性懲りも無しに、奈良時代の次は平安時代です。 みなさんも、羨ましがらずに、ご一緒にどうぞ! はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、 「香高山五百羅漢と高取城跡」に。 何度見ても、何度来ても、 ええであかんが〜の本日のコースでございます。
平安時代に 頬ずりしましょ!
みなさん今晩は、お元気だったでしょうか。
私はあいも変わらずの人生を送っておりますが。
皆様は波瀾万丈の人生をお送りでしたでしょうか。

波瀾万丈の石仏の辻、
本日のコースは、壺坂駅 壺阪寺 香高山五百羅漢 高取城跡 
ここから猿石 栢森を予定してたんですが、
春だ桜だというわけで、吉野の桜の大遠景見物をしようということで、
芋ヶ峠 栢森 稲淵 石舞台 亀石 猿石 飛鳥駅 
これにて一件落着〜 

すいません一件落着しちゃいますと、
ジエンドですので始めさせてもらいます。
みなさん御用意はよろしいでしょうか。
それでは「平安時代に頬ずりしましょ!」書いてもらいましょう。

大きな杉の木の下にお不動さんが

みなさん間違っても、
壺坂駅から壺阪寺行きのバスには乗らぬよう申し上げます。
何故ならば?二万五千石の城下町として
栄えた土佐の町を歩かないことには、
魅惑半減でございますから。
古い古い町並みを壺阪寺へと足を進める間に、
身も心もすっかり江戸時代の旅人へと変身です。

コンクリートの道から地道に変わって、しばらく歩きますと。
大きな杉の木の下にお不動さんが、
ここいらで一休みしときましょ。

遅い朝食のメロンパンをパクつきながら、
お不動さんのお顔をしげしげと眺めれば。
お不動さんは、厳つい顔で、あんちゃん
そのメロンパンくれやと言ったような気がしました、
あくまでも気がしただけでございますが。
香高山五百羅漢

さあ、メロンパンも食べた、コーヒーも飲んだ。
ここで一気にエンジンを吹かして、
壺阪寺そして香高山五百羅漢の入り口へとやって参りました。
町石 慶長九年(1604)がご案内です。

そしてココを上がれば香高山五百羅漢、
辺り一面に磨崖仏が総天然色ワイド七十ミリフイルム映画の様に
ドーカンと広がっております。

一体一体と表情を拝見しているうちに、
入っちゃいませんか五百羅漢の中へと、身も心も。

奥にある金剛界曼陀羅と胎蔵界曼陀羅の
両界曼陀羅も決して見逃さずに、
御拝見お願いいたします。
石造の両界曼陀羅は私は始めてでございますがみなさんは?
高取城跡

五百羅漢に別れを告げて、
目指すは高取城跡(高取山583.3m)

えいさ、ほいさと、登って行くと。石垣が現れて。
あれよあれよと言ううちに、
石垣が小、中、大、特大、そしてドカーンの石垣が、
しばし呆然、一時あって騒然、

明治二十年後半に城は取り壊されたそうですが、もったいなやですね。
ともかく広大な城内に、
今はひっそりと残る数々の石垣を見るだけでも迫力モノです。

本丸に着いて南を眺めれば、
吉野方面そして山また山々の波が目前に!
そして、010で紹介した「歩けども歩けども 山ばかり 弥山から前鬼へ 大峰奥駈け」
歩いた大峰の山々も遙か彼方に。

台地上に見えてるのが弥山から釈迦ヶ岳にかけてでしょうか。
昼食とるならこの場が絶対お奨めです、
おにぎりをパクつきながらお殿様気分に浸りましょ。
芋ヶ峠

お腹が満腹になったのなら、芋ヶ峠(五五六m)へと、
途中にてここまで石垣があるのと、また出ました石垣が。
ともかくドデカイ・スケールです高取城は。
猿石から栢森への道の途中にもありましたから、
まさしくネバーエンディング石垣ですね。

残念ながら吉野の桜の大遠景見物はいまいちでした、
霞が架かってボヨヨ〜ンと。
朝早く来ないとダメですか、
鮮やかなピンクの色が見れると思ったんですが。
なんか、醤油のこぼした跡みたいで、ヘロヘロ気分ですね。

