水間峠から国見山そして鉢伏峠へと
本日のコース
バス停上水間・・・水間峠・・・光仁天皇陵・・・太安万侶墓・・・須山・・・春日宮天皇陵・・・矢田原町・・・国見山・・・矢田原町・・・鉢伏峠・・・鹿野園・・・バス停高畑町


はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、「国見山」に。
ちょっと前まで奈良市最高峰680mの「国見山」でございます。
バス停上水間から水間峠を経て、「国見山」でございます。

旧道の水間峠から
水間峠

ほんとは上水間まで行く気は全く無かったのですが。
トンネルの無かった頃には、
何も無い山道の中に佇む謎のバス停水間峠があったんですが。
今はもうむかし、トンネルが出来てバス停水間峠の下を走って、
バス停上水間へと降り立った訳でございます。

しかし寒いですほんま、大和高原は冷えま。
Nさんと一路目指すは水間峠580m、
ちょい前にSさんと峠の地蔵さんを探索した水間峠へと、
その時は地蔵さん見つからず、移動したのではと言う事にしたんですが。

トンネルの入り口と別れを告げて、
所々凍結してる旧道をテクテクと歩いて水間峠へと。
みなさんの中でも、歩いて水間峠まで来た人は皆無ではありませんか、
もち私も初めてです。

バス停看板水間峠はやっぱし跡形もありませんでした、
あたり前田のランチクラッカーですか。
今歩けば、狭いこの道を、よくもまあここをバスが通ってたなと、
昔ながらのなかなかの味わい深い峠道でございます。

やがて、西に広がる視界の中に、
アレが国見山ではと思われる山々が目の前に。
あの山か、はたまたこの山か、
とにかくあそこまで行くんですねと会話をし下って参りますと、
田原地区が目の前にワイドにハイビジョンにと御覧アレですね。
太安万侶墓

日笠町へと到着この辺りで400mライン。
光仁天皇陵周辺では、発掘作業が行われてるようです、
日曜日で猫の子一匹おりませんが。

本日そうとう寒いんですけど,
お天道様が当たってる所はポカポカと。
そんな心地よいクネクネ旧道を歩けば、
太安万侶墓。昭和54年1月に発見されたそうで、
以外や以外けっこう最近なんですね。
明治時代ぐらいかな、なんて思っていたんですが。

ここで、茶畑の中でお茶なんぞ飲んでチョットお休みです。
ここにはトイレが完備されています、
当時は銀座の歩行者天国並みだったんでしょうか?
ホンの一時ではございましょうが。

こうしてスムーズに矢田原町に行くはずだったんですが、
何故か須山のバス停に!何で?

今日は何故か、いつもの事ですが道草が多過ぎでございます。
歩くペースが速すぎたのか?辻を間違えた様です。
みなさん、めんどくさがらずに、ちゃんと地図を見る事をお奨めいたします。

まあ、いつもなら車やバスで前を通るだけの、
春日宮天皇陵を拝見できましたから、チャラと言う事で。
太安万侶墓から
国見山

こうして矢田原町を通り、
いよいよ国見山への道へと、ようやく辿り着いたわけです。

ここまでバス停上水間からはや2時間半経過でございます。
そんな訳で小休止にてインスタントコーヒーを戴いて、

よっしゃ〜と歩けばスグに北への遠望が、
あっぱれあっぱれの地にて、
またまた見とれて、どの辺りなんでしょうかあの山々はと、
大体の場所は分かったと申しましても、京都辺り程度のレベルですが、
「おサルさんでも解るウィンドウズXP」レベルですな。
山の名前がさっぱり分かんない2名のおっさんです。

遠く遠くに白い山がぽっかりと浮かび上がっているではありませんか!
富士山だけでは無い事は確かだなとつぶやいて、アタリマエダ・・・
国見山国見山へと急ぐのでありました、お腹が空いてるのだ・・・

そして、はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「国見山」さんに。

登り道はほとんどコンクリートで、
山登りという感覚が希薄ではございますが。

はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「国見山」さんに。

ともかく、とっくに1時過ぎてますから、
用意ドンでお昼ご飯でございます、お腹が空いてるのだ・・・
ともかく体が暖まっている内に食事を済ませないと、
冷え冷えになる事は明らか?
風は強くないもののココは山のてっぺんでございます。
お天道様が当たっててもポカポカは望めません?

その替わり西の展望を御覧アレ、
男は黙って展望を見るべし!もちろん女性の方も可!
金剛葛城から生駒山方面までの展望を。

真冬は歩くのにはいいけど、ともかく食事場所が大問題ですね。
この国見山から南下して峠ノ森へと寄って行くつもりでしたが、
時間が押しましたからボツ残念ですが。
峠ノ森ネタは、
004「石仏の辻」涙に暮れる大和高原に「受け取り地蔵」を見た!を御覧下さい。
真冬のお昼食場所は大変です
国見山途中の茶畑から生駒山
後ろに葛城、二上山
東金坊地蔵尊

そんな訳で帰路は正暦寺へと歩く予定をしてたんですが、
鉢伏峠から奈良へと急遽変更です。

ピストンは嫌ヨですが、
いたしかたがございません鉢伏峠へと、鉢伏峠へと。

須山のバス停から下りへと入れば、
スグに東金坊地蔵尊、
前々から御対面したかったお地蔵さんでございます。
これはまた立派なお地蔵さんに、
タマや〜でございます。

なんか、鎌倉とか室町とかいろんな説があるそうですが、
わたしゃ〜がくしゃ〜じゃないからね、客観的に石仏はみないんです!
このお地蔵さんはワンダフル・ニャンダフルでございます。
永照寺のおばあちゃんも、
このお地蔵さんに手を合わせて、
奈良の市まで歩いたんですね。

峠の地蔵に相応しい重厚なる存在感に、
もう一回言っとこワンダフル・ニャンダフルでございます。
東金坊地蔵尊
これまた、キラキラと
あららら、茅葺きの家が
鉢伏峠から鹿野園への旧道

鉢伏峠から鹿野園への旧道は、
思ったより長い峠道ではありますが、
当時の面影を残す家が次々と出てきて、
すっかり旅人気分です。
この風情は峠道ならでしょう。

目前には、雲の切れ目から覗き金色に輝く、二上山、葛城金剛を眺めつつ、
なだらかな尾根道を下って参りますと、
ようやく下界の住宅街に入り、
後は駅まで歩くだけでございます。

途中の鹿野園墓地にて石仏の数々の中に、
天正八年の阿弥陀さまと御対面、
この道がたぶん、むかしながらの鉢伏峠からの道だと・・・

こうして今日の旅はバス停高畑町で終わりました、
後はビールを飲んで帰るだけでございます。

国見山は登った事がある人でも、田原地区、福住町、
水間町を歩く人は少ないのではありませんか。
大柳生町、誓多林町もスグ近くです、
たまには、大和高原の端っコも歩いてみませんか。
鹿野園墓地の阿弥陀さん
001  2006 
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