大普賢岳
仏生岳
三重県側です
&丹生川上神社中社の石灯籠弘長四年(1264)
みなさん今晩は、話題騒然、非難囂々のはく・たけ凸凹コンビが、
またもやも登場でございます。

一部の方には?まったく不評であった、
hakutaroさんがお書きになった、
名所旧跡 はくちゃんが「大峰奥駆け 釈迦ヶ岳に登る!!」から
はや五ヶ月の歳月が流れ、hakutaroさんの涙も乾いた頃でしょう。

そんなわけで謹慎処分が解けた凸凹コンビが
高見山へ行って参りました。

この記録は、その時の愛と感動とお笑いの一コマでございます。
では御覧アレ。
奈良の「森永プリン」

hakutaroさん所有の自称桜井のポルシェ911は、
5500ccのエンジンを快調に回し、
およそ桜井駅から一時間ばかしで大峠に到着です。

なるへそ、これが奈良の「森永プリン」
もとい「マッターホルーン」と言われてる高見山ですか、私は初見参です。

駐車場には一台だけ止まってました。
紅葉にはまだ早いこの時期にもう先客が。

こんな早い時間から物好きがいるもんですな。
(凸凹コンビの方が物好きである!)

しかし、コテコテの峠と言う感じの大峠。
あちらはもう三重県側ですか〜と。
ところでココ駐車場自体は三重県なんでしょうか?

さっそく、一同(二人だけ)
敏速に時間を掛けて登山準備にはいったわけでございます。

そして、いよいよ緊張の登山開始です。
一歩一歩上がっては、見晴らしが良い良い。この連発です。
まさしく見晴らしが良い良いの金太郎飴状態と申し上げても、
罰は当たらないでしょう。

山々が山々となり思わずヤッホーなんて、
ベタな雄叫びを上げたくなりましたが我慢しました、ほんま。

しかしながらhakutaroさんは、
「来る総選挙には、凸凹コンビをよろしくお願いします。」と叫んでました。
私はこの時ばかりは他人の振りをさしてもらいました。
(当然のごとく、二人しかいないんですが。)
そんな、こんなで、はや頂上に着きました。
極楽  極楽

ワンダフル、フルフル、ビューティフルです。
ここからの眺めはもう極楽、極楽、
温泉に入ったわけでもないんですが。
これを極楽と言わずに何を言うですね。

まあ、私が具体的に山の名前(知りまへん)を言わなくとも、
みなさんの方が良くご存じかと思いますので、
山の名の羅列はパスします。

ただし、はくちゃんが「大峰奥駆け 釈迦ヶ岳に登る!!」
の釈迦ヶ岳が見えなかったのが残念です。

説明看板によると大普賢岳と仏生岳が見てるそうです。
あれが、あれが大普賢岳なんですねと。

場所変われば、(010 歩けども歩けども 山ばかり 弥山から前鬼へ 大峰奥駈け
あの様に見えると言うわけなんですね、
当たり前田のランチクラッカーではございますが。

楽しい楽しいお昼を戴いて、
針路を小峠にとり伊勢街道を辿り大峠に帰って参りました。
丹生川上神社中社

こうして凸凹コンビの、一粒で二度美味しい、
高見山と伊勢街道‥‥‥
実は一粒で三度美味しいなんですね、

その三度とは。
帰り道の国道166を途中に南下して。吉野郡吉野村小(おむら)へと。

丹生川上神社中社の石灯籠弘長四年(1264)

さらに天照寺に小川城主の墓地に、
十三重塔二基、五輪塔三基、
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての造立されたものとか。
地蔵さまも、天文十二年(1544)も静かにお待ちしております。

この石灯籠には伊ブラザーズの大工伊末吉の銘があるそうです、必見ですね。

いいですね吉野村小(おむら)は、
のんびりと、なにげなく歩いてみたくなる。そんな地でございます。
永遠に不滅です

そう言うわけで、
一度で三度美味しい、いや四度になりました。

そうなんです、hakutaroさん宅にて夕食をご馳走になり、
これにて一度で四度美味しい
凸凹コンビ「高見山に登る!!」は終了です。

どうでしたでしょうか、はく・たけ凸凹コンビの第二弾は、
今回はタケチャンマンが担当しましたが。
愛と感動とお笑いを堪能してくださったでしょうか。
たぶん、一部の人には非難囂々でしょうが。

そんな人には、きっぱりと、ゴメンナサイです。

たぶん!
大多数の人が第三弾はまだかとお待ちとの事かと思いますが。
これだけは言わしてもらいます、
はく・たけ凸凹コンビは「永遠に不滅です、たぶん。」



参考文献

奈良県史7  石造美術
番外編   本邦初見参!
凸凹コンビ 高見山に登る!!
吉野から金剛山が
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

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