こうして、目前に竜門ヶ岳をその右手奥に高見山を見つつ、
トボトボと芋ヶ峠と向かったのでございます。
栢森

芋ヶ峠には栢森と竜在峠への分岐が、
本日は最近リニューアルされた山道を栢森へと下ります。
途中に道標付きの役行者さんにご挨拶をして、再び山道へと戻れば。
すぐに新緑に包まれた栢森の田畑が目の前に。
山道の暗闇に慣らされた目には一際眩しいのです。

あれあれ白とピンクの桃の花が、ひとつの木に咲いてました、
こんなの有りなんですね。
むかしあったバニラとストロベリー合体アイスみたいですね。

栢森集落の中にはひっそりと加夜奈留美命神社が、
龍福寺には庚申像と小顔のお地蔵さんが待っててくれてます。

カンジョウ縄
飛鳥川に沿って歩くと、
みなさんもご存じの子孫繁栄、五穀豊穣、悪病退散の「カンジョウ縄」が掛かってます。
栢森は「女綱」稲淵は「男綱」です、
なお栢森の神事は仏式で行うそうです。

なおも飛鳥川を下って参りますと、
右手に飛鳥川上坐宇須多岐比賣命神社が、
がんばって、長い長い石段を登りましょう。
稲渕の竜福寺

稲渕の竜福寺には、
なんと天平勝宝三年(751)
元は五重層塔とみられる石塔が,。
竹野王の文字があるそうで、
「もしそれに誤りがないとすれば、我が国に在銘の層塔として
最も古いものといえる」(お寺の解説看板から)
疑いの眼で解説してますね、
なかなか難しいところなんでしょうか?

まあ私は生まれたての
天使のような心しか持ち合わせてないものですから?
もちろん信じて、いつもの様に石塔に頬ずり、ずりずりしてきました。
みなさんも遠慮無くされるようお奨めいたします。
ただし!人が見てない時にね。
天正時代に、頬ずりしましょ!これですね。


こうして一路、石舞台へと
足を進めて参りますと。
出ました。棚田です。
戸棚ではありません、
お間違えないようお願いいたします。
棚田ですね、ハイ。

ほんと目に眩しい新緑がたまりません。
菜の花の新黄が彩りを添えて、
まさしく春の万幻鏡です。

石仏の辻もいよいよ
エンディング近くなって参りました。
けど、まだまだ続く石造物の雨あられ、
ネバーエンディング石造物でんな。
春の石舞台

春の石舞台見るなら、道路隔てた東からがベストです。
何故ならば、ここからなら客観的に石舞台を望むことができるからです。
もちろん主観的に見ても可ですけど。
まあ入場料もいりませんしね、ハイ。

亀石

夕陽に照らし出された石舞台の桜に別れを告げて、
後は飛鳥駅まで帰るだけでございます、周遊歩道を西へ西へと。

私の大好きな亀石、何も語りはしませんが、
思いはでっかく伝わりましたぜ亀石さん。

学校前を通れば、鬼のまないた・せっちん 
鬼と言うよりガメラ・サイズかと。

最後に再び猿石、ズラリと並んだ猿石軍団に、
他人とは思えない容姿に感激にむせび泣く私。
これを御覧になってる、皆々様もきっと私と同じ気持ちだと思います、たぶん。

ネバーエンディング石造物

どうでしたでしょうか、本日の「石造物の辻」ちゃう、ちゃう「石仏の辻」ですね。

まるで「ちゃんこ鍋」の如くでございましたが。
春爛漫、桜三昧、そしてネバーエンディング石造物、
吉野の桜の大遠景見物はスカでしたが、
雄大なる弥山も見ることもできまして、
私はご満悦でございます。

後は飛鳥駅から「あずさ二号」で生駒へ旅立つだけでございます。
私は私は私は旅立つ〜(帰って来なくてもいいよ〜)



参考文献
  奈良県史 7石造美術

二万五千分の地図
  畝傍山
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034  メロンパンを食べたお休み所
高取城の猿石
お尻をこちらに向けてる石舞台