見ると、ワーッと死んだ奴を思い出して、カシマを思い出した。
    どうしても結婚を切り出せなかった。
    生き残ったのをいいことに一人だけ幸せになっちまうのがすまない気がして
    言い出せなかったんだ。
    そして25年にお母さんはお嫁に行かれた。

柴田「その前にあなたと会ったそうですね。」

吉岡「ああ」

柴田「結婚話が進んでいる。でも結婚したくない。つまりあなたと結婚したいと言ったそうですね。」

吉岡「うん」

柴田「あなたは逃げてしまったそうですね。
    死んだカシマさんの気持ちを思うと結婚はできないと書き置いていなくなってしまったそうですね」

吉岡「そうだ」

杉本「あんたは相当なウソつきだ」

吉岡「ウソつき?」

杉本「そんな話信じられっこないじゃないの」

吉岡「どうしてだ」

杉本「いくら親友だったか知らないけど、死んだ奴に義理立てて好きな女と別れるなんて
    できすぎててしらけちまうじゃないですか」

吉岡「しかし、それは事実だ」

杉本「事実のような気がしているだけでしょ。本当は簡単なことさ。
    あんたはもう惚れてなかったってことさ。嫁さんにしたくなかったってことさ」

吉岡「そうじゃない」

杉本「甘い話を作りたい気持ちはわかるけど、特攻隊で死んだ仲間が忘れられないから
    結婚しないなんてちょっと照れないで話しすぎるんじゃないかねえ」

吉岡「そのときの気持ちはしかしそういうことだ。断じて惚れてなかったという事ではない。
    お母さんが好きだった。
    好きなら好きなほど結婚して幸せになるのが後ろめたくて仕方なかったんだ」

杉本
「きれい過ぎるね」

吉岡
「お前は汚なきゃ信じるのか」

杉本
「もうちょっと本当らしけりゃ信じますよ」

吉岡
「どんなふうなら本当らしいんだ。
    死んだ者のことなどさっさと忘れてしまったと言ったら信じるのか」

杉本
「人間は忘れるもんでしょう」

吉岡「忘れなきゃウソだって言うのか。
    お前ら、その調子で何にでもタカをくくってるだけだ。
    恋愛も友情も長続きすればウソだと思い、人のために尽くす人間は偽善者かバカだと言う。
    カネのために動いたといえば本当らしいと言い、正義のために動いたといえば裏に何かあると
    思うんだ。お前ら、そうやって人間の足引っ張って大人ぶっているだけだ。
    しかしな、人間はそんな簡単なもんじゃないぞ。
    俺がこうやって独りでいることを、お前たちに言わせれば相手がなかったとか、面倒くさくなったとか、
    そんなことで片付けようとするだろう。しかし、そうじゃない。幸せな家庭なんか作りたくなかったんだ。
    死んだ奴に一人ぐらい義理立てて独身で通したやつがいてもいいという気持ちだったんだ」

杉本「戦後30年たってんだからね」

吉岡「甘っちょろいというのは簡単だ。しかしな、甘いきれい事でも一生かけて押し通せば甘くなくなる。
    俺はそう思ってる。しらけて訳知りぶるのは勝手だが、人間にはきれい事を押し通す力があるって
    ことを忘れるな」

柴田「それじゃ、オヤジはどうなるんですか。いやいや結婚したオフクロはオヤジに終いまでやさしくはなかった。
    あなたがオフクロと結婚していれば、オヤジはもっと少し優しい嫁さんをもらって幸せだったかも
    しれないんです」

吉岡「それは別の話だ」

柴田「そうでしょうか。オフクロはいつも心の中であなたとオヤジを比べていたんだ。
    それでオヤジの方が魅力がないとか思っていたんだ」

吉岡「二十何年もそんなこと思えるはずがない」

柴田「吉岡さん、あなたも30年以上死んだ人を忘れてないんでしょう。
    オフクロもあなたのことを忘れてないんだ